PARARARARARARAァァァァ
再度、冷たい鉄で乱暴に小突かれる。
「アレはどこにやった、ァァン?」
マスク越しと分かる鼻にかかった呼吸音。いきなり撃たなかったのは尋問するためか。ナメ腐った態度とあからさまに聞き覚えのある口調、ふざけるにもほどがある。ユートは片手におたま、片手になべのふたを上げたまま憤然と振り返った。
「遅かったじゃないか、もうカレーは残ってな……」
返事の代わりに鉄と樹脂と殺意のこもった銃床の一撃。鼻がひんまがるほど血を吹いて倒れ込んだところをさらに追い打ちで背中から蹴倒された。
眼の奥に紫と黄色の星が飛び散る。
頬にショットガンの筒先をねじ込まれた。頬骨がゆがむ。
「PARARARARARARAァァァァ!」
襲撃者はけたたましい嬌声とともに引き金を引いた。全身が硬直する。
息と心臓が同時に止まった。死ぬ。死んだ。ショックで死んだかも。
……がなぜか死んでなかった。ゲラゲラ笑いころげている。どうやら死なせてもらえるのは、さんざんおちょくった後らしい。
頭にくる。どこまでもふざけた野郎だ。変にシリアスな顔で殺しに来ていたら本気で反撃してしまっただろう。たぶん、挑発すればするほど《お互い》の真意を知るチャンスと生き長らえる確率が高くなる。最後まで耳と鼻と爪と指がまともな形で残っていればの話だが。
一体、どういうつもりなのか。腹の中がぐるりと煮えくり返った。折れた歯を吐く。砂と血と鉄と焼けたゴムの味がした。
「もう一回だけ聞くぜ」
打って変わって冷たい声が脅した。
「次はチビどもの番だ。答えなきゃ鼻の穴がなくなるまで顔面をコンクリですり下ろす。あれをどこへ隠した」
声がくぐもる。
ユートは片頬を苦痛にゆがめた。人質に取られた側の自分はともかく、さっきからアカリの反応がない。データリンクしているはずなのに応答ゼロ。聞こえているのかいないのか、これは……さすがにまずい気がした。まさかアカリが制圧されるなどということがあるのか、人間相手に。
物陰から別の声がした。
「チーフ、さっきからボックスを探してるんですがどこにも見当たっ……」
あっけない銃声が響いた。一瞬の赤い火花に切り取られた黒ずくめの背中が声もなくのけぞって倒れ込む。重たく鈍い音。
両手でひと抱えする程度の大きさの、白い、丸い《頭》が転がってきた。
白い着ぐるみのハリボテ頭だった。らくがきみたいなタレ目と半開きの口が描いてある。ご丁寧にだらしなく垂れたヨダレまで描き添えてあった。何だこれは。
さすがに予想外だった。緊迫感ゼロのハリボテ頭と銃声のギャップを受け止めかねた脳が思考を拒否する。
呆然と振り返った。
背後にも同じハリボテ面が立っていた。眼が合う。軽薄な笑い声が着ぐるみの中でくぐもった。
「ジロジロ見んじゃァねェよ……オニイチャァン?」
側頭部を銃床の旋回が強打。耳の後ろの
ついでに誰がかぶっていたかも分からない汗くさいゆるキャラの着ぐるみ頭部を、前後反対にすっぽりかぶせられた。どこの誰もとも分からないおっさんの臭いが漂う。息が詰まった。
息苦しさに身をよじったところを背骨が折れんばかりに踏みつけられた。空気を吐き出す。
「が、はッ……!」
這いつくばったまま身を折る。頭の脂のにおいが鼻をついた。この世の地獄だ。吐き気が込み上げる。
「ハッ!?」
ようやくアカリがすっとんきょうな声を上げた。
「な、何が起こったんや? ユート、いつの間に? えっ? 何、何で!? こっ……何やってん……!?」
「オイィ……そこのガキんちょォ……動くなっつったろォがァ……!? ピッとでも動いたらコイツのドタマがケチャップまみれになんぜェ?」
襲撃者は憎々しくあざ笑う。ユートを人質に取られてはアカリも軽はずみには動けない。
「グズグズしてねェでさっさと拘束しやがれ。そっちの赤いほうが先だ」
背後の襲撃者が仲間に命じる。遠くから敵の一人が怒鳴った。
「ざまあみやがれピヨピヨ野郎! さっきはよくもぶん殴ってくれたな。次はてめえらの番だ、オラァ泣きわめけ! せいぜい命乞いすんだなァ!」
「あっアニキィ、余計なことは言わない方が……」
「ちょっ、この声聞き覚えあるわ」
アカリはがぜん焦った様子で口走る。
「分かった。あんたら、お昼間にピヨちゃん襲った三人組やな。仲間つれて仕返しに来たんか。この卑怯もん!」
「なっ」
がく然と息を呑む気配の声。
「あ、アニキィ、どうしようバレてますぜ……」
「バッキャロウバレてるわきゃねーだろが!」
「黙ってろこのクソゴミムシども! 俺の命令なしにくっちゃべってんじゃねェブッ殺すァゴラア!」
銃声と乱射と悲鳴が入り乱れた。銃火が消えたあとは自分がどこにいるのかも分からなくなるほどの闇。
——そんな、バカな。
ユートはゆるキャラのハリボテの中で舌打ちした。アカリがわざとピント外れなツッコミで時間を稼いでくれているうちに拘束を外そうと何度も試みているのに、関節を抜くことすらできない。
完全にやられた。歯を食いしばる。
アカリのパッシブソナーをすり抜けて背後から音もなく近づき、一瞬で制圧。カレーのおかわりに全員が夢中で油断しきっていたとはいえ、文字通り手も足も出ないとは。
それが昼間、ピヨちゃんたちの小屋を襲ったあの《マヌケな素人連中》の本性だとでもいうのか。
そんなバカな。
絶対にありえない。
それに、と歯噛みする。
ハリボテをかぶって正体を隠したつもりでいる襲撃の首謀者。今ちょうど真後ろにいるヤツだ。どこかで聞いたことのあるだらしない語尾。まさか。這いつくばった地面がやけに冷たい。
「おとなしく吐いたほうが身のためだぜェ……?」
耳の横にフルオートの轟音。火花が鼓膜を突き破った。
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