特殊清掃を呼びなさい

 少し離れたところに手足のねじくれた胴体だけが倒れている。暗がりのせいか首から上がような、いや気のせいだそうに決まっているきっとこれは眼の錯覚。ユートはそう強引に自分へ言い聞かせた。


 とりあえず正常性バイアスに身をゆだね、全身骨折状態の首なし死体を側溝へと蹴り込んだ。粛々と証拠隠滅。

「残党はあと何人だ?」

「オニイチャンかっくいィーー!」

 黒服ゼクトは頬を紅潮させ、銃を頭上で振り回してヤンヤヤンヤの祝砲乱射。ユートは鼻をゆがめる。

「のんぎにキョドってないでさっさと片づけろ」

 黒服ゼクトの足元に黒い影が射す。

「後ろ!」

「ガンホォ!」

 黒服ゼクトは嬉々としてショットガンの引き金を引いた。ところがどっこい先ほどまでばかすか撃ちまくっていたくせにいざってときに限ってウンともスンともいわない。

「てへ、ジャムったァ」

「……何やってんだバガ!」

「ヴヴミヴギギデェぇぇェェーーー!」

 ハリボテ頭が奇声まじりのだみ声をあげる。

 ユートと黒服ゼクトの全身を無数の射線がつらぬいた。



 ジャンプスーツの足をつかんだ。汚泥まみれの上半身を引きずり出す。やはりハツネだ。ヘドロ入りのドラム缶にどっぷり頭から突っ込んだせいで失神したらしい。ぐらぐらと頭をのけぞらせて、何の反応もない。息もしていなかった。

 アカリは自分がよごれるのもかまわず、背後から抱き起こして腹に手を回し、みぞおちに当てたこぶしを全力で引きつけた。


「オリャァ!」

「ぐぼげぇぇぇぇ!」


 アカリの馬鹿力でみぞおちを突き上げられたものだからたまらない。ハツネは大量に吐いた。むせて咳き込み、がらがらの息を吸い込む。

「テメー殺す気かあっ!」

「生き返った!」

 アカリは涙目をうるませてハツネに抱きついた。

「よかったハツネちゃん生きとった! ホンマにマジでどうなるかおもたわ」


 ハツネは抱きつかれながら身をよじった。おたがい泥まみれになってまじまじと見つめ合う。

「お前がヤツらドープヘッドを追い払ってくれたのか」

 アカリはきょとんとした。眼をしばたたかせる。

「ううん? ハツネちゃん自分でうまいこと逃げたんやないの?」

「え……」

 ハツネは呆然と空を見上げた。何かの姿をそぞろに眼で追って探す。

「何?」

「……」

 ハツネは首を横に振った。

「いや、何でもねーよ。とにかくありがとよチビ……じゃなくてアカリ。助かった」

「うん!」

 アカリは勢い込んでうなずいた。

「ほな早よ戻ろ。校長先生が待っとる」

「ああ」

 いきなり猛ダッシュで走り出すアカリのあとを、ハツネはふらつきながら追った。心もとない視線を上空へと泳がせる。すこしくすんだ黄色の光がふたつ。楽譜めいた軌跡を描いてビルの影に消えた。

「何であいつカナが……?」

「何か言うたハツネちゃん?」

 耳ざとく聞きつけたアカリが振り返る。ハツネは我に返った。

「アッ、アカリがいなくてあいつら大丈夫なのカナって……」

 アカリはけろりと笑い飛ばす。

全然ぜんっぜん大丈夫や。ユートと校長先生が一般人あんなんに殺られるわけないもん」

「そうか。……そうだよな」

 ハツネはゆがめた唇をかたく引き結び、走り出した。


「ァァンヤダァそんなところ撃っちゃだめェァァァァァァンッ!!」

 黒服ゼクトは華麗な鉄板上のタコ踊りで全弾をかわす。

挑発ぢょうはつすなーーーー!」

 相変わらずのデタラメっぷりだがもちろんユートも自分がどうやって至近距離の弾幕乱射を避けたのかまったく自覚がない。だがヒーロー補正でなんとかなった。銃火をかいくぐって敵ハリボテの側頭部へハイキック。

 かさねて黒服ゼクトが笑顔で銃床のフルスイング。

 ハリボテ頭が時計回りに360度ねじ切られて吹っ飛んだ。即座に襟首をつかみ、背負い投げでぶん投げる。つかみどころがありすぎて近接戦闘向きではない。つまるところこいつらもただの鉄砲玉マフィアであって特殊部隊でも何でもない。

 はずれた首があっちにコロコロ、こっちにコロコロ転がった。


 遮蔽物の向こうから10発/秒の殺意がばらまかれる。

 壁面が砕けた。頭上でパのない看板ネオンがちんこちんこと派手な火花をまき散らす。

 乱射の反動か、上下小刻みにぶれて動く戯画的な影が地面にビル壁に貼りついて折れて曲がって伸び縮みした。ハリボテ頭どものイっちゃった顔が狂乱の光と影に照らし出される。


