チョコレートバニラいちご
点滅するけばけばしいカタカナの看板。ポルノまがいの落書き。赤い飾り窓に揺れ踊る巨乳のシルエット。壁面の3Dサイネージからはゆるキャラコインのファウンテンが延々とあふれる。現実逃避の光だった。
一方、赤く染まった高層階と物理的な一線を画すガード下には、すすけた赤ちょうちんの並ぶ屋台が軒を連ねている。どれほど下品に見えてもこのあたりは《裏を気取った表》の一部であるらしく、
屋台からは謎カレー、謎系ラーメン、闇鍋おでん、謎串焼き、謎ソフトクリームといった各種料理が混然一体と合体して、脂っこいような饐えたような、脳をバグらせる匂いが漂っていた。
アカリは眼をぎらつかせた。鼻息が荒い。
「ちょお待てえい!
ハツネは意表を突かれて愕然と二度見。
「高級?」
「文明開化のハイカラメニューだらけやん!」
「ディストピア飯だろ」
「うちソフトクリーム今まで一回も食べたことないんやがーー!?」
「……(ウジ)虫ペースト入りって噂が……」
「まさか自分らだけ黙ってこっそりええもん食うとったんとちゃうやろなーー!」
憤然と地団太を踏むアカリの隣で、ユートは物珍しさにきょろきょろした。
「いや、俺も初めて見る」
「ホンマかーー!?」
アカリはソフトクリーム屋を食い入るように見つめた。まばたきすらしない。食う気まんまんだ。たしか
ユートはあきらめてベルトポーチのサイフを探った。
ソフトクリームの屋台に近づく。隣はラーメンの屋台。破れたパイプ椅子を積み重ねている。のれん代わりのブルーシートが、背中を丸めた黒スーツの男を隠していた。二人並んで湯気のないラーメンをすすっている。
同じ屋台でも糖質と脂質の吸引力がすごい。腹がぐぅと鳴る。ユートは営業スマイルで振り返った。親指で隣を指さす。
「どうせならラー……」
靴の裏でガリッと音がした。放電ノイズが走る。地面に変な汁にまみれた黒い楕円形の樹脂とゼンマイがへばりついていた。
その隙にアカリはダッシュでソフトクリームの屋台にかぶりついた。
「おっちゃんソフトクリーム! うちチョコレートバニラ!」
「オレはいちご」
なぜかハツネまでが並んでいる。
アカリは手渡された二色のソフトクリームの横からはむはむ噛み付いた。鼻の先にクリームがくっつく。
「甘ぁーーーー! これが文明の味かあ!!」
アカリとハツネは二人並んでベンチに座り、はしゃいで分け合った。年の離れた姉妹のようだった。ほほえましく見やりながら、ユートはソフトクリーム屋の親父に代金を払おうとした。
「いぐらだ?」
親父はそっぽを向いた。ユートの手にあるビット円札には目もくれない。
「500らんらんコインだ」
「ら?」
眼が点になった。ハツネを振り返る。ハツネはまなじりを吊り上げた。
「金もねえのに買い食いすんじゃねーーッ!」
「食ってんのはお前らだが!」
「そや、我が家は貧乏なんやった!」
アカリは一息でソフトクリームを口にほおばるや、ベンチから飛び降りた。キレのあるジャンピング土下座でハツネの足元にはいつくばる。胸のカンガルーポケットから黄色いくまの貯金箱がポロリと転がり出た。
「ハツネちゃん様お願いします! ここにあるうちの全財産を差し上げますので!」
「それはハクの」
気まずく横槍を入れるユート。クレーターの底になぜか転がっていたハクの貯金箱だ。みんなでカレーを食っているときに残高を表示させてみたら完全に桁がバグっていて、120億らんらん、とか言っていた……。
ハツネはユートをにらみつけた。
「テメー持ってねーのか! 1らんらんも!?」
「……」
ガード下に隙間風が吹いた。ユートは無言で頭を地面にこすりつける。無一文の辞書にプライドの文字はない。二人並んでハツネに土下座。
「てめえらこのクソダボhph@ポオh:rh@;pあp¥ぴゃが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ハツネは聞くに堪えない悪口雑言をわめき散らしながら、ソフトクリーム屋の差し出した左の手のひらに同じく左手をかざしてスワイプ、500らんらんを電子決済した。銀虹色の干渉光とともに、らんらん♪ と支払い承認の音が鳴る。
払わせてしまえばこちらのものだ。何事もなかったかのように手のひらの砂をはたいて立ち上がり、ブチ切れ寸前のハツネをさしおいて堂々と屋台の親父に聞き込みする。
「路地裏にたむろってる
「商売の邪魔だ」
ソフトクリーム屋の親父は、太い眉の片方だけを剣呑に動かした。団子鼻にきついシワが寄る。
ユートは腰に下げたポーチを探った。黒と赤のガラスアンプルを取り出す。
「コイツの
手の内を半分隠しつつ、ちらりと見せる。
親父は目線だけをアンプルへ向けた。色の悪い下唇を舐めて湿し、瞬きもせずに目をそらす。
「因縁つける気なら
言いながらソフトクリームマシンの裏を覗き込み、機械の扉を二、三度と無駄に開閉して、何を補充をするつもりなのか、屋台の裏側に積んであるダンボールを取りに行った。
明らかに空っぽの箱を持って、すう、と屋台の裏の暗がりへと消える。
となりのラーメン屋台に座っていた二人組が身じろぎする。立ち上がった。夜だと言うのに偏光サングラスをかけたままだ。湯気に曇るレンズが赤ちょうちんのLED光を反射して平坦に光った。
「何だよ、愛想悪いな」
ユートは口をへの字に曲げた。ガラスアンプルをポーチに片付けようとして腰をひねる。
その後頭部に、パイプ椅子が二つ同時に振り下ろされた。
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