第24話 継続

「竜珠に一番大きな力を与えてくれているのは、リーベルだよね」

「え、あたし? あたしは一緒に歩いてただけよ。ここが険しい山じゃなくてよかったわ」

 結果的に歩く距離が短くなったのもありがたいが、歩く場所が山道だの獣道でなかったのは助かった。

「その辺りは考慮させてもらったよ、リーベル。大切な同行者が、リスタルドの足について行けない、なんて状態にする訳にはいかなかったからね」

「すごい……。おじいさん、地形も変えられるんだ」

 自分と比べるべくもないが、その力の差にリスタルドはただ感心するだけ。

 竜が竜に感心するのって、不思議な感じ……と横で聞いているリーベルは少しおかしかった。

「焦らなくても、お前にだってできる日が来る。……リスタルドの場合、少し焦った方がいいか」

「それは無理よ。あせったリスタルドなんて、想像できないもん」

「……リーベル」

 きっぱり言い切るリーベルに、困惑したような表情を浮かべるリスタルド。

 そんなふたりの様子に、ロークォーは吹き出さずにはいられなかった。

☆☆☆

 次の日、リスタルドとリーベルはロークォーの元を後にした。

 とは言っても、すぐに山を出られる訳ではない。ロークォーも言っていたが、ふもとへ行くまでにそれまで通って来た結界を抜けなければならないのだ。

 もちろん、その間には魔物達がごていねいに登場してくれて。

「少し手強くしておくからね」

 などという、ロークォーからのありがたくない餞別せんべつつきだ。

 いくらリーベルには襲いかかってこないとわかっていても、やはり目の前に魔物が現れるとそれなりに怖い。牙をむいていれば、なおさら。

 それでも、リーベルは悲鳴をあげたりしてリスタルドの集中を邪魔しないよう、木の陰に隠れたりして彼が繰り出す魔法を見守っていた。

 進む方向がだいたいわかっている、と言ってもスムーズに進めるものではないし、距離もそれなりにある。

 早くカルーサに会って話を聞きたいとは思っても、その日のうちにニキスの山を出ることはできなかった。

 予想はしていたこと。

 最後の魔物に風を叩き付けて追い返したところで、リスタルドは木にもたれてそのまま座り込む。

 それを見たリーベルが、慌てて駆け寄った。

「ごめ……今日はもう、進めな……」

 そう簡単に帰れるとは思っていなかった。それでも、早く戻れるように、何とかしたかった。

 そんな気持ちを、自分の身体はまだ受け止めきれない。

 それがいつも以上に、リスタルドには歯がゆかった。

「いいよ、リスタルド。あたしこそ、ごめんね。もっと早く休むように言えばよかった」

 リーベルにはリスタルドがどれだけの力を使っていたのか、なんてわからないが、それでも昨日より多くの魔物を排除していたように思える。

 この様子を、ロークォーはどう思いながら見ているのだろう。

 横になって休むリスタルドの手は、また冷たくなっている。体力が回復しなければ無駄とわかっていても、リーベルはその手を握って温めずにはいられなかった。

「……リーベルの手、温かいね」

 半分しか開いていない目でリーベルを見ながら、リスタルドがつぶやく。

「リスタルドが冷たすぎるの」

 こんな時でも普通に言い返すリーベルに、リスタルドは笑みを浮かべる。

「リーベル、しばらく……そうしていてくれる?」

「いいよ」

 その言葉を聞いて、リスタルドは眠った。

 リーベルがふと気付けば、自分達の足下には落ち葉が敷き詰められている。

 すぐそばには、何種類かの木の実でできた小さな山。

 これも、ロークォーの餞別の一部だろう。

 リーベルは遠慮せずにそれらを食べ、落ち葉のジュータンの上で横になった。

 この日はそこで休み、次の日になってまたけろっと回復したリスタルドと共に、リーベルはニキスの山を下りた。

 完全に山を背にして歩いたのは、昼をかなり過ぎた頃だ。

 リーベルはこのままルマリの山へ向かい、カルーサに話を聞くつもりでいた。

 自分がどうしてリスタルドの修行の付き添い役になったのか、非常に気になる。

 だが、リスタルドは一度家へ帰るように言った。そのために、彼は今まで可能な限り急いでいたのだから。

 だいたい、ラカの街へ入った時点で、すでに陽が落ちている。

「明日になったらおいで。リーベルが来るまで、ぼくも母さんに話を聞いたりしないから」

「ん……わかった」

 本当なら「やだっ」とわがままを言いたいところだが、リスタルドも疲れているだろうし……リーベル自身もさすがに疲れていた。

 考えてみれば、四日も山で夜をすごしたのだ。慣れない環境で、何もない方がおかしい。

