ここではない何処より射す光

 路地裏をねぐらにする野良猫がバカでかいネズミに食われていた。悪臭放つ不法投棄地域を抜けると、廃材コンクリートのバリケードに阻まれた。よじのぼって乗り越える。


「なあ、おまいら山田とどういう関係よ」

 ハツネはひそひそと手で隠しながらアカリに耳打ちした。

「あれでも一応はらんらんホールディングスのアズヤ支社長で解体業務ころしのトップエージェントだぜ」

三年A組うちらの担任で校長先生やけど?」

「いぎなりウヒョウヒョ笑って家庭訪問殺しに来たが?」

 初顔合わせの状況を聞いたハツネは、怖気をふるった青い顔で額に手を当てた。

「ってことは、おまえら山田とったのか。何でまだ生きてんだよバケモンかよバケモンだぞあいつ」

「ただのヘンタイやん今は」

 ハツネは悶々と頭をかかえる。

「はあ? ウッソ、マジか。まさかそんな奴ら相手に多連装ロケット弾ごときで立ち向かおうとしたとか? むしろ何でまだ生きてんだオレはよ」

「さすがに大袈裟すぎるやろ」


 街灯はあるが、どれも電球が割られており、まともに点いているものはなかった。ここではない何処いずこより射す街角の光が、ビルの隙間から歯抜けの影をおとす。

 先を行く黒服ゼクトが立ち止まった。眼の前に傾くのはカビで黒ずんだヒビだらけの幽霊ビルだ。

 ユートは片眼をすがめた。

「ごの心霊スポッドに何の用だ」

 黒服ゼクトはサングラスの下の目をきらりとさせた。手をろくろの形に回しながら口早に説明する。

「よくぞ聞いてくださいました! おやすみから墓場まで一気に昇天、涅槃の安らぎを追体験できるらんらんレジデンス三階建て築六五年、駅近徒歩1800分、内装フルリノベーション済みの家具家電オール血痕付きで個人のプライバシーと絶叫悲鳴も完璧に隠匿できる万全のセキュリティ監獄完備事務所兼レジデンスで組員のルームシェアも可ァ!(※告知事項あります)」

「拷問体験ツアー?」

「事故物件?」

「僕ちんの自宅!」

「らんらんホールディングズの支社に行ぐんじゃないのが?」

「まァ、それはあとのお楽しみでェ」


 一階入り口を頑丈なシャッターがふさいでいた。黒服はシャッター脇のぶ厚い防弾ガラスの前に立つ。

「ひとよひとよにひとみごろ」

 オートロックらしき解除ボタンをぴぽぱぽと押す。

 ガラス越しに内部の廊下と階段が見えた。常夜灯の光も届かない奥に何があるのかまったくうかがい知れない。

 非常脱出口のマークがぽつねんと緑色に灯っていた。ただし顔は《アレ》だ。

「おかしいなァ、間違ったかな? えーひとなみにおごれや……あれェ……反応がありませんねェ……?」

 ピッ、と電子音が鳴った。数字を押すたび反応していたパネルの光が消える。

「あっ」

 そういうのはたいてい良くないことが起きる前振りだ。黒服はボタンを押す前かがみの格好のまま硬直した。

「入力失敗するとセキュリティがごふっ」

 頭上から青いバーナーの火がごうっと噴き出した。全身着火。

「うわあ」

「ご愁傷様」

 ドン引きするアカリとハツネの面前で、黒服が瞬時に炭化した。

 ぷすぷすと煙くすぶる煤だらけの金パンチパーマが振り返る。着ていた炭が足元に落ちた。白い歯がキラッと笑う。

「ちょうどいい。上も脱ぐ手間がはぶけましたァ」

 黒焦げパンチパーマは、サングラス+ピンクネクタイ+黒手袋+股間を隠す大量の棒付きキャンディを挟み込んだ完璧な紳士ジェントルマンの装いで腰に手を当てた。堂々と胸を張る。

 ユートは偽らざる本心を述べた。

「変態」

「変態」

「変態」

 全員で混声合唱。変態はもじもじと腰をくねらせて恥じ入った。

「あハァん、見ないでェ……」

「早く開げろ」

「ハイただいまァ! オープン・ザ・ヘヴンズドアァ!」

 変態は両手を広げ防弾ガラスめがけて突進した。

 暗視カメラが無機質な動作音を発してピントを合わせた。ガラスにプリズム虹が映り込む。

 円盤ディスク状の赤色光が降りてきた。

 赤い光が頭から足先までのスライスデータを作る。心音が円盤ディスク光に固有のさざ波を描いた。認証完了。緑色光に変わった。ロックが外れる。

 抜き足差し足、おそるおそるアカリがあとにつづく。

「ホンマ大丈夫なん……?」

 何とか無事に認証ゲートを通った。ハツネも同様。ユートは実に嫌な予感にさいなまれつつ一歩足を前にすすめた。

 チン、と鳴る。

「!」

 眼の前が爆発した。かと思った。微細レーザーの網が一瞬で全身をサイコロカットする。後頭部をハンマーでぶん殴ったような衝撃が加わった。たまらず膝をつく。視界が飛蚊症の百倍はデカい丸い黒い無数の円に塗りつぶされた。何も見えない。

