第8話 迷子の魔法使い

「リスタルドって、普段はすっごく穏やかだけど……実は一つのことに突っ走って行く性格だったりする?」

「え……あ、ど、どうかな。自分ではよくわからないけれど」

 自分ではわかってなくても、絶対にそうよねー。

 困ったような表情をするリスタルドを見ながら、リーベルは心の中で思った。

 大切な竜珠のことも知らなくて、あたし達人間に会うまでも会ってからも、毎日のように飛ぶ練習ばっかりしてるもん。他のことはその後って考えてるんじゃないかしら。あたしが知らないだけで色々勉強してるんだろうけど、少なくともあたしが知ってるリスタルドって、いっつも飛んでは落ちてるって感じだもんね。

 多少失礼な感想が混じっているが、口に出していないので、リスタルドにはわからない。

「ま、それについてはどうでもいいわ。それより、急いで進んでわかるものなの? ある程度進んで、結界の気配を見付けてから確実な方向へ歩いた方がいいんじゃないかしら。そうでないと、結界の壁……って言い方がいいかわかんないけど、とにかくその壁と平行に歩くことになっても困るじゃない」

「あ、そうだね。結界の奥だってことはわかってるから、とりあえず奥へ向かえば何とかなるかと思って。だけど、確かに余計な時間の浪費は避けたいよね」

「うん。ムダな体力は、使わないで済む方がいいわよ」

 リスタルドは早く「ロークォーに会う」という用事を済ませてリーベルを街へ帰したいし、リーベルは疲れないで済むに越したことはない。

 それぞれ思惑は違うのだが、時間のロスは避けたい、という部分は共通していた。

 リスタルドが意識を集中させたものの、それらしい気配のある方向を掴みきれないのでもう少し進もう、という話になった時。

 近くの茂みで、ガサガサと大きな音がする。

 リスタルドはすぐに、リーベルを自分の後ろへ回した。

「何? 獣? それとも魔物?」

 リスタルドの背中に隠れながら、リーベルはそっと音がした方を窺い見る。

「かすかに魔法の気配がする。そんなに大きくはないみたいだけれど」

 ふたりにとって、ここは未知の場所。どんな生き物が存在してるのか、という知識は皆無なので、たとえ大きくはなくても油断はできない。

 まして、魔法の気配がするならなおさらだ。リスタルドがそう簡単に魔物にやられるとは思っていないリーベルだが、ふいを突かれて自分が人質にされた場合に何かと面倒が起きかねない。

 自分が半ば……いや、完全に無理を言ってついて来た以上、そんな間抜けな目に遭ってリスタルドの負担になりたくない。

 またガサガサと音がして……ふたりの前に何かが現れた。

「え……人?」

 リーベルが、目を丸くしてつぶやく。

 現れたのは、人間の女性だった。

 ストレートの赤毛が肩の辺りで切り揃えられ、少し勝ち気そうな薄青の瞳をしている。見た感じでは二十代後半から三十代くらい、といったところだろう。少し髪が乱れているのは、茂みの中を通って来たからか。

 リーベル達は誰か、もしくは何かが近付いているとわかっていたので心構えができていた。

 しかし、相手は多少の警戒はしていただろうが、突然現れたふたり組に驚き、目を見開いている。

「誰っ、あなた達!」

 鋭い口調で問われたが、こちらとしても同じセリフを言いたい。

「ぼくはリスタルド。あなたは……魔法使いでしょ?」

 リスタルドはさっき、魔法の気配がしてる、と言っていた。現れたのが人間なら、当然魔法使いだ。

「え、ええ……」

 リスタルドがあっさり名乗ったことと、さらにあっさり魔法使いだと言い当てられたことで、かなり戸惑ったようだ。

 まだためらいつつも、赤毛の女性はうなずく。

「今日って、迷子日和びよりなのかなぁ」

 リスタルドが小さくため息をつく。

「ちょっと、リスタルド。その迷子日和って何よ」

 聞き捨てならない、といった口調でリーベルが突っ込む。

「だって、本当なら人間は滅多に入れない領域なのに、二人も入って来ているんだよ」

「あの人は、自分で入ったのかも知れないじゃない」

「たとえ魔法使いでも、ここにはそう簡単に入れないよ。でなきゃ、結界を張ってる意味がなくなるじゃない」

 竜の結界が人間の魔法使いに簡単に破られるようでは、そう大した結界とは言えない。軽くかけたように見えても、竜の魔法は人間の魔法使いとレベルが違うのだから。

「ちょっと待って。結界ですって? ここへ来るまで、そんなものは感じなかったわよ。リスタルド……って言ったわね。あなた、二人ってその子と私のことを言ってるの? 自分を入れずに」

