第6話 一緒に行きたい

「リスタルドの場合、そういう『初めて』がこの先も山のように出てきそうね」

「んー、そうかなぁ」

 他の竜なら知っていることも、リスタルドだと「え、そんなことが?」なんて言って驚いていそうだ。

 リーベルの頭に、そんな彼の顔が簡単に浮かんで来る。知らず、リーベルは笑ってしまった。

「そうよ。この前、カルーサと話してた時も言ってたの。カルーサはリスタルドに甘い気がするわって」

「甘い? ぼく、母さんに叱られるのはしょっちゅうだよ」

「竜珠のことも、初めて知ったんでしょ。魔力の源だなんて、そーんな大切なことも知らないなんて、絶対に問題じゃない。カルーサは、リスタルドに教えるべきことを後回しにしている訳でしょ。昔は身体が弱かったかも知れないけど、今はもう何てことはないんだし、これからはもっとビシビシするべきよって話してたの」

「よく話が盛り上がってる、と思ってはいたけれど、そんなことを話していたんだ……」

 時々、リスタルドの所へ遊びに来るリーベル。彼とは色んな話で盛り上がって楽しい時間を過ごすのだが、それと同じくらいカルーサとも話が合うらしい。

 リスタルドが彼女達を見ていると、まるで同年代の友達同士でしゃべっているみたいだ。

 カルーサはリーベルのひいおばあさんよりもはるかに年上、ご先祖と言ってもいいくらいだろうが、まるで年の差を感じない。

 カルーサは出会った頃からリーベルが気に入っている、とリスタルドも知っていたが……。

 彼女達が話に盛り上がると、中へ入っていくのにちゅうちょする。女同士だから、とその場を離れることもよくあったのだが、まさかそういう時にそんな話が出ていたとは思ってもみなかった。

「あたしもまだ子どもだから偉そうなことは言えないけど、男の子はもっとガツンといかなきゃ。近所の男の子達なんて、いっつも怒鳴られたり親にはたかれたりしてるもん」

 人間の庶民と竜を一緒にするのもどうかと思ったが、カルーサは「そうねぇ。ちょっとゆるいわねって、自分でも思っていたのよ」などと同調してくれたので、リーベルも調子にのってしゃべり続け……。

 恐らく、話の内容だけを聞いていれば、近所のママさん同士が子どものしつけについてしゃべっている、としか思えないだろう。十三歳の少女と竜の会話ではない。

「んー、竜珠を持って戻っても、先行きが不安だなぁ」

 いきなり竜珠の話をされ、山へ向かわされたのだ。帰ったら、次の課題をすぐに突き付けられるような気がする。それが終われば、また次が……。

 竜としてやるべきこと、知っておくべきことを身に付けなければならないのはわかるが、そうなったら飛ぶ練習をする暇もなさそうな気がする。

「なーに弱気なこと言ってるの。他の竜にできて、リスタルドにできないはずがないじゃない」

 弱音を吐くリスタルドに、リーベルが活を入れる。

「まだまともに飛べないし」

「あたしと会った時に比べれば、少なくとも落ちなくなったじゃない。不時着くらいにはレベルが上がってるでしょ」

 それをレベルアップ、と呼んでいいものかどうか。目標地点に着陸できないのなら、結局落ちているのと大差ない。

「リスタルドは、出発地点が他のみんなより少し後ろだっただけよ。時間がかかっても、最終的にできれば問題ないわ」

「うん……そうだね」

 ちょっと突き落とすようなことも言うが、前向きなリーベルの言葉に、これまた素直に前向きにとらえるリスタルドであった。

「ぼくも自分がどれだけ歩いたかわかっていないけれど、とりあえず行こうか」

「え、行くってどこへ?」

 リスタルドの言葉に、またリーベルはきょとんとなる。

「結界の外だよ。さっき入って来る時は問題なかったかも知れないけれど、出る時はなかなか出られないらしいよ。そのために神隠しの山って言われるんだって、話しただろ」

 お互いの目的は別なので、一緒に行けない。かと言って、この場で「それじゃ」と別れる訳にもいかなかった。

 ここは、竜の結界の中。リスタルドは問題なくても、リーベルはここで放っておかれたら、いつ街へ戻れるかわからないのだ。

 となれば、竜であるリスタルドが彼女を外へ連れて行かなければならない。

「えー、大丈夫よ。今歩いて来た道を戻ればいいじゃない」

「間違った道を戻ってしまわないって、自信を持って言えるかい?」

 リーベルは、リスタルドの大切な友達だ。ちゃんと彼女が結界の外へ出るところを、自分の目で見届けておきたい。

 もし後で彼女が街へ戻ってないことがわかり、再びここへ捜しに来てもすぐに会える(見付かる)とは限らないのだ。

 最悪だと、リーベルが知らずにどんどん山奥へ入ってしまい、獣に襲われて……ということも考えられる。

 普段はのんきなリスタルドも、人間であるリーベルの危険度が高い、ということはさすがにわかっていた。一旦来た道を戻ることになるが、彼女の安全のためには仕方がないこと。

 カルーサはいくら時間がかかってもいいと言ってくれたのだし、リーベルを結界の外へ送るくらいの時間ならそう長くもならない。

 知らない人間が相手でも同じことをしただろうが、リスタルドはリーベルを絶対に危険な目に遭わせたくなかった。

「んー、方向オンチじゃないつもりだけど、迷わないって自信を持っては言えないわね。街の中のちゃんと舗装された道だったらともかく、こんな森の中じゃあねぇ。それじゃ、一緒に行きましょ」

