第7話 祖父の居場所
一緒に行くことが決まり、リスタルドが最初にしたのはリーベルの父ジェダに連絡をすること。
リーベルがじっと見詰める前で、リスタルドの手の中から手品のように小さな白い鳥が出て来た。
「この鳥が、父さんに伝えてくれるの?」
「伝えるって言うか、彼の手元に届いたら手紙になるんだ。こういう事情でリーベルの帰りが少し遅くなるけれど、安心してほしいって内容の手紙にね」
ぼくと一緒ってことで、ジェダが安心してくれるかどうかが問題だよね……。
ジェダはリスタルドの魔力が弱いことなど、事情は知っている。
それだけに、リスタルドが棲むルマリの山ならともかく、別の山にふたりでいると知ったら青くならないだろうか。
あんな力のない竜に、娘が守れるのか……と。
あまり詳しく伝えると、逆に魔法使いに心配しろと言っているような気になったので、リスタルドは本当に大まかな部分だけを伝えるようにしておいた。
ちょっと悪いことをしているようで、心の中で「ごめんなさい」と謝っておく。
小鳥がリスタルドの手から羽ばたき、すぐに彼らの頭上を覆う枝葉の間をすり抜けて、その姿は見えなくなった。
「あの鳥、小さかったけど、大きな鳥に食べられたりしないの?」
怖いことを、あっけらかんとした顔でリーベルが尋ねる。
「それはないよ。鳥にすれば……そうだな、紙が飛んでるような感じ。それに、野生の動物は魔力にも敏感だから、魔法の気配を感じ取って近付こうとはしないよ」
「ふぅん。知ってたつもりだけど、魔法って便利なのねぇ」
「それをリーベルは放棄したんだろ。呪文を覚えるのが面倒だからって」
言われたリーベルは、すねたように頬をふくらませる。
「リスタルドは、呪文なしで今の魔法を使ったでしょ。竜はそれでいいかも知れないけど、人間はあれこれ言わなきゃいけないのよ。それだって、細かい規則だの順番だのがいくつもあるし。一つの魔法を使うのにどれだけの呪文を覚えなきゃいけないか、わかったもんじゃないわ。しかも、意味がわかんない言葉の羅列でしょ。飛べとか動けって程度の簡単な呪文で済むんだったら、あたしだって魔法使いを目指してたわよ」
魔法の呪文ははるか昔の古い言葉なので、現代では異世界の言葉のようなもの。リーベルが「意味がわかんない」のも仕方のないことなのだ。
竜は存在・種族そのものが古いためと、人間とは魔力の質が異なるので、呪文がいらなかったり覚えることにさして困難を感じないのである。
それが、リーベルに言わせれば「そんなの、ずるーい」ということになるのだ。
「他の竜はともかく、リスタルドはあたしと二つしか違わないのに。絶対不公平よ。自分ばっかり背も伸びるし。初めて会った時は折れそうなくらい細かったし、あたしよりほんの少し高いくらいだったのが、今じゃ頭一つ分くらい高くなっちゃうんだもん。どうしてそんなに伸びるのよ」
「あの、身長のことはぼくに文句を言われても……ね」
完全に話が違う方向へそれている。
「えっと……伝言は送れたから、そろそろ行こうか」
「うん、そうね」
ようやくふたりは出発した。
とは言うものの、目的地がどの方向にあるかはまだ皆目見当も付かないので、適当である。
ただ、適当とは言っても、リスタルドの中ではさっきまでの適当とは違った。
ここへ来た時点では、カルーサから時間がどれくらいかかってもいい、と言われたこともあって気楽に進むつもりでいた。焦っても仕方がないから、と。
だが、リーベルが加わった今、そうも言っていられなくなったのだ。
いくら伝言で「リーベルは無事だが、帰るのが遅れる」と教えたところで、やはり親としては娘が帰って来ないのは心配のはず。
それが一日二日と延びれば、何かあったのでは、とさらに不安が募るだろう。
そんな思いをリーベルの親や周囲の人間にさせたくないし、何より彼女をあちこち振り回すことになるのは、リスタルドがいやだった。
みんながいいと言ってくれても、ぼく自身がリーベルを未知の場所で連れ回したくない。早くおじいさんを……ロークォーを見付けないと。
必死の思いでリスタルドは気配を探るが、それらしき気配をまるで感じない。別の生命体はあちこちに感じられるが、竜とはまるで違うものばかりだ。
「感じ取る力が、まだ弱いのかな」
竜は他の生命体とは違い、特殊な存在。大きくて強い。かすかでもその気配を掴めれば、すぐに方向などが特定できるのに。
いや、こうして竜の結界内にいて、全く特定できない方がおかしいのだ。
「おじいさんの居場所、掴めないの?」
「うん。竜なんだから、掴めないはずはないんだけれど」
リスタルドは「ロークォーは生きているのか」という失礼な質問をカルーサにし、母は生きていると断言した。それなら、ここにいないはずがないのだ。
それなのに、場所がわからない。頭の線が切れそうなくらい力を込めないと、自分には感じられないのだろうか。
「留守なのかもよ」
リーベルの言う可能性はあるような、ないような。こんな時に出掛けないでもらいたい。
仮にそうだとしたら、それはそれで困るのだ。帰るのを待っていようと思っても、その待つべき場所がどこなのか。いつまで待てばいいのか。
