死亡フラグ立てすぎぃ!
立方体のまばらな方向を探し、足早にそちらへ向かう。
途中、いくつもの壁が行く手をはばんだ。道はますます入り組み、狭くなり、遠近感を失うほどのはるか彼方に吸い込まれる。地の底から天涯まで伸びる塔。光る立体軌条が何層もにわたって張り巡らされた空中迷路。それ以外は完全な闇だ。
はるか遠くに、うっすらと白いラメの星くずを散らす門塔が見えた。
「あれか……」
たいがいのゲームでは、ラスボス的存在はいかにもそれらしい塔のてっぺんかダンジョンの一番奥まったところにいるものだ。
迷路の中を敵に追われながらアイテムを拾って踏破するレトロゲームを連想した。
「後ろから口をぱかって開けて追っかけてくる巨大な敵がいきなり……って、いやまさか本当にいないよな?」
ホラー映画のありがちな恐怖シーンを思い出し、へっぴり腰で背後を振り返る。
考えすぎだった。何もいない。ばかばかしい。いるはずがない。
内心、ほっと胸をなでおろした。歩く速度をゆるめ、気を取り直して
見たところ決まった定位置はなく、それぞれが自律的に巡回しているだけのようだ。扇風機の首振り機能を思わせるスローな動作で左右交互にレーダー波を照射している。索敵範囲は水平角90度俯角45度あたりで半径五メートルの半円内を行ったり来たり、といったところか。
改めて今回のミッションを確認する。
シーカーどもが立ちふさがるファイヤウォール地帯を抜け、仮想心象世界を構築する
ただし、少女の意識にあたる
だがもし
下手をすれば即座に侵入経路——かろうじて生きていた少女の
視線を周囲に配る。横からくるやつ、後ろからくるやつを確認。いつの間にか音も立てず接近している。
「これなら一体ずつかわせば何とかなりそうだな……」
この場を離れるため、背後に注意を振り向けながら前へ進もうとして。
ぎくりとした。
前方の三叉路に、オレンジの首振りサイコロが一体いる。
まっすぐ進んでくれれば、と祈る思いで息を殺す。
本気のお祈りをゆんゆんと送り込む。進め。前に進め。まっすぐ行け。お願い。
鼓動が高まる。
ユートは思わず息を吐いた。
これで挟まれずににすむ。
——と思った瞬間。
「え゛」
おもわず眼を疑う。
前後に分かれた
「お、お、おお、おい、ちょっと待て。話が違う」
つんのめる。
が、こんなところに突っ立っていれば数秒後には前後からサンドイッチ。完全に袋のねずみだ。
「あっ、くそ、やべえな。どうすりゃいいんだ」
見つかってしまえば即座に金属の球にされて、さっきの異物みたいに全身バラバラ、あちこちにコロコロ転がるハメになる。
いったん退くか。それとも頭から突っ込むか。
「ええい、当たって砕けろだ……! あ、いや、やっぱ砕けんのはナシ」
彼我の距離を目測する。後ろからくるやつより前からくるやつの方が近い。アテンションアラートが近づいた。心臓がうるさいドラムビートを刻んだ。体温が急上昇。
可視化されたレーダー波が、通路の中心を走る単軌条からユートから見て向かって右へと動いた。通路の半分だけを青く照らす。
レーダー波が通路の片側を向いている隙をぬって。
頭の中のBボタンを押してダッシュ。
「うっ……」
気道が圧迫される。息が苦しい。
アラートの音が半音下がった。遠ざかってゆく。振り返るとレーダー波が紫から赤へと変色して見えた。何とか無事にやり過ごせたらしい。
「よし、うまくいった。次……」
思わずほっと胸を撫で下ろす。その瞬間。
「あっ」
ヤバい。心臓がキュッと音を立てて収縮。全身が冷えた。息が止まる。
警告ブザー音が大音響で鳴りわたった。視界が真っ赤に染まる。周辺に存在するすべての
まるで路面に大量の氷砂糖をぶちまけたみたいだった。
どうやら
個々の大きさは手のひらに乗るほどの大きさしかないが、その数——
網膜ディスプレイに、AI認識したオブジェクト数の合計が表示される。
「いち、じゅう、ひゃく……何だ、大したこと……」
