転売屋パーティーに宝の在りかを教えた。探索は死と隣り合わせ、何があろうと自己責任だからあとは俺の知ったことではない。

@chest01

第1話

魔法薬マジックポーションが1瓶で300ゴールドなんて、いくらなんでもこの価格はないだろう!」


 路地裏の粗末な露店の前で、中堅冒険者の魔法戦士クライは怒鳴り声をあげた。


 ダンジョン探索において魔法は必須。

 灯りの確保から魔物との戦闘、帰還にいたるまで、多岐にわたって使用される。

 これは初級者、ベテランを問わず不変の常識だ。


 当然、魔法を使えば魔法力を消耗し、それを回復するには魔法薬を服用するか、十分な休息を取るしかない。

 つまり魔法薬の有無は冒険の生命線といえる。


 それだけに、彼は憤慨ふんがいした。

 買い占められて道具屋から姿を消したその必需品が、相場の10倍の値段で売られていたのだから。



「魔法薬なら30、回復薬ポーションや傷薬は10ってのが相場だろうに」

「またケチつけに来たか、クライ。相場は相場。うちらはこの値段で商売させてもらってるから。嫌なら買わなくても構わないんだぜ」


 店に立つ細身に細面ほそおもての若い男、低級冒険者の剣士ルガリは悪びれもせず平然と言った。


「クソッ、材料の薬草が品薄だと聞いた途端、魔法薬を買い占めて高値で転売しやがって」


「転売の何が悪いんだ? 商品を転がして稼ぐのは、冒険者だって普段からやってることだろう?」


「たしかに手に入れた品を売るのは冒険者の収入源だ。それに高い値段で買い取ってくれる相手を優先したり、ときには多少ふっかけることもある。だがな、取引にはある程度の相場ってものがあるし、なにより必需品じゃ絶対やらねえのが暗黙のルールなんだ」


「そんなルール、誰かが勝手に言ってるだけのことだろ。需要と供給で、需要のほうが多けりゃ価格は上がるのは当然だろうに」


「ふざけるな! みんなに行き渡る分はあるのに、お前らが買い占めて、市場しじょうに出回る分を操作して値段をつり上げてるんじゃねえか!」


「だからそれの何が悪いってんだよ。売る側が値段や条件を決めることや、個人で売り買いする量を制限する法律はない。法がない以上、たとえ商人ギルドにだって俺らのやり方に口出しはできないってことだ」

 ルガリは勝ち誇ったように唇の端を上げる。


「……くそぉ」


「ほら、もういいだろ。お前みたいに金もないのに絡んでくる奴が1番商売の邪魔なんだよ。買わないならとっとと帰んな」

 野良犬のようにぞんざいに追い払われ、クライは舌打ちしながらその場を立ち去った。




「魔法薬が1本300だとよ。まったく、話にならねえよ」

 クライは酒場で愚痴った。

 同じテーブルで頷いているのは普段パーティーを組む5人の仲間たちだ。


 彼らも腹に据えかねているのだろう。

 腕組みをして黙るクライの前に、ビールを片手に、次から次へと文句が並べられる。


「相変わらずやり方が汚ねえよなあ、品薄の魔法薬をそんな値段で売るなんて」


「ルガリがリーダーの転売パーティーの悪辣あくらつさは今に始まったことじゃねえ。解毒魔法が効きづらい毒を吐く魔物が大量発生したときは、よりによって防毒マスクと毒消し薬を買い占めやがった」


「治癒魔法で完治しづらい疫病が流行ったときも同じだ。独占した特効薬に高値をつけたうえに、家族が苦しんでるってどんだけ頼んでも、金がない相手は追っ払ったっていうんだからな。血も涙もねえ、ひでえ話さ」


「まったくだ。奴ら、何倍、何十倍もの値段をつけておいて、命が助かるならこれくらい安いもんだろってヘラヘラしてやがったってな」


「私の知り合いのおじいさんは、そのときの病気で亡くなったの……。解毒が間に合わなかった人や、今も病の後遺症で苦しんでる病人もいるっていうのに、あいつらはそんなこと気にもしないで、その稼ぎで贅沢三昧の毎日」


「ああ、遊んでばかりでろくにダンジョン探索に出ねえし、ギルドでの情報収集も全然しやしねえ。そんな実力も知識も三流以下のくせに、金の話にはやたら耳敏みみざといときてる。これから高値が付きそうな物の噂を聞くやいなや、誰よりも早く買い占めに走りやがんだ。それもその辺の孤児や物乞いに駄賃を渡して、人海戦術で一斉にな」