 鼻と口と耳から湯気を噴く。いい感じに目玉と脳みそが白身状態でゆであがった。きっとヘヴンズドアどころか地獄のかまゆでに突き落とされたに違いない。

「何で俺だけ!」

「クヒヒ、日頃の行いですよォ」


 全裸金髪変態は肩を揺らしてこともなげに笑った。防弾三重ガラスの扉を押し開ける。

「どぉぞォ……?」


 まだふらふらする。ユートはめまいをごまかして見回した。右半分が視野欠損している。足元を照らす小さな常夜灯が、奥へ向かう通路に沿って光のドットを並べていた。空調の動作音が振動する。このご時世に全館空調とは豪勢だ。


「な、なあ、ちょぉ、これ暗すぎちゃう? 何も見え……いや、うちは別に暗いところが怖い言うとるわけやないで! だぁれもおらんのにエアコンつけっぱなしにしとくぐらいやったら入口に電気ぐらいつけたらは?」

 強がって無闇にしゃべってばかりのアカリの声と、ひどく硬い靴音とが硬質の床に反響した。

「見えますゥ?」

 変態はのらりくらりごまかして、入ってすぐの右の急な階段を上がっていった。

 ユートは耳を澄ました。

 かすかなノイズ。空調の他にも動作している電子機器がある。視界の背後を小さな黒い物体がさっと横切った。

「わああ出たああ!」

 アカリがハツネの首にしがみつく。

「ゴキッ!?」

 ハツネは首をへし折られかけて悲鳴を上げる。

「どんだけ怖がっでんだ。街の外にはあれの千倍はある害虫がうじゃうじゃいるっでのに」

 ユートは、わざとらしく首を振って見せた。気づかぬふりをして踏み潰す。あれと同じものをたぶんラーメン屋のそばでも見た。


 階段を上がりきる。

 目の前に執務室があった。半開きのドアから縦にほそく照明の光が漏れている。ドアにはVice Presidentのプレート。声が聞こえた。


「お帰りなさいませ、ウスノロ金髪クソ豚野郎様」


 顔を見合わせる。どうやら先客がいるらしい。


 真っ赤な遮光ブラインドの下がるガラス窓を背に、「ししゃちょー」と書かれたプレートのある重役デスクが置いてある。

 デスクの横の壁には、ビキニ姿の美少女らりっぺガールズが流水プールでたわむれる《らんらんリゾート》のポスター。奥の控え室につながるドアが開いていて、洗面台の鏡が見えた。

 オフィスの中央は向かい合った黒革の応接ソファ。粉体塗装のゲーム筐体めいたテーブルを挟む。

 重役椅子がきぃ、と音をさせて回転した。巨大なくまのぬいぐるみが座っていた。

「うわ、でっかいくま!」

 アカリが眼を丸くする。人間よりデカい超LLサイズ。らりっぺと同じ、焦点の合わない眼とよだれの垂れたゆるい顔で、雪だるまみたいな二頭身。毛並みは極上、金のふわふわだ。


「それにしても変わった支社長だな」

 ユートはくまの顔をまじまじとのぞき込んだ。

 巨大くまのぬいぐるみは凶暴に血走る眼をカッと見開いた。ずらりと並ぶ牙の生えた口が腹の下まで裂ける。喉の奥には粒子砲。口いっぱいにエネルギーがギラつく微粒子を吸い込み始める。

「アホヅラやけどこれ見慣れたら結構かわいいな。ハクが好きそう」


 アカリはデスクを踏みきり台がわりにぴょんと跳ねた。巨大くまのぬいぐるみの頭へ飛びのる。手をついた重みで首がガクッと腹側に折れてめり込んだ。粒子砲発射寸前のアゴが閉じる。

 爆発音がした。鼻と口と脇と尻から同時に大量の砲煙が噴出する。

「何やえらい焦げ臭いで? どっか火事なんとちゃう?」

「それ一台で百二十億ビット円」


 背後のドアが重金属の音を立てて閉まった。



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近況ノートに「更新してないけど更新予約まんが」をあげています。

だいたいまんがのほうが先に出てます。https://kakuyomu.jp/users/yuriworld/news/16818093085259693176

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