悪趣味ハニーボーイズ

◆《解体》完了

「ハツヨちゃぁーん。愛の募金活動に来たよォーー」

「かね……かえせえ……」

「もっと穏便に」


 裏路地のオンボロ小屋の前に二人組の黒服が立った。大人と子どもほどの身長差。双方とも偏光サングラスに山高帽。ネクタイは蛍光ピンク。すこぶるセンスが悪い。


 大きい方の黒服が口に手を添え、気の抜けた声で店主を呼ぶ。返事はない。


「カネやァー取り立てェー……二個で、千円ーー、二個で千円ーー」


 年季の入った木製の引き戸に手をかける。少し力を入れただけでガタピシとやかましい。無理に動かすと戸板ごと簡単に外れてしまいそうだ。というか敷居ごともげた。


 フルオープン。


 気にせず、やさぐれた態度の片手をポケットに突っ込んだまま、防犯意識ゼロの戸をまたぐ。小さい方はうまくまたげず、大きい方に首根っこを吊られて乗り越えるとそこは玄関——とは言い難いコンクリート打ちっぱなしの土間。ピンクの丸パイプいすが横向きに転がっている。真ん中が破れて、黄色いスポンジがはみ出していた。


 ひんやりと薄暗い。誰もいない。


「ごめんくださーい……ハツヨちゃーん? 居留守ですかァ……? ブッコロスゾォ……?」


「ブッコロス……し」


 男がいすを蹴り飛ばした。小さい方も一緒に、何もない空間を蹴るふり。窓に歩み寄る。ブラインドの操作棒を回転させて羽根スラットを広げた。縞模様に明るくなった室内を見回す。


 駄菓子屋ハッちゃん、とペンキで書かれた手書きの棚に、お菓子らしきものが並んでいた。しけたせんべい。青カビの生えたスルメ。毒々しい色の棒つきキャンディ。猫フードの空き缶。


「おほっ、いいですねェ。アメちゃァんはママンの味ィ……?」


 背中をまるめ、肩をいからせ首を突き出して。

 鼻を突き合わせんばかりにマジマジと棚を検分する。


 少しでも子どもウケをよくしようとしてか、腕を組んでスキップする赤ずきんちゃんとオオカミちゃんの絵の横に、「おばあちゃんおいしいネ!」などと描かれたポップが添えてあった。


 赤ずきんが向かう小屋の周りには少々リアルすぎる赤いペンキが散っている。どう見てもすでに哀れな獲物おばあさんを平らげたあとだ。


「それにしても無用心ですねェ……?」

「不用心……かも」


 男は棒つきキャンディを二本手に取った。包装を破って小さい方に渡す。

 入り口にカギはかかっていなかった。いくらボロ小屋とはいえこのご時世、カギもかけずに開けっぱなしにするなど、それこそと言わんばかりの手ぬかりだ。


 小さい方の黒服は赤い舌を出してキャンディをぺろぺろ。


 床に当たった陽の光が、掃除の行き届かない床をうっすら照らす。


 川の字になった埃の線が部屋の奥へと伸びていた。何か大きなものを引きずった跡だろうか。男は山高帽の下の眉をぴくりと持ち上げた。もう一本のビニールを破り、のんきにくわえる。


 埃のすじの行き先は扉の向こう側。ところどころ茶色にかすれたペンキの跡。


 風に押されて、扉が少しずつ開く。ちょうつがいがキィ、と鳴く。


「あっちを向いてな」


 小さい黒服に声をかける。小さい方は言われるがまま、キャンディを片手にコクリ。うなずく。


 息を荒げる犬にも似た吐息が聞こえた。殴打の鈍い音。そのたびに、重たい硬いものが床にゴツゴツと当たる音がした。扉の向こうからだ。荒い息はすぐに口汚い罵倒に変わった。


「よごぜよババア! オラァ! おダアしくゴゴせってんだ、さっさと……どこにギギギギやがった、ハァァ!? ボっボギャるだろギャ右手デクスグォアラ出ゲエ!」


 扉が少しだけ余計に開いた。

 隙間から指先だけがはみ出る。


 もう、生きた色をしていない、すべての関節が逆向きに折れまがった皺だらけの右手が。


「んふーーん? 良くねェなァオッサンよォ……実に教育上よろしくねェ……」


 男は山高帽のつばを引き下ろした。右手だけにはめた黒い手袋の甲部分に、文字とも線ともつかぬ銀虹色のラインが透ける。棒つきキャンディをすっぽりくわえた口元がはちみつのように甘ったるくゆるんだ。


