バカも鳴かずば撃たれまい

 攻撃予測AIが精度の高い順に2パターンの黄色ドットラインの軌跡を示す。脳天直撃あるいは左側頭部に被弾の可能性。緊急回避機動をとれ。


了解ハイヨッと」


 背後から椅子が迫った。

 一発目。

 かるく背中をそらす。ラーメン野郎は大きく空振り。すっぽ抜けた椅子が地面に跳ねた。

 屋台の親父が残飯バケツを蹴飛ばして逃げていく。汁を浴びたノラ猫が背すじの毛を逆立てて飛びのいた。

 つづけて椅子二発目。

 今度は真剣白イス取りを試みる。脳内仮想モニタに回避回避回避回避とブラクラまがいのアラートウインドウが出現。失敗した。脳天直撃。金だらいをくらったような衝撃ががぁんと響く。

「じまっだやられグギャーーー」


 ユートは屋台から離れる方向へと自主的に五メートルほど吹っ飛んだ。明らかにリアクションと角度とタイミングが不自然だがバレなければどうということはない。

 何回か無駄に転がって、股の合間からちらっと相手の位置を確かめる。

 どうやら少々離れすぎてしまったらしい。這って逃げるふりをしてわざと椅子に頭を突っ込む。

「しまっだーー大事なアンプルがーーー」

 大げさに転んだ。

 襲撃者の目線はユートの顔ではなくベルトポーチを追随する。囮に掛かったヒット


「そいづをよごぜ!」


 襲撃者の二人組が駆け寄った。腹を蹴飛ばし、ベルトポーチを押さえた手をガツガツと踵で踏む。たまらず手放す。

 黒と赤のガラスアンプルがアスファルトに転がり出た。転がる先に側溝ドブのグレーチング。

 二人それぞれが犬のように這いつくばって追いかける。互いに押しのけあっているところを見ると、どうやら相互協力の美徳はまったくないようだ。これだから無頼の輩は信用できない。


「アッ!」

 ガラスアンプルが側溝に落ちた。襲撃者は即座に上半身を突っ込み、ヘドロをまさぐった。

「見つかったか?」

 片方が背後から急かす。襲撃者の手の動きがとまった。廃液とヘドロまみれの腕を引き抜く。

「どうだ?」

 なぜか返答無し。見れば手の中のものを確認もせずに口元へと運んでいる。

「貴様ァ!」

 背後の襲撃者は容赦なく銃を抜き、仲間の後頭部に押しつけざま引き金を引いた。襲撃者の顔面がヘドロの花咲くアサガオに変わる。上体が下水に沈んだ。

 襲撃者はぎらつく笑いを吐いて血とヘドロにぬれたアンプルを奪い取った。大口をあけて口へと放り込む。

 ギャリッ、とガラスを噛み砕く。


「何いきなり食っちゃってんですかァ!」


 背後からラーメンのどんぶりが飛んできた。襲撃者の後頭部に命中ヒット

 伸びきったぶよぶよの麺とネギとダンボールメンマと下水醤油脂とんこつスープを派手にぶちまける。よろめく襲撃者の口から、スイカの種みたいなガラス片が吹き出した。

 物陰からさっそうと走り出てきた三人目は、華麗に片手でジャンピングキャッチ……しようとして、あわてて手を引っ込めた。ガラスアンプル——に見せかけたミニ水温計だと気づいたらしい。

「うぇっ血まみれ! エンガチョ!」

 ピンクの蛍光ネクタイをなびかせて、スタコラと逃げ出す。


「あーっ、校長先生!?」

 アカリが血相を変えた。趣味の悪いピンクのネクタイ。水玉の靴下。間違いない。

「まさが?」

 ユートはニヤッと笑って飛び起きた。疑似餌釣りジギング成功。本命が掛かったヒット


「追いかけろアカリ!」

「おい、あっちからも来るぜ」

 ハツネが大通りの方向を指差した。身構える。

 真っ黒な煙を吐く黒塗りの高級リムジンが反対車線を爆走してきた。

 逃げる黒服とすれ違う。

 瞬間。

 黒塗りの高級車軍団は、いきなりハンドルを切って黒服を跳ね飛ばした。スピンターンするタイヤのドリフト音がつんざく。ゴムの焼ける臭いをひきずって横滑り。車体後部がラーメン屋の屋台に突っ込んだ。屋台は全壊。車は大破。

 燃料に引火。発煙。真っ赤な炎とドス黒い煙が黒塗り高級車を包む。

 ドンッ、と空気が振動した。

 爆風と一緒に前後のドアおよびトランクがまとめて蹴破られた。

 服装だけはマフィアに似せた集団が次々に飛び出す。ショットガンを手にあらぬ方向へ乱射。どうやら轢き殺した黒服にとどめをさす(つもり)らしい。まるで怒り狂ったスズメバチの群れだ。


「みんな仲良ぐラーメン食いにきたってか」

 ユートは片眉をつり上げた。軽薄に笑い飛ばす。


 近づいてくる全員が異形——黒服黒靴黒ネクタイ。そしてあのよだれを垂らしたラリ顔の白いハリボテ頭だった。

 ざっ、と、いくつもの靴底が砂を擦る。

 ふと落ちる静寂。

 銃撃が止む。

 我に返った瞬間、銃撃戦が再開した。閃光と轟音が扇状にぶちまけられる。銃口がこちらに向いている。跳ね飛ばす相手を間違えたことに気づいたらしい。


 ユートはアカリとハツネを両腕に抱え、ソフトクリーム屋台の後ろに飛び込んだ。

 頭上から銃弾が雨あられと降りしきる。

「痛っ! 熱っぢい!」

 目の前に転がるラーメン丼やらチャーシューやらゆで卵やらを手当たり次第に投げ返す。

「ヤベェぞ、山田がやられた!」

 ハツネはユートの腕からもがき出ながらわめく。

「あぶねえからじっとしてろ!」

「でも何とかしねーと!」

 何やら必死に訴えてくる。言われてみれば確かにさっき思いっきり車にはねられていたような。めちゃくちゃ飛んでったような気もする。もしかしていくらなんでもさすがにヤバイのでは——? 