桁が跳ねた。同時に0の数が減り、右端に小さく言い訳めいた《k》の単位が表示される。冷や汗と変な笑いがもれた。
「おいやめろ。さすがに多すぎるって」
足元に駆け寄ってきたファージ数体をこそぎ取るようにして蹴っ飛ばした。細い金属脚がもげる。壊れた同族に他のデルタ二十面体が一斉に取り憑いた。緑の照準光が瞬く。
「なにっ……」
レーザーサイトの照準光が緑に光った。ハロとゴーストの残光が散乱する。
たまらず逃げた。追尾するレーザー光が足元を薙ぐ。コートのすそが音もなく斜めに切り落とされた。カーキ色の毛玉が転がる。
やはり無限回分割はこいつらのしわざだ。一瞬で対象の表面に貼り付き、値を持たないピンポン球に分解する。
やけにのんびりしたアカリの声が再び聴覚神経に直接流れ込んだ。
(なーユートぉ、今すごい音がしたけどどーなっとん……)
「やべえ!」
飛び跳ねて避けた。足元から前方へ、すくいあげるようなレーザー光。蛍光色の軌条がスパーン! と切れた。黒い金属球をたぷたぷに敷き詰めた水たまりに変化。
(何かあったん?)
「さっきからずっと食われそうだ」
足首から膝まで、音もなく沈んだ。氷のように冷たい感触の次に幻肢痛の反対、今もそこにあるはずの足の感覚そのものが消失する。
本能がここでは止まるなとわめき散らした。地面の下は
地面をけるたびに、存在しなくなった地面が圧電板のようにしなっては沈んで、マイナスの微粒子光を放った。
金属球を水しぶきがわりに蹴散らして走る。
(ええー? マジ〜!? どうなってんの〜?)
「話しかけんなのんきにゲーム実況なんかしてる場合じゃ……」
言いかけた瞬間。
青いレーダー波が目に飛び込んだ。視覚の隅から別の
数歩走ったところで、景色が一点透視図法の無限遠に収束した。
眼の前は
左右は奈落。飛び移る段差も何もない。
足を滑らせれば一巻の終わり。
こんな一方通行の吊り橋に逃げ込んで、もし、前から敵が向かってきたら——
焦って立ち止まろうとした瞬間。
足元を蛍光グリーンのレーザーがかすめた。地面が泡立ち、泥濘に変わる。金属球が噴き出す。足が沈む。
「や、ヤベえ沈mッ……!」
ぬかるみ状態の橋を何とか抜け出そうとじたばたする。
(あんれまあ、
頭上から能天気な声が降った。
「誰だ!?」
(えっ、分からん? 声聞いたら分かるやろー?)
分かるは分かるがこっちは半分底なし沼に落ち込みかけている。むしろこの絶体絶命の方こそ見れば分かるだろうに、なにをのんきな、と脳内で悪態をついてからユートはアカリに助けを求めた。
「ちょうどいいところに来た。助けてくれ」
(ムーーリーー)
いつの間にか半透明の人型スクリプトが隣に浮かんで並走していた。どう見ても地に足がついていないが広いストライド一歩ごとにエッジが赤く光る。
「何で!? 幽霊にでもなったのか?」
(誰が幽霊じゃ。どっから見ても愛くるしいうちそのものやろがい)
アカリの輪郭を模した半透明のワイヤーメッシュアバターが二重の薄膜に包まれてキラッと表面を光らせた。どこからどう見てもクリスマス電飾を全身にまきつけたクラゲ星人にしか見えない。
「本当にアカリか? いったいどうやって入ってきた」
顔の横を薄緑のレーザーパルスが走り抜ける。四つん這いで必死にかわした。かろうじて固い地面にたどり着き、走り出す。空気を切る光の音。ジャンプ。着地寸前に床のマス目一つぶんが消滅した。いきなり地面がなくなるトラップ。泣きながら両手で空中をかいた。何とか飛び越える。
(ユートの実況音声だけやとワーとかギャーとかゥッとかで何が何やらさっぱり分からんからな)
浮遊する半透明クラゲ星人はふふんとあごをそらし、肩をそびやかせて腰に手を当てた。
(ハクに頼んで補助AI的? な
「今話しかけんな。人の頭に勝手に盗撮アプリ入れやがって」
(誤解やってば。盗撮ちゃうって)
「今さっきのぞき見って言った!」
(だからちゃぁんとこうやって自己申告しとるやん、なーハク?)
(……)
「事後申告だろ! いやいやいやいやちょい待て! 今、誰と話してた!?」
(んっ?)
(……)
無言の間。どう考えても激ヤバな予感しかしない。
「頼むからよけいな演算を増やしてくれるな! ただでさえ知恵熱でヤバイってのにのんきにしゃべってる暇なんてな……ッ!?」
背後から飛んできた蛍光緑色のレーザーがワイヤーメッシュに直撃した。はじけ飛ぶ。分光したレーザーが虹の血しぶきとなって地表を照らした。
「アカリ!」
息をのむ。
(大丈夫や)
杞憂だった。ユートの心配をよそに断片化した爆風エフェクトが逆再生してワイヤーメッシュを元の形にデフラグしてゆく。アカリは嬉々としてはしゃいだ。
(ノーダメやわ。一瞬接続が飛んだけど)
ユートは焦りを隠して苦笑いした。
「そっちはノーダメでも俺のメンタルに悪いんだよ! こっちは一発でも当たっ」
耳元の空気が裂ける感覚と同時に髪の毛が蒸発した。全身が粟立つ。
避けることすらできなかった。硬直して立ち尽くしたまま視野全体が薄緑色に染まる。一転。光が消えて周囲が闇に戻った。
ユートは隣に立つアカリのスクリプトを見やった。
「い、い、今ので現実の俺が心臓麻痺起こしたりしてない?」
(たぶん)
「たぶんはやめてお願い」
(大丈夫や! ……と思うわ。校長先生が変なことせんかったら)
アカリはわざと聞こえないよう小さな声でぼそっとつけくわえる。
騒音かまびすしいせいでよく聞こえない。ユートは背後を振り返った。
レーザーの雨に焼かれたせいで橋の半分以上が崩落している。かろうじて橋の形を保ってはいるが、一皮めくれば気泡だらけのフランスパン状態だ。
おかげで立方体どもは橋を渡れず右往左往、大渋滞を起こしていた。
「自分で
さんざん撃ちすくめられはしたが人間万事塞翁が馬といったところか。強がりと一緒に青ざめた笑いを吐く。まだ生きた心地がしない。
「……ま、二度と戻れなくなったともいうがな」
げんなりと安堵の息を吐き、橋の前方に眼を向ける。軽口をたたいた直後のゆるんだ頬がぴく、と固まった。
仲良くダンゴ状態に連結したオレンジ色の立方体が三つ。トコトコと橋の対岸を走っている。そいつらが青いレーダーセンサを首振りながら、わざわざ橋に向かって方向転換するのが見えた。
変な笑いがもれた。
「今度こそ終わった」
(傷は浅いで。気をしっかり持てえ)
アカリが励ましのおたよりを送ってよこす。
ユートは深呼吸した。ひきつった笑みを浮かべる。
「……この橋を無事に渡り切ったら、らんらんミリタリーらんどに手袋とコートとブーツを4セットとそれからハツヨばあちゃんちのアメちゃん全部買いに行くぞ! ナビしろ、アカリ!」
(死亡フラグ立てすぎぃ!)
頭の中に天国へつながる未来予想図が見えた。腹をくくる。
地面を蹴った。ダンゴ
つんのめりながらさらに加速。距離をつめてゆく。
橋本体が音を立てて揺れた。ユートが走る衝撃で表面がひび割れ、風化して砂になり、かすみめいて吹き流れる。
(アカンて、そんな派手に走ったらバレてまう!)
「大丈夫もうバレてる!」
いちいち反論する余裕はない。ユートはひたすら前を見て走った。
立方体がオレンジ色に発光する。戦闘態勢に切り替わったらしい。心拍数が跳ね上がった。口の端をつり上げる。
先頭のレーダーがユートをとらえた。レーダーの色が青から警戒色の赤に変化。耳障りなサイレンが鳴りわたる。三つ並んだダンゴの先頭がレールガンで射出したかのように急加速した。シャッターが開いてデルタ二十面体を大量に放出する。
だが、それこそが狙いだった。
ただでさえ狭い橋の上だ。すべての
前方の橋ごとレーザービームの束につらぬかれる。一瞬で消失。
突進してきた後続の
(クリアードフォーテイクオフ橋ぃッ!)
