接続《ワイヤード》&没入《ダイブ》
ユートは全員の顔を見渡した。冷静に息を継ぐ。
「処分する」
にべもなく答えた。
ハクはうつむいたまま動かない。
「ユートのあほう、ひとでなし。もうええ、うちが何とかする」
アカリの眼底が真紅に光った。髪が重力に反して波打ち広がってゆく。
「手伝うて、ハク」
ハクは下唇を吸ってうつむいた。首を左右に振る。
「……無理だし」
「だって怪我しとるんやでこの子」
アカリは強引にユートの横をすり抜けた。少女に近づく。
だが抱き起こそうとして腰周りのエンジンポッドに触れた瞬間。鋭い火花の鞭が巻き付いた。
「痛っ」
アカリは赤いみみず腫れの走る手を押さえた。後ずさる。
切れかけの電球みたいな音を立てて、少女の周辺に黒い火花が咲く。首を縛めるイバラと同じ形に見えた。もう一回触れようとして、同じ反応。今度は声も出せないまま唇をぐっとかんだ。
「触るな」
ユートはあえて命令形を使った。さもないとアカリは何度も同じことを繰り返し何度も同じ痛みを味わうことになる。
「こんな状態じゃ俺たちにはどうすることもできん」
反発するアカリの気持ちも分かる。だが、少女が何者か分からない以上、おいそれと博打を打つわけにはいかなかった。
「無駄かどうかなんて、やってみな分からん」
アカリはいじけた子犬のような目でユートをにらんだ。ハクは無表情のまま、ユートの表情だけを追いかけている。
こんなもの、捨て猫と同じだ。まずは自分の身が第一だ。下手に情けをかけて拾ったせいでよけいな面倒ごとに巻き込まれるなど——うんざりの筆頭たる黒服を思い返して鼻にしわを寄せる。ただでさえ厄介な邪魔者がいるというのに、さらに輪をかけて厄介な存在など断じて受け入れられない。
「絶対にごめんこうむる」
「……多勢に無勢ですねェ?」
しれっと耳打ちする悪魔のささやきに、ユートは黒服をにらみ返した。
「ぬかせ。どの口でたわごと言いやがる」
「あいにくロリは殺しの対象外でしてね」
どこまで本気か分からない物騒な冗談めかして、黒服は山高帽を引き下げた。口元だけがにんまり笑っている。
ユートは舌打ちした。分が悪いのは分かっている。だが自分の判断が間違っているなどと、おいそれと認めるわけにはいかない。
「お前たちが何と言おうと無理なものは無理だ」
少女の肢体は半分が
「だいたい助けるったって俺は医者でも技術者でもないのに、一体どうしろって言うん……」
ハクが声を出さずに口だけを開いて何か言いかけ、ハッと気づいた様子ですぐに元の無表情へ戻った。一瞬の表情の変化にアカリが目ざとく反応する。
「できるん!?」
身を乗り出して詰め寄る。ハクの眼が全力でアカリからそらされ、あらぬ方向へと向いた。
「……む……無理……だし」
「嘘ヘタやな。ほれ、まっすぐこっち見てみ? うちの眼え見てもっぺん言うてみ?」
「むぅぅ……ハク……だけでは無理……だし」
追いかけるアカリの視線から逃れようと、ハクは右を向いたり左を向いたりしてひたすら顔をそむける。
「だけ? 今、だけや言うた?」
「言ってない……し」
ハクの眉がハの字に下がった。逆にアカリの眉が逆ハの字に逆立つ。
「いーや
「ゆってないし」
「うちが聞きのがすわけないやん。誰? 誰に頼めばええん? お願いやからもう一回言うて? なあなあ、ええ子やから正直に言い?」
取って食わんばかりの勢いで身を乗り出し、恫喝まじりの猫なで声で脅したりすかしたり。アカリの猛アタックにハクは持ちこたえられず、泣きそうな顔でよろけた。
ユートはハクの肩を支えて横に押しやり、間に割って入った。これ以上はハクを困らせるだけだ。
「アカリ、いい加減にしろ。いくら言っても同じだ。無理なものは
いきなり誰かが尾てい骨を蹴った。腰から背骨までカナヅチで杭を打ったような衝撃が上昇する。
一瞬の硬直から覚めた直後。視線を後ろに振り向けざま、犯人めがけて後ろ突き蹴りを放った。
犯人の腰が人間ばなれした黒のS字ラインを描いてくねる。手ごたえなし。踵が通り抜ける。あっさり交わされた。舌打ち。黒服と眼が合った。小馬鹿にしたニヤニヤ笑いはまるで猫の爪だ。
「ハクちんに触る……ほげエッ!」
隙だらけだ。足払いをかけた。あおむけにすっ転んだところを、さわやか好青年の営業スマイルでにっこり。靴の裏をこれでもかと見せつける。
「もういい。お前らの言いたいことはよーく分かった」
ぐりぐり踏んづけながら投げやりに宣告する。アカリが両眼をキンと星の形にかがやかせて振り向いた。息がはずむ。
「助けてくれるん?」
「助けるとは言ってない」
手の中に残った擬翼の破片を握りつぶす。期待を持たせる言い方はしたくない。
「助けると助かるは別問題だ。この状態を一体どうしろってんだよ」
少女の肌を、文字どおり斬りつけて這う呪の紋様。忌まわしい運命の縮図であるかのようなそれを、苦虫を噛みつぶした顔で見やる。
ハクが顔を上げた。蚊の鳴くような声でつけたす。
「ソーナなら治せる……かも」
「さああすがハクううううう!」
聞きつけたアカリは満面の笑みでハクに抱きついた。ほっぺたを全力ですりよせる。ハクの頬がリスみたいに揉まれて上下に動いた。
「いたいし」