「この前はその方法で「神の踊り手」や「聖なる歌姫」の公演のチケットを大量に買って、目が飛び出るような値段で売りさばいてたらしいぜ。ただでさえ入手困難だってのに、踏みにじられて嘆くファンの姿が目に浮かぶようだ」


「楽に安全に稼げると分かったら、あいつら味を占めて、次から次へとなりふり構わず獲物にしやがる」


 尽きぬ仲間たちの苦情に、クライも眉根を寄せた渋い顔で大きく首肯しゅこうする。


「金儲けのためなら他人の迷惑どころか命さえもかえりみず……本当に許せねえな。だが冒険者ギルドはもとより、商人ギルドであっても、転売そのものは違法とは言えねえから強くは出られないらしくてな」


「しかしクライ、魔法薬を買い占められたせいで冒険が遅々として進まねえって、どのパーティーも相当頭に血が昇ってる。今までの件で我慢の限界に来てる奴も多くて、ダンジョンでどさくさ紛れにルガリたちをっちまおう、もう生かしちゃおけねえ、なんて本気で企んでるのもいるらしいや」


「俺もその気持ちはよく分かるし、あんな奴らがどうなろうと構わねえが、ギルドの建前上、冒険者同士で殺り合うのは厳禁だ。バレたらそれこそ重罪になる。しかし……痛い目は見せてやりたいところだな」


 クライは顎に手をやってしばし思案し、


「あいつら、金の話にはめっぽう鼻が利くんだよな。なら、とびきりの「儲け話」を教えてやるか」


「? どういうことだクライ、わざわざ稼ぎの手助けをするのか」


「まさか。つい最近見つかったばかりの、例の北のダンジョンがあるだろう? あそこは魔物が少ないのに山ほどお宝があるって、さも絶好の儲け話のように連中に吹き込んでやるのさ」


「おっ、入り口の岩がドラゴンの頭に見えるから「ドラゴンの迷宮」と名付けられた北のダンジョンか!? ……なるほど、そういうことか。たしかに、奥には手付かずの宝がたんまりあるっていうのは事実だからな」


「ああ。俺はめんがわれてるから話すのは誰かに頼むとして……金の匂いを嗅がせてやれば、あいつらは間違いなく飛び付いてくるはず」


「しかし、駆け出し同然の三流冒険者にあのダンジョンをすすめるとは……クライ、お前もなかなか人が悪い」


「なぁに、希少なお宝があると広まれば、遅かれ早かれあいつらの耳にも入るんだ。それをほんの少しだけ、早めに伝えてやるだけさ。まあ、あいつらに冒険者としての最低限の常識と心得があれば、大きな被害は出さないだろうけどな」


「それさえも忘れて、がめつくお宝を狙いに行ったとしたら?」


「そのときは、どうなろうと俺の知ったこっちゃねえ。たとえどんな結果を迎えようと自己責任ってやつだろ? なんたってダンジョン探索には危険が付き物、いつも死と隣り合わせなんだからな」








「おい、面白い話を聞いたぜ」

「どうした、その様子だと稼げる話みたいだな」

 駆け込んできたバンダナに髭面のシーフ、エディの笑みに、ルガリがソファーから体を起こした。


 ここはルガリが借りている倉庫付きの一軒家。

 これまでの売り上げを誇るように豪華な家具が揃えられ、多くの調度品が飾られている。


 周囲には彼の仲間たちも各々くつろいでいた。


「酒場で1杯やってたら、近くに座った奴らが次の探索先の話を始めたんだが、それがなにやら、かなり儲けられそうな話のようでな」

「ほう、それで?」


「ああ。聞き耳を立てると、ごく最近見つかったとかいう北のダンジョンってところの話でよ。大した魔物はいないのに、そこの地下5階の最深部には、持ち帰れりゃあ一獲千金間違いなしのすっげえお宝があるらしいんだ」