アカリの合図と同時に。
落下する一個めの立方体に飛び乗った。蹴落として跳躍。二個目の立方体へと飛びうつる。レーダー波が咆哮めいた稲光となって明滅。眼がくらむ。ビィィィーーッ! とブザーが鳴った。眼の前には三つ目の立方体。
一、二の、三で全筋力をふりしぼって跳躍。反動で足場にした立方体がぐっと沈んだ。顔が引きつった。果たして無事に届くか。届くはずだ。手を伸ばす。あと少し。届くはずの指先がむなしく空中を掻く。足りない。
あと1センチでいい、せめて指先だけでもひっかけられれば——
はるか下で立方体が爆発した。連鎖して次々に誘爆。
コートが爆風にあおられて大きくふくらんだ。
「ぅぐッ……!」
上昇気流に吹っ飛ばされた。三つ目の立方体側面に激突。勢いあまって下から上へとでんぐり返り、さらに上空へと放り投げられた。頭と足の重みが遠心力となって縦回転する。強烈なGに失神しかけてそのまま墜落。
(起きんかーーい!)
アカリの天の声で目が覚めた。なんとか態勢を立て直し、上下さかさまのまま立方体のてっぺんに両手をついた。身体をひねって月面宙返り。お迎えに来た天使の頭を踏んづけてあの世への階段を蹴り落とす。
地面が頭の上に見えた。華麗に着地失敗。
ほぼ顔面から激突。ひじで衝撃を受け流しつつ身体を丸めて転がった。涙と鼻血が同時に噴出する。
「へっ……しょせんは機械だ。てめえでてめえの墓穴を掘ってりゃあざまあねえな」
ユートはよろよろと安全な場所へ這ってゆき、咳き込み、ぐったりとあお向けに倒れ込んだ。あちこち痛い。
(ユート、まだ生きとる?)
アカリが上からのぞき込んだ。半分笑いながらわざと他人事めいて言ってよこす。
「まだって言うな……泣いちゃうぞ……」
半泣きの鼻声で答える。脇の下が嫌な感じに濡れて冷たい。良かった。ズボンの股を濡らしていたら二度とお天道様の下を歩けなくなるところだった。
起き上がって肩で息をし、膝に手を突っ張ってふらつく身体を支えた。片目をすがめて周りを見る。
やけにだだっ広い場所だった。
ゆくては頂上遥遠、天を摩する壁にふさがれている。左右もまた無限遠の壁。門塔らしき突起物の装飾はあるものの、当然のごとく扉は閉ざされている。
(何やここ。やけに広いなー)
「いかにも何かありそうだが」
(
「だからだよ」
痛む肩を押さえ、歩き出す。敵の姿がないのを良いことに無駄に広大な空間のど真ん中を堂々と進んだ。びくびくしても仕方がない。
数分かかって中央部にまで達したとき。
壁全体が強烈なオレンジ色に発光した。格子状に走る光にそって亀裂が入り、サイコロ状に分離。四方八方からサイレンの雨が降り注ぐ。
(アッ!)
「ウッ?」
喉の奥から変な音が出た。オレンジに光るサイコロ。耳障りなサイレン。あまりにも身に覚えがありすぎる。
足元が不穏に揺れた。
めきめきと音を立てて床にひびが入った。見る間に広がってクレバスとなり、端から一列ずつ階段状にずれ落ちる。
肩に重力がかかった。せりあがる感覚と同時に床が急上昇してゆく。鳴りやまぬ轟音に鼓膜がしびれた。
(縦横200メートル四方の空中庭園ってとこかなー)
アカリは傍らにふわふわと浮いて腕組み。のんきに耳打ちした。ユートは顔をしかめた。
「もうやめてほしい、こんな、いかにもダンジョンボスでございみたいなムービー演出」
壁を構成していた
側方のシーカーが一斉に赤く点灯した。
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