第2話 "ウラ"のない設計図
花人にオスやメスの区別は無い。
……しかし咲く花を見るかぎり、粉を出す葯もあればそれを受ける柱頭もある。
雄しべと雌しべを区別とするなら、どちらの性別もある、と言うべきなのか。
ガクジュツ的に、そこのところは突き詰めると面倒そうなのでスズキたちは互いを「
が、しまいにそれも面倒になって、単に「彼」と呼ぶようになった。そして今に至る。
それで目の前の彼--グロリオサのフリンだが、まあこれほどハッキリと"メス"寄りの花人も無いだろう。
丸く薄い肩に、くびれの出来た腰。肩まで下ろした金髪にはゆるくウェーブがかかり、ゆったりしたワンピースの服とよく合わせてある。
「大変だねぇ」
ミサビがくわえた串を揺らして言った。
否、鳴いた。
「ねえ聞いて!」
「大変だねぇ」
「うちのボスなんですけどホンットありえないんです! なんで私ばっか……」
「大変だねぇ」
スズキが追加の飴を持って戻ったときには、ミサビは死んだような目で「大変だねぇ」と繰り返していた。
今日も食堂にはサボりに来たドラセナと、分厚い本を枕に寝ているダンチクしか居ない。
まあ、この閑古鳥ぶりも仕方なかろう。スズキたちは食わずとも腹を満たせるのだから。
「交代だ。向こうで飴でもしゃぶってろ」
「ああ、大変だねぇ……」
枯れ木のようにカスカスと葉鳴りを散らしながら、ミサビが席を立つ。この
「このメモか」
席につき、机の上でしわくちゃになったメモを手に取る。
飴を噛みつつ目を通したが、どうも古代文字を筆記体で書きつけたようで、何が何やらさっぱりだった。
「先週、書庫で見つかった写本なんです」
フリンがわざわざ隣に席を移して言ってきた。
「箇条書きだな。単語と記号……。ここは材料で、ここから製造法といったところか」
読めないなりに、美しい文字というのは感じる。額に入れて飾れば良いインテリアになりそうだった。
「でも当てはまる文字が無いんです! 未発見のニンゲンの言葉で書かれたメモを、わ、わ、わた……」
「資料班の見解は? 見せたのだろ、あのう、ええと、くそが。
金木犀の名前を出した途端、フリンが「ヒィッ」と悲鳴を上げる。
「ふ、フライデー委員長にも言いました! 私じゃぜんぜん分かんなくて!」
「そうだったフライデーだ……」
「そしたら私のこと、せっ、せせら笑ったんです! 『ああ、これ。任せたよ。頑張りなさい』って!!」
バムッと机にこぶしが打ち下ろされた。
奥のテーブルでダンチクの花人が顔を上げる。
「あの人、私が出来ないことを知ってて!! ああもう相談なんてするんじゃなかった……あの人ゼッタイ性格悪いもん。私、プラント一番の能無しってこの先ずうううっっと全世界から言われ続けるんだ……そうなったらもう枯れるしかないじゃないのよぉぉ……」
「大変だねぇ」
ダメだ、スズキまで鳴き始めてもうた。
わあわあ泣きだしたフリンの口に飴をねじ込み、ミサビのところにメモを持っていく。
彼は壁に向かって腕を組んでいた。
何か考えているようなポーズだが、これはコイツがボケーっとしているときの姿勢だ。
「何だと思う?」
とスズキがメモをひらひらさせると、
「インク染みのべったり付いた繊維片」
とミサビはつぶやく。ごもっとも。
「未発見の言語らしいぞ」
「どうせいつもの『横文字A』の亜種でしょ」
「横書きだしな」
「そう、横書き……」
ミサビはメモをちらりと見た。
「メモは難しいですよ。こんなのフツー、書いた本人だけ分かれば良いんで」
「経験者は語る、か」
ミサビがニヤリと笑い返してくる。
コイツの筆はとんでもなく汚い。公文書ですら、ウジが紙面でのたうち回っているような文字を書く。