「すごいお宝、といいますと?」

 眼鏡をかけた肥満体の中年僧侶、フォークが聞いた。

 一見、人の良さそうな顔付きと振る舞いをしているが、信頼を置かれる聖職者の特権を悪用し、国内外の密輸で私腹を肥やす、とんだ生臭坊主だ。


「ああ、なんでも小夜啼鳥サヨナキドリとか呼ばれる魔法石で、その中でもえらく高値がつく赤いやつがゴロゴロ転がってるとか」


赤小夜啼鳥ナイチンゲール!」

 腰まである髪にゴテゴテと宝石をあしらった蝶の髪飾りを付けた美少女、ファレーナが歓喜の声をあげた。


 魔法使いではあるが術の研鑽けんさんや魔法知識の習得などそっちのけで、考えているのは金儲けのことばかり。

 今回の魔法薬買い占めをはじめ、いくつもの転売計画を画策してきた生粋の性悪女だ。


 彼女はその頭の軽さを補うかのようにジャラジャラと大量に付けられた貴金属のアクセサリーを揺らして、興奮する。


「それは含まれる高純度の魔力で変色した、赤小夜啼鳥ナイチンゲールって呼ばれるもので、最上級魔法道具の作成に絶対に必要な素材なの。魔力を高めたい賢者や大魔導師相手なら、どんな言い値でも買い手がつくってほどの代物よ! そんな高価なものがゴロゴロしてるなんて、まさに宝の山じゃない!」


