「るせェビチクソ野郎ーーーーーーーーーーッ!!!」
人の身長より大きいタイヤがゆっくりと回り始める。
赤色ハイビームが夜を舐め上げた。光跡が赤く反射する。エンジンの重低音がとどろく。
ユートはアカリにハンドサインで上を指さした。
「上空を警戒しろ。不測の介入があるかもしれん。やばくなったら援護頼む」
「やばぁなってからでええの」
「死んでも三秒ルールで何とか」
「らじゃ」
アカリはアパートの雨樋をつたってするすると壁を登った。二階のベランダにぶら下がる。
「よっと」
前後に足を漕いで勢いをつけ、腰をくの字にして後方に浮いたところでふわっ……と手を離して三階の手すりをカエル飛びの体勢でキャッチ。屋上まで登りきると腰に手を当て、肩をそびやかせた。小さなおさげにくくった赤い髪が風になびく。赤外線の
「援護やて。よう言うわ。普通の人間に殺れるわけないやろ、《
やや悪どい顔でクスッと笑う。
「よっしゃ、ほな地形スキャンいくで。データ共有」
「
視界および戦術予測AIを共有する。スキャンした映像からリアルタイム3D地形データを動的生成。
敵は黒塗りコンテナを積んだロングトレーラーだ。いきなりローギアのてっぺんまで吹け上がる。加速。熱風の圧が噴出した。
片眼の真っ赤なヘッドランプが路地を直進。突っ込んできた。障害物はすべて跳ね飛ばす。さらに加速。
暴走トレーラーは対向車線からユートめがけて急激にハンドルを切った。鋼鉄の装甲シャーシがぎらりと赤く染まった。スモークを貼ったウインドーが下がる。突き出た銃口からコマ送りのフラッシュがひらめいた。
予測弾道がARナビレイヤに破線で表示される。斜め前に回避。着弾の火花がアスファルトをあばた面に変えた。
「殺す気まんまんかよ」
ユートは白塵の弾幕に追われてトレーラーの左、コンテナ側面へと走り込む。ヒステリックなわめき声がしてトレーラーが蛇行する。左側の窓がソードオフの銃口で叩き割られた。
「オラオラオラオラァ!」
運転手は大股びらきでハンドルに片足をかけ、ショットガンを突き出した。フラッシュ。背後のビルの窓ガラスが夜中の校舎みたいに次々と割れた。けたたましく木っ端みじん。硝煙が横に流れる。
アパート下駐輪場に停めてあったバイクに着弾。派手に吹っ飛んだ。空中で燃料に引火、ドリル回転しながら連鎖して爆発。
半分に折れた炎のハンドルが上階のアカリの鼻先をかすめる。
「何すぎゃあああああ!」
「
アカリはギャアギャアわめきながら、両手で髪の毛に降りかかる火の粉をはたき落とした。笑って見上げたユートだったが、そのバカ面へ真っ赤に煮えたぎる破片の雨。
「
のけぞり転倒する寸前。
バク転の出来損ない状態で地面に右手を突き、衝撃を殺す。
眉毛チリチリ、砂だらけ、焼け焦げだらけ。アカリがあきれたふうに言ってよこす。
「下っ手くそやな。はよう片付けんかい。手ぇ出すで?」
ユートは首をちぢめる。
「やめてくれ、被害が広がる」
片鼻をフンと言わして焦げたチリチリの鼻毛を吹き飛ばした。仕切り直しだ。
地面に向けた左の手のひらに、グリーンの蛍光色ホログラフィーを握り込む。
「ほら、また出番だぜ」
自律攻撃型セキュリティbot、《
「よし撃て!」
「きゅぽん♪」
無限回分解レーザーパルス発振。発光する内部のらせん機構が透けて見えた。前輪タイヤに十点バーストを叩き込む。
「きゅぽんきゅぽんきゅぽんきゅぽん☆彡」
タイヤのボルトを締めるホイールナット十ヶ所中、九点に命中。蛍光色の閃光を放って蒸発した。微細な黒い金属球をまき散らす。
「きゅぽん☆彡」
「微妙にはずしといて態度でかいな?」
タイヤが8の字に振動し始めた。接地したパイプバンパーが火花の直線を引きずる。
悲鳴が聞こえた。運転席でハンドルにしがみつく影が慌てている。
トレーラーは制御を失い、対向車線側のビルエントランスに突っ込んだ。
「あぎゃぁテメー何しやぁぁぁぁッあッアッーーーー!」
肉塊製造機と化した鉄塊が、轟音と悲鳴とコンクリートとガラスと鉄筋のスパゲティをもりもりに盛り上げながら一階正面をぶち抜いた。階段に乗り上げて斜めにせり上がり、ようやく止まった。