 とは微塵も思わなかった。

「あいつなら心配ない」

「何で分かんだよテメエが!」

「アレがに死ぬようなタマか」

 実際、その程度で死んでくれるなら苦労はしない。ハツネは宇宙人でも見るような眼をしてユートをにらむ。


 銃撃音に混じって甲高いハウリング音が夜空に伝わった。どこからともなく、いきなりの最大ボリューム。

「あー、テステス!」

 拡声器の声が響きわたる。

「健康で文化的な最低民度のアズヤの皆さん、こんばんわあ……!」

 こうこうと灯る赤い(パ)チンコ屋のネオンの下、燃え残った黒焦げ高級車に黒いシルエットが飛び乗った。大声でわめき始める。

「こちらはアズヤ区! 生活! 安全! クリーン活動ボランティア! らんらんゴミ解体チームでえっす! 街を汚す《らりっぺ団》の皆様の! ブザマなご敗北とご死亡を! お願クキィィィィィィーーーーーー!!!」

 鼓膜を掻きむしるハウリング音が周囲につんざく。こうなったら単なるうるさいだけの的だ。

「はうぎゃああああ!」

 弾丸が悲鳴もろともシルエットを撃ち飛ばした。車のフロントガラスは木っ端みじん。タイヤはパンク。

「ぴぎゃあーーーー!」

 コンクリートもろとも撃ち抜く弾痕に追われ、黒服は黒焦げ高級車の屋根から転がり落ちた。右に左にとシャクトリ虫状態で転がり回る。


「まっだく何がしたいんだあいつは」

 理解不能な騒ぎにユートは首を振る。アカリは感心したふうにうなずいた。

「アレでよう死なんもんやな」

「バカも鳴かずば撃たれねえのに」

「テメーら人の心がないんか」

 ハツネはジト眼でため息をつく。


 ユートのベルトポーチに忍ばせた本物アンプルを回収するためだけにこれだけの手駒を動かすとは思えない。

「で。あのハリボテ頭どもは何なんだ」

「らんらん警備保障のらりっぺ団だ。さっきまでらんらんタワーを占拠してやがったんだが」

 同じ言語を使用しているはずなのにやはり単語と文脈すべてが認識できない。盛大にツッコミを入れたいところだがあいにく現在は戦闘の真っただ中。

 全員おそろいの黒服ばかりで、どう見ても同じ穴のムジナにしか見えないが、いわゆる校長先生であるところの元祖黒服は《らりっぺ団》によって殴る蹴るの暴行を受けている。

「ギャーー」

 さながら浦島太郎に出てくる哀れなカメだ。誰が敵で誰が味方かさっぱり分からないが、とにかくヘイトを稼ぐ能力だけは天下一品。

「痛いいいーー」

 さすがのお手並みだ。


「マジでガラスアンプルこいつにそんな価値があるのか?」


 アンプルを手に入れるためだけなら情報あるいは解毒剤と引き換えにすればいい。だが、もしそうでないのだとしたら、理由は。


「……こっちは遊びじゃねえんだが」

 しかし、いくら竜宮城敵の本拠地へ行くためとはいえ、敵と一緒くたになって乱痴気パーティに参加するのはちぃとばかし気がひけた。心のどこかに一般常識のバイアスリミッターがかかっている。

 ユートは顔をしかめた。

「仕方ねえ、助けに行く……」

「あひぃ! ぁぁん! 僕ちんも一緒にイックゥーーー!」

 ものすごく変な声が聞こえた。ヒラヒラと手まねきされる。

「ハァハァもっとォ❤ もっとお尻ぶってぇっ♪」

 やる気がどっと失せる。

「……帰っていいか?」

「ァヒィだめェーーー♪ ユーちんたら僕ちんのこと愛してないのォーーーー!!?」


 アカリと目が合った。


「まさか見捨てたり……はせんよな?」

 苦笑いをまぶしてはいるが、奥歯にものが挟まったような言い方だ。一度はあのハリボテ頭の連中に引けをとった、と言いたいのだろう。

 こんな面倒くさい連中とはかかわりあいたくない。いっそ罠だったほうがむしろさっぱりと手が切れてありがたいぐらいだ。


「そうしだいのはやまやまだがな」


 残念ながらそうもいかない。エサ情報をちらつかせた黒服の手のひらの上でいいようにホイホイ転がされているだけのようにも思えた。逆に意図が見え透いていてせいせいする。協定の顔をした脅迫だ。


「ァァン♪ ユーちーーん♪ こっち来て僕ちんとイイコトしよォ♪」

「断る」


 カチリ、と。良識のリミッターがはずれる。

 人間らしく生きていくため、枷代わりに自分自身を縛っていた一般市民の仮面を。


 投げ捨てる。おもむろに歩き出す。一歩。二歩。

 耳の真横を銃声が突き抜ける。背後の壁が音を立てて割れた。

 どうせ当たらぬと分かっているから避けもしない。たかぶった血の気が引くかわりに、知覚解像度が明晰化した。眼の底が銀虹に灯る。

「そっちがその気なら……お望みどおりにしてやる」

 指の骨を順に鳴らす。

 やぶれかぶれのミリタリーコートがはためいた。

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