落ちてきたのは人ではなく、

そういうの関係なく、普通にともだちのままでいればいいだろ

 さっきまで足に穴が空いていたというのに、ちょっと治ったらもう次の仕事に追われるというのはまことやるせない。世界はとっくに不条理だ。

 とにかく社畜よろしく休みなしに行動再開、墜落した呪装機巧エキソスケイルを今すぐ隠すなり掘り出すなり何なりしなければならなかった。さもなければもっとロクでもないことになる。


 捕まえた黒服ロクデナシを邪険に蹴飛ばしたい気持ちをぐっとこらえた。たしかニワトリ小屋に農具一式があったはずだ。物置をのぞくと果たせるかな土ならし用のレーキがあった。


「道具ってのは使わないときはあれこれいっぱいありすぎて邪魔だけど、ここぞってときに不思議と役に立つよな」


 取り出してアカリに手渡す。さすがにレーキまで武器にして使いつぶすわけにはいかない。大事な万能作業用具だ。


「これ図書室のマンガで見たわ。猪八戒が持っとる武器や」

「美少女化してるやつか」

「ちゃんとブタやったで」

「ちゃんと言うな。ピヨちゃんたちの敷きわらをきれいに集めて掃除するのに使う大事な道具だ」


「黄色いトリ……ちいさい……かわいい……おいしい……」


 屋根の上のハクが無表情に言った。お椀型にまるめた手のひらにヒヨコを一羽乗せている。

 ユートは思わず笑顔になって何度もうなずいた。

「おう、可愛いだろ? な? な? こいつら、ぴよぴよぴよぴよ必死に俺のうしろからついてくるんだぜ。こっちは踏んづけないよう気をつけて歩い……」


 早口でピヨちゃんのかわいいところをまくし立てているうちに我に返った。真顔でたしなめる。


「おいしいじゃない。ピヨちゃんは飛べないんだ。屋根から落ちたらケガをする。心ゆくまでもふもふヨシヨシして気が済んだら早めに小屋の安全な場所へ戻してやってくれ。それから」

 井戸を指差す。

「ピヨちゃんと触れ合った後はせっけんできれいに手を洗うように。ピヨちゃんはきれいな手が好きだ」


「ん。分かった……し」

 ハクは音もさせずに屋根から降りた。素直にヒヨコを放し、何かを探すそぶりをしながら井戸だった場所へと向かう。やはりヒヨコ好きに悪人はいない。その背中を穏やかに見送って、ユートは口元をほころばせた。


「トガシくん、素直でいい子じゃないか」

「トガシくんちゃうし!」

 アカリは赤いほっぺたを指でかいた。


「ハクはおとなしくて素直でええ子やけど、いつもあんな調子で、何考えとんかぜんぜん分からん。うちに黙って校長先生とつるんどったことといい、なんか……まだちょっとショックや」


 杖代わりのレーキにもたれて、地面をつつきながら小さくため息をつく。

 ユートは再びクレーターを調べに向かった。ポケットに手を突っ込み、内にしのばせた古い新聞記事のモノクロ写真の感触を確かめる。

 貴重な写真だった。今となっては唯一の証拠であり、たった一枚だけ残った過去のよすがだ。仏頂面のひねくれ少年とうつむき加減の黒髪の少女。後ろには面影どころか表情も背格好も変わっていないアカリとその姉妹エンブリオたち。前列向かって右の端には色素のない長い髪で目元を隠した少女が横を向いている。それがおそらくハクだろう。


「いつもあんな調子、ってことは元からああいう感じだったんだろ」

「うん」

「だったら別にいいんじゃないか」

「何も聞かんでええの? その……」

 アカリは言葉の続きと一緒に唇を吸い込んだ。


 もしかしたら、また、違う意味で離れ離れに——黒服の態度次第ではハクと敵対することになってしまうかもしれないと思いつめ、そのせいで口にできない不安から逃れられずにいるのかもしれなかった。


「あっちがその気ならもっと何か言ってくるだろ」

「そらあ、まあ、そやろけども」


 反論できずにいる語尾が次第に小さくなってもごもごと口ごもる。


「聞きたけりゃ聞きゃあいいし、聞きづらいなら放っときゃいい。いつもみたいに」


 アカリはレーキの歯がついてない方の角を地面に当てて、もう一方の角を宙に浮かせて、手持ち無沙汰にくるくると空中にコンパスの円を書いた。


「それができたら最初からあれこれ悩んだりせん。うちはこう見えてナイーブで多感なお年頃の心やさしい怪力美少女なんや」

「属性多いな」


 アカリは拗ねた顔で横を向いた。くちびるを尖らす。普段のアカリなら、それこそ相手の気持ちなどわざと気にもかけぬだろう。あけすけで大ざっぱで出たとこ勝負、ドアにカギがかかっていたらドアノブごと引きちぎって入ろうとするぐらいの猪突猛進だ。


 でも、それは、たぶん、周りの人々とはあきらかに力があって、互いに決して交われない深い溝があると感じているからこそだ。あえて竹を割ったかのように単純にふるまって、決して超えられないその壁を必死に飛び越えようと試み続けてきた結果の、自分では取れなくなってしまった道化の仮面。


 ともだち。

 クラス。

 がっこう。

 せんせい。


 おままごとみたいな、ガラスの箱庭。


 また逃げなきゃ、と言って、落日の遠い空を見つめていた。同じ運命の子どもたちが、みな同じ方向の道をたどるとは限らない。


「そういうの関係なく、普通にともだちのままでいればいいだろ」


 ユートはわざと気安く言ってのけた。胸の内に抱えた暗いもやもやを何とかおもてに出すまいとするアカリの気持ちは痛いほど分かる。だからこそそんな顔をさせないのが大人の役割だ。そう思った。


「大人の事情なんて気にしなくていい。俺だって大人気おとなげないことには自信がある」

「ええの、そんなんで」

「どうせ最初からバレちまってたんだ。俺には変態にしか見えんがアカリにとってはあんなのでも良い先生だし、ハクは昔っからのともだちだろ? じゃあ気にすんなよ。そのまんまでいい」

 黒服をぶら下げた方向をあごで示す。

 アカリは顔を上げた。赤い髪の毛がふわっと風になびいて肩から浮く。傾きかけの陽ざしが赤く熔け輝いて透き通った。


「そっか。そうやな。分かった」

 さっそく吹っ切れた笑顔でぴんと居住まいをただし、レーキを肩にかついでクレーターに飛び降りる。


「よっしゃほな行こかー! 一撃で全部掘り起こすでえええ!」


 レーキを頭上でブゥン! とローター状に回転させ、砂煙を吸い上げながら放電と地鳴りの鳴動を放って大上段に振りかぶる。

 ふと、アカリの足元に銀の直方体が埋もれているのに気づいた。記憶のフィルムが4倍速で逆再生される。違和感が絶妙な仕事をした。ちょっと待て。あの形、確かに見覚えがある、あれは、間違いない、あのときの——


 また血の気が引いた。

 まずい。やる気満々のアカリパワーで派手に掘り返したら埋まっているものすべてが粉々に吹っ飛んでしまいかねない。


「ふぁいとォーーーー百ッッッパァァァァァツ!!!」

「ちょおおままっまままままま待てえ!」


 身を挺して制止するのはいいが下手にレーキの直撃を食らえば自分の頭が粉々になる。果たして止められるのか? いやそれより生きて帰れるのか……!


 半泣きで飛び込んだ。

 

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