殺しのベルが鳴る
「ハッ、デカけりゃいいってもんじゃねーぞ、バーカ」
ユートは斜に構えた薄笑いをにじませた。
集合体になっても直線に敷かれた
ならば勝機はある。要は物量勝負だ。数こそ正義。すなわち——より多く殴ったほうが勝つ。
袖をまくり、両手の拳をぶつけ合った。指関節を鳴らす。
「それじゃあいっちょ行きますか。囚われのお姫さまを助けに」
殺気混じりのスポットライトを全方向から浴びる。放射状の影が足元から伸びた。
床パネルが表裏反転、発光して《レール》属性が付与された。オレンジ
「フン、仕込みは上々ってか」
ユートは精悍に笑う。
(わ、何やあれ。ド派手なオレンジのちんちん電車が猛スピードで走っ……)
急に背筋にぞっとする感覚が走った。と同時に、アカリのアストラル体があからさまに揺れ動いた。二重にぼやけて表示される。
(わあああああ!)
いきなり耳元の大音量スピーカーがわめく。ユートは両耳をふさいだ。
「耳痛い音量下げろ」
(ちんちん……でんしゃ……?)
すぐ横でハクの声が重なる。先ほどから二重に見えていたのはどうやら、アカリにぴったりとくっついたハクだったようだ。データ量を削減するためか下半身がない。どう見ても
見た目は幽霊だがよくよく考えれば合理的だ。ダブルこぶ付きのアストラル体維持にスクリプト演算量を占領されるデメリットはあるが、ハクに状況を伝えるのにいちいち言語化して実況中継するよりははるかに楽だった。完全に筒抜けともいうが。
(や、や、やばいんやけど……な、うちにも何か手伝えることない?)
妙に焦っている。
(ちんちん……でんしゃ……?)
「データ量半分に減らせ」
(なるほど……だし)
ハクはぼそりとひとりごちて後頭部に仮想モニタを浮かべ、カタカタやる。同時にアカリの下半身が消えた。
(わああ、うちの足がーーッ!)
(足なんか要らない……し)
二人仲良くふよふよ漂っている。それでもなぜか背筋のぞわぞわが止まらない。
そういえば先ほどからやけに肩が重い。まるで取り憑かれたみたいな感覚だ。さっきアカリが悲鳴を上げたのも気になる。
嫌な予感にさいなまれた。
「ところでさっきの悲鳴、なんだったんだ」
(うっ)
アカリは気まずそうに口ごもった。
(ちん……ちんでんしゃ……?)
「ウッて言うな怖いから」
(う、うん……?)
「ちょっと待て。口ごもられると逆にめちゃくちゃ怖いんだが。何があった」
(……あの……いや……大丈夫……)
「大丈夫じゃねーから言って!」
(ゥッ……校長先生がさっき……グヘグヘ言うてチュウしようとしてくんのをぶん殴った)
血の気が引いた。
道理で妙ちきりんな悪寒がしていたと思った。眼の前のちんちん電車よりそっちの方がよほど絶体絶命だ。
冷や汗がにじんだ。
まさかの後方より思わぬ伏兵の出現。最悪の事態だ。一秒でも脱出が遅れれば悲惨な結末——想像してはいけない絵ヅラが脳裏をかすめる。下手すれば精神にも肉体にも回復不可能の大ダメージだ。まさに前門の虎後門の狼。
ユートはこぶしを手のひらに打ち付けた。いつまでもちんちん電車を相手にチンタラしているわけには行かない。できる限りすみやかにこの場を片付けて現実に戻らなければ。
歯を食いしばる。
「分かった。速攻で片づける。それまでそっちはそっちで何とか持ちこたえてくれ。頼む」
ユートは片方だけを薄い半眼にした。もし仮想空間内で特急電車に跳ね飛ばされたらどうなるだろうか。時速100キロ以内ならオブジェクト片ぐらいは残るだろうが、それ以上の速度なら物理演算の結果がどうなるかちょっと想像したくない。
いくらデジタルツインとはいえ神経パルスが脳にアクセスしている以上、欠損した痛みの信号がダイレクトに《現実》と同期するだろうことはうっすら想像がついた。指を組み合わせて手首を回しほぐす。
「ま、なんとかなるさ」
他人事めいた余裕の思いをめぐらせる。
(ほな戦闘開始や。地形ナビ解析共有開始)
「頼む」
全体フィールドマッピングデータが入力される。おかげで相互の距離感がつかめるようになった。眼では見えない細かな凹凸や地形がメッシュフレーム状に描写される。
網膜ディスプレイに全体ミニマップがポップアップ。門のフィールドビーコンが表示された。
アカリはあえて抑揚を削った音声で説明した。
(奥にトビラ見えるよな。たぶんあそこがポートの入り口や。ルートパスの暗号鍵がどっかにあるはずやけど。割れる?)