「なんでも、まだ奥に入った者は少なくて、宝はほとんど手付かずだって言ってたな。今のうちに俺らで独占できれば、とんでもない稼ぎになるんじゃないか!?」


「ふっ、その金があればさらに強い武具が集められるな。ちょうどコレクションに加えたい剣があったんだ」

 筋骨隆々な戦士トリスタンが腕組みしながら、愉快そうに笑った。


 豪快な大男に見えるが、その見た目とは裏腹に、チケット買い占めなど影でこそこそと転売工作をするズル賢さを持つ。


 彼らに、孤児や物乞いに買い占めを指示したり裏の販売ルートに通じたエディを加えた5人が「転売パーティー」だ。

 ただパーティーとは名ばかりで、その実態は、金だけで繋がった転売のビジネスパートナーといったほうが相応しいだろう。



「エディ、ダンジョンの場所は分かるよな?」


「ああ。だが内部の詳しい様子や魔物の種類までは分からないぞ。ギルドで調べれば分かるかもしれんが」


「そんなのヘーキでしょ、ヘーキ。それにギルドに寄って下調べなんかしてるうちに、誰かにを横取りでもされたらたまらないわ」


「俺たちゃ、この辺じゃ最強の装備を揃えてるんだ。雑魚の魔物なんか束でかかってこようと楽勝だぜ」


「高く売れる魔法石があるなら、誰よりも早く行って、1粒でも多く拾ってきませんとねえ」


「そういうことだ。先を越されないうちに、さっそく向かうぞ。そのお宝をモノにできりゃあ、御殿の1つも建てられるってもんだ!」




 かくして、ルガリのパーティーはダンジョンを訪れた。


 ドラゴンの頭に似た入り口をくぐると、中は床や壁がしっかりとした石作りになっている。


 長時間燃える魔法の松明たいまつが壁に一定間隔で置かれており、視界は悪くない。

 いくらか入り組んだ構造ではあるが、迷うほどではなさそうだ。


「本当に雑魚しかいないな」

「ああ、スライムと大コウモリくらいなもんか」


 ルガリとトリスタンが剣を振るい、魔物たちを軽く蹴散らす。


 ルガリは魔法の長剣と盾のセットに、白銀の軽鎧。


 エディはダガーと解錠ツールを腰のベルトに差している。


 フォークは祝福儀礼を施された法衣と杖。


 ファレーナは高名な魔術師セドラが魔力を込めたと云われる、魔法のロッドとローブ。


 トリスタンは名工が打ったブロードソードと鋼鉄製の防具で全身を固める。


 誰もが冒険者としての実力は三流だが、転売の利益で揃えた装備はどれも一流だ。


 彼らは難なく地下4階まで到達した。


 今までと打って変わって、迷路のような複雑な通路を抜けると、

「今度はやけにだだっ広い部屋だな」

 広いフロアに入った。


 横幅30メートル、奥行き70メートルほどで天井は灯りが届かないほど高く、奥に見える扉まではがらんとしている。

 ところどころに立つ、人の背丈ほどの石柱に焚かれた松明のせいで、部屋の中にはいくつもの明暗が作られていた。


「あ、宝箱がありますよ」

 フォークが指差した。


 中央にポツンと宝箱が置かれていた。

 大人が両手を広げたくらいはある、かなり大きなもので、全体にきらびやかな装飾が施されている。


 解錠を担当するエディを先頭に、パーティーはただちに駆け寄った。


「宝箱の飾り付けだけでも相当値打ちがありそうだな。こりゃあ、中身にも期待が高まるってもんだ」


 エディは離れて後ろで眺める者たちの思いを代弁するように言うと、しゃがみこみ、罠が仕掛けられていないかチェックする。


「……おっ、こいつは罠もねえし、鍵もかかってねえようだぞ。ツいてる、こりゃ幸運ラッキーだ」


 上機嫌で開けようとすると、宝箱のふたが独りでに開いた。


「へ?」

 そこには金銀財宝などはなく、上下にびっしりと並んだ鋭い牙が。


 ミミック──ダンジョンで宝箱に擬態し、近寄ってきた者を食らう魔物。


 弾むように猛然と飛びかかったミミックがエディの右腕に噛み付き、

「!? ぐぎゃあああーっ!」

 彼の肘から先を獰猛どうもうに食いちぎった。


 パーティーが助けようとしたときにはもう遅かった。


 次の一口で腰まで丸飲みにされ、両足をばたつかせながら食われていく。


「ぎゃあああああ!」

 貪欲な咀嚼そしゃくのたび、ミミックの中から聞こえてくる、くぐもった断末魔の悲鳴。


「いやあ! なんでミミックが!?」

「あ、あんなものがいるなんて聞いてないぞ!?」


 ファレーナは攻撃魔法の詠唱も忘れ、怯えている。

 トリスタンも武器を構えながらも完全に及び腰で、距離を取ろうと後ろへ下がった。


 そのとき、注目しなければ見つからないほど小さな、床の出っぱりを踏みつけた。


 ゴトンッ


 天井から何かがずれるような音がした。


「ん?」

 トリスタンは頭上を仰ぎ見る。

 次の瞬間、彼の視界は落下してくる巨岩で埋め尽くされた。


「うわあーっ!!」


 轟音ごうおんとともに一瞬で、彼は絶叫ごと平らになった。

 押し潰されたトマトなさがら、赤い飛沫しぶきを飛び散らして。


 いかに堅牢けんろうな防具であろうと、何トンもある岩の前に、なんのあらがいになろうか?