「『中研 半分水 親指で』とか『斜め
そこまで言うとミサビは串に刺した飴を口から出して、くるくる回した。
「ほう」と驚いたように言ってから、また口に含む。かりかりと小気味良い音が響いた。
「……ニハチさん、メシ作るの上手くなったな」
「ニンゲンが来るらしいぞ。ほら、こないだの季違いの播種で見つかった」
「ああ。太陽浴びないらしいですね、
「見せてくるか? 読めるかもしれん」
「無理っぽそうですよ」
ぽくっと音を立てて飴が割れる。
「手紙なのかな? なんか四種類くらいの文字がゴチャゴチャに並んでるやつを書いてるらしいです」
「それ、"でんわちょ"と同じではないか!」
あの忌々しい書物も、何種類もの文字で通信符号と名前が記されておったらしい。
とうとう同じ言語を使うやつが現れたか。
「……もしかしてスズキか? そいつの名前」
「ハルと名乗ってるとか」
「贅沢な。『ああああ』で十分だろう!」
「変なところでスイッチ入らないでくださいよ。面倒くさいなチビの雑草のくせに……」
残った飴を噛み砕きつつ、ミサビは伸びを打つ。その拍子にメモが床に落ちた。
「おっと失礼」
慌てて拾いながら、ミサビが首をかしげる。
「いかがした」
「いや。いま一瞬、何か読めた気がして……」
ミサビはメモの上下をひっくり返す。
いつになく珍妙なツラになっていた。
「"
「おお! オマエ、これが読めるのか?」
「いや……変だな。たしかに見えたんだけど」
あごをさすりながら、ミサビはメモのシワを伸ばした。
テーブルに戻ると、フリンがコンパクトを開いていた。
最近になって一部の花人のあいだで流行っている化粧品入れで、顔料のしこたま詰まった小瓶と、裏に鏡の付いた蓋で出来ている。
「ふふふっ」
とコンパクトに向かってフリンが微笑む。
「鏡よ鏡よ鏡さん。枯れ木に似合うお化粧ってどれかしら。ねえ教えてよ鏡さん……」
震えだした彼の肩に手を置いてやる。
「上で
「ゼッタイに嫌ですッッッ!!!」
振り向くフリン。スズキたちが話すあいだに、ちゃっかり口紅を引き直してやがる。
「古文書で読んだんです。知ってます? サクラって、本当は根元に叩き埋めた死骸の血を啜って花を咲かす恐ろしい樹なんですよ!」
「いや知らんが。その……」
「ももも、もしかして役立たずの
袖を掴まれた。フリンが顔を寄せてきて、高い鼻がブツッとスズキの頰にぶっ刺さる。
「おおお、おまえなんか花にも還らず、生きたままスッ、ストローで頭から汁を抜かれろと、きっ、貴様のしょぼしょぼになった枯れ枝なんかチリかごの底板がお似合いだと……貴方はそう言いたいんですね!!」
「あ、飴ちゃん要るか?」
「うん」
追加の飴をフリンの口に差し込む。
この書生、声と顔もうるさければ匂いまでうるさいから敵わん。
それこそカゴ盛りの果物を適当にボウルで混ぜ合わせたような……ニンゲンの料理に"フルーツポンチ"というのがあったらしいが、たぶんこんな感じの匂いだと想像する。
しかし分からない。
手探りなりに、ニンゲンの文明はかなりの部分で解析が進んでいる。本当に未知の言語があるとして、こんなペラ紙に書けるほど進んだ文明を持てるんだろうか。
「滅んだのかもね」とミサビが言う。
「うん?」
ぴっ、と指差された。
「匂いが強いんですよ、スズキさんの。思考だだ漏れしてるの気付いてないんですか?」
「へ?」
思わず袖を嗅いでしまった。
そこまで細かく読み取れる匂いというのは相当だ。フリンの方を見ると、こちらも真顔になっていた。
「……"フルーツポンチ"」
「ほっ、ほわああああああぁぁぁぁ!!!」
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