気がついたらいつの間にか家が吹っ飛んでましたテヘッ
砂利と鉄とガラスの破片
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隙間風というにはあまりにもフリーダムすぎる風が吹き抜けてゆく。
アカリは両手で耳を押さえた。首をちぢこめる。
「あかん、もー、耳が完全にアホになってもうた。何も聞こえんわ」
燃えさしの柱の一本でも残っていればまだかつては家だった証明にもなるだろうが、地面から上に原形をとどめているものが何もない状態ではさすがにとりつくろうのも無理がある。
「まだキーン言うてる」
「じっとしてろ。尻もちついたら切れ痔になるぞ」
ユートは分厚い手袋で足元に散らばるガラス片を払った。
「ええー? 何てー?」
ゾウさんの耳で聞き返される。本当に聞こえていないらしい。
膝に手を置いて立ち上がり、ぼうぜんと見渡す。地下シェルターを埋め込んだ上にかぶせた鉄板が、ハンバーグのタネをこねたみたいにぼこぼことゆがんでいた。
周囲は瓦礫と残骸の山。
ブリキの丸いゴミバケツのフタだけが奇跡的にツヤをとどめて瓦礫の間に挟まっている。
「ヒヨコ泥棒の次は地上げ屋か。まったく、どうなってんだこの街の治安は」
笑うしかない。フタを蹴飛ばす。トタンのフタはコンクリの基礎だった部分にぶつかってきれいに回転しながら庭へとすっ飛び、死にかけのシンバルみたいな音を立てた。
ゴミバケツは行方不明。爆風に吹っ飛ばされたか、あるいは家そのものが粗大ゴミと化したせいで中も外も見分けがつかないか。
木を隠すなら森の中。ゴミを隠すならゴミ屋敷。ただひとつやっかいなのは、ゴミを隠すべきハコモノがすでに存在していないことだ。やれやれ……とそこで嫌なことを思い出した。
やばい。
そう言えばこの家、賃貸物件だった。
「これは経年劣化……あー……みたいなもんだよな? 原状回復とか言われるとちょっと……厳しいけど俺の責任じゃないし……」
などと、青い空白い雲を見上げ、とりとめもない現実逃避に想いを馳せる。
「いや、それどころじゃない」
真顔に戻った。見たくない現実から秒で目をそらす。
ここまで壊れたらごまかすしかない。『気がついたらいつの間にか家が吹っ飛んでましたテヘッ』などというガッバガバの言い訳が生き馬の目を抜くこの現代社会で許されるはずなどないではないか。
全力で前向きに話をそらすべく、あらためて決意を込め、ぐっとこぶしを握りしめる。
「くそっ、いったい誰がこんなことを。あの
「……損害賠償請求しようってめっちゃ
すかさずアカリが鋭くツッコミ。ユートは真顔のまま振り返る。
「それの何が悪い」
「堂々とゆうな。そういうのは黙っとっても聞こえるんやからな。で、何なん、さっきのんは」
ユートは片膝をついてアカリのそばへ屈み込んだ。爆風とコンクリにぶん殴られたせいでずきずきと痛む後頭部を指さす。
「なあ、ここハゲてないか」
「ハゲより敵の心配せえや」
時に正論で殴られる方が物理より痛い。アカリは座ったまま、首を横にかたむけて反対側からトントン叩いた。
「大きぃに言うてくれたら聞こえるけど、小さいんはまだ聞こえんな。ピヨちゃんたち大丈夫やろか。声、聞こえよる?」
ユートはつられてぴよぴよハウスの方向を見た。ニワトリたちが大騒ぎしている。壊れているのは郵便ポストだけ。何というラッキー。
「良かった、ヤキトリにはなってな……」
背後からあからさまに失望のため息が聞こえた。心外の眼差しでアカリを見つめる。
アカリはしれっと目をそらした。斜め上を見ながらひゅるひゅると気の抜けた口笛を吹く。
「よかったなーピヨちゃんたちーこんがりおいしーに焼けたりしとらんでー」
「こんがり言うな」
苦笑いしてニワトリ小屋へ視線を戻す。
視界の隅で何かが動いた。
即座に意識を警戒態勢に切り替える。顔を動かさず、目線だけで影を追う。また動いた。壁の後ろ側。黒い影がちらりと動き、また引っ込む。
何かがいる。
ゆらり。影が大きくそよぐ。動き方が先ほどと違う。
よくよく見れば、焼け焦げたカーテンが木の枝に引っかかって、風に揺られて見え隠れしているのだった。
「気のせい……?」
内心、あっけにとられた。騒ぎのどさくさにまぎれ接近を許したかと思ったが、どうやら見間違いのようだ。
正体見たり枯れ尾花。入りすぎた肩の力を抜く。短く息をついた。
疑心暗鬼になるのも無理はない。いきなり壁も天井も吹っ飛ばされたら誰だって世界中が敵に見える。ホームレスの恨みは深いのだ。間口は広いが心は狭い。
「とりあえず、まずピヨちゃんたちの様子を見に……」
ユートは口をつぐんだ。
薄煙の上がる庭に、パチッ、と虹色の放電が走る。
つい数分前までは間違いなくじゃがいもとさつまいものジャングルだった。それがきれいさっぱり跡形もなく消し飛んで、残るはすり鉢状のクレーターだけ。だが、はたしてこれほどの爆発が先ほどの手りゅう弾や機銃掃射だけで生じるものだろうか?
深さと角度のせいで、ユートたちのいる場所からクレーターの底を直接うかがい知ることはできない。
クレーターの上部にまた、火花の電光が飛んだ。
やはり何かがいる。
ふとアリジゴクなる昆虫を想像した。すり鉢状の巣を作る肉食の虫だ。穴に落ちたアリは脱出のために壁を登るが、もがけばもがくほど砂はくずれる。やがて力つきて穴の底に。待ち受けるのは死。
「まさか、
アカリが息をつまらせた。ユートの背中から顔だけ出してびくびくと様子をうかがう。
「下がってろ」
ユートは損壊したウッドデッキを踏み越えた。庭へ飛び降りる。ブーツの裏が砂利と鉄とガラスの破片をすり混ぜた。
落ちているガラスの破片を注意深く指先でつまみあげた。裏返す。青空がぴかりと反射する。
「アカンアカン近づいたらアカンって。とりあえず逃げよ。君子危うきに近寄らずや。絶対ろくなことにならんって」
アカリは首だけ長く伸ばしてクレーターの方をうかがい見ながら右往左往。
ユートは爆風で盛り上がったクレーターの縁に足をかけた。内部に危険物がうもれている可能性もある。不発弾とか不発弾とか不発弾とか。これ以上の面倒はごめんだ。
「つべこべ言わずに黙って警戒にあたれ」
短く言って内部を調べる——ふりをして手に持った鏡でバックミラー代わりに背後を映す。
逆光の青空を遮って飛ぶ黒い影が映り込んだ。
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