 鋼鉄の鎧といえど紙細工も同然だ。


 岩の下でひしゃげた鉄と肉の塊から、血溜まりが拡がっていく。


「ひ、ひいいっ!」

 彼が潰されるさまを目の当たりにしたファレーナは、血の付いた顔を歪ませながら後ずさる。

 そして彼女もまた、別の出っぱりスイッチを踏んでしまった。


 落石トラップに続き、新たな罠が作動。


 壁に隠されていた複数の穴から矢がランダムに連続射出された。


「!? おい、伏せろ!」

「え?」


 ルガリの声に振り向いたファレーナは、

「がっ!」

 途端に両手でのどを押さえて体をこわばらせた。

 指の間から伸びる矢、そして溢れ出す鮮血。


 矢の風切り音がしたら伏せる。

 弓矢に対する基本的な防御動作だが、彼女にはそれすら身に付いていなかった。


 のどに矢を受けた彼女は、苦痛と驚愕きょうがく渾然こんぜんとなった表情で体を痙攣させる。


 よろめきながら口をぱくぱくと開けるが、貫かれたのどから高い悲鳴があがることはない。

 無論、矢を防ぐための詠唱などできるはずもなく。


 罠は対象者の善悪や老若男女を問わず、平等に作動する。

 かかった獲物を仕留めるという、純然たる存在意義をまっとうするためだけに。


「かはっ! うっ! ぐぅっ! あぅっ!」

 続けざまに放たれる矢のまととなり、さらに胸や腹を射られ、倒れることも許されない。

 ファレーナは体をくの字に深く折り曲げる。


 なおも止まぬ射撃に顔を突き出す形になった彼女は、

「!? ぐぁっ!」

 さらした顔面に矢を受け、頭を跳ね上げた。


「ファレーナ!」

 彼女は左目を深々と射抜かれていた。


 力なく両膝を折り、ぐにゃりと体を曲げて、仰向けにその場に倒れる。

 投げ出されたロッドがカランカランと転がった。



 矢の発射はいったん止まった。

 が、ルガリとフォークは血糊がまだらに飛んだ床に伏せたまま動けない。


「3人が、あっという間に……」

「あ、あれじゃあ、私の回復魔法でも……」


 ファレーナは急所を何ヵ所も射られ、眼窩がんかに突き刺さった矢は頭の奥深くまで貫いている。


 エディは大人しくなったミミックの横に、中身が入った片方のブーツが転がっているだけ。

 トリスタンにいたっては言うまでもない。


「こ、ここは罠だらけのトラップルームだったんだ! どこに仕掛けがあるか分からないぞ!?」


 トラップルーム──侵入者を始末するためだけに何重もの罠が設置された、殺しの間キルゾーン

 それらの罠は連動し、1つ動き始めたら執念深く獲物を追いつめる。


「くそぉ! あのミミックは俺たちを中央に誘い込むためのエサ、最初の罠でもあったわけか──」


 罠を警戒し、仕掛けを見破り、安全に解除する。

 そういった技能を持つものがいなければ、無傷での突破は困難をきわめる。


 彼らが無警戒だったのに加え、それらを担当するはずだったエディの能力が未熟で、最初にやられたことが致命的だった。


「こんなの聞いてないぞ、こんな部屋があるなんて……!?」


「うう、みんな、あんな、ひどい死に方を……い、いやだ」


「おい、フォーク?」


「うわっ、い、いやだっ! 私はあんな死に方はしなくない! た、助けてくれーっ!」


 仲間たちの無惨な死骸と緊張感に耐えかねたか。

 パニックを起こしたフォークが、もと来た通路へと真っ直ぐに走り出した。


「お、おい! 俺を置いて勝手に逃げるな!」

 

「か、神よ、どうか私にご加護を! 飛来する災いを打ち払いたまえ!」

 詠唱した飛翔体防御魔法ミサイルガードで飛び道具を対策しながら、左右によろけながらドタドタと重い体で駆けていく。


 通路まであと数メートルと迫ったところで、

「!?」

 何の拍子もなく床が抜けた。


「わっ、うひゃーっ! ──うげえっ!」

 落とし穴の底に仕掛けられた針の山で、フォークは串刺しになった。

 信仰を放り出して金儲けに執着した聖職者に、神は無慈悲だったらしい。


「フォーク! ……駄目か。ち、ちくしょう! 罠の見破り方も解除の仕方も分からないのに、俺1人どうしろってんだ!」


 いまだ伏せたまま、ルガリは思考を巡らせる。

 このまま誰か来るまで動かないのはどうだ?


 いや、他の冒険者がいつくるか分からない。

 来たところで、俺の正当な転売を逆恨みして見捨てる可能性もある。


 それに、その場に長くとどまっているだけで獲物を感知して作動する罠もあると聞く。


 動いても動かなくても、命の危険は忍び寄る。

 ならば──

 事態を少しでも好転させるために、動くべきか。


「フォークが今通った場所なら、もしかしたら、あるいは……」


 罠がないかもしれない。

 なんの保証もない、わずかな希望。

 だが一か八か、新たな罠が作動しないことを祈って脱出を試みるしかない。


「う、うおおー!」


 ルガリは奮起すると、フォークの走った跡を正確にトレースして走った。


 頼む、罠よ作動しないでくれ!

 無事に戻って、またあの平穏な日々を送るんだ!

 商品を高く売りさばく、楽しい毎日を!


 フォークの落ちた穴を思いきりジャンプして飛び越すと、


 カチン


 着地時に、何らかのスイッチを踏んだ感覚を足裏に覚える。


「わ、うわあーっ!」

 ルガリは無我夢中で通路へと頭から飛び込んだ。


 カンカンカンッ!

