見せてくださいよォ……ぐっちょぐちょに乱れた男のよォォォ……イキリ立つ欲望《リビドォォォォ》! てやつをよォーーーッ!!
鏡越しに逆光と殺気が乱反射する。
「アイィィィ!」
奇声がおどり込んだ。振り返る。
太陽を背に、謎の黒服が空高く跳躍していた。ニワトリ小屋の屋根から背後の木に飛び移り、そりかえる反動で突っ込んでくる。殺意にギラつくシャベルの二刀流。
「悪い! 蟲は! 死ぬェェェェェ!! ダブルクローースアターーーック!」
重量感ある剣型の刃先が、ユートの首を狙って振り下ろされた。
反応速度0.1秒。
両肩の肉と骨にシャベルの刃がドガッ! と深く交差して食い込む。Xの血文字に斬りくずす。両腕、首、胴体。一撃で文字通りの四散——ハイブリッド
重心を倒して上体をひねり倒れながら手首のスナップを利かせて鏡のかけらを飛ばした。
ガラス片がシャベルの刃に当たってパン! と白く砕ける。突っ込んでくる敵の偏光サングラスのレンズ面に油面の反射に似た笑みが映り込んだ。
人間ミサイルがシャベルを振り抜いた瞬間。
真空のカミソリがビッ! と皮膚を裂く。氷が割れたような痛みが耳から頬まで走った。
直撃していないにもかかわらず風圧の平手打ちをくらわされた。冷凍した鉄にツラの皮を引っぺがされたような幻痛。たまらずのけぞった。吹っ飛ぶ。
本当のところはシャベルを避けるのに精いっぱいだったが、そこは何とか狂おしいほど必死にアクションポーズを決め、特撮ヒーローっぽく何回転もして逃れた。
膝をついて起き上がる。無意識に鼻先の砂を払った。手のひらまで砂まみれだ。冷や汗のせいか。ヤバイ。超。ジャリジャリ。
「……蟲が何だって?」
反射神経だけで身体を動かすカタコト脳筋状態から通常思考モードへと、脳内リソースを強引に回復させる。
おかげでよけいな一言を付け加える余裕すらできた。息が荒くなるのを必死で作り笑いでごまかす。
一瞬早く避けたとはいえ、鏡で背後の動きを察知できていなければ、たぶんイメージ映像通りの結果を食らっていただろう。
背後を取られたことも、ふざけた言い草も、奇襲のふりをしながらアホみたいな叫び声でわざわざ0.1秒もの猶予を与える強者ぶった余裕も、何もかもが気に食わない。ムカつく。
黒服男はシャベルを握る両腕をだらりと下ろした。うつむき加減の姿勢のまま、顔だけをぬらりとあげる。
「おんやぁ……避けやがりましたかァ……?」
男の口元がだらしなくゆるむ。
やけにまぶかにかぶった山高帽に偏光サングラス。右手にだけ黒手袋。全身黒の三つ揃えで固めているが、ネクタイはよりによってテッカテカの蛍光ピンク。似合わない。ダサい。すこぶる趣味が悪い。
横で見ていたアカリがサッカーボールほどもあるコンクリ塊を引っつかんだ。
「何すんやいきなり危ないやろが!」
ぶんと振りかぶって。投げた。豪速球。
コンクリートのボールは途中で分裂するクラスター魔球となって、半分がユートの顔の真横を突き抜けた。巻き込まれたこめかみ部分の髪がぶっちぎれる。血の気がひいた。
残る半分は謎のカーブを描いて黒服男の腰に命中。腰の骨が壊れる寸前の洗濯機みたいな異音を発した。
「グガァァァァァ僕ちんのお尻がバックリ割れたァァァァ……!!」
男は腰を押さえて悶絶した。中国雑技団のびっくり人間みたいに背中がそりかえる。
そのまま倒れるかと思いきや。
のけぞった勢いを活かしてバク転。シャベルをヌンチャクのように脇に挟み、もう一方は逆手に構えて一本足でトッ、トッ、とバランスを取る。
「クヒヒ……この僕ちんに一撃食らわすとはやりますねェ……?」
サングラスが斜めにずれて、下から凶悪にきらめく青い眼がのぞいた。金髪が片目を隠して覆いかぶさる。
「そっちが勝手に来たんだろう。押し売りならお断りだ」
ユートは鼻に獰猛な皺を寄せた。言い返す。
「……デケェ態度ができるのもそこまでですよォ……?」
黒服の男は手に通したシャベルを猛スピードで回転させ始めた。右左と持ち替え、さらに速度を上げてゆく。
「おとなしく内臓を地面にぶちまけてもらいましょうか……ハイヤァ! ゥワチョーー! くらえ正義の鉄槌ダブルストリームスコップゥーーーーーー!!」
予備動作もなしにいきなりのトップスピード加速。ヌンチャクふうに交差したシャベルをわざと中心でぶつけあわせた反動で内側から外へのダブル斬り払い。
横刈りの刃が喉の皮をえぐる。ずり上がったスラックスの下に、ピンクと緑の水玉靴下が見えた。やはり趣味が悪い。
「技名がさっきと違うぞ!」
空気の裂ける音だけを頼りにノールックで何とかかわした。靴下に気を取られている場合ではない。
「お気になさらずゥッ!」
避ける間もなく片手でシャベルを
足裏の荷重がくずれた。連続回転攻撃の速度についていけない。このままでは脳天からかぶと割りだ。避けきれない。
ガァン、とブリキの音が響き渡った。ユートの手にはゴミバケツのふた。
止まったくせに。
一拍遅れて衝撃が来た。
見えない真空の刃が襟首から胸元を斬りつける。亀裂に沿ってえげつない勢いの血が吹き出した。
「こいつ……!」
耐えきれず後ろによろめく。シャベル一本でこの威力。
一本? 見間違いではない。今の黒服はシャベルを一本しか使っていない。もう一本はどこに行った……!?
黒服は鼻にかかった気味の悪い奇声をもらした。肩を揺すって笑う。
「クヒヒ……オニイチャァーーン……そんなペラッペラのバケツのフタごときで僕ちんの愛を受け止められるとでも思ったんですかァ……?」
ユートは口の端を巻き上げてにやりと笑った。鼻で笑い飛ばす。
「クサイものにフタするにはちょうどいいだろ?」
「言いますねェ……?」
黒服はシャベルのハンドルの角で、クッと山高帽のつばを持ち上げる。サングラスの奥から小馬鹿にした上目遣いがちらりとのぞいた。
「…… 逃げてばっかりじゃァねェ……ぶちまけられねェんですよォ……?」
猫と蛇がまじったような喜悦のまなざし。
それを見て、はっと頭が冷えた。この笑い方。わざと挑発して何かを引き出そうとしている。うかうかと尻馬に乗れば相手の思うつぼだ。
「ねェ……オニイチャァン……? もっと見せてくださいよォ……ぐっちょぐちょに乱れた男のよォォォ……イキリ立つ
シャベルを振り上げ、なめずる舌をだらりと垂らし、変質者まるだしの勢いでむしゃぶりついてくる。はるか上空にキラリ。金属の反射。
「ちょ、その声、もしかして」
唐突にアカリが声を裏返らせた。
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