第22話 竜の力
よくない。リスタルドのことを、何もわかっていないくせに。
他の竜より少し弱いという話をしただけで、自分よりも下に見るなんて。リスタルドは優しくて、いつもがんばっているのに。
「いいんだ。リーベルは、ちゃんとわかってくれているから」
リーベルがどんなに叫ぼうが、鼻で笑っているテーズが少女を解放するつもりはない。
この魔法使いが改心することはない、と竜達にはわかる。
「どうするかは、お前にまかせよう」
ロークォーの言葉に、リスタルドは小さくうなずいた。
「テーズは、ブラドラの街から来たって話していたね。その部分は本当?」
「……ええ。それが何?」
初めて会った日。
どこから来たのか、とリーベルが尋ね、彼女が答えた時の表情を思い出す。
一瞬、テーズは言いよどんでいた。
あれは、誤魔化す間もなく、つい本当のことを言ってしまい、心の中で「しまった」と思っていたのかも知れない。
「人間の世界で起こしたことは、そこで解決させて。ぼくはそんなものに興味はないし、関わりたくないんだ」
こちらを、正確に言えばテーズを見るリスタルド。その厳しい表情は、リーベルが今まで見たことのないもの。
リーベルを含めた、人間全てに言われたような気がした。
あぁ、そうなんだ。リスタルドって、人間じゃなかったんだ……。
今更なことを、なぜかリーベルは思い知らされた気になる。
いつもはのんびりしていて、優しい男の子、という認識だった。
実際そうだが、それだけではなく……リスタルドは竜だ。様々な点で、人間よりはるかに優れた存在なのだ、と。
「何をごちゃごちゃ言って……」
テーズは最後まで言えなかった。言っていたかも知れないが、リーベルには聞けなかった。
彼女の姿が消えてしまったから。
今までリーベルが逃げられないように彼女の首に腕を回していたテーズが、突然いなくなったのだ。
リーベルが驚いて振り返っても、魔法使いの姿は影も形もない。
「……え? 何? テーズは?」
「彼女のいるべき場所へ戻したよ。ブラドラの街へ」
「街へ戻したって……リスタルドにそんなこと、できるの?」
人間の魔法使いより、魔力はずっと上だとわかっているつもりだった。昨日も魔物相手にさんざん魔法を使っていたのを、リーベル自身がその目で見ていたはず。
しかし、攻撃とは全く違う魔法を簡単にやってのけるのを見ると、やはり驚きは隠せない。
だいたい、今は魔法を使ったようには見えなかった。リーベルの前で、リスタルドはただしゃべっていただけだ。
「できるよ。あんまり遠くだと、少し難しいけれどね」
自分が空を飛ぶより、ずっと楽だ。人間は軽いから。
「……じゃあ、どうしてあたしがリスタルドと一緒に行くって言った時に、今と同じことをしなかったの? あの時なら、今よりもっとふもとでラカの街に近いから、飛ばすのも簡単なはずじゃない」
「うん、そうなんだけれど……そんなことをしたら、絶対にリーベルは怒るだろ?」
「うん」
間髪入れずに答える。
どうしても駄目なら、はっきり言ってくれれば帰った。たぶん、文句の一つや二つは口にしただろうが、竜には竜の事情がある。
それくらいは理解できるつもりだ。そこへ土足で踏み込むなんてことは、リーベルだってやらない。
それが魔法を使って無理に帰らされたりしたら「ひどいっ!」と怒って……たぶん、カルーサに泣き付く。
で、しばらくリスタルドとは口もきかない、という状態になっていたような気がする。
そうなるのは、リスタルドにも容易に想像できること。
「それはいやだったから」
そう言って笑うリスタルドは、いつもの笑顔を見せる。
さっき少しだけ怖く感じた厳しい表情のリスタルドはもういなくて、そのことにリーベルはほっとした。
☆☆☆
リスタルドとリーベルはその日、ロークォーの元ですごすことになった。
竜珠というものは存在しない、と知らされたが、ロークォーは目の前にいる。
祖父は実在しているとわかり、リスタルドにはそれで十分だった。
「もしかして、ぼくがニキスの山へ入って来てから後のこと、ずっと知っていたの?」
「もちろん」
全てはカルーサがロークォーに頼んだことだと知ってから、リスタルドはふと「全部見られていたのでは」と思ったが、案の定だった。
リスタルドが魔物を殺さないようにしていたことを、ロークォーが知っていたのも当然。
直接手を出すことはしなくても、娘から孫のことを頼まれた以上は、ロークォーとしても放っておく訳にいかない。
「まともに飛べず、魔力もかなり低いとカルーサから聞いていた。正直なところ、もっとひどい状態になると思っていたんだ。そういう意味では、予想が外れて嬉しいよ」
この口調だと、一時的に飛んでいたのもしっかり見ていたのだろう。
「飛べたのは、一度だけなんだけど」
「あの後は、そういう機会がなかったからね。まぁ、その辺りはこれから少しずつ強くすればいい。おっと、忘れるところだった。リーベル」
「は、はい?」