 その日は、おとなしく家に帰った。

「お、リーベル。帰って来たか」

 ジェダは特に心配していた様子もなく、娘を迎えた。

「ちゃんとできたか? リスタルドの手を、わずらわせたりしてないだろうな」

「できたかって……父さん?」

 リスタルドが伝言の魔法を使い、リーベルが彼と同行することは知らせてある。

 だが、できたか、というのはどういう意味なのだろう。

 今の言い方だと、まるでリーベルがリスタルドの付き添い役をすることを知っていたかのような口ぶりだ。

「ん? あ、もしかしてまだ……」

「まだって何が? 父さん、もしかしてあたしがニキスの山へ向かった本当の理由、知ってるの?」

「ああ、もちろん」

 同じように出迎えてくれた母親のラルも、横で微笑んでいる。

 リーベルにはまだ事情を掴みきれないが、二人は今回のことについて知っているらしい。

 リーベルだけでなく、両親まで関わっていたのだ。

「その様子だと、明日にでもカルーサの所へ行くつもりでいるんだろう? じゃあ、それまでは黙ってた方がいいな」

 本当は、ものすご~く知りたかった。

 だが、リスタルドだって全てを知るカルーサを前にして、話はリーベルが来るまで聞かない、と言っていたのだ。

 ここでリーベルがジェダから聞いては、フェアじゃない。

「それより、リーベル。あなた、その袖はどうしたの?」

「あ、これはね」

 母に言われ、リーベルは山であった出来事を、色の違う袖のことも含めて話して聞かせた。あれこれありすぎて、すぐには終わらない。

 後日談だが、リーベルが着ていたこの服はリスタルドに了承を得て、魔法使い達の手元へ渡った。

 服に変化してると言っても、竜の鱗だ。魔法使い達にすれば、非常に興味深い研究材料である。

 また、ブラドラの街で女魔法使いが一人拘束された、ということをジェダから聞いたが、リーベルはその件に関しては興味がなかったので詳しくは知らないままだ。

 知りたくもない。

 早く真相を知りたくてもやもやしていたはずのリーベルだが、疲れていたのとしゃべり疲れたのとで、ベッドに入った途端、朝になるまでぐっすりと眠った。

 起きて朝食を急いで摂ると、ルマリの山へと向かう。

 彼女が来るのは当然のようにわかっていたらしく、プレナがすでに待ってくれていた。

「お疲れ様、リーベル。カルーサがとても喜んでたわ」

「そうなの? でも、あたし……」

「まだ思い出していないんでしょ。リスタルドも、知りたそうにうずうずしてるわ」

 竜の姿になったプレナの背に乗り、リーベルはカルーサやリスタルドがいる場所へと向かった。

 竜の結界内をうろうろ歩いていた昨日までとは、ずいぶんな差だ。

「リーベル、ありがとうねっ」

 カルーサに出迎えられたリーベルは、人間がするのと同じようにぎゅっと抱き締められた。

「あの……カルーサ?」

「ああ、そうそう。まだ思い出していないんだったわね」

 そう言うと、カルーサは人差し指を軽くリーベルの額に当てた。そこから現れた白い小さな光が、そのままリーベルの額の中へもぐり込む。

 完全に光が中へ入った途端、リーベルは泡が弾けたような感覚を受けた。

 同時に、全てを思い出す。

「あ、そっかぁ」

 思い出してすっきりしたリーベルの横顔を、まだ真相を知らないでいるリスタルドが首を傾げて見ていた。

☆☆☆

「……っていうことを考えているのよ。父のロークォーは了承してくれたわ。孫に会えるってこともあるから、協力は惜しまないって。飛ぶこともそうだけれど、あの子の身体はもう少し魔力に慣れるべきなのよねぇ。多少、リスタルドにとってはきつい行程になると思うけれど」

 リスタルドの所へ遊びに行き、彼の母カルーサとも話し込むことが多いリーベル。

 その日も、カルーサとのおしゃべりに興じていた。

 その時、カルーサからリスタルドの強化訓練の話を聞かされたのだ。

「ただ祖父に会いに行け、というだけじゃ、あまり説得力がないでしょ。ちょっと騙すような形にはなってしまうけれど、これであの子がやる気を出してくれればいいと思うの。ただねぇ、リーベルも知っての通り、リスタルドはああいうのんびりした性格でしょ。あの子だけだと、本当にどれだけかかるかわからないわ」

「あたしに手伝えることがあれば、するんだけどな。だけど、魔法使いでもないし」

 魔法使いであっても、竜の手伝いができるかどうか。むしろ、邪魔になりそうな気がする。

「本当? リーベル、あなたも手伝ってくれる?」

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