第23話 テーズの真意

 テーズがブラドラの街に住む魔法使い、という部分だけは本当だった。リスタルドも彼女の腕を見ているのでわかっているが、それなりにいい使い手だ。

 ただ、他人に対して少し冷たい物言いをすることが多く、ごくたまにではあるが頭に血が上ると見境がつかなくなる時があるらしい。

 彼女には魔法使いの恋人がいたが、その恋人が普通の女性と関係を持った。それを知って怒ったテーズは恋人だけでなく、その相手にまで魔法を使って攻撃を仕掛けたのだ。

 魔法使いに対してはもちろんだが、犯罪者でもない普通の人に対して魔法で攻撃するなど、もっての他の行為である。

 まさかテーズがそんな暴挙に出ると思っていなかった恋人は防御に遅れ、相手の女性ともども大けがを負った。

 このため、テーズは魔法使い達から追われる身になったのである。

 そして、ニキスの山へ逃げ込んだ。

 リスタルド達と出会った当初はそれなりに警戒し、おとなしいふりをしていたようだ。リーベルは口数の少ない人と思っていたが、余計なことをしゃべらないようにしていただけに過ぎない。

 時間が経つうち、リスタルドは竜であってもそんなに強い魔力を持っているようではないと知り、次第に地が出てきた。態度や言葉の端々に思いやりに欠ける性格が現れ、それにつれてリーベルがこころよく思わないようになってくる。

 リスタルドがロークォーから竜珠を受け取り、その場を離れてから隙を見て竜珠を奪うつもりでいたようだ。

 ロークォーの前ではさすがにまずいと思い、リスタルドだけになった時を狙う気でいたのだろう。魔法使いではないリーベルは、最初から数に入っていない。

 リスタルドの温和すぎる気質と「他の竜よりは弱い」という話から彼をあなどり、絶対に奪えるという自信が、テーズにはあったのだろう。

 彼が力の使いすぎで倒れるのを見て、さらに自分の優勢を信じて疑わなかったに違いない。

 しかし、現実には竜珠などなく、期待が外れたテーズはリーベルを人質にとるという凶行に出た。

 しばらく一緒に行動すれば、竜の少年がどれだけリーベルを大切にしているかは十分見て取れる。彼女を盾にすれば、リスタルドは必ず折れる、と確信していた。

 彼女の誤算は、いくらリスタルドが他の竜に比べて魔力が弱くても、人間とは比較にならない、という部分をまるで考えていなかったこと。

 他の竜より弱い=自分よりも弱い、と思い込んだのだ。

 魔物に対して魔法を使っているところを見ているはずだが、リスタルドはとどめを刺さなかった。それをテーズは「刺せない」「刺す力がない」と思い込んだ部分もある。

 リーベルが叫んだように、竜に関する知識不足、もしくは文献の記述などを信用していなかったのか。

 人間の姿のリスタルドしか見ていない、というのも甘すぎる計画を支えた一因だろう。竜本来の姿を見れば、テーズも少しは踏みとどまったかも知れない。

 ロークォーの前にも関わらずあんな行動に出たのは、色々計画していたことが全て無駄になってしまい、頭に血が上った結果、か。

「彼女については、何かしでかしたとしてもリスタルドの力で十分に対処できるだろうと思ったのでね。あえて手を出さなかった」

「あんな簡単に飛ばせちゃうんだもんね。何が起きたのかと思っちゃった。人間が一瞬で消えちゃうんだもん」

 今頃、ブラドラの街へ放り出されたことを知ったテーズは、何を思っているのだろう。彼女を追う魔法使い達に捕らえられただろうか。

 だが、リーベルは全く同情する気にはならない。自分が人質にされたことよりも、リスタルドを自分の魔力向上のアイテムくらいにしか思っていなかったことの方に、ずっと強い怒りを覚える。

 竜珠にしても、もし実在したとして、リスタルドから奪えば彼の魔力が低いままになってしまうと予測できたはずなのに、奪おうと考えていた。

 自分さえよければ、の典型だ。あまりにも自分勝手。

 テーズに対しては、とにかく不愉快な気持ちしか起きなかった。

「あ、そうだ。昨日、眠る直前くらいに声がしたんだけれど……あれって、おじいさん?」

 リーベル達が木の実を採りに行った時、眠りかけたリスタルドの頭に響いた声。

 今思えば、ロークォーの声に似ていたような。

「ん? 聞こえたか。近かったからかな」

「あの時、何かまずいとか何とか、聞こえた気がするんだけど」

 リスタルドはてっきり「あの程度の腕ではまずいな」という意味かと思っていたのだが。

「ああ、あれか。リーベルと魔法使いの間が徐々に剣呑けんのんになっていくので、このまま続けるのはまずいな、と。本当なら、もうしばらく動き回らせるつもりでいたのだが、これ以上あの魔法使いと一緒にいると、リーベルの精神状態が悪くなるだろうと思って切り上げた」

 二人の会話の内容も、ロークォーには伝わっていた。テーズの言葉に、リーベルの口調が少しずつとげとげしくなっていることも。

「え、それじゃあ、あたしがテーズのことを気にしなかったら、もっと山……って言うか、森の中って言うか……結界の中を歩き回っていたってこと?」

「それもあるが、やはり傷が心配だったからね。ここは、私が作った結界の中。大きな結界の中に、小さな結界を何重も張った構造になっている。だから、歩く時間を増やそうと思えば、二重だったものを三重にも四重にも増やせばいい。簡単なことだよ」