「ごめん。怒鳴ってごめん。言うてくれてホンマありがとーなーー?! あー、そーやそーやソーナやん、ソーナなら絶対治せるわ! んで今どこにおんの。はよ呼んでこ?」
アカリの全力ハグからようやく解放され、ハクは疲れた吐息をついた。
「知らない……し」
しかめっつらでほっぺたをさする。
「なんですとぉ!?」
アカリはギョッと眼をむいた。うあああああ、と悶絶して頭を抱え地団駄を踏む。
「ええーーー嘘やあーー! そこは知っとかんとあかんやんかーー! ホンマに知らんのーー? 実は知っとんとちゃうんーーー!?」
「知らない、ってゆったし」
「それは……困ったな」
ユートは渋面を作って腕組みし、もったいぶって首を振る。今さら「それ誰?」とは聞きづらい。ユートは顔をしかめたまま全員の顔を見まわした。リーダーシップなどカケラも取れる要素はないのだが、知ってるていで話を進めないと全員が光の速さであさっての方向へと暴走する。
もったいぶって続ける。
「不確定要素は少しでも減らしておくべきだ。どこの誰とも分からんヤツをどこにいるか分からんヤツのところへ連れて行くなんて手間はかけられん」
ソーナという名に聞き覚えはない。だが見当はついた。黙り込むアカリを横目にユートは思いをめぐらせた。
何度も見た《あの写真》だ。
改めて見直さずとも何が写っているのか、鮮明に思い浮かべられる。
柱と柱の間に、鉄色の月桂樹で縁取られたタペストリがかかる。紋章の上部に短い
「本来なら意識を取り戻す前に正体不明機はさっさと始末すべきなんだ。こんな手ぬるいことせずに」
言葉に反して視線を少女に向けた。腰回りのエンジンポッドに手を伸ばす。
アカリが躊躇する声で制止した。
「感電するかもしれんで」
「大丈ゔッ」
腕が硬直した。電気と殺気と強い痛みが走る。
先ほどまでは素手で触れても大丈夫だったのに、今は手のひらを返したかのように拒絶されている。ますます不信が強まった。
やはり罠だ。
もしこの生体ハイブリッド素体が妹に似ていなかったら何も考えず
ただでさえ厄介な機体だと言うのに、情にほだされ深みにはまってしまえばますます処分に手こずるのは目に見えている。
「じゃァ、最初っからそうすりゃいいじゃないですかァ」
背後から声がする。山高帽のつばの下から青いひそやかな視線が刺した。ユートは横目で振り返った。
「背中からいきなり刺すようなゲスな真似は避けたいってだけだ」
「あれ、もしかして僕ちんのこと言ってますゥ?」
「察しがいいな」
何もかもどうでもよくなって適当にあしらう。
あまりにも似すぎている。九年前に《あの事故》で姿を消した妹、ルカに。結局は感情が是非の判断をさまたげるのだろう。心が無意識に望む答えを選んでしまう。
少女はいったい何者なのか。なぜ
爆撃と同時に現れた黒服の目的も、ハクと行動を共にしている理由もすべてが不明。
分からないから立ち止まる。
分からないから考えるのをやめる。
だが本当にそれでいいのか?
動けないのではなく動こうとしないだけじゃないのか?
何も知らず知ろうとせず進もうともしないのなら、生きながら墓に眠るも同じだ。
——人類は無知であり続けることを望んだ。その謎を我々は知らず知ることもない《Ignoramus et ignorabimus》——
それは、いつ、誰が口にした言葉だったか。
「えっ、どうすんの。まさか」
ユートの表情によどみのなさを見て取ったのか、アカリの視線が
ユートは指の関節を鳴らした。不遜の笑みを口元にのぼせる。
「とりあえず引っ
「脱がす!?」
殴られる前にあわててソフトな表現に言い換えた。
「管理者アカウントを設定し直して内部から降着状態を解除するんだ」
アカリとハクの仲を思うと、少々
「んなことできるん? どないすんのそれ? まさかぶっちぎるんとちゃうやろな? ドアノブとは違うんやで?」
「心配無用だ。危険物取扱者の甲種なら持ってる」
出口のない迷宮を脱出する方法は単純にして明快。壁をぶち破って突き進むまでだ。
身体が変形して装甲となった状態からむりやり《皮膚》をもぎ取られるのを想像したのだろう。アカリはドン引き。ハクは硬直。黒服は小馬鹿にした鼻息をふひっと鳴らした。舌なめずりに聞こえたのは決して気のせいではない。
「お手並拝見といきましょうかねェ……?」
「邪魔すんなよ」
変なフラグを立ててしまったことに後悔しながら、少女の傍らに膝をついた。袖をまくる。右手で少女の身体を包む外骨格装甲に触れた。平手打ちのような破裂音がして指に電気が走った。青い火花が飛ぶ。
「電気工事士の資格も必要だな」
「ユートひとりでやれる?」
「後ろからいきなりシャベルで闇討ちされないように、しっかり見張っといてくれ」
できるかどうかも分からないが、やると言ったからにはやるしかない。あがきながらでも前に進めば別の道がひらける。立ち止まれば今のまま一ミリの変化もない。
呼吸を整える。右手首の内側で皮下配線デバイスの虹色が明滅した。
心拍数と同期する光を、少女の首筋の黒い
「知るかよそんなもん」
真っ赤なエラー警告表示を吐くシステムを無視し、右手を押し当てる。
仮想視界に切り替わった。
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