僕ちんこォいう者です
鋼鉄のロックがかかる。もう後戻りできない。仏頂面で事務所内を見渡した。
まずは金色巨大くまがデーンと鎮座。本来ならものものしい戦闘BGMとともに中ボス戦の予定だっだろうが、アカリが跳び箱したせいであっけなく秒殺できた。重役デスクには時代遅れのプッシュ式卓上固定電話と複合機FAXが置かれている。リールコードは途中でぶった切られており、どこにもつながっていなかった。奥の隣室ドアは半開き。
「
弁償するとしたら何百年ローンになるだろうか。などと与信ゼロの身では組めもしない白昼夢にやるせない思いを馳せた。
そのせいでわざとらしい違和感に気付くのが遅れた。このエグゼクティブヤクザオフィス、いかにも雰囲気にそぐわないものがありすぎる。たとえば——
「どうぞお座りになってェ、先に着替えさせていただきますねェ。可愛らすぃお嬢さん方の前でいつまでも
「おまえにも恥の概念があったのか」
「恥ってなァ
内部はウォークインクローゼット。すべて同じサイズにあつらえた黒服がずらりと一列。一ミリのずれもなく整列している。
着替えるのかと思いきや見せびらかすだけにして、今度は奥隣のすけすけシャワーブースでひとっぷろ浴び始める。
ご機嫌な鼻歌と流水の音。曇る鏡越しに眼が合った。
「僕ちんの
ユートは無言で横に手を出した。
アカリがガラスの灰皿を置く。投げつけた。鏡に映った変態の額に命中。マジックミラーが割れた。残念ながら覗き魔の脳天は砕けなかったようだ。
鼻歌はまだ続いている。大した肝っ玉だ。
シャワーを終えると左耳に
「さァてと。猥談でも始めますかァ。お飲み物は何がよろしいかしら」
通話機らしきもののボタンを一秒間に16回は連打する。
「あ~~テステス? レンちん聞こえてますかァ? レディにミカンっぽい体液2つ、豆の焼死体汁3つ今すぐプリーズおk」
いったいどこの誰に何をふるまう気なのか。ユートはドアを見やる。注文数が合わない。
「マァマァ穏便に」
視線に気づいた
「ここはおたがいのおパンツおっぴろげて
「うちらが校長先生に提供できるような新情報なんてある?」
アカリはくちびるをとがらせる。
「そもそもおんなじクラスにハクがおった時点で最初からぜんぶモロバレやったやろがい」
「こっちが気づいてなかったのバレるからやめて」
ユートはなげやりな吐息をもらした。
アカリの言ったとおりだ。こちらの素性がどこまでバレているかによって相手の正体が分かる。どこまで《真実》に近しい存在であるかが。
対面に座った
「マァお座りくださいやがれ」
うながされて、アカリはソファの真ん中に座った。両手を膝にそろえておりこうさんに背筋をピンと伸ばす。
「こっちにもねェ、それなりの体裁っつーか立場ってもんがありましてねェ簡単に上の目をごまかしてハイドォゾォーってチョロまかせるような
「くどい。2倍速で言え」
「ネェンデスケドォーージョーキョーガカワッタッテユウアァァーソーテーガイノジョーキョーッテイウカァーードウシテモーッテェンナラオシエテヤラネェデモナクハネェッテイウカァー」
「何をいくら払えばいい」
サングラスがLED照明を反射して赤く光る。
「オニイチャンがぶっ壊したえっちミラーとハクちんの誕プレと処置代とハツネのコンテナトレーラー合わせて愛の募金120億2598万980ビット円、キッチリ耳ィ揃えて返してもらいやしょォかねェ」
「安いな」
ふっと鼻で笑う。
あまりにも桁が大きすぎて端数の980ビット円しか聞き取れなかった。たかが2598万980ビット円の借金に120億が追加されたところでもとよりオーバーキル。ない袖はこれっぽちも振れない。
アカリが鼻の穴とほっぺたをぷくりとふくらませた。
「は? ユートに金返せとかそんなみみっちいこと言うとる場合か。それより
「どーゆーこった2598万ビット円って! 俺のコンテナトレーラー2600万しねーのかよ5000万も借金させやがったくせにさてはぼったくりやがったなテメエ!」
一方のハツネはテーブルを乗り越え、馬乗りになってぼかすか殴る。
「あいたた、いや120億ビット円は全然みみっちくないないですけどォあいたた」
「カネの話は後だ」
「僕ちん金貸しが本業なんですけどォ」
「教育者の分際で嘆かわしい」
「120億の損失のほうがよほど可哀想ですけどォ!」
ユートは首を横に振った。気難しいしかめっ面で腕組みし、深謀遠慮のポーズだけを見せて天井を見上げる。頭の中は百二十億の借金をどうやってごまかすかでいっぱいだ。
が。
先ほどからどうも横っ面がチリチリと焦げて仕方がない。
真っ赤なブラインドの下がる窓を背景にした金色巨大くまと眼が合った。
相手が根負けするまで見つめ続ける。巨大くまは
「で? 追加の金さえ払えばワクチンをよこすのか」
どこかで聞き耳を立てているであろう何者かに向かって尋ねる。
「……のか? じゃァねェんだよオニイチャァン」
黒服はニヤニヤとだらしなく座面からずり落ちた。
「カネが払えねンならオニィチャンの身体で払ってもらうまでよォ?」
「そんな趣味はない」
「僕ちんにはめっちゃありますん」
仄暗い笑みが交錯した。空気に険悪の亀裂が入る。互いに悪い笑顔で無視をキープ。
「おっ、わっ、悪いこと言わねえからさっさとコイツのいうとおりにしろ」
ハツネひとりが何度も作業服の袖で冷や汗をぬぐっては肘でアカリを小突いた。
「さっきも言ったろ。見た目はバカまるだしでもこいつは」
「校長先生がひとりでハクをよう助けに行かんのやったら素直にそーゆーたらええやん。
アカリは何も考えてない顔で巨大くまをしげしげとのぞき込む。
「なんやこのくま? なんや焦げ臭いな。なんや?」
「……言ってくれますねェ」
無言の緊張を破ったのは黒服の方だった。
「使えるものは親の仇でも使えって言うでしょうがァ」
けろりと笑って身を起こす。内ポケットから名刺入れを出した。一枚を抜いて差し出す。
「申し遅れました僕ちんこォいう者です」
真っ黒に金の箔押し。縦書きのカタカナ明朝体フォントで「ゼクト・◼️◼️◼️◼️◼️◾️◼️」とあった。
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