トレーラーの運転席側ドアが内側からバンッと開いた。ヒンジがぶっちぎれてドアごと平行に吹っ飛ぶ。
「オイコラテメエ!」
オレンジの鋲付き作業着を着た女が身を乗り出した。
エメラルドグリーンの長い三つ編みにピンクのエクステ、ベルトスリングをクロスにかけて腰だめのショットガン。顔は黒の遮光防塵溶接面で隠して、肩にトゲパット。完全に世紀末悪役令嬢の装い。
「ブッ殺す! テメエは絶対オレがブッ殺す! 動くんじゃねーー!!」
指をつきつけて怒鳴り散らす。
「ん?」
一瞬、気を取られる。
オレンジ作業着は手にしたショットガンをずり上げ、フォアエンドを雑にスライドしてぶっ放す。
「は!?」
我に返ったユートの真横、コンクリート壁がなで斬りにされた。火花と粉塵が飛び散る。瓦礫が閃光に染まった。
「ちょちょちょちょちょっと待てハツ……!」
レーザーサイト代わりの真っ赤なサーチライトに追われ、ユートはがれきの死角へと飛び込んだ。
「ちょこまか動くなこのボケがーーッ!!」
銃声のはざまに怒鳴り声。ユートは降参のポーズで手を突き出した。
「いや、だから待て、おち、おち、おおお落ち着くんだハツネ!」
「るせェビチクソ野郎ーーーーーーーーーーッ!!!」
この声。やはりあいつだ。あいつならこんな装甲トレーラーを持ち出して来てもまったくおかしくはない。懐に入れた軍用品を右から左へ流れるようにかっぱらい売っぱらう店の店長。
「さんざんばあちゃんに世話になっておきながらふざけんなこの屁っこき野郎! 運び屋なら運び屋らしくおとなしく黙ってゲロミンチになりやがれーー!」
再びファアアーーーーーーーン……!! と
片方の前輪がはずれたままだというのに、強引に車体を振って方向転換。瓦礫を後ろに跳ね飛ばす。
「いいか、一歩もそこを動くんじゃあねーぞ!!」
出会い頭にショットガン乱射とはよほど腹に据えかねることがあったらしいが彼女が何に対して怒っているのか、まるで見当がつかない。仕方なくお伺いを立てた。
「あの、俺、何かやっちゃいました?」
「うるせえ黙って死ねえええええッ!」
まさしく問答無用。わが身を守る緊急避難のため仕方なく反対側の前輪ホイールもレーザーで撃ち抜いた。
運転席直下の前輪が8の字に激しく振動した。
切り返しするトレーラー本体から、ばかでかいタイヤがすっぽ抜けた。フリスビーみたいに斜行して突っ込んでくる。
とびのいてかわす。
制御を失ったタイヤは質量と遠心力の暴力と化してビルのシャッターに突き刺さった。スチールをまるめた布みたいにひきずってからめ取る。
中で息を潜めていたらしき住人の悲鳴と怒号が巻き起こった。階段の上からばらばらと人影が駆け下りてくる。
「何しやがんだテメーおろすぞゴラァー!」
「どこの組のカチコミだァーーー!!」
これはもしかして強力な援軍か? と期待をこめた笑顔で振り向く。
「おっ、いいところに来た、すまんが助けて……」
「てめえが死ねやあああ!!」
めちゃくちゃガラの悪い藪蛇だった。包丁にナイフにフォークに銃撃と消火器が雨あられとユートの頭上に降り注ぐ。
「痛い痛い痛い痛い文句はタイヤに言えー!」
泡を食って逃げまどった。お怒りはごもっともだが完全に濡れ衣だ。
その間、大惨事の元凶である暴走トレーラーはタイヤのない運転席下部を火花の鼻血まみれにしながらバック走行。
道路の反対側のビル入り口にケツから突っ込んだ。上階のガラスが全て破損して水晶の雨を降らす。
運転席の作業着女は狂ったようにクラクションを叩き鳴らした。
「ちくしょうッ動かねえーッ!!! テメエ、オレのトレーラーに何しやがった! そんなにすりつぶされたいか、あァー?!」
「何しや……ってそれはこっちのセリフだ!」
「うっせえ死ねゴラァーーッ!」
そもそも会話が成立する相手なら最初からトレーラーで突っ込んできたりはしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます