はっぴぃ♪ えんじょい♪ らんらん♪ らんど♪ みんなで行こう♪ らんらんらんど♪ 何でも買えちゃう♪ らんらんらんど♪

「らしくねえぞ、そんなの」

 ユートはハン、と鼻を鳴らした。あごをそらす。

「俺等みたいなよそ者を雇うハツヨばあちゃんがおせっかいすぎんだよ。どこの馬の骨ともしれねえ、もしかしたら怪物ヴェルムに寄生されてるかもしれないよそ者をな」


 微妙に眼の奥が圧迫されて腫れぼったい。まぶたを指で揉んだ。気をまぎらわせるためにわざとつまらない冗談を飛ばす。

「何わろとんねん。笑い事ちゃうわ」

「だから、その、かかわってくれるだけでもありがたいと思わなきゃならなかったんだよ本当は。いろいろやっといて何だけど」

「それはうちも同感」

「だからばあちゃんにだけは謝りに行きたい。家のこともあるし」

 ユートは正直にためいきをもらした。

「ちょっと順番が変わっただけだ。やることは同じ。ハクを説得して味方に引き入れてソーナを探してアルカを治してもらう。黒服野郎をぶん殴って簀巻きにして海に投げ込んだらばあちゃんに詫び入れついでにらんらんミリタリーらんどに行って横流したてホカホカの官給装備一式とコートと軍靴とショットガンを買いまく」

「ついでから後ろが余計すぎるわ」


 交わす必要もない会話、面白くもなんともない寸劇コントを無駄に繰り広げる。そうやって無理にでも声に出さないと落ち着かなかった。

 進むにつれ、廃屋の点在する郊外の光景は次第にぽつぽつと赤い窓の光が漏れる雑居ビル群へと変わった。奥行きのある生活道路が交差し、人ではない別のものがひそんでいそうなほの暗い雰囲気へと変わる。


 生き残った町同士を結ぶ公共交通や通信手段——鉄道、高速道路、航空機は途絶して久しい。かろうじて船舶輸送は生きているが、怪物ヴェルムが荷物に紛れ込んで港湾施設ごと消滅解体された事例は枚挙にいとまがなく、確実を期す物流ルートとは言えない。

 よって合法非合法ひっくるめた物流を請け負う命知らず運び屋が重用され、残された文明の点と点を線でつないだ。そんな中には官給品の横流しを堂々と売りさばく《らんらんミリタリーらんど》のようなヤツもいる。こちらの素性を明かさずカネだけで帝都の情報を手に入れられる、貴重な情報源だ。


 古くさいトタンのアーケードが夜空に黒い蓋をかぶせていた。出来の悪い穴だらけのプラネタリウムみたいな赤い空がのぞく。

 どこか遠くで軽快な音楽が鳴っていた。


 ……らんらん♪ らんらん♪


「路上で盆踊りでもやってんのかね」

「賑わいがあってええやん」

 アカリはユートの嫌味を無視し、伸ばす必要もない首をわざとらしく伸ばす演技をして、きょときょとと周りを見渡した。

「確かハツヨばあちゃんちがこの向こうあたりやったよな。どこらへんやったっけ。らんらん♪ 暗うてよう見えん。らんらん♪」

 アカリは珍妙な歌につられ、肩ごとリズミカルに頭を上下させる。


 ……らんらん♪ らんらん♪


 同じフレーズがやたらとリピートされる。なぜか耳にこびりついて離れない。

 入り口に板を何重にも打ち付けたビルの前に、時代のエアポケットに取り残されたかのようなカプセル自動販売機の集合体が積み上げられていた。どうやら謎の歌はカプセル販売機内部から発せられているようだ。中には黒い艶なしのカプセルが詰まっている。

「あッ、ガチャ発見」

「道草食ってる暇はないぞ」

 それとなく遠回しに引き留めたところで空気も行間も読むアカリではない。眼を輝かせて走り寄る。

「大丈夫大丈夫。草やのうてガチャやし」

「食うな!」

「まあまあそない言わんと……あれえ?」

 だが近づいてみるとカプセル自販機はどうやら故障中らしかった。コインを入れる投入口に、《絶対に》《回すな》《キケン!》と大書した紙が3枚貼ってある。見るからにあやしい。

 アカリは首をかしげ、反対側にまたかしげ、ぽむ、と手を打った。頭の上に豆電球が灯る。

「とりあえず回したらなんか出てく」

「回すな!」

「絶対に回すな言われてやらんやつがこの世におる?」

「やるな!」

 嬉々としてレバーを回しにかかるアカリをつかまえ、自販機から引き剥がす。


 レバーの回転を検知したのか。自販機がぶるっと振動する。ファンファーレが鳴りわたって商品パネルが点灯。

「うわ!?」

 自販機全体を取り巻くゲーミングイルミネーションが激しく発光点滅し始めた。バカでかい拡声器が音割れした宣伝ソングをぶちまける。


 はっぴぃ♪ えんじょい♪ らんらん♪ らんど♪ みんなで行こう♪ らんらんらんど♪ 何でも買えちゃう♪ らんらんらんど♪


 耳を突き刺す超音波の歌声に合わせて、カプセル自販機が揺れるほどの大音量とミラーボールのレーザービームを四方八方へまき散らした。これがロケット弾の発射装置だったら全員がこの場で即死だ。

 爆音ソングに反応したのか。周辺の雑居ビルから、窓の形に浮かんでいた赤い光が一斉に消えた。

「静かにしてってば、ご近所迷惑やん」

 アカリは必死にお騒がせ自販機を揺さぶり、撫でたり叩いたり脅したりしてなだめすかす。だが自販機はますますヒートアップ。ギラギラバチバチ光って歌って歌いまくる。


 みんなでGOTO!(うぇーい♪)(うぇーい♪)HAPPY!(らんらん♪)ENJOY!(らんらん♪)LANLAN!(らんらん♪)……


「いま何時や思うとんじゃ、ワレえ!」

 数々の狼藉もはや勘弁ならぬ。切り捨て御免でぶん殴った。

 カプセル自販機は戦車砲で撃ち抜かれたみたいに炸裂し、くの字に折れ曲がって背後の壁にぶち当たった。破片の噴水がきらめく。

 プラスチックのカバーが割れ、中身の黒いカプセルが転がり出た。

「あっ」

「あっ、じゃねえだろ。やりすぎだ。自重しろ」

 カプセルを追いかけるも、そのまま溝に沿ってコロコロと排水溝に落ちていってしまう。アカリは錆びたグレーチングの隙間から奥を覗き込んだ。

「あかん落とした」

 さすがに腐った水と泥と枯れ葉に手を突っ込む勇気はないようだ。

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