ぶぶ漬け食ってお帰りやがれ
「ほなうちもいっちょ揉んだろかあーー!」
アカリもまた肩で腕をぶん回してやる気満々だ。
「オイコラ待てチビ、あぶねーだろーがよ」
ハツネが腕をつかんで引きとどめる。アカリは眼をぱちくりさせた。
「何で?」
「いや、だってそのオレよりチビのくせに」
「まさか、うちのこと心配してくれとん?」
「あ」
言われてハツネは耳を赤くした。手の甲で鼻をこすりあげ、そっぽを向いて、もごもご口ごもる。
「って何だその目は。文句あっか? ばあちゃんも言ってたぞ、チョーヨーの序は大事にしろって!」
アカリはまじまじとハツネを見返してから、ふと破顔した。
「そないうれしいこと言うてもろたん初めてや……」
「街ごとぶっ壊されちゃたまらんからな」
ユートは皮肉めいた笑みを向けた。人間同士の戦闘に
とたんにハツネはガラッと表情を変えてユートをにらんだ。
「うっせ黙れミリオタ! テメーにゃ言ってねーわ」
アカリも同調する。
「そやそや、せっかくハツネちゃんがええ感じに言うてくれとんのに、これやからヒトデナシスイッチ入りは」
「ヨッ、サイコパスイッチ!」
「お前にも言ってねーわ」
ハリボテ集団の中心から太鼓持ちの茶々が入るのは無視。ハツネのカバーをアカリにまかせ、そもそも騒ぎを大きくした張本人へと眼を向ける。
——「『次回! 第二部イケメン主人公さっそう登場!』」
ロケット弾が爆発する絶体絶命の瞬間を狙いすましてあらわれたこの男。勝手に他人のセリフを捏造し、一人二役で次回予告ごっこを演じていた——
——「『信じてるぞゼクトお前なら必ずやってくれるってな!』」
口を滑らせたかあるいはわざと付け入る隙を作ったか、少なくとも偽名確実の山田よりは本名っぽい。
よってさりげなく織り交ぜて呼びかけた。
「あのーゼクト先生。ひとづ質問があるんですが」
黒服は側対歩の四つん這いで逃げまどいながらにこやかに振り返った。
「アッハイ何でしょ……ウッ?」
気まずい視線を宙に泳がせる。
「アッ……アノ……エト……僕ちん山田イケオ55さいです……けボァァッ!?」
茶番にしびれを切らしたらりっぺ軍団が、這いずり逃げる黒服の足元を狙い撃った。コンクリートが砕けて穴が開く。
「んなチャラい55才いるかよ」
ユートはタコ殴りするハリボテ集団を傲然とながめた。
焦点の合ってない眼。口の端っこによだれの刺繍。完全にイッちゃった系のゆるキャラハリボテ集団が銃を乱射するのはまさに
「生き別れの双子はどごだ。解毒剤は。アルカをどこにやった。ハクはいま。あの
「ちょっと今ねェ先生忙しくて手が放せなアーーーッ!?」
黒服は両手を上げてぶっ倒れた。黄色い悲鳴を上げて道路上でクロールを始める。逃げているつもりらしい。
「知りたいなら助けろくあdさイヤァーーごぶっ!?」
無駄口を叩いている間に、ハリボテ軍団はよってたかって黒服の腹を蹴り、スラックスを脱がし、ピンクのぱんつを引っぺがして逆さにして振った。出てくるはずのものがまったく出てこない。何も出てこないと見るや腹立ちまぎれにぷりケツをげしげし蹴りまくる。
「あいたッ! おけつポロリ~ンッァァッごめんなさい痛いッ!」
鈍く重い打撲音が響く。鉄板の入った靴の音だ。あれは痛い。
「お楽しみのところ失礼……ほんとに失礼したほうがよさそうだな」
手を貸す必要があるふうにはぜんぜん見えない。
「ひいい、やめろ、いじわるしてぷりケツ見てないで助けろくださいやがれこのヒトデナシ!」
「助けたくどもみんな黒服で見分けがつがん」
「今返事したでしょォグワアァ! イケメンエグゼクティブ痛え! な僕ちんと《脳みそカラッポ》なグハァ! ハリボテ頭の見分けもつかギンモヂイィッ!」
(ユートそれはさすがにちょっとかわいそうやない?)
殴る蹴るの一方的な集団リンチに心痛めたか。アカリが遠隔通話で未圧縮の公開音声を送ってきた。
「でも今さっきギモヂイイって言った」
(……いくらなんでもそこまで変態ちゃうやろ)
「そう!」
みみざとく聞きつけた黒服がさっそくピコンと頭を起こした。両手を結び合わせ、袋叩きに蹴られながらもウルウルの目で切々と訴え始める。
「今、僕ちんのこと
(いやあそれほどでも?)
「少しでもそのやさしさがあるならッ! 博愛精神を大切にィっごぎっ! 骨折れたっ!」
悲鳴に続いて黒服の身体がおもしろいようにバウンドする。
「ぐふぉっ、ぎょべっ、やめてこれ以上蹴られたら今度こそ
殴られ続ける黒服の手がぷるぷると震えて、ばたりと地面に落ちた。死んだ。また持ち上がってぱたり。また死んだ。
何回死んだふりをすれば気が済むのか。
というか車に跳ね飛ばされ撃ちすくめられサンドバッグのように殴られ蹴られてもなお《死んだふりをする余裕がある》ヤツを、本当に助ける必要などあるのか。
当初の計画では、あわよくば
それが——
あっさりと計画破綻。逆にこちら側へと《なすりつけられた》。
わざと敵の注目を拡声器であつめたうえでの大立ち回り。下手すれば最悪の追手とハリボテ軍団との二正面作戦だ。
いらいらと頭をかく。絶対にこちらの足元を見てやっている。
こんな災厄がみっちみちにつまったパンドラの棺桶にあえて頭から足まで突っ込むはめになるとは。つくづく自分のマヌケさかげんにうんざりした。
「司法取引だ。《手》を貸してやる」
「おk、証人保護プログラム成立ゥ」
黒服はむくりと直角に起きあがった。ゆがんだサングラスの位置を直す。もう、いくら殴られようが起こした上体はびくとも揺るがない。
青アザと鼻血ケチャップだらけの口元が、ゆるりと悪辣につりあがった。
むふん、と鼻息を吹き。立ち上がって。
「おンやァみなさん、いい時計してますねェ……?」
こぶしを作り。
左腕をくの字に曲げ。
肩をぶんと回して。
「ぶぶ漬け食ってお帰りやがれ!」
さんざん銃床で殴りつけていたハリボテ頭を横から
グキンと異様な角度に折れ曲がる。遠心力で身体が後ろ回りに一回転。死の衝撃で硬直した指が引き金にかかって、残弾すべてをいっせいに放出した。
頭上のネオンが破裂した。ガラスの火雨がふりそそぐ。周囲の黒服集団がドミノ倒しの弧を描いてぶっ倒れた。
「……マジで手助けいらねえだろ」
混戦のさなかに駆け込んだユートは、もがくハリボテ頭の手からショットガンを蹴っ飛ばした。
「ご丁寧にどうもォ」
飛んできた一丁を黒服が受け取る。同時にポン、と奇術めいた煙が立ちのぼった。空中から落ちてくるスラッグ弾をアン・ドゥ・トロワのお手玉してキャッチ&リロード。
「PRATATATAAAAAA!」
慈悲の引き金を引くまでコンマ一秒かからない。
中身ごと割れて紅白の紙吹雪が飛び散る。
茹だった口の隙間から白煙がなびいた。人の心がないのは
濡れた地面が夜空の赤を反射する。
背後にひそんでいた別動隊が、ざっ、と一斉に動いた。一段と丸くデカいハリボテ頭が親指を立てて
密集したせいで狙撃できず威嚇の乱射と殴る蹴るしかできなかった三下どもとくらべて明らかに統制された動き。
「やっと主力が出てきやがったか」
ユートは片頬をひきつらせて笑った。
「いったん退くぞ」
ユートは有無を言わさず
「ヤダッもっと殺るのォーー!」
「やかましい。口をマシンガンで縫い合わされたくなかったら黙ってろ」
背中合わせに身を潜めながら、ユートは苦々しく毒づいた。こちらは徒手空拳。
頭上をコンクリの瓦礫が飛びすぎる。精神ごと削られる衝撃がダイレクトに背骨を痛打した。
「何でさっさと
「だってェ、第一話でゴロツキにからまれるアニメ声の美少女を助けんのはお約束でしょォ?」
「アニメ声の変態だろ」
「
「だっだら早くそのかわいそうな亀の子たわしをしまえ」
互いに顔色一つ変えず減らず口の応酬。
準備完了。
「きゃぁッ!?」
女の悲鳴が耳横を突き抜ける。後ろだ。
振り返る。
倒壊寸前のビルとビルのはざま、恐怖におののくハツネの顔にべったりと。
無数の黒い手が貼りついていた。
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