 その直後、背後で硬質な音が鳴り響いた。


 ぶざまに転げたまま振り返ると、先ほど着地した地点に、どこからか発射された長い毒針が何本も突き刺さっていた。


「はあはあ、はあはあ、やった、脱出したぞっ!」


 つかみとった希望に歓喜の雄叫びをあげたルガリは、一安心して立ち上がる。


「雑魚だけの帰り道ならなんとでもなる。こんなとこ、さっさとおさらばだ」


 彼が足早にその場を立ち去ろうとすると、通路の先にある壁がスライドしはじめた。

 引き戸のように開いたそこから、凶悪な爪や牙を備えた魔物たちが、大群をなして現れた。


 これも連動した仕掛けの一環。

 トラップルームから逃げた者に追い討ちをかける、魔物放出の罠。


「馬鹿な……な、なんで、俺ばかりこんな目に……」


 つかんだ望みが手からこぼれ落ちていく。

 ルガリは感じていた大きな希望と同じ振り幅で、絶望の底へと落とされた。




 ルガリたちが突入して約2時間後。


 装備を固めたクライのパーティーがドラゴンの迷宮ダンジョンへと入った。


 そして地下2階を進んでいるときだった。

 奥から荒い息遣いが聞こえてくる。

 魔物の威嚇などではない、人間のものだ。


 一行がその場で警戒しながら待っていると、現れたのは、血まみれで体を引きずるように歩くルガリだった。


 全身を防具ごとズタズタに切り裂かれ、傷口は鋭い爪で引き裂かれたものか、肉がささくれたように開いている。


 かろうじて剣は持っているが、盾はどこかに落としてきたのだろう。

 力なく下がった左腕からは、間断なく血が滴り落ちていた。


「うう、お、お前は、クライ」


 クライは仲間と顔を見合わせてから、前に歩みでる。


「ルガリ、ひでえざまだな。……いつもつるんでる他の連中はどうした?」


「……みんな、みんな奥で死んじまった」

「ああ、そりゃついてなかったな。依頼してくれれば、遺体を回収してきてやってもいいぞ。教会か寺院に届ければ、運がよけりゃ蘇生できるかもな」


 冒険者は命がけの危険な仕事だ。

 それなりの経験があれば、同業者のむごい死傷にも慣れてくる。


「ついてなかっただと!? くそっ! こんなことになるなら、よそで聞いた儲け話なんか信じてダンジョンにホイホイ来るんじゃなかった!」


 後悔に染まった叫びが通路に虚しく響いた。


「……ここは魔物は弱いのに奥には宝がゴロゴロしてると聞いて……こいつは金になると、俺たちは急いで探索に入ったんだ。そしたらどうだ!? 突然現れた何重にも罠が仕掛けられた部屋で仲間は全滅、なんとか脱出した俺も、あとから出てきた手強い魔物どもに追い回されて、このざまだ!」


「……どうりでな。みんなしてあっさり仕掛けにやられるわけだ」

「ど、どういうことだ?」


「お前ら、宝を早く手にしたいあまり、探索前に下見をしたり冒険者ギルドで何の下調べもしてないな」


「そこらの魔物なんか俺たちの装備なら簡単に駆逐できる。ギルドに寄ってぐずぐずしてたら、他の奴らに宝を横取りされるだろうがっ」


「その油断が命取りだったな。ここは相当危険だと、冒険者ギルド界隈に情報が出回り始めてるんだよ」


「なんだと……?」


「地下4階から先は罠だらけで、実力派のパーティーであっても、仕掛けを看破する透視魔法が使える者と罠の解除に優れた腕利きのシーフが揃わなければ、とてもじゃないが先には進めないってな」


「……じゃあ、宝がほとんど手付かずだっていうのは、まさか」


「ああ、そこに至るまでの道のりがとにかく厄介で、ベテランであろうとなかなか取りに行けないからだ」


「そんな、俺たちはなんてところに足を踏み入れていたんだ」


「冒険者の行動において、事前の情報収集は常識中の常識だ。うまい話の又聞きならなおさらな。それをお前らが怠っていなければ、少なくとも壊滅的被害はまぬがれたはずだ。獲らぬ狸の皮算用とばかりに、換金後の大金に目がくらんで、そんな当たり前のことにさえ頭が回らなかったか?」


「く、くそっ、ぐはっ!」

 ルガリは脱力し、片膝をついた。

 クライたちの視界に入るずっと奥から、血痕は続いている。

 歩くのもやっとの重傷だ。


「それより、魔法で、回復してくれ。手持ちの回復薬を、全部使いきっちまったんだ」


「あー……悪いが、こっちは別件の帰りに下見のつもりで立ち寄っただけなもんで、僧侶の魔法力が切れちまっててな。いやあ、魔法薬がお高くて、うちらみたいな金のないパーティーはとても手が出なくてなあ」