 スーツ下のホルスターから銃を抜いて、ろくに狙いを定めもせず扉越しに一発。


 声がやんだ。


 扉を蹴り開ける。老婆の死体と折り重なったの後頭部に銃口を押しつけ立て続けに二発。サプレッサーから抑制された発射音とガスがもれた。


 悪臭を放つ黄色いヘドロが飛び散る。


 胸ポケットの携帯端末が、ピロロロロと震えた。何事もなかったように応答。

「アッハイ僕ちんだけどォ?」


《このクソッタレウスノロ金髪短小クズ肉ブタ野郎様。先ほどから緊急事態ですと申し上げていたのが聞こえませんでしたか》


 インカムから冷たい機械音声が飛び出した。


「はいィ……? ってそれ今初めて聞いたんですけどもォ……」


 黒服はそらっとぼけて首をかしげる。


 背後の影がうごめいた。が、折れた首をぶらんとさかさまにそらして、ぬるりと起き上がる。血走った眼は裏返ってもはやこの世を見てはおらず、もう一方の眼窩には何もない。


「イギ……ミギ……ィイイイイイイイイイ……!」


 《そいつ》はあごの骨がはずれるほど口をぐわりと開く。赤と黄色にただれた口内が見えた。


「ハイハイお帰りはあちらァ」


 黒服男はくわえていた棒付きキャンディを無造作にプッと吐いた。キャンディの柄がじみた相手の眼に突き刺さる。そこへ追い打ちの銃弾。文字通りの玉突き状態で棒付きキャンディが頭蓋内を暴れまわった。は、口から鼻から噴水のごとく黄色い粘液を吐きながら仰向けにのけぞり倒れる。


 インカム音声が冷ややかに続けた。


《とっととお戻り下さいゲリクソ豚野郎様。さもないとお帰り次第キンタマちぎって鼻の穴に詰め込みます》


「あひィ……これまた手厳しいィ……」


 黒服はうわずった息をもらし、息を吸いながらブルッとした。

 返答はない。通話はとうに切れている。


 黒服はガードに指をかけ、ふざけた仕草で銃を後にスピンさせた。代わりに黒い缶詰型の頭部がついた柄付き手榴弾ポテトマッシャーが出現。銃はどこかに消えている。


「いやァ、優秀なイケメンエグゼクティブエリートってのは忙しいねェ、ハクちん?」


「とっとと……戻れって言ったしクソッタレウスノロ金髪短小クズ肉きんたまヨゴレ野郎……」


「そこまで言われてましたっけェ」


 信管のピンを抜く。

 ぽい。投げ捨てる。


 先端と基部で重心が違うせいか、《柄付きの缶詰》はできの悪いスピログラフよろしく、ほこりの線路を描いてコロコロ転げまわる。


「さてと。おいとましますかァ」


 男はサングラスをぴかりと平坦に光らせた。どこからともなくメダルを一枚取り出す。カジノで使われるゲームコインだ。


 親指でキンと空中にはじく。コミカルなキャラの横顔がくるくる回転。


 メダルは綺麗な放物線を描いて落下。赤ずきんちゃんの棚の空き缶にホールインワンした。


 カラン、コロン、空き缶は棚から落ち、ぶつかったせんべいのかごをひっくり返した。最後にカン、とむなしい空っぽの音を立てて死体の上に落ちる。


 死体が、動いた。が死体の口から列をなして這い出しているのだった。


 小指ほどの赤い蛆虫のようなものがびっしりと顔にたかって、うごめいて、肉と骨をかじるカリカリ、カリカリ、


 黒服はあからさまにげんなりとためいきをついた。


「あーもー大行列じゃないですかァ……だ〜か〜らぁ《栄光の右手デクス・グロリオ》にだきゃァ手ェ出すなァつったのによオ」


 小さい黒服は話を聞いていない。キャンディに夢中だ。


 男はありったけのキャンディを鷲掴みにした。


 律儀にまだ後ろを向いたままのミニ黒服の肩をぽんと叩いてうながし、店を出る。


 建て付けの悪い戸を引き起こし、後ろ手に閉めて。


 しゃんと背筋を伸ばし、ネクタイの結び目を直し、山高帽を斜めにかぶり直し、新たにくわえたキャンディの棒をぴこぴこ上下に動かしながらニヤニヤと鼻歌まじりに歩き出す。スーツのポケットは棒付きキャンディでトゲトゲのぱんぱん。


「3、2、1」


 男が角を曲がると同時に、ボロ小屋は黒い金属光沢の球に包まれた。


0ゼロ

 ぱきん。指を鳴らす。小屋は金属球ごと消失した。


 背後からくる風が山高帽の下の金髪をそよと揺らした。ダウンバーストが砂ぼこりの輪を広げる。小さい方の帽子が飛んだ。人形のように肩できれいに切りそろえた白い髪がなびく。


 《解体》完了。後にはクレーターと更地が残った。

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