奇術師の《マジシャンズ》エセ異能《フェイク》

 陽炎の残映が風にゆらめく。黒服はひじと肩をピィンとそびやかせた。

「けっ、ザマァねェなァオニイチャァン、超カックイー僕ちんサマが駆けつけたから良かったもんのさもなきゃ今ごろはなぢブーーーッ!」

「裏切者!」

「ブッッ殺す!」

 拳と銃床のダブル顔面プレス。鼻血ケチャップが放屁めいた音を立てて噴出した。サングラスが文字通りこっぱみじんの銀虹光に変わって散乱する。


 オレンジ作業着の少女は溶接面をかなぐり捨てて、黒服の落下地点に走り込んだ。

「テメそのァ! ばあちゃんちのとおんなじじゃねーか。どーいうこった説明しやがれオラァ!」


 脅しつけざま、レッグホルスターからタクティカルナイフを引っこ抜いた。首の皮一枚すれすれの地面に突き立てる。


「えっとォ……なんか、そのォ……ユーちん助けて?」

 黒服はそらぞらしく頬をかいた。眉をハの字に下げてユートを見やる。

「ユーちん言うな」

 ユートは無表情に聞き流した。激高する少女と、喉元に刃を押し当てられてなお平然とせせら笑う黒服の間には一見、接点などなさそうに見える。

 が、先ほどくらったカプセルガチャのせいでどうしてもいやな予感がまとわりつく。

《絶対に》《回すな》《キケン》——それらの紙の裏に書いてあったふざけた顔マークは、いったい誰のものだったか。


「ェェェ嘘ぉん、せっかく助けてあげたのに恩を仇で返すとかハツネちんもひどォい」

「ハツネちん言うな!」


 いそいそと茶番に勤しむ黒服はとりあえず無視することにして、ユートは後方のビル上階にいるはずのアカリを呼んだ。今度はすぐに応答があった。

(ゴメンすぐ行くわ)

「……今までどこで何やってた」

 言外に別の意図を含ませて視線を黒服へやる。

(……校長先生に来るなわれて捕まっとった)


 声がしょげている。ユートは苦笑いした。やはりそうだったか。黒服こいつのほかにアカリを止められるやつはいない。力づくでないならなおさらだ。


「僕ちんこう見えてエグゼクティブだからスケジュールぱんぱんでェ」

「るせーこっちの質問が先だ答えろやオラァ!」

「客に向かってその態度はどうかと……」 

「テメーも同罪だボケエ!」

「へいへいギルティギルティ」

 どいつもこいつも会話する気ゼロでまったくお話にならない。

 ユートはげんなりと息を吐き、額に手を添えた。なまぬるく指が滑る。手を見た。赤い。ケチャップだった。真顔になる。


 手品マジックじゃあるまいし、毎度毎度いったいどこからケチャップやらマヨネーズやらをひり出してくるのか。そもそも殴った時点からおかしかった。サングラスからケチャップが噴き出したかのような気さえする。


 だが、それがタネもしかけもある手品マジックではなく《異能スキル》だと納得しそうになってしまうこと自体が、を証明するこざかしいトラップだった。しいて言うなら《奇術師まがいのエセ異能》。

