お地蔵さんでさえ恩返しにくるのにこの恩知らず!

「死ねえ!」

 言葉より先にスラッグ弾が飛んでくる。コンクリート壁が穴だらけのチーズになって砕け散った。

「死ぬ前に話ィ!」

「じゃあ死ねえッ!」

「会話しろ会話ァ!」

 トレーラーに架装したコンテナを取り巻くド派手な満艦飾のLEDが点滅して一周、でかいモーター音を立てて斜めに起き上がる。天井が二つに割れた。カバーが後方へ多段スライド。パイプ状ロケット発射器ランチポッドが露出する。

「たっ!?」

 この形は、まさしく。

「っ……多連装ロケット砲……!?」

 血の気がざーっと滝汗の音を立てて引く。

 ランチポッドが九十度旋回した。弾頭が迫り上がる。


「いや待でなんでそんなもの! おおおおがじいだろ設定が!」


 脳内でクエスチョンマークとビックリマークが渦を巻く。わけがわからない。

「こんな至近距離でロケット弾ぶっ放すやつがあるか! ここをどごだと思ってる。市街地だぞ」

「うっせェテメエなんぞに説教される筋合いはねェばあちゃんのカタキーーほげっほげっッッ……何だこの煙ッ……!!!」

 運転席の下部エンジンルーム周辺から煙が噴き出す。煙はみるみる黒みを増し、入道雲めいてもうもうと立ちのぼる煤煙に変わった。煙の内部に炎の舌が這う。


 運転手はエンジンの発火にはまったく気づいていないらしかった。溶接面のマスク越しに咳と涙声がまじる。

「オレがいねえうちに、ハツヨばあちゃんに何しやがった! ばあちゃん返せよ、この疫病神が! 今すぐ死ね死ね死ね死んじまげほっげほっ……ッ!!」

「だからそれは誤解だって、まずァ状況把握と情報交換!」

「とぼけんなゴルルァァ!」


 オレンジ作業着はうなじの毛までドラ猫のように逆立ててうなり声をあげた。次弾を詰め込みながらフォアエンドを前後に動かして排莢装填。壊れたドアから赤い薬莢がこぼれて散らばる。ユートは焦って言いつのった。

「違う、エンジン見ろ、爆発すんぞ! トレーラーから離れろ!」

「うッせぇ誰がテメェなんぞのッほげっほげっほ!!」


「もう、んなやつもう放っときゃええやろがい。自分が巻き込まれんで?」

 アカリのあきれ声が降ってくる。ユートはななめに道路を横切ってコンクリ壁の死角に飛び込んだ。肩で息をつく。

「それがでぎだら苦労しねえって……」

 のどがガラガラだ。声が割れる。脇の下を冷や汗が流れた。

 漏れ出た粗悪燃料から真っ黒い発泡ゴムみたいなばい煙が吹き流れている。もう時間がない。

 息を吞み、顔を振り上げて再度投降を呼びかける。

「……とにかく話を聞けハツネ! 逃げろ早……ふぎぃッ!」

 返ってくるのは人の声にあらず、銃弾銃声の雨あられ。

「あンのクッソ野郎、ひとの話を全ッ然聞きゃあしねえ」

 舌打ちするも、みすみす見捨てるわけにもいかない。弾幕の銃声がやんだ一瞬。遮蔽の壁から斜めに飛び出した。地面に身を投げ、転がって、わざと射線に身をさらす。こうなったら、何が何でも相手をトレーラーの運転席から引きずり出さないととんでもないことになる。


 もしこのままエンジンに引火、トレーラーごとドカンと爆発炎上したら。アズヤの市街地ど真ん中にクラスターロケット弾をあっちこっちにばらまいたら。


 想像しただけで尻の穴がひゅんと冷えた。真っ赤なアズヤの夜がもっと真っ赤に燃えて燃えて、ビルの二、三本がドミノ倒しで崩壊蒸発するだけではすまない。泣きべそをかいて怒鳴る。

「……ほんとにもう、やめてくれハツネ! 頼むから!」

 ただでさえ後ろめたい身の上だというのに、いわれのない大量殺人者の烙印まで押されてはたまらない。完全にこっちが人類の敵に回ってしまう。

 

 作業着の少女はショットガンから一瞬手を放し、溶接面の上から目元を強くこすった。しゃくりあげる。

「うっせえ馴れ馴れしく人の名前を呼びやがって……! げほっ、げほっ、くそ、何だこの煙、さっきから!」

 運転席の真下を赤黒い炎が這った。どんっ、と空気が不穏に振動した。地面が上下に揺れる。

 トレーラーの真下から煙がもうもうと吹き出している。運転手がどこにいるのかまったく見えない。赤外線カメラは全面真っ白、どこもかしこもうずまく気流の高温で動体反応すら見分けられない。