 クライは冷ややかに皮肉る。


「うう、なら、回復薬か止血用の傷薬は」

「ん、ああ、みんな回復薬も使い果たして……おっ、傷薬と止血帯しけつたいのセットが1つだけあるな」


「よ、良かった。さあ、早くそれをくれ」


「くれ? それはまさか「ただでよこせ」って意味じゃないよな?」


「いや、分かった、売ってくれ」


「そうか。じゃあ商談として、まず1つ条件がある」

「条件?」


「これを売ってやる代わりに、お前らのパーティーが買い占めてため込んだ魔法薬をすべて店に返品しろ」


「す、すべて返品だと!?」


「魔法薬を定価で買えなくて、みんな困り果ててるんだ。中にはもう、お前らを絶対ぶっ殺してやるぞって息巻く物騒な連中も出てくるくらいにな」


「こ、殺すっ!?」


「ああ、そうだよ。みんな我慢の限界だ。だから事態の緩和を兼ねて、この条件を提示させてもらう。返品といっても薬は中古買い取り扱いになるから、間違いなく赤字になるだろうが」


「ふ、ふざけるなっ! たかが傷薬1つのために、そんな大損ができるか!」


「買わないなら、こちらは別に構わないがな。だが出血量から見て、そのままじゃお前は町まで、いやここを脱出するまで絶対に。確実に、死ぬぞ」


「!?」


「いいか、俺はな、今なら金で命拾いできる、自分の命を買えるぞって交渉をしてるんだ。それとも稼ぎのことばかり考えて、命と金をはかりにかけなきゃ、どっちが大切かの判断もできなくなったか? ついさっき、仲間が死んだばかりなんだろう?」


「う、うう、こっちの弱みにつけこみやがって」


「そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ」

「なに?」


「お前らがやってきたのは、こういうことなんだよ。相手の足元を見て、商品の値段を何倍、何十倍とバカ高くつり上げる。それで薬を買えずに、苦しんだり死んだ人がいたんだ。自分がやられる側になってようやく分かったか」


「く、くうう」


「さあ、どうする? どれだけ貯め込もうと、金はあの世にまで持ってげないぞ」


「くうぅ……わ、分かった。言う通りにするから、薬を売ってくれ」


「そうかい。じゃあまず、所有する魔法薬を売ると、念書にサインをもらおうか」


 クライが呪文を唱えると宙に文章が浮かぶ。

 これは魔法の誓約書と呼ばれるもので、この取り決めを破れば相応の罰が与えられる、証拠や法的な力として機能する術だ。


 ルガリはしぶしぶ手のひらを押し当てる。

 文字が淡く光り、これで両者に誓いが結ばれた。


「さ、さあ早く売ってくれ」


「おう、それじゃあこの傷薬1つ、1000ゴールドで売るぜ」


「んなっ!? 1000ゴールドだと!? そ、相場の100倍じゃないか!」


「ああそうだな。でも相場は相場、価格を決めるのは売る側の自由、だったよな? お前らも毒や疫病騒ぎのとき、医薬品を求める人たちにこういう値段で売ってたはずだ。そうだろう?」


「そ、そう、だが……でも」


「値下げには応じない。1000と言ったら1000だ。それに、1000ゴールドくらいで命が助かるなら安いもんだと思うが?」


「く、くそぉ」


 ルガリは恨めしそうにクライを睨むが、ふと、その目を下へと落とした。


 流れ出た血が足元に大きな血溜まりを作っていた。

 命が赤いしずくになって、薄汚れた床を濡らし、染み込んでいっていく──。


 興奮状態で麻痺していたが、冷静になると途端に、彼の中で恐怖がはち切れんばかりに増幅を始めた。


 仲間たちの凄惨な最期が頭をよぎる。

 体がガタガタ震えだし、歯がガチガチと音を鳴らす。

 いやでも、迫り来る死を自覚せざるを得ない。


 死神の鎌はすでに自分の首に添えられているのだ。

 この返答に一刻の猶予もない。


「分かった、1000で買う! それを俺に売ってくれ! ま、まだ死にたくないっ!」


「……お買い上げ、どうも」

 命乞いするルガリを前に、クライは冷笑然とした顔で言った。





 しばらく日にちが経ち、クライたちのパーティーは再び酒場にいた。


 黙って飲むクライを前に、仲間たちはやはりビールを片手に、口々に言葉を交わしていた。


「同業者のよしみでルガリを手当てして、町まで運んでやってからもう半月か」


「奴は往生際わるく例の条件をとぼけようとしたが、魔法の誓約書が残ってる以上はごまかせねえ。で、パーティーの共有財産として倉庫にあった大量の魔法薬を、1つ残らず返品するはめになってなあ」