「アレを避けながらか? ムリだろ。それよりハクはどうだ。固有回線に入れるくらいだ、ハクならこっちが負荷をかけている間に割り出せるんじゃないのか」
視線は
(アカリはセキュリティホールだらけ……だし)
(そんながばがばみたいに言わんと、人懐っこいとかあっけらかんとか誰にでも心開くタイプとか言うて!)
(そもそも……
ハクは疑念をポツリと声にする。アカリも同調した。
(そーや。文句いうの忘れとったわ。そもそも何やねん、《
「そりゃあ……」
ユートは言いかけて眉をしかめた。説明できるものなら説明したいがうまく説明できる気はしない。そもそも今、そんな時間があるのだろうか。
(やからなんでユートが知らん間にそんなことできうわああああああああ後ろおおおお来たーーーーーーッ!!)
アカリがいきなり悲鳴を上げた。聴覚神経に直結した声が脳内に響き渡る。
背後から
先ほどまで広場の向こう側を走っていたはずだが、ほんのわずか眼をそらした隙に瞬間移動している。いったい、どこをどう走ってきたのか。
横ッ跳びに転がって避けた。オレンジの暴風が踏切と線路の効果音を叩き鳴らして通り過ぎる。吸い寄せられそうになった。身体が斜めに大きく傾く。
「なっ何だ……どうなって……!」
地響きとともに、いきなり地面のZ軸が斜め十五度ほど傾いた。
「ウソだろ、おい!」
絶句する間もなくつんのめった。斜面をころげ落ちる。
「うわあわああ、何だ、これ、卑怯な……ッ!」
滑り台を逆に登ろうとする子どもみたいに手をついて必死の顔で逆走。足を滑らせた。腹ばいでさらに落ちる。
「……ッ!!」
必死にふんばって這いつくばった。無我夢中で坂の頂点までよじのぼる。
今まで確固たる地面だったはずの場所がなぜか切り立った崖に変わっていた。脂汗をぬぐって周りを見渡す。
正面に門楼。残る三方向は切り立った崖と奈落の闇。そこまでは今までと同じだ。
違うのは、この場所がサイコロブロックを無数に積み上げて作ったサイコロタワーの、いわば屋上にあたる部分だとばかり思っていたのにそうではなく、空中で自在に三軸回転する巨大キューブであることだった。
どうやら橋から落下するという失態を学習した結果、そもそも落下しないよう環境設定を書き換えたらしい。回転する巨大キューブ表面なら側面まで縦横無尽だ。
一筆書きの要領で、進行方向に向かって単軌条を次々に書き足し、後方のルートを消している。
愕然と苦笑いした
考えてみれば当然かも知れない。ここは相手の本拠地だ。自軍に有利な地形で防衛するのは自明の理。《電車はレール上しか走れない》という制約があるのなら、レールそのもの、固定観念そのものを書き換えればよい。実に合理的だ。
(なんやそれ、もおーー、ずるっこやーん! ひっど!)
(……ちんちん……でんしゃ……また来た……し)
さすがに急旋回とはいかないか。後方で大きくふくらんで二段階左折、さらに紆余曲折して再度突進の構え。彗星のような黒い霧の尾が長々と燃えてたなびく。
(来るで!)
「どこだ……ッ」
猪突猛進、突っ込んでくるだけなら避けるのは簡単だが、目視できない側面を走られたら、どこをどう走っているのか分からない。さまざまな地点にランダムかつ同時に出現しているようにすら見えた。眼で追っても追いつけない。まさか、テレポートしているとでも言うのか。
不安の隙を突かれた。眼をみはった瞬間、青と紫と赤の光が同時に不吉なプリズムとなって側を走りすぎる。風船の割れる音。衝撃と空気の圧が頬を打つ。
同時に疾風が後方に飛び散った。
「何……」
気づけば身体が仰向けに吹っ飛んでいた。意識を後方に置き去りにしたまま宙を横切って茫然自失。唖然とした直後に後頭部から地面に激突。何度ももんどり打った。
銀虹色のピンポン球が床に跳ね、噴水の線を描いて散らばる。
「……うぐっ……!」
遅れてようやく激痛が半身を這い上がる。無意識に地面に手をついたつもりが何の支えにもならない。そのまま地面にくずれる。巻き込まれたらしい。左ひじから先がない。やられた。
うめきがもれるのを血が出るほど唇を噛んで飲み込む。傷を押さえた。痛覚をシャットアウト。引きちぎられた腕の傷に銀虹色の生体ハイブリッド流体が渦を巻いて流れ込む。押さえた手の隙間から斜陽を思わせるオレンジの光が反射した。
「……やるじゃねえかよ、ちんちん電車の分際で」
歯を食いしばる。口では強がっては見せたものの、もう一度あの突進を食らって立っていられるかどうかの自信はない。
次にもぎとられるのは足か。腹か。頭か。
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