おい山田。どしたん山田。なんやと山田が!? 行くぞ山田!
「あっさり助けちまって悪いな」
「誰も助けてくれなんて頼んでねーわ!」
「えー? ユートが軽う足止めしてくれなんだら代わりにハツネちゃんが餌食になっとったんやでー?」
「ビルぶった斬っといて軽く足止めとか、テメーらの基準どーなってんだよ……」
ハツネはまだぼやいている。
「とにかぐ
ユートは立ちくらみをおして歩き出した。以前の戦闘で損傷し生体ハイブリッド組織に置き換わった左眼はかすみもなくクリアな視界を確保できている。違和感があるのは生身の右眼の方だ。炎や街灯の中に飛蚊症にも似た小さな黒い点が雑然とうごめいている。
「あいづ、一体何者なんだ。あの逃げ足はどう考えてもただものじゃない」
気のせいだ。きっと。何度かまばたきすると見えなくなる。見えなくなったことにした。
話をそらす。
「あいつは、」
いいかけてハツネは口ごもった。何となく左右をうかがう。眼の奥にうっすら浮かんだ戦慄の気配を、アカリは気安く手で追い払うそぶりをした。
「ダイジョブダイジョブ、校長先生はそんなちっさいこと気にせーへん」
「ちびのくせに何が分かるんだよ」
ハツネはドン引きの表情でつぶやいた。
「あいつは、らんらんホールディングスアズヤ支社の山田イケオ支社長だ」
聞きなれない固有名詞の連続にユートは眉をひそめた。
「らんらんホールディングス? の山田? イケオ? 支社長?」
アカリは片手のひらを鼓にしてぽんと打つ。
「あ、そういや転校初日に『初めましてェ僕ちん三年A組の担任でェ校長の山田ですゥコチラはクラスメイトのトガシちん』言うて自己紹介されたわ。完全に忘れとった」
「今それ言う? あのツラで山田は無理ありすぎんだろ」
「学校では普通にサンダル黒髪黒縁メガネの七三分けオジサンやったし」
そういえば襲撃当初は黒服が何者なのか、アカリ自身も気づいていなかった。よほど周到な変装だったと見える。
「どう考えても偽名で変装だろ。俺だって山田ヤマオ享年99才でヒヨコ研究学会に登録しでる。ちなみに妻は山田マヤで娘は山田ひよ子」
「みんな山田やったらアニメ化んとき困るよな。おい山田。どしたん山田。なんやと山田が!? 行くぞ山田!」
「山田から離れて」
だが、アカリのしょうもない山田連呼のおかげで思い出した。
ロケット弾を前に、黒服がひとりで最終回ごっこをやっていたときだ。確か、一か所だけ気になることを言っていた——
その時点ではまったく気づかなかったがさりげなく口を滑らせている。マヌケなんだかわざとなんだか知らないが、どうやら共闘カードを切ってくるだけの余裕はあるらしい。ただし、ババ抜きのジョーカーである可能性も大。まったく信用できない。日頃の行いが悪すぎる。
「とにかく追うぞ。モグラたたきじゃあるまいじ、チラチラ出ては引っ込みやがって。ボス敵のところに誘導したいんなら素直にそう言やいいのに」
歩きながらハツネに尋ねた。
「あいつの行きそうなところは分かるか」
「街の中心にらんらんグループの自社ビルがある。ついさっき
なんとなく想像がついた。倒れた電柱や散乱するがれきをあとにして、ユートは足を早める。
黒服は間違いなく謎のガラスアンプルの正体を知っている。
アルカと一緒に落ちてきたパイロットの末路を思い出した。もし解毒剤が存在するなら、たとえ殺してでも——奪い取らねばならない。まだ人間らしい思考が残っているうちに。
路面に広がる水たまりに、ときおり電線から火花が降った。廃墟と化したビルからネズミが這い出す。さながら沈む船を捨てるかのように、水たまりをよけて、どこからともなく沸いて出る。
半ば水につかったビニール袋の中身が動いた。破れている。ゴミ袋にたかる群れの中の一匹が、キッ、と鳴いた。首をめぐらせる。黄色い眼が水たまりに反射した。
ゴミ袋の底に、割れた黒と赤のアンプルと使い捨ての注射器がのぞく。
一匹、また一匹。ネズミの群れは餌を求めてゴミ袋にむらがった。
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