マジシャンズ・フェイク

……人間ってめんどくさ

 赤い夜に黒くねじ曲がった鉄骨のシルエットが浮かび上がる。

 サーチライトの光に切り取られた廃材は、さながら巨人に踏みつぶされた文明の遺骨だ。人が切断できる細い支柱部分はさっさと切り取られて、手のつけようがない残りだけが錆びるがままに打ち捨てられている。


「なあ、何か、向こうのほうがえらい真っ赤っ赤なんやけど」

 街明かりが火山島の水蒸気にけむって、ぼぅっと艶めかしくもあやうい。いざないの鬼火に見えた。

「ほんまにあっちでええん? 何やいかがわしい変なトコに連れてこうとかしてへん?」


 アカリは明らかに動揺した目つきで前方を見やった。黄色いくまの貯金箱をもどかしげにかかえている。

「アカリがこっちだって言ったんだがトレーラー」

「でもこんな夜に街中まっかっかて」

怪物ヴェルムは赤系の光に反応しない」

 小脇にゆるキャラのハリボテ頭をぶら下げてユートは足をはやめる。


 だらしない顔つきが気に入ってのことではない。こいつらの仲間を見つけ次第、闇にまぎれて襲いかかって白いハリボテ頭を真っ赤な血潮に染めてやらんがためのちょっとした変装道具だ。

「誰がそんなアホなこと言うたん」

「ハツヨばあちゃん」

「んであんなドラキュラみたいなカーテンがかかっとったんか」

「ニンニクナシナシな」

 窓にかかっていたカーテンは表が真っ赤なサテンで裏地が真っ黒の遮光。悪役のマントを思わせる配色の理由に思い当たって苦笑いする。


「ほんだらもしかしてそのラリラリ顔のハリボテとドラキュラマントを、変なスピ除霊師みたいなんがあやしいお札とかツボとかと一緒に売っとったりして」

 ぶらり、ぶらりと、被覆の剥げた電線が揺れる。周囲は軒並み無人の廃屋だった。

怪物ヴェルムに襲われなくとも、警察には一発で眼をつけられて職務質問されるな」

「さっきの《殺虫ドリルパンチ》でぶっ飛ばしたらええやん」

「殺虫パンチ言うな。エネルギー残量ゼロ。あの最後の一発撃ち込むのに俺が何か月かけて充電したと思う。毎晩毎晩夜なべして自転車こいで」

 背の高い草、灌木、ヤブカラシの大波におおわれた郊外の家々を横目に、かつてアスファルトの幹線道路だった場所を歩く。行く手は赤い蜃気楼の闇。

「……人間ってめんどくさ」

「何で急にそんなこわいこと言うの」


 ユートはチェストリグ下に装着したポーチに触れた。

 襲撃者は、どうやら金目のものを漁りもしなかったようだった。ぎっしりと詰めた旧大和円の萬札、おもちゃみたいなビット円コイン、その他今はもう存在しなくなった国々の紙幣が手つかずで残っている。縫い目の下にひそませたガラスアンプルも同様。

「……案外、間が抜けてるな」

 ひそやかに笑う。

「何て?」

 隣を歩くアカリが反応した。言葉尻が気になるのか、いちいち聞きかじる。ユートは前だけを見て歩き続けた。

「ほら、靴に穴も空いちまってることだし、それにどうせハツヨばあちゃんちの裏手だし、ここはひとつ《らんらんミリタリーらんど》に寄って手袋と靴とコートとリュックを予備と色違いと布教用で四セット」

「お金ない」

 ぴしゃんと無下に却下。

「じゃあどうする。あいつを探すか?」

 アカリはうつむいた。喉がごくりと鳴った。口ごもる。

「えっと、その……あいつって」


「もしかしてあれがだと、まだ信じてるのか」

 端的に訊いた。

 返事はない。

 言いたくはなかったが、現実から眼をそむけるのもそろそろ無理があった。この際はっきりした方がアカリのためだ。

「声紋分析の結果を報告しろ」

 アカリは弾かれたように顔を上げて首を振った。貯金箱の中身が鳴る。

「……そんなん無理にせんでもええし。だって、もし、」

だな」


 アカリは言葉を飲みこんだ。否定できないのだった。肩が小さく震える。

「黒服野郎が学校に同行しない時点であやしいとは思ってたが……ヒヨコ泥棒も最初からずっとだと言ってたよな。ハクのことかと勘違いしてた俺が言うのも何だけど」

「もうええ。言わんといて。分かった。校長先生を信じたうちがあほやった」

 アカリは沈み込んだ声でさえぎる。


黒服の目的はたぶん、最初からアルカだったんだ」

 ユートは続けた。管理者ADM呪装機巧エキソスケイルは一心同体だ。クレーターの底に埋もれていたパイロットの死体が。あらためて思い知らされる。


怪物ヴェルムに寄生された呪装機巧エキソスケイルなんて撃墜するほかないからな。たまたま俺の家に落ちてきたのを解体レッカーしにきて鉢合わせしちまった、ってところか」


 そんなことができるのはロクでもない同類——人類共同戦線か大和統合軍——とかかわりのある連中以外にはない。もし特巧古巣に密告が飛べばどうなるか。その点に関してはうっすら絶望的な苦笑いだけをして、あえて今は考えない。だが。


 もし、ハクと、黒服の、真意が。

 アルカのなのだったとしたら。

 

 一匹でも怪物ヴェルムに寄生された人間の侵入をゆるせば、街は人が集う拠点ではなく、単なるコロニーと成り果てる。今まで何度もそうなってしまった街、そうなりつつある街を見た。

 絶対防衛ラインを引いてそこから先は一匹たりとも立ち入らせない。生存可能領域ハビタブルゾーンの外はヒトの住む場所ではない。それが怪物ヴェルムに対する唯一の対処方法だ。例外はない。そんなことは分かっている。分かっていた。


 遠い風が心もとなくも吹きすぎる。薄い潮のにおいがした。だとすれば、もしかしたら、とっくに、もう——


「うち、どないしたらええんやろな」

 アカリは思いつめた顔をあげて投げやりに笑った。

同型機エンブリオやから言うて無条件に信用できるわけやない。そういう打算的……ってゆーか、強い管理者ADMに選ばれたいからいうて平気で嘘つくような子もおったしな。そんな子とハクがおんなじとは思いとうないけど」

 小さなため息。手の中の貯金箱がさほど多くもないコインの音を立てた。

「ほんでも、そんならそんで最初はなっから……ともだちのふりなんかせんといてほしかった」

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