銀の雷鳴
「暴れんな、おとなしくしろ」
押さえつけようにも手に負えない。噛みつかんばかりの勢いで足が開閉した。ガチガチ音を立てて空中でユートの右手を振り回す。まるで暴れまくるドラ猫ならぬドラ蟹だ。所かまわず発砲。凶暴なレーザーをぶっ放すまき散らす吐きまくる。
「っちょ、やめ、ぐァァッ鎮まれ俺の右手ーーッ!」
(ちゃんと押さえる、し)
銀虹色の
吸い上げた挙動スクリプトを解析して管理者権限を書き換える。ようやくおとなしくなった。
「くッ! だめだ、右手が言うことを聞かな……ッ!」
(もう終わってる……けど?)
ハの字眉のジト目が見やる。ユートは横を向いてしつこく咳払いした。
「助かった。サンキュ。恩に着る。ささ、話は後だ。正義のマルウェアパワーをみせてもらうとするかな」
「撃てッ!」
トリガを引き絞る。
「きゅぽーん☆彡」
薄緑のレーザービームが一直線に反り返って闇を射た。反動で腕全体が跳ね上がる。上半身がのけぞった。
「ぐッ!」
一発でこの威力。内心、総毛だった。どうせなら100個ぐらい一度にテイムして、「たかだかドローンbotの100体程度、同時並列制御できて当然だがズゴゴゴゴ?」みたいなイキリチートプレイするつもりだったが、こいつの二丁拳銃はさすがに荷が重すぎる。
(それにしても、何でさっきのおにいちゃん属性? みたいなん使わんかったん。そしたらもっと早かったんとちゃうの)
「
何発か床に跳弾したのち、ようやくオレンジ色に発光する
(おっ当たった!?)
アカリがのんきにはしゃいで半透明の身をゆらめかす。
だがレーザー光線は反射角をつけて跳ね返され、漆黒の闇の向こう側へと消えた。本体には傷一つなし。代わりに無数の蜂にまとわりつかれたかような痛みが頬を切った。
「……ッ!」
ユートは腕で眼をかばった。オレンジの強い光が黒いデブリの尾をひいて瞬時に走り去る。
(どこ
せっかく当たったというのに横からやいのやいのとツッコミがうるさい。
「脳筋に演算能力なんて期待するほうが間違ってる」
(自慢すんなや)
ユートはかしましいガヤと黒い塵のダブルパンチに耐えながら
「くそ、全然狙ったところに当たらねえ」
頭部の結晶体をかたむけて握り直し、足を一本レティクル代わりに曲げて狙いをつけなおす。発射。
レーザーが地面に伸びた。蛍光色のレールを射抜く。プラスチックを踏み割るような音がして、黒いピンポン球が磁力線を光らせて飛び散った。ちぎれたレールの後ろ半分はその場で光ったまま急停止する。
アカリは口をとがらせてブーイングした。
(あああ、またはずした! 線路なんか狙うてどないすんの)
「なんか言うな。当てられただけでも褒めろ」
(もしかして……線路を、短くしてる……し?)