「未開封でも中古買い取りだから当然、大赤字だ。あの大怪我の治療費と例の傷薬代も合わせて、借金が有り金じゃ払えない額にまでのぼったって」


「貯金はもちろん、持ち物も全部売っ払って何とか工面しようとしたが、それでも借金はまだ半分近く残ってるらしいぜ。今じゃ毎日豪遊してたのが嘘だったかのように、無一文の素寒貧すかんぴんよ。金での繋がりしかなかったとはいえ、仲間も死んじまって、何もかも失ったわけだ」


「あのあと仲間の遺体はよそのパーティーが回収したみたいね。結局、1人も蘇生魔法での復活は叶わなかったみたいだけど」


「バラバラになったり白骨状態でも、上手くいけば元通りの姿で蘇生するのにな。まあ、日頃の行いが悪かったから天に見放されたんだろ」


「仮に生き返れたとしても、もう悪さはできねえさ。保健大臣と商人ギルドが国王に働きかけて、転売を制限する新しい法律ができたからな」


 医療品の買い占めにより、一部地域の民に健康被害が増大した。

 また、冒険者の必需品が独占され、探索や討伐がいちぢるしく阻害された。


 そんな報告を受けた国王が事態を重く見て、急きょ法律を加えたのだ。


「大量に売り買いするためには商人と同じ許可証の取得が必要、それを持ってる者は商人ギルドに必ず名前を登録してギルドの相場を守らなければならない、だったっけか」


「そうだ。まあダンジョンの奥から拾ってくるような希少な品は該当しねえから、そういう物売って生計を立ててるうちらの妨げにはならねえがな」


「奴が売った魔法薬は店で中古品として安値で売られるようになって、冒険者の探索も本格的に再開されたし、めでたしめでたしだ」


「ハハハ、冒険者に乾杯!」


 何度か目の乾杯で杯を鳴らすと、1人がクライに声をかけた。


「しかしクライ、お前が一芝居うてと言ってきたときは驚いたぞ。もしあいつらが傷だらけで助けを求めてきたら、こちらも別の仕事で消耗していて回復魔法が使えず、傷薬も相手の人数分しか残ってないといつわれなどと」


「そうでもしなきゃ、傷薬1つを1000ゴールドでは売り付けられないだろ」


「1000ゴールド……あいつらが特効薬につけてた値段ね」


 ああそうさ、とうなずいたクライは、のどを鳴らしてビールを一口飲むと、


「俺の知り合いにも、薬を手に入れられずに家族が手遅れになった者がいる……。だからまあ、今回のは意趣返しみたいなもんだ。ああいう奴らは同じような目にでも遭わせなきゃ、足元を見られてとんでもない額を提示された人間の気持ちなんざ分かりゃしねえだろうからな」


「ルガリのやつ、一応本職の冒険者に戻ったが、今までの振る舞いのせいで周りから疎まれて、パーティーを組んでくれる者はいないし、薬の件では町人から白い目で見られてる。それでも借金を返すために、薬草集めや魔物討伐でヒーヒー言いながら毎日必死に働いてるようだ」


「今まで足元を見られて、無駄に高い金を払わされてきた者たちのつらさに比べれば、そんなものは蚊に刺されたようなものだ。せいぜい苦しい思いをしてそこらを這いずり回って、悪いことをしたとりりゃあいい」


「どこまで反省してるか知らないけど、あの傷薬が文字通り、になってくれればいいんだけどね」


「ああ、まったくだ。これから自分の人生をどう転がすかは、あいつ次第だな。まあ、どうなろうと俺の知ったこっちゃないが」

 クライは一気にビールを飲み干した。


 やり方は多少狡猾だったかもしれないが、これも同業者としのぎを削り、邪魔者は退しりぞける、冒険者という過酷な職業の渡世とせいだ。



 迷宮を這い回る者たちダンジョンクローラーとも呼ばれる命知らずの冒険者たちは、今日も暗闇でたされたダンジョンの奥深くを目指す。

 そこに眠る、輝かしい富と名声を求めて。

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転売屋パーティーに宝の在りかを教えた。探索は死と隣り合わせ、何があろうと自己責任だからあとは俺の知ったことではない。 @chest01

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