 戦闘に入る前にスキャンで叩き込んだ3D障害物データを頼りに無視界で突っ走る。

 果たして間に合うか。

 ユートはトレーラーに走り寄った。


「ハツネ!」

 呼びかけたが今度は返事すらなかった。影が運転席に突っ伏している。まずい。煙を吸って倒れたか。

 もう、一刻の猶予もない。


「起きろ。失神してる場合か」


 ユートはトレーラーの運転席によじ登った。残っているガラスをたたき割り、ハンドルに突っ伏して咳き込むオレンジ作業着の腕をつかむ。

「来い!」

「離っ……げほっ!」

「いい加減にしろ。マジで死にたいのか」

 オレンジ作業着はユートの腕を振り払おうとして、大量に煙を吸い込んだ。喉を押さえて咽せかえり、膝を折って倒れ込む。

「だから言ったろうが」

 ユートは煙を吸い込まないよう口元を袖でおおった。失神したオレンジ作業着を強引に引きずり下ろす。

「くっ……!」

 周囲は火と煙の海。全身に火の粉のシャワーを浴びる。運転席だけではなく、連結部からコンテナ周辺にまで火が回っていた。誘爆寸前だ。


「まったぐもう、世話が焼ける!」


 息を止め、火中に飛び込んだ。全身火だるま。コートの裾に火がつく。

 このままでは、世話を焼く前に愛用のコートまでが焼けてしまう。

 悪口雑言マシマシでわめき散らしたいのをぐっと我慢。口を閉じまぶたを縫い付けんばかりにぎりりとつむって気道熱傷をふせぎつつ何度も地面に転がる。ようやく火が消えた。跳ね起きて火のないところまで突っ切る。


 引きずっていたオレンジ作業着の女がやっと眼を覚ました。

「あっテメエこのやろ何しやがる手ェ離しやがれブッ殺すぞ!」

 息を吹き返したとたん、蹴りつけるわ引っ掻くわの大暴れだ。

「せっかく助けてやったのにその態度!」

「助けられた覚えはねえッ!」

「鶴でも亀でもお地蔵さんでさえ恩返しにくるのにこの恩知らず! あとでお前んちらんらんミリタリーらんどにオトナ買いに行くからな詫びコートと手袋とブーツとその他いろいろ予備用観賞用保管用の4セットだ雁首揃えて用意しとけよいいな!」

「てめえに売るコートなんかねえわ!」

 相手の情報を手に入れんがためにわざわざ敵地へ乗り込んだのに、当初の目的からどんどん斜め上に遠ざかって、逆に事態ばかりがますます悪化している。とにかくこの場を離れるしかない。巻き込まれたら一巻の終わりだ。社会的にも身体的にも。

 周囲を見渡す。とにかく壁、遮蔽物さえあれば爆風も熱風も伏せればなんとかなる。


 あった。トレーラーが破壊しつくした周囲のビルのうち、かろうじて無事なコンクリートの基礎部分を発見。

 確認と同時にオレンジ作業着の襟首をひっつかんだ。身を低くして飛び出した。ちんちんもがもが掩体の陰に転がり込む。


 炎がコンテナポッドを舐めつくした。一瞬、鼓膜がキィンと震えた、かと思うとエンジンが爆発した。炎と怒号と熱々に溶けた金属部品をまき散らす。


「ユート、はよ離れえ! もっと! !!」


 火災の炎と煙が夜空を赤く焦がした。アカリは騒然となった地表を見下ろしながら腕をぐるぐるまわした。

 近隣のビルの窓からも次々に住民がこぼれ落ちるようにして逃げ出してゆく。消火活動など望むべくもない。誰かが半鐘がわりのカネを叩き鳴らしていた。だが実はまだメインエンジンがやられただけの程度


 問題は、その背中に積んだ危険物のほうだ。


「っと、こらアカン間に合わん、もう援護するどころの話ちゃう」

 状況を見て取るとアカリはぶるっと振るい上がり、頬をゆがめた。奥歯をかみしめ、屋上のフェンスによじのぼる。

「緊急退避や! アカンアカンもうアカンって……!」


 足をかけて塀を乗り越え、飛び降りようとした、とき。


 背後から黒い手袋の手が伸びた。口をふさいで喉に巻きつく。

「ほごっ!?」

 ぐいと引き戻される。アカリは眼を押し開いた。フェンスにひっかかった足が空中でジタバタする。

ふぐえええだれっ……!?」

「あっちは危ないからァ……よいこはおとなしくしてましょうねェ……お嬢ちゃァん……?」

 甘ったるいささやきが耳に吹き込んだ。


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