 もう、いちいちツッコミを入れる気力も失せた。

 汚れをぬぐい、傍らの瓦礫に腰を下ろす。眼の奥が重くだるく、熱っぽかった。こめかみを手で圧迫する。


 そこにアカリが降ってきた。

「とうっ!」

 膝を抱え背中をまるめてくるくる回転。両手を横にぴんと伸ばして、ユートの真横に華麗なる着地。

「十点満点~」

「なッ!? どっから来たこのガキんちょ!」


 少女がぎょっと眼をひんむく。


 アカリは素知らぬ顔でニコニコと近づいた。

「なーなーって駄菓子屋のハツヨばあちゃんやろ? ばあちゃんどこ行ったん……」

「しらばっくれんな、そっちこそばあちゃんどこやった! もしばあちゃんに何かあったらガキだろうが何だろうが絶対ぜってー許さねえからな!」

 少女は火がついたように喚き散らす。アカリは首をちぢめた。

「こわ。何でこんな凶暴女助けたん」

 ユートは額から手を離した。説明するのもまだるっこしい。

「いつも言ってるだろ、この子が《らんらんミリタリーらんど》の店長だ。ハヅヨばあちゃんの孫の……」

「そそ、ハツネちんはウチ専属の運び屋さんでしてねェ、さっき帝都からつんで戻ってきたばっかりでェ、」

 首を獲られる真っ最中だというのに黒服は何食わぬ顔で普通に紹介する。


 アカリは眼をぱちくりさせた。

「へーー! 怪しげな横流し品ばっかり扱う武器屋さんやうとったから、てっきりゴリゴリの筋肉ダルマかと思うたわ。よう見たらめっちゃカワイイやん」

 少女——ハツネは物騒な凶器を手にポッと頬を赤らめた。口ごもる。

「おっ……オレが、可愛……?」

「街なかでロケット弾ぶっぱなすオラオラヤンキーのどこが可愛いんだか」

「はあ!? ンだとオラァテメ外に出ろブッ殺……!」

「つもる話は後にしよか」


 アカリはなにげなくナイフの刃をつかんだ。黒いブレードがとろけたチョコレートみたいにぐにゃりと曲がる。ハツネは口をぽかんと開けて固まった。


「……そんなことよりも、たぶんお互いに訊かなあかんことがあるやんね」


 アカリの言うとおりだ。ユートはうなずいた。どうも先ほどから具合がよくない。めまいがする。頭痛がひどくなる前にさっさと事を済ませたほうがよさそうだった。何か変なものでも食ったか、それとも。


「アルカをどこへやった」

「ハクちんと連絡がつかねェんですがァ?」

「ばあちゃんどこだ!」


 異口同音。全員が全員とも答えるすべを持たなかった。顔を見合わせる。アカリは小難しい顔を作って首を振った。

「ってことはやっぱは校長先生やないってことや」


 ユートは口をへの字に曲げた。

「その根拠は」

 アカリは組んだ腕をほどき、黒服の胸元を指さした。

「それや」

「あっ」


 確かにその通りだ。二度見する。盲点だった。


 途中からハリボテ頭をかぶせられはしたが、もしそうだったなら目に留まったはずだ。目立つ着ぐるみ頭以外に。こんな悪趣味などピンクの蛍光ネクタイをしめているのは黒服とハクの二人ぐらいしかいないというのに。


 だが、はたしてそんなことがあるのだろうか。

 声紋鑑定すらすり抜けるほどの人間がいる、などということが。


 どちらにせよ、黒服こいつを犯人だとした当初の推測はまるで見当違いだったことになる。

 いったい誰がどこにハクとアルカを連れて行ったのか。

 すべてがふりだしに戻ってしまった。

 ため息が重苦しい。首筋がやけにむず痒かった。手で押さえる。傷口が腫れているような気がした。かゆい、ぞわぞわする、手のひらの汚れの下に何かが触っているような悪寒。気のせいか。


「どしたん?」

 アカリが訊く。ユートは反対側の首筋を強くつかんだ。もぞもぞと動いている。やはり虫が這っているらしい。気持ぎもぢが悪い——

「テメー……?」

 ハツネが不穏に目をほそめる。疑念のまなざしを黒服からユートへと移して、小さく目くばせ。


「何でもない。とにがぐアルカとハクを探さないど」

 声が濁った。うまくしゃべれない。

「顔色悪いで。どっかで休んだ方がえんちゃう?」

「悪くない。もう行ぐぞ」

 舌がもつれる。ユートは埃を払い落とすふりをして見えない虫を落とした。やけに視界が暗い。気ばかりが急いた。二人を早く取り戻さねば。いや、違う、。あの場所へ。

 耳の中に何かがいる、頭チの中ギから音が聞こえチ——何だこの音ギは、チいったい、何が、どうなって——虫が首の後ろ側に回り込んで鬱ギ陶しチ——


「オイ、待ちァがれ」


 ハツネはゆっくりと後ずさった。あごをしゃくる。

 黒服は肩をすくめた。親指に乗せたコインを二枚続けてピン、ピン、とはじく。

 コインは空中で銀虹の光を反射し、一枚はポン、と白い煙にまかれてショットガンに化けた。もう一枚はガラスの光を放って再び黒服の手の中に戻る。

 ハツネは唐突に出現した銃を迷わず空中でキャッチした。流れる手つきで銃弾を装填し、殺気の光る銃口をユートへと向ける。


「テメー……ヤク中ドープヘッドか」

 顔半分が嫌悪のかたちにゆがんだ。

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