好奇心は猫を殺す
死んだ猫はよく跳ねる
生体スクリプト制御システム内に仮想意識AIを構築する。現実のユートそのものではないが、限りなくユートの自我記憶と同期する
なお、この仮想世界ではどのような方法であれ《外》から侵入するものはすべて異常値であり駆除の対象となる。
蛍光色に光る面とそれ以外のオンオフで塗り分けた
管制オブジェクトを探した。眼をこらす。はるか遠くに
「とりあえず行ってみるか」
本当はやりたくなかった。黒服の前でこちらの手の内をばらすことになるし、それに、
おぼつかない足取りで進む。カチッと音が鳴った。床がへこむ。
いきなり何か踏んだ。警告ブザーが鳴った。四方の地面が唐突にせり上がる。トラップ発動。可動壁に取り囲まれる。
「あっ」
いきなり最初の一歩で詰んだ。
壁自体が動いて左右の幅をせばめてくる。集密書架にはさまれたようなものだ。完全に閉じ込められた。このままだとすりつぶされる。
「くそ、まだ始まってもないってのに」
毒づいて身をひるがえす。ジャンプして片足で後方の壁を蹴った。別の壁めがけて斜め方向へジャンプ。足を引っかけると同時にその壁もまた蹴った。上へと駆け上がる。
かろうじて壁のてっぺんをつかんだ。ギリギリのタイミング。つるりと手が滑った。
「お、お、落ちッ……ない!」
バタ足で踏ん張った。何とか無事に壁をよじのぼる。ひきつった顔を必死にごまかし、さも余裕があったふうをとりつくろって肩越しに振り返る。
ぴたりと背後の地面が合わさった。隙間はすでに存在しない。先ほどユートが昇ってきた壁と壁の間はすでに平らなブロック地面の下。アリの這い出る隙間もなかった。
「マジかよ」
変な笑いがもれた。さすがに初見殺しの罠すぎる。
おそらく壁の上が正しいルートなのだろう。道幅は二メートルほど。飛び降りればどうなるか、身を乗り出してひょいと片足を上げたところで嫌な予感がした。
(ユート、どんな感じ?)
天の声が聞こえた。アカリだ。
「外の様子は?」
言いながら下をのぞき込む。蛍光分子サイコロの市松模様で構成された壁の側面がどこまでも続いていた。切り立った崖はまったく底が見えない。
「うっ」
風もないのに強い風が背中に当たったように思った。後退りして長い息をつく。眩暈がした。
(どしたん? 何かあった?)
「いや何も」
まだ膝が震えている。何も見えなかったのではなく、むしろ必死で何も見なかったことにした。落ちたらGAME OVER、残機はゼロだ。
「何かあってからじゃ遅いからな。ハクの助けも借りられるかどうか聞いてみてくれ」
(聞こえてる……し)
「ナンデ?」
頓狂な声をあげる。まさか会話を聞かれているとは思わなかった。
(アカリの通信、まる見えの透け透け……だから)
いくらアカリがあけっぴろげで人懐っこい性格をしているからといって、
「ハクは優秀だな。恐れ入ったよ」
先ほどの視界干渉能力といい、これといい、恐るべき能力だ。
率直に賞賛した。アカリはまるで自分が褒められたかのように声をはしゃがせる。
(そやろ! な? な? ハクはすごいんやで。うちらの中でもいちばん器用なんや)
(別に。それほど……でもないし)
淡々としたそっけない言い方だが、語尾に笑顔がまじったような、ふわふわとうれしそうな声だった。ますます、ハクが黒服みたいな
「とりあえずゲーム実況しながら進めるような状況じゃなさそうだ。いったん交信を切る」
(りょーかい)
声がしなくなった。門楼目指して歩き出す。
やや離れたところに、半透明のオレンジ色をした立方体が見えた。
どうやら単軌条に沿って走っているようだ。ファイヤウォールの具象化だろうか。円錐形のレーダー波で前方を照らしながら、双六のコマ風に一マスずつ進んでは止まり、
妙に背中がうずうずとした。もし、あの索敵センサーに引っかかったらどうなるだろう。
——ばか。やめとけ。見つからないうちにさっさと進むべきだ。
頭の中の良識派がメガネのブリッジ位置を指先で正しながら至極真っ当な意見を述べた。まったく同意見だ。多数決をとる。避けて進むに一票。
ところが悪い顔をしたもう一人のユートがニヤニヤと首を横に振った。
——どうせ見つかるんなら、今のうちに相手がどういう動きをするか探っておくのが最適解だぜ?
ポケットに手を突っ込んだ。記憶にあるとおり、擬翼の破片オブジェクトが入っていた。思わず笑顔になる。確かこんなときにふさわしいことわざがあった。当たって砕ける前にぶちのめせ、だったか。
さっそく
破片オブジェクトはシーカーに当たってカン、と跳ねてからレーダー波の索敵範囲内に落ちた。捕捉される。けたたましい警報音が鳴りわたった。
転がる破片オブジェクトをロックオン。緑色のレーザーサイトがチリチリ揺れて闇を照らした。
鈍い衝撃が空気を伝わる。一瞬、銀色の網のようなものが見えた。早すぎて何が起こったのか確認できない。
破片オブジェクトは金属光沢を帯びたピンポン球に分解され、四方に跳ね散らばった。壁の上からこぼれてゆく。物理エンジンでビー玉をばら撒くシミュレーションみたいだ。なめらかすぎて不自然なほど正しい跳ね方。ぼろぼろと落ちてゆく音だけが反響した。
異物の検出を共有したのか、あちこちで同様の立方体がオレンジ色に発光するのが見えた。いっせいに上半分が回転。シーカーが赤く点滅している。
「なるほどな」
口角を皮肉に持ち上げる。
生きた猫は苦もなく着地できるが、
好奇心は猫を殺す。
索敵の赤い光が四方の路面を照らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます