人でなしと絶体絶命の選べない2択
地面が揺れた。炎の蛇めいた爆風が路地の隙間にまで入り込んで社会のゴミを派手に消毒。
「くっ……!」
頭上から大量に鉄くず、瓦礫、割れたネオン管、えっちな絵の看板が雨あられと降りかかった。たまらず燃えカスのコートを頭からかぶって地面に伏せる。
爆砕したガラスの音響が鼓膜を突き刺した。
「動くな、みじん切りになるぞ」
溶接面の耳元で怒鳴る。作業着少女は咳き込んだ。身をよじる。
「う、う……ん……? 何か当たっ……」
間近で眼が合った。
「んぶッ!!?」
いきなり跳ね起きた。
「動くなっって!」
必死に引き戻して押さえ込み組み敷くユートに対し、オレンジ作業着女は溶接面でガンガン頭突きし、両手両足をばたつかせて引っ掻き蹴飛ばし殴りかかった。完全に野獣だ。
「テメエーーー何しやがんだこのクソエロミリオタ! 手え離せ……っあっ……あっ、あああ!」
液晶シャッターの奥に、限界まで見開かれた眼が透けて見えた。 ごくりと喉が上下した。息を呑む。
「オレのトレーラーがッ!」
「やっと気づいてくれたか、よかった」
「ぜんぜん良くねえ――――ッ!」
遮光フィルターが、炎に包まれるロケット弾の光を反射する。
ランチャーが閃光に包まれた。
閃光が十字に走る。地面が鳴動。全員殺す殺すマシンと化した狂乱のロケット砲弾クラッカーが夜空へと
反動でトレーラーがバウンドした。横転する。
姿勢制御もできないまま、ロケット弾どうしが上空でもつれ合って空中衝突&爆発。ビルの上半分が木っ端微塵に割れた。ランチャーの破片と残骸と燃え残りの燃料が落ちてくる。
「アッ」
とんでもないことに気がつく。
焦って地表へと視線をひん曲げた。心の声とおしっこを同時にちびる。
……1本足りなぁ……
「いいいいいいーーーーーッ!!?」
どうせ誘爆するならまとめて全弾吹っ飛んでくれればいいものを、よりによって最後の一発が発射されず、そのままゴットン、と。
地面に落ちた。
巨大なネズミ花火がアスファルトの上で猛然と暴れ、七転八倒の大回転を始める。
赤い弾頭の先端がこちらを向いた。推進剤に点火。
「ひっ……」
オレンジ作業着の女が酸欠の息を吸い込んだ。ユートの襟をつかむ。
「なっ……何とかし……!」
「最初っからそう言ってくれてりゃあ、こんなことにはなってねえよ」
あまりの絶望具合に苦笑いする。上から火のついた鉄骨やら瓦礫やら、極大質量による同時飽和攻撃。横からは制御不能のロケット弾。
さすがに無傷で回避は不可能だ。
1 オレンジ作業着の女を肉の楯にして自分一人でこの場から逃げるか。
2 それとも、二人仲良く瓦礫に埋まり、おとなしくロケット砲の餌食になるか。
選択ボタンは人でなしと絶体絶命の選べない2択。
さあ、どっち?