「きりがねえな」


 コンクリ壁に身を寄せるのをやめ、角を中心に円を描きつつあとずさる。落ちていた黒服の死体を手繰り寄せた。抱え上げる。死角の向こうに敵発見。

 見えた。抱きかかえたまま突入。正直に言うと肉の盾にした。さすがに良心が痛むが仕方がない。人に向かって撃つ方が悪い。


 敵陣のど真ん中へ、頼りがいのある死体タンクと腕組んでの殴り込みダイナミックエントリーをかける。

 無事に肉壁の大役を果たした死体が赤服——穴だらけの——真っ赤な蜂の巣模様のワイシャツを揺らして前のめりに倒れるのを囮がわりに、敵陣の渦中へと切り込んだ。

 立ちふさがるハリボテ頭を片っ端から異物喰いファージで掃討する。乾いた紙の音を立てて次々に貫通。

 一小隊まるごとが反動で暴れるマシンガンを投げ出してばたばた倒れる。銃声がやんだ。背後に気配。

 振り向きざま左手を銃の形にして狙いをつける。

 一段とデカイハリボテ頭が迫る。敵のリーダーだ。

 パルス3発がハリボテ頭の右目・左眼・ヨダレを貫通。ぽすぽすぽすん。あまりにも死の音が軽すぎる。

 首がゆっくりと90度にかたむいた。焦げたにおいがただよう。


「全弾命中。お見事ォ」

「まぎらわしい出方じやがって」


 硝煙を振りはらって、ピンクネクタイの黒服が歩み出てきた。脇にかかえていた死体からハリボテ頭をもぎ取る。身体の真ん中にきれいな球形の穴があいていた。


「オニィチャン、この頭使いますゥ?」

 黒服ゼクトはハリボテ頭を転がしてよこした。ごろりん。ユートは無造作に蹴り返した。

「いらん」

 中身からっぽの頭だけが行ったり来たり右往左往する。


 黒服ゼクトは薄笑いを浮かべた。手をはたいてほこりを払う。

「クリアリングおk」

「何分かかった」

「4分オーバーB+」

「タイムアタック失敗か……」


 周囲は首なしモブ黒服の死屍累々。思ったよりあっけなかった。ユートは目をすがめ、黒服ゼクトが捨てた死体を見やる。

 先ほどから見て見ぬふりをしてきたがやはり認めるしかなかった。

 ハリボテ頭の下は空っぽだ。死体はどれも首から上がない。


 首の切断面は、気管の穴と頸椎をのぞけばなめらかな液体金属を思わせるつるりとしたテクスチャ。呪紋アンキハータホログラム配線が石綿に似た繊維状に露出していた。黒赤色のスパークがこぼれる。結晶化した血のようだった。


 ユートは横目で黒服を見やった。

「変わっだ死体だな」

「ショットガンを素手でちょん切るヒトに言われたかねェですん」

 黒服は悪びれもしない。

呪装機巧エキソスケイル……? じゃないな」

 ユートは身をかがめた。

「普通のインプラント配線とも違う。ぐぢゃぐぢゃで何がどうなってんのか全然……」

 首の断面に手を伸ばそうとしたのを、黒服ゼクトが鼻で笑った。


バグ感染うつりますよォ?」

「うげ」

 おもわず手を引っ込める。神経接続を絶たれた呪紋アンキハータは魚の内臓めいたものをどろりと垂らして溶けた。なぜかアルカの墜落直後の姿を思い出した。むりやり剥がした擬装の下も、たしかこんなありさまだったような——


 血とオイルと焼けた電線のこげくさいにおいが漂う戦場を、黒服ゼクトは指パッチンと柄付き手榴弾ポテトマッシャーひとつで解体し去った。側溝に引っかかっているやつは見なかったことにする。


「さてと。これで全部片付きましたかねェ……?」

 ポコンとからっぽの音をさせて、ハリボテ頭を路地裏に蹴り込む。


「おっとぉ」

 ころがる頭をぴょんと飛び越えて、アカリとハツネが駆け戻ってきた。路上はきれいさっぱり。惨劇の跡形もない。


「おう、二人とも無事でよがったな。けがはないか?」

 ユートはさわやかな血みどろ営業スマイルでふたりを出迎えた。ハツネはドン引き、アカリは唇をΣの字にひんまげる。


「何つう顔しとるのよ。はよヒトデナシスイッチ切りいや。そんなことより」

 アカリは耳に手を当てた。周りを見回す。

「左団扇かましとる場合とちゃう、はよ逃げんと……うわあああ!!」


 真っ赤な夜に切羽詰まるブレーキ音。角を曲がってくる車列の先手を切って、頭上から何かの物体が落下してくる風切り音がした。どうやらさらなる増援が接近する模様。


 砲弾が上層階のベランダを木っ端みじんに砕いた。

 瓦礫が崩落する。

 どこぞのガラス窓が割れ、被覆の剥げた電線がちぎれて地面を鞭うった。バチンと破裂して火の手が上がる。


「もうヤダお家に帰るうーーッ!」

 心折れたハツネが耳をふさいで半泣きの金切り声をあげる。

「まだあんなに勢力が残ってんのがよ」

 さすがに敵増援は予想外だった。こっちはもうすっかりボロボロだ。ハツネを休ませてやる必要もある。

「撤退だ、撤退」

「ほやから言わんこっちゃない」

「ほらこっちこっちィ」

 黒服が余裕の態度で親指をしゃくる。アカリとハツネが黒服についていくのを確認して、ユートはきびすを返した。

 誰もいなくなった戦場に黒塗り高級車が続々と集結する。傍若無人の車列は、路上に残っていた首なし死体を新鮮なレッドミンチカーペットにして急停車した。ドアが開く。


「ゴミどもが」

 塵ひとつついていないレースアップの革靴を履いた足が地面に降り立つ。

「特殊清掃を呼びなさい」


 機械音声を思わせる声が、《きれいに片付いた》周囲を見渡す。劣情をはらんだうわずる吐息とは裏腹に、それを聞く者の体感温度を真冬並みに下げた。


「この緊急事態にあのゲリクソ豚野郎様は一体どこをほっつき歩いていらっしゃるのでしょうね? 見つけ次第、ミャンタマをひとつずつそれはそれは優しくこねくり回して揉み潰してひきちぎって鼻と耳の穴に詰め込んで差し上げようというのに……ねェ……?」

 艶やかな黒髪がなびく。青い口紅を塗った唇がニィッとつりあがった。

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