「うん。ここならリーベルが確実に大丈夫って所まで」

「そうじゃなくって」

「そうじゃない?」

 今度はリスタルドが、リーベルの言葉にきょとんとなる。

「リスタルドが行く所に、あたしも行く。で、そこの用事が済んだら、一緒に帰ろ」

「い、一緒にって、リーベルが言ってるの、そういう意味っ?」

「だって、帰る方向は同じじゃない」

 確かに同じ方向だ。ものすごーく大雑把ではあるが。

「戻るなんてことをして、あたしのせいでリスタルドに余計な時間をかけさせたくないもん」

「ぼくのことはいいんだよ。どれだけ時間がかかってもいいからって、出る時に母さんからも言われているんだし。だいたい、ぼくの用事そのものが、どれくらい時間がかかるかわからないんだよ。おじいさんがどこにいるのか、ちゃんと聞いていないんだ。わかっているのは、この山にいるってことだけで。捜しながら進むから、何日もかかることだってありえるんだよ」

 リスタルドが説明しても、リーベルが戸惑ったり考えたりする様子はない。

「いいわよ。あたしだって、父さんに早く帰って来い、なんて言われてないから」

「ぼくとは状況が違うだろ……」

 早く帰って来い、といちいち言わなくても、この時間くらいに帰って来る、という読みはあるだろう。

 娘が山へ行って戻って来ないとなれば、普通は大騒ぎのはずだ。

「帰りがちょっと遅くなるのが、そんなに問題かなぁ」

「場所が場所だし……人間の女の子の場合、かなり問題だと思うよ」

 来慣れない山。女の子一人。しかも、魔法使いではなく、普通の人間。

 これだけ条件が揃って帰って来ないとなれば、とんでもなく大問題だ。しかもその「ちょっと遅い」がどれだけのものになるんだか……。

「それじゃあ、これこれこういう事情で一緒にいるってことを、リスタルドが魔法で父さんに知らせてくれればいいじゃない。それくらい、簡単でしょ」

 竜の中では魔力の弱いリスタルドも、人間に比べればずっと強い。リーベルが言うようなことくらい、簡単にできる。

 できるが……。

「あのねぇ、リーベル」

 リスタルドが少しあきれながも説得しようとして、リーベルがさえぎった。

「お願い、リスタルド。あたし、ここんところずっと内にこもってたから、動きたいのよ。今日ニキスの山へ来たのも、動き回れるのにちょうどいい口実だったから。ね?」

 リーベルの父ジェダは魔法使いだが、彼女は魔法使いではない。一度は挑戦したらしいが、難しくて面倒でいやだ、と言って呪文を覚えるのをすぐに放棄したのだ。

 その分、と言っては何だが、リーベルは手先が器用でジェダの使うマントのほころびをつくろったり、魔法道具のちょっとした修繕などをやったりしている。

 同じ魔法に関わると言っても、リーベルは裏方の仕事にその能力を発揮しつつあった。

 街にそういう仕事を本職にしている人間はもちろんいるし、リーベルの母ラルもその一員だ。

 彼女が強い興味を抱いていることを知ったジェダは、本心はリーベルを魔法使いに、と思っていたのだが、娘がその道へ向かうことを認めてくれた。

 今は見習いということでずっと魔法具工房にいるが……そういった仕事はやはりインドアだ。外で動き回って、という機会はなかなかない。

 動くことも好きなリーベルとしては、やはり気分転換に何かしたいのだ。

 そこへうまい具合に、と言おうか。魔法道具の装飾に使う布の染料が足りない、という事態が発生した。

 それを聞いたリーベルは、内心大喜びで材料になる木の実を採りに行く、と手を上げたのだ。細かい仕事が重なってしまって他に回せる人手が今はなく、リーベル一人がこうして来ることになった。

「物を作ったり、直したりするのは楽しいわ。だけど、ずっと座ってそればっかりってのも疲れるじゃない。たまには違うことをやりたいもん。ねぇ、お願い。リスタルド、一緒に連れてって。それとも、人間と一緒にいたら何か不都合がある?」

「それはぼくもわからないけれど」

 ここで彼が「うん」とはっきり言ってしまえば、リーベルもあきらめただろう。

 だが、リスタルドの「方便であっても嘘がつけない性格」が災いし、正直に「わからない」と言ってしまった。

「じゃ、いいでしょ。もしもまずいってことになったら、あたしはおとなしくその近くでリスタルドが戻って来るのを待ってるわ。それなら平気よね」

「だから、その場でどれだけ待つことになるか、わからないんだよ?」

「どうってことないわよ。だって、おじいさんがこの山にいるってことは、わかってる訳でしょ? だったら、一ヶ月や一年もかかるってことはないじゃない。せいぜい二、三日くらいってことで」

 そうだろうか。ここはニキスの山であって、しかし別世界のような場所。リーベルが言うように、そう簡単にいくのかどうか。

 しかし、どうやらリスタルドが何を言っても、リーベルは戻るつもりはなさそうだ。危険だと思うなら、ここではっきり言って帰らせるべきなのだろうが……。

 結局、リスタルドはリーベルに丸め込まれたような形で、彼女と同行することになってしまった。

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