カルーサは竜珠についてはロークォーが説明すると言っていたが、リスタルドが来ることをロークォーに伝えているのかもわからない。ロークォーがリスタルドの来ることを知らなければ、本当に出掛けていることもありえるのだ。
「それとも……」
「それとも、何?」
「わざと気配を隠してる、とかじゃない?」
「隠す……?」
「おじいさんにそんな気はなくても、おとなしくしてるから無意識のうちに気配が薄れてる、とかね。ほら、カルーサも長く人間に気付かれなかったでしょ。人間が竜の居場所を知らない、いると思ってなかったっていうのもあったんだろうけど。魔法使いがその気配を探れなかったから、いないんだって決め込んでたと思うのよね。今のおじいさんがそんな状態なのかもよ。おじいさんの場合はいるってわかってるけど、隠居生活してるから自然の中に溶け込んでいるってことも、ありえるんじゃない?」
「そう……なのかな」
確かに、可能性が全くない話ではない。老齢の竜なら、自然と一体化しているということも。
「そうだ。ねぇ、リスタルド。竜の結界って一つなの?」
「え? それは聞いてなかったけれど」
「そっか。もしかしたら、結界の中にさらに結界があって、その中にいるんじゃないかなーって思ったんだけど。それなら、ここからだと別の結界の中にいる竜の居場所って、わかりにくいんじゃないかしら」
結界という箱の中に、別の結界という名の箱がある。ロークォーはその内側の結界にいて、わかりにくくなっているのでは……というのがリーベルの発想だ。
カルーサは、ニキスの山には竜の結界がある、と言った。しかし、それが一つとは言っていない。
リーベルに言われ、リスタルドもその推測はありえると思った。いくら自分の魔力レベルが低いとは言うものの、相手は竜。何も感じないのは、確かに妙だ。
それから、ふと母の言葉を思い出した。
魔力のある竜でなければ先へ進めず、ただ歩いているだけではたどり着けない、と。ロークォーはその奥にいるのだと。
「そうか……結界の中に結界……。そういうことか」
急に目の前が開けた気がした。
「ありがとう、リーベル」
「きゃっ」
思わずリーベルを抱き締めたリスタルドだが、彼はそのことに気付いていない。
「そうだよ、別の結界なんだ。竜にしか通れない別の結界が、まだこの先にある。リーベルが一緒にいてくれてよかったよ。ぼくだけだと、しばらく山を歩き回るだけになるところだった」
「そ、そう……」
相手が竜であれ、見た目は少し年上の男の子。
そんな彼に突然抱きしめられ、赤くなるリーベルだが、リスタルドはまるで気付いてなかった。
「よし、竜の結界を捜そう。ここへ入る時はあまり気にしていなかったけれど、その気になれば結界の持つ特殊な気配は、ぼくにもわかるはずだ」
リスタルドはリーベルの身体を離すと、今度はその手を握って歩き出した。
何だかよくわかんないけど……リスタルドってば、急にやる気になったみたいね。
これまでは楽観的という意味の前向きだったが、今は文字通り進むために前向きになったリスタルド。
そのリスタルドに手を引かれて歩くリーベルは、そんな彼がものすごく新鮮に映った。
うん、リスタルドだって、やる時はやるのよね。
☆☆☆
リスタルドの手って、こんなにしっかりしてたっけ? そう言えば、会った頃に比べて最近は体格もしっかりしてきたわよね。全体的には、まだ細い方に入るけど。
街にはリスタルドよりずっとしっかりした……って言うか、がっしりした体格の子がいるけど、もしリスタルドがその子くらいの体格だったら……。ダメ、がっしりした体格のリスタルドなんて、想像できない。
……って、そんなこと考えてる場合じゃないわ。
飛べない分、山を歩き回っているので足が強くなった、と以前リスタルドはそう話していた。飛ぶ練習をして落ちたら、自分の足で山の上へ戻らなければならないから歩くしかないのだ、と。
それなら、当然足も強くなるだろうし、加えて彼は人間より魔力も体力もずっと上の竜だ。
そんな竜が目的地へ向かってさくさく歩き出したら……人間の少女など、走らなければ追い付かない。まして、手をつないだ状態では、馬車に引っ張られているような感覚にすら
「リ……リスタルド! 止まって!」
「え?」
言われて素直に止まったリスタルドは、不思議そうな顔で振り返る。
「リーベル、どうかした? 何か見付けたとか」
「じゃなくて……」
距離としてはそんなに歩いて、いや走っていないのに、息が切れている。
「速すぎるのっ。リスタルドの足に、あたしがついて行けるはずないでしょ。足がもつれて転ぶかと思ったわよ、もうっ」
この辺りはほとんど傾斜がないからよかったが、坂道なら間違いなく足が追い付かずに転んでいる。
「ご、ごめん。ついいつもの調子で」
リーベルと歩きながらルマリの山を散歩する時は、もちろんリスタルドも彼女の歩調に合わせている。
だが、それはおしゃべりしながら、というのもあるし、今のように行くべき場所がないからでもある。
今は目的地があり、そこへ到達するための通過点を捜さなければならない。
その考えがリスタルドの頭を占めていたため、リーベルが一緒だということが抜け落ちてしまった。
自分が彼女の手をしっかり握っている、ということも。
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