意図を理解したハクが眼をみはる。
「ご明察」
ユートはレーザーのトリガーを絞った。光のパルスが飛ぶ。
「本体に当てても効かねえなら、道のほうをぶっ壊そうかと思ってな」
(ぜんぜん当たらんから、はずした言い訳しとるだけかと思うたわ)
「そんな恥ずかしいことしません」
移動しながら続けざまに狙い撃つ。怪我の功名なのは黙っておくことにした。
崖の手前で急転回しようとしてレールの長さが足りず、鉄の擦り切れるけたたましい轟音で側面を削りながら左折した。最後尾の
誘爆寸前で連結を切り放されたサイコロは、カーブの遠心力と慣性によって直進方向へと投げ出された。彼方の夜空で爆発。
身もだえする火の粉が闇へ落下してゆく。
ユートはさらにレールを狙い撃った。またひとつレール属性が消滅する。
今や
もし、電車が猫入りの箱をはねたらどうなるか。
ちぎれたコートが悲鳴のようにばたつく。
身体を
衝撃波にも似た突風が吹きつける。
すべての可能性がすべて同時に矛盾なく存在する。箱の中の猫が跳ね飛ばされて死んでいる未来と、衝突をまぬかれ生きのびる未来と。どちらも今この瞬間に起こっている現実であり、そしてそのどちらもが未確定の未来だ。
ターボ・ブースト。処理周波数をアップ。すべてが加速した瞬間に間延びしたコマ送りのストップモーションに変わる。
本体直下より一マスぶんだけよぶんに点灯したレールが突き出している。
レールの長さはすでに本体とほぼ同じ。足りない分は自転車操業で前へ前へと繰り出される。
最後尾のレールが消えて、新たに先頭へとつけくわえられた、瞬間。
発光レールの先頭を撃ち抜いた。命中。黒いピンポン玉が跳ね飛ばされて霧散する。
進むべきレールを失い、先頭の
それでも後方の
その結果。
見えない壁に衝突したかように立方体どうしの連結がへし折れ、くの字に曲がった。後続の加速が落ちないまま前方の《ファイヤーキューブ》を次々に押しつぶす。
轟音と煙とオレンジの破片が爆散した。
たった一マスだけ残った発光レールだけが、何も乗せるものがないまま亡霊のようにユートの足元を通りすぎた。はるか彼方の消失点へと吸い込まれる。強い風と逆光がユートの頬を暗い影の色に塗りつぶした。
「そういや、こんなときにぴったりのことわざがあったな。確か……」
壊れた
鎖を手にした瞬間。
銀虹色の鎖が無限の彼方にまで伸びた。星々のように輝く中継地点から中継地点へ
なぜか周囲の音が消えた。アカリの声もハクの声も聞こえない。
撃破の青い蛍光が吹きすぎるなか、巨大な扉が音もなく開く。一直線に青いビーコンの道。
ユートは歩き出した。一歩進むたびにオブジェクションマッピングめいた同心円の波紋が広がった。光の砂が吹き寄せられる。
ワイヤーフレームの門楼に人影があった。銀の髪が揺れる。手を胸元に結んで、はっと眼をみはる。人のようで、人ではない、うすぼんやりとしたかたち。
(だれ……?)
琴線をはじくようなかぼそい声。
(こんなところにまで、何をしに来たの……)
さらに小さくなる。
「きゅぽっ?」
「今いいところなんだ。お前は黙ってろ」
ユートは異物食い《ファージ》をコートのポケットにねじ込んだ。コートの尻で手をはたく。
「俺はユートだ。君を助けにきた」
(手が)
左手がないことに気づいたのか、少女がかすかに息をのむ。
「ここは俺にとって現実じゃないから問題ない。君も同じだ。現実に戻れば元通りになる」
ともすればおびえ、逃げてゆこうとする少女の心を引きとめるため、つとめて軽い口調で説得を続ける。
「俺を
ためらいと困惑の吐息が伝わる。握り込んだ手がわずかにほどけた。
少女はおずおずとうなずいた。
(わかりました。わたしの名は……)
ユートは息をつめて次の言葉を待ち受ける。
だがいつまでたっても少女は二の句を継がなかった。怪訝に思って続きを促そうとしたとき。
(その《管理者名》は正しくありません)
ふいに不穏な赤い光がさした。少女の影が所在なくたなびく。風がどこからか強く吹いた。白い霧のような姿がブロックノイズの断層に引き裂かれ、ゆがむ。
(
「なに?」
少女の首にかけられたペンダントトップが揺れる。宝石めいた反射が眼を射た。銀虹にゆらめく月桂樹の形をした残光。あの日、あの場所で見た——
(
銀の唇が雷鳴を放った。
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