爆撃、そして
失礼。お客様の鼻血で手袋が汚れました
「ユートただいまー! ちょー、ただいまー言うとるやろー! なあ、おやつはあ? 今日のおやつどこー」
赤毛の女の子が雑草と廃屋と倒木の連なる道をまっすぐ駆け戻ってくる。見たところ小学生ぐらい。ミリタリー風の短いベストに、赤のショートパンツ。背中にリュックを背負っている。
少女は一軒家を囲むウッドデッキの手すりをかるく飛び越えた。伸身宙返り、両手は横にまっすぐ伸ばして美しい着地。
背すじはぴん、十点満点。
かと思えばいきなりドアノブをつかんで片足をかけ、行儀悪くがちゃがちゃ言わせる。
「何でーーちょっとおー! カギいーー! 閉まっとるやんかあーー! おやつどこやああーーユーートおお……」
ドアノブが戸板ごとぶっちぎれた。少女は手の中のドアノブを握りしめたまま、首だけでぐるんと振り向く。
「はっ!? この音は、まさか……!?」
そのころ。
黒い影が二つ、敷地の裏手に侵入していた。手にはバールのようなもの。かつては黒スーツであったと思しき落ちぶれた上下一揃いの服が汗と鉄の悪臭を漂わせる。
侵入者たちは身を寄せ合った。母家の音に気づいたのか。立ち止まる。
「ちっ……ガキが戻ってきやがったか」
目の前にはぼろぼろの扉。《入るなキケン》のペンキ文字が乱雑に赤く書き殴られている下に、そこだけやけに真新しい郵便受けがあった。
〒999−99999 新大和島市特別街区
じゃり、と音を立てて、靴の裏が砂を噛む。
バールが扉をこじ開けた。鍵が壊され、地面に落ちる。
侵入者たちは目配せしたあと、二手に分かれた。
「ガキなんかほっとけ。ボスの命令が先だ。さっさとブツを奪ってズラかろう……」
羽ばたきが騒然と湧き起こって声をかき消した。けたたましい鳴き声。降りしきる羽根。
「っぷ、何だこりゃあ急にッ……」
二人組は眼といい口といいまとわりついて貼り付く羽毛を払い落とそうと両手を振り回す。
ギラつく無数の黄色い眼が侵入者を見すえるなか、もうひとつ。
「これはこれは、ようこそ」
長身の影が指の関節を鳴らしながら歩み出てくる。
「何だてめえ、邪魔すん……ッ!」
「いらっしゃいませ、お客様!」
最後まで言わせず。拳骨が風を切った。カーキ色の軍コートがひるがえる。
グーパン一撃。侵入者の鼻骨が、握り潰した貝殻の音を立てて凹んだ。全身がねじれて吹っ飛ぶ。
「ホゲェェェ!」
「ゴゲェェェ!」
二人そろって敷き藁の山に頭からズッポリ突き刺さった。
「コケーーッコッコッコーーーッ!!」
怒れるクチバシの群れが成敗とばかりに二人組に襲い掛かり、全身くまなくつつき回す。
小屋の主人は、鼻血まみれの拳を見下ろした。げんなりと肩を落とす。
「失礼。お客様の鼻血で手袋が汚れました」
「てめえッ! 何しやが……!」
片方がバールを振るって跳ね起きた。小屋の主の後頭部めがけ、重量のある殺意もろとも殴りかかる。
ヒヨコたちが黄色い悲鳴をあげて逃げまどうなか。小屋の主人はノールックで背中からの殴打をかわした。手にすくったおがくずと羽毛をチャフ代わりにまき散らす。舞い散る羽毛が視界を白くうめつくした。
「クソ、なめやがって……!」
口の中に飛び込んだ羽毛にむせつつ、侵入者は遠心力に振り回されて無様につんのめる。
「おお、よちよちピヨちゃんたち、怪我しなかったかい? 危ないからあっち行っててね?」
小屋の主人はどこ吹く風で小屋の片隅にかがみ込んだ。猫撫で声でヒヨコたちを安全な隅っこへと追いやる。
「……くっ、どこだ。どこ行きやがった!?」
バールを握りしめ左右を見回すのはガッチリ系の兄貴分。その背中に、貧相なのっぽの弟分が半分膝から崩れつつすがりつく。
「アニキ、ヤベエよあの、コイツ、アレ、あんときの……」
ヒヨコの無事を確認したのち。小屋の主人は頭をかきかき、おもむろに身を起こした。うんざりした顔で振り返る。
「まったく。泥棒なら泥棒ですって最初から言っといてくれ。無駄に愛想振りまいて損した」
「どこが愛想だよッめちゃくちゃぶん殴られたわ! それよりこいつが見えねぇのか!? ああ!? ぶちのめされたくなけりゃァすっこんでな!!」
「いやそれはこっちのセリフだが」
小屋の主人は申し訳なさそうに言い返す。
「だめだよアニキィ! こいつあの駄菓子屋ババアんとこのウソつき運び屋……」
弟分はすっかり肝をつぶした情けない声を上げた。膝ですり寄って兄貴分につかまり、上着のすそを引っぱる。
「ああん? うっせえ知るかビビってんじゃねェよ黙ってろい! オラオラ命が惜しかったらさっさと食いもんよこしやがれーー! 串焼きのヤキトリにして食ってやっからよーーー!!」
兄貴分の侵入者は口汚くののしるや、バールで薄い板壁を破壊した。何が面白いのか分からないが壊れた壁にやたらとウケて下品に笑い転げる。
外の光がほこりを照らして斜めに差し込んだ。
「串焼き……?」
陽だまりが小屋の主人の足元を照らす。飴色に光るミリタリーブーツが敷きわらを無音の殺意で踏みしめた。こまかな羽毛を舞い立て歩いているはずなのに足音ひとつしない。
「ヤキトリだと……?」
上半身が陰にまぎれる。作り物の営業スマイルがすうと消えた。
「……俺のヒヨコに手を出すな」
指の骨を鳴らす。暗い笑みが頬にさした。
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