「『くそっ、これまでか……!』」
異音、轟音が連鎖して響き渡った。
先ほどからアカリではない別の声が混じっている。それが遅延なのか
アカリともあろうものがまさか誘爆に巻き込まれるようなヘマはすまい。ならば。
思い浮かぶ可能性はふたつ。何者かによってアカリが倒されたか、あるいは。
なぜか脳内にくそったれなYESNOフローチャートが分岐して伸びてピンクに発光した。コートと
「ふざけんな!」
怒鳴った。そんなこと聞いている場合じゃない。そうじゃない。
世の中にはやっていいことと悪いことがある。舌打ち百回程度では気が済まない。
「少しは空気を読め。のんきにクイズなんて出してる場合か!」
正解へいたる《クリア条件》は——
見えない誰かに向かって怒鳴った。
「くそっ……! そこにいるんだろ! さっさとしろ!」
少女を抱きかかえて地に伏せる。
「『ここは俺に任せてお前は先に行け!』」
「『……分かった! ユーちんの仇は必ず僕ちんがとってみせる!』」
炎の逆光に影絵が躍る。芝居がかったセリフが聞こえた。絶対に自分の声じゃない。この声はいったい誰なのか。
「『信じてるぞゼクトお前なら必ずやってくれるってな!』」
「『次回! 第二部イケメン主人公さっそう登場! 待ちくたびれたぜ僕ちん様! 世界を救うのは君しかいな……』」
「うるせー! しゃべくってる暇があるならさっさとやれ!」
ガラスの砂利を踏む、硬い靴音が響いた。
顔の横を、黒の革靴にピンクと水色の水玉という趣味の悪い靴下の足が通り過ぎてゆく。
「クヒヒ、すなおに主人公の座を明け渡すってェんなら、手を貸してやらんでもないんですけどォ……?」
眼前のロケット砲などまるで意に介さず。どこ吹く風の口笛すら吹きながら立ち止まる。
足元から伸びる影が異様に長い。地面の凹凸にそって無理やり捻じ曲げたような、悪意でゆがめた奇形の闇。
ユートは顔を上げた。口をゆがめて笑い飛ばす。
「
「ァッそれイイもっと言ってェ」
ふかぶかと目深にかぶった山高帽。炎のゆらめきを写し込む偏光サングラス。趣味の悪すぎる蛍光ピンクのネクタイに、人を食ったあくどい笑み。
黒手袋の右手の甲に、淡い銀虹色の線が伝い走る。
いつの間にか、両手の指の間すべてにコミカルなキャラの横顔が浮き彫りされたコインを挟んでいる。マジシャンのようだった。
芝居がかった大げさなしぐさで手を握り込み、再び開いた瞬間。
コインは消え、代わりに紐型信管を糸で結びつけた黒いバトンが出現した。しゃらりと扇の形に広げる。
「3、」
黒服は両手首のスナップを効かせバトンを放った。信管索がぴんッと突っ張って抜ける。
バトンはきれいな放物線を描いてトレーラー周辺に落下。コロコロと転がった。
「2、……あれェ?」
紐が指のどこかに引っかかったらしい。すべて投げたはずのバトンの一本が、なぜか紐にからまって指につながったまま残っていた。黒服が困惑の面持ちで手を持ち上げる。
鼻先のバトンが左右に揺れる。もちろん信管の紐はとっくに引っこ抜き済み。
「1。えっとォ……? 何で一本残ってんのォ……?」
残り一カウント。暴れん坊ロケット弾は壊れたシーソーみたいにぐりんぐりん上下しながら大回転した。一難去っ——全然去っていないのにさらにまた一難。ロケットの噴射炎が四方八方をまばゆく照らし出す。
突如、白煙と轟音を巻き上げて空中に跳ねる。
「はや、はや、はや、早く投げろーーーッ!」
ユートは黒服に怒鳴った。ロケット弾は全方向へ閃光と噴射炎をぶちまけながら倒れ込むようにこちらへ弾頭を向けた。至近距離で直撃をくらえば、肉も骨も爆裂四散。チリ一つ残らない。
距離五十メートル。100ミリ秒後の死が迫る。
「クヒヒ……投げてほしいィ? ユーちん、ホントに僕ちんに投げてほしいのォ……?」
「寝言ぬかしてないでやれ!」
「エェ……どうっしよォっかなァ……?」
「やっちゃってくださいお願いしますーーーー!」
黒服はロケット弾にくるりと背中を向けた。
最後の一本をぽいと肩越しに投げやる。歩き出した。
絶対余裕の
爆風に山高帽が吹き飛ばされた。金髪がかき乱される。蛍光ピンクのネクタイが激しくばたつき、鼻に乗せたサングラスの下でほそめた青い瞳が片方だけ、躍る前髪に隠れる。
「
炎上するトレーラーも暴発するロケット弾もビル街を破壊し尽くすはずの爆風も。
そして直前に迫るロケット弾も、また。
金属球もろとも、空間ごと、なかったことにされる。
生じた真空に大気のダウンバーストが吹きおろす。ごうっ、と耳元を風が吹き抜けた。
後には更地だけが残った。
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