「今回は切り上げるために、重なってた部分を取り外した……みたいな感じ?」

「わかりやすく言えば、そうだね。結界の数は減っても、リスタルドが魔法を使わないと来られない、というのは同じだけれど」

「でも、あたしの傷が心配ってことは、やっぱりあたしがリスタルドの修行の邪魔しちゃったってことになるんじゃないの? 崖から落ちたりしなきゃ……」

「それは違うよ、リーベル。あそこからきみが落ちてしまったのは、私のミスだ」

 あの鴉の魔物達がリーベルを襲ったのは、リスタルドが素早く反応する力を上げるためだ。

 自分に向かって来る魔物を退けつつ、彼女もちゃんと守れるように。

 だが、リーベルがロークォーの思っていた以上に走ってしまい、止める間がなかったのだ。

 すぐに助けようとしたが、リスタルドが飛び込んだのを見て、そこは彼にまかせることにした。

 それでも、結果として傷を負ってしまったし、彼女を怖がらせる必要はない、と考え直したロークォー。

 次の日は、リーベルへ向かって行かないように、と魔物達に伝えておいたのだ。そのため、テーズの「魔物はリスタルドを狙ってる」説がますます強くなった。

 テーズへ向かったのは、一斉にリスタルドへ飛びかかれない魔物達が手持ちぶさたで、時間稼ぎにやっていただけのこと。それに、臨場感も多少出る。

「だけど、あたしがいることで、リスタルドの修行時間が短くなったことには変わらないでしょ?」

「そうでもない。もともと、今回はそう長くするつもりはなかったんだよ。短くなったと言っても、せいぜい半日ほどだ。それに、リーベルには役があったからね。あまり疲れさせてもよくないだろう。リスタルドと一緒に、ちゃんとここまで来てもらわなければならないからね」

 ロークォーの言葉に、リーベルはもちろん、リスタルドも「え?」という顔になる。

「おじいさん、さっきも言っていたけれど、あの……それってどういう……」

「どういうも何も、そのままだよ。リーベルはリスタルドの付き添い、かな」

「えっと、リスタルドの付き添いがあたしの役って……どうしてそんなこと?」

 そんな言い方をされても、ますますわからなくなる。

 リーベルやリスタルドが首を傾げるのを見て、ロークォーは苦笑した。

「まったく、カルーサときたら、息子の修行に人間まで巻き込むのだから、困った娘だ」

 ふとリスタルドの頭に、昨日聞いた声の言葉がまた浮かんだ。

「昨日、あの娘って聞こえた気がするけれど、もしかしてそれって母さんのこと?」

「何だ、それまで聞こえていたのか。我が娘ながら、竜の修行に人間を同行させるとは無茶をする。そんな意味のことをつぶやいたかな」

 あの声がロークォーなら、言葉が指す対象もわかる。彼にとってカルーサは娘なのだから「あの娘」と言えばカルーサのこと。

 あの時は声の主が誰かわからなかったし、その言葉だけを聞いていればリーベルを指しているのでは、とリスタルドが誤解しても仕方がない。

「あの時、リーベルに何かするつもりなんじゃないかって思って、目が覚めたんだ」

「そうか。お前に聞かせるつもりで言った訳じゃなかったから、そこまでは気が回らなかった。悪かったね」

 やはり、あれはロークォーの独り言だったのだ。リスタルドの様子を見ながら、つぶやいていたのだろう。

「いえ、そんなことはいいんだけれど……リーベルがぼくの付き添いって、どういう意味?」

 ロークォーの独語より、そちらの方が気になる。

「あたしも聞きたーい。それに、あたしは覚えてないだけって……」

「そう、覚えてないだけ。その辺りの話は、帰ってからカルーサに聞くといい」

「えー、おあずけなのぉ?」

 ここまで来たのだから、ちゃんと教えてもらえると思ったのに。

「その方が、早く話を聞きたいからがんばろうって気になるだろう? まぁ、がんばるのは、リスタルドだけなのだけれど」

 リーベルがいくらがんばっても、魔物の相手まではできない。竜の結界も通れない。

「母さんが、いくら時間がかかってもいい、なんて言っていたけれど……それって口だけだったんだね」

「リーベルがいなければ、あの調子だと本当にどれだけかかったかわからないな。彼女がいてくれたおかげで、早くここへ来られたじゃないか」

「うん……それは認めるよ」

 リーベルが早く家に帰れるようにしなければ。

 ずっとそればかりを考えていた。自分だけなら、いつか着けたらいいや、とのんびり構えていただろう。

 カルーサはリスタルドのそういう性格を見越して、リーベルを同行させたのだ。

「ここへ来る間に、今までよりは力を使いこなせるようになっただろう。その経験が、お前にとっての竜珠だ。それを得られたのはお前だけの力じゃない、ということは覚えておきなさい」

「はい」

 祖父の言葉に、リスタルドは深くうなずいた。

 心配してくれたカルーサに、協力してくれたロークォー。そして、そばにいてくれたリーベル。

 誰が欠けても、リスタルドはここへ来ることはできなかった。

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