いきなり名前を呼ばれ、リーベルは思わず背筋を伸ばした。
「手を出してごらん」
「……手?」
「そう、右手だよ」
わからないまま、リーベルは右手を出した。
ロークォーはその手を握り、左手で彼女の右腕をゆっくりとさすった。リスタルドの鱗でできた袖の上からだが、ロークォーの手の温かさを感じる。
リーベルと同じように、不思議そうな顔でそれを見ていたリスタルドだが、祖父の動作にはっとなる。
「リーベル、もしかしてまだ腕の具合がよくなかったの?」
「あ、えっと……ちょっとしびれてるような気がするなーって程度で」
困ったような笑顔で、リーベルが答える。
「表面の傷は治っていたけれど、一部に深い傷が残っていたんだよ。リスタルドには、まだその傷の影が見えていなかったんだ」
ロークォーにさすってもらうと、リーベルはそれまでの微妙な不快感がなくなったように思えた。すっきりしている。
リスタルドに治癒の魔法をかけてもらい、傷は確かに消えた。痛みもない。なので行動を再開した。
が、ずっとおかしな具合だったのだ。
動きがどうも鈍くて、身体のどこか奥の方で妙な熱が感じられて。たき火の火が完全に消えず、いつまでもくすぶっているような感覚がずっと続いていた。
ただリーベルは、傷はなくなっても腕の機能そのものはまだ完全に復活してないのかなー、くらいに思っていたのだ。
あんな高い所から落ちたのだから、多少の不具合があっても当たり前だろう、と。
「リーベル、どうしてまだ痛むって言ってくれなかったの」
ロークォーが言うように、リスタルドには完治していない傷の影は見えていなかった。表面しか治療できていなかったのだ。
しかし、リーベルが伝えてリスタルドがよく見れば、彼にだってわかったかも知れない。
「回復してる途中なんだって思ってたし……リスタルドは魔物を相手にして大変だから、あたしのことで余計な力を使わせたくなかったんだもん」
どちらかと言えば、後者の理由の方が重かった。
次々に現れる魔物を退けようと懸命なリスタルドに、ちょっと手がしびれてる感じなんだけど、なんて言えない。力を使わせて彼の負担を増やすなんて、リーベルは絶対にしたくなかった。
あんな冷たい彼の手を、二度と握りたくなかったから。
「ごめん……」
リーベルの言葉に、リスタルドはうなだれた。
守ろうと思っていた人間の少女一人すら、自分はちゃんと守れていなかったのだ。
魔物がどうとか、飛べないなどよりも、そのことに打ちのめされる。
そう言えば、リーベルが髪を結わえる時、何だかやりにくそうにしていた。目の前で、ちゃんと見ていたはずなのに。
彼女は髪が指に引っ掛かったからだと言っていたが、そこに気付いていればもっと早くわかったはずだ。
それなのに、ただ何となくその様子を眺めて……見逃していた。
「謝らないでよ、リスタルド。家に帰ってもまだ具合が悪かったら、その時はちゃんと言うつもりだったの。本当よ。全く動かないとかならその場ですぐに言ってたけど、そうじゃなかったから言わなかっただけなんだし」
本気で落ち込んでるらしいリスタルドを見て、リーベルは慌てて言い訳しつつ慰める。
動かない、というならともかく、何かするのに特別支障がなかったから言わなかったのだ。
「帰りにしっかり挽回すればいい話だよ、リスタルド」
「帰り?」
「そう。私はきみ達を、ふもとまで送るつもりはないからね。リスタルドはここからルマリの山まで直接飛ぶことはまだ無理だから、ここまで来た道を戻ることになる。ああ、せっかくだから、魔物達にもまた協力をしてもらうよ」
にっこりと、ロークォーは修行の続きがあることを告げる。
「え……それって」
「昨日より今日、今日より明日。力はついているんだから、心配することもないだろう。それに、もう道はわかっているのだから、来る時より早く進める」
「道って……言えるのかな」
「あの魔物達が修行に協力ってことは……テーズが言ってた『魔物はリスタルドを狙っている』説は間違ってなかったってことね」
あの時点では理由こそわからなかったが、魔物がリスタルドを狙っていた、という部分は本当に当たっていた。
狙う、という言葉が適切かはともかく、リスタルドに集中していた、ということ。
狐の魔物が現れて「今日は終わりだ」と言ったのも、あれは「今日の修行は終わりだ」という意味だったのだ……と、今ならわかる。
力を使い切ってしまったリスタルドの元に魔物が現れなくなったのも、テーズが一人の時は何もなかったのも「リスタルドのための修行」なら当然。
テーズに用はないのだから。
「……テーズのことも、おじいさんはわかっていたの?」
「彼女の同行については、カルーサから聞いていなかったのでね。同行者が増えたことを知って、妖精達にすぐ探ってもらった。あの魔法使いは、本来激しい気性のようでね。最後にお前達が見た彼女が、素に一番近い状態なのだろう」
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