 女性もまた不服そうな口調で問う。

「うん、ぼくは入れなきゃいけないから。あなたの名前、教えてもらえる?」

「……テーズ、よ」

 どこか胡散臭げな目でこちらを見ているテーズだが、それでもリスタルドがただ者ではない、ということだけは彼女も感じ取ったようだ。

「あなた、一体誰なの?」

「え? さっきも言ったけれど、ぼくはリスタルド」

「リスタルドってば。そういうことじゃなくて」

 リーベルが、リスタルドの腕をこっそりつついた。

「あの人が言ってるのは、名前じゃなくてリスタルドが何者かってことよ」

「あ、そういうことか」

「あのねぇ……この場合、それしか考えられないでしょ」

 リーベルがこの場にいなかったら、同じ会話が延々と繰り返されていそうだ。

「えっと、ぼくは」

「あ、あなた、まさか……」

 リスタルドが言うより先に、テーズがはっとした顔になる。

「まだ言ってないよ」

「でも、あの話は確かこの山ではなかったはずだし……」

 言いかけておいて、テーズの言葉はいつの間にか独り言になっていた。

「リーベル、どうしよう」

「放っておいたら? たぶん、落ち着いたら最終的な答えを求めてくるんじゃないかしら」

 テーズは恐らく、気配からリスタルドが竜ではないか、と思い当たったのだ。

 魔法の気配はするものの、人間とは少し違う。かと言って魔物でもなさそうだ。となると……といったところだろう。

 ルマリの山に竜が実在した、という話は、ラカの街のみならず、多くの街や村に知れ渡っている。魔法使いなら、テーズもその話は聞いているだろう。

 しかし、ここはニキスの山。自分が聞いていたのとは別の場所だ。

 なので、彼女の頭の中には、多くの疑問符が飛び交っているのだろう。

 リスタルドは、自分が……自分達竜の一族が人間にとって非常に特殊な存在である、という意識が低い。

 彼の場合、生まれて十一年経って初めて人間に会った訳だが、リスタルドの中では「ふぅん、これが話に聞いていた人間なのか」くらいのレベル。

 なので「人間側もぼくを見て、これが竜という存在なのか、くらいに思っているのだろう」という感覚なのだ。

 彼がそう考えてしまう要因の一つに、初めて竜に会った魔法使い達、つまりジェダやその仲間達が驚きすぎて、逆にひどく冷静に対応していた、という状況がある。

 これが蜂の巣をつついたように「竜だ、竜だ!」と大騒ぎになっていれば、リスタルドも「え、ぼくってそんなに特殊なの?」と認識したはず。

 よくも悪くも、ラカの街の魔法使い達が紳士的に振る舞ったため、リスタルドはこんなものなんだろう、と思ってしまったのだ。

 街にはもっと騒ぎ立てるであろう人間がごまんといるが、わざわざ山へ入ってまで竜に会う、という度胸はないらしい。

 魔法使いではない人間で、リスタルドが竜だと知っているのは、今のところリーベルだけ。リスタルド自身が街へ行っても、その時はあえて自分が竜だと話していない。

 そんな具合で、幸か不幸か、リスタルドは自分を見て騒ぐ人間を見たことがないのである。

 別の要因としては、彼がのんびりしすぎた性格である、ということだが、これはもうどうしようもないので……。

 とにかく、そういった背景があるので、今の状況ではリスタルドよりもリーベルの方が、よほどしっかりとテーズの心境を理解していた。

「あなた……竜なの?」

「うん」

 まさか、という表情のまま尋ねるテーズに、リスタルドはあっさりと答えた。またテーズの目が大きく見開かれる。

「ニキスの山に竜がいるなんて、誰も言ってないわよ」

「そうなの? だけど、ぼくの母さんが生まれるずっと前から、ぼくのおじいさんはこの山にいるみたいだよ」

「ここにも竜がっ?」

 普通の人は「竜がいた」と聞けば、だいたい単身で思い浮かべる。それなのに「複数いる」と言われ、テーズは完全に戸惑っていた。

「テーズ、ニキスの山のことはあたしもよく知らないけど、リスタルドはルマリの山に棲む竜よ。ちょっと事情があって、今はここへ来てるけど」

 このままリスタルドにまかせておくと、話が進まないような気がしてきたので、リーベルが説明することにした。

「あたしは、ラカのリーベル。テーズ、あなたはどこの人?」

「ブラドラ……よ」

 一瞬言いよどんだのは、まだ警戒がとけてないせいか。

「あなたは魔法使いではなさそうね」

 魔法使いならまだしも、どこにでもいそうな子どもがなぜ竜と一緒に?

 テーズの顔には、明らかにそんな疑問が浮かんでいた。

「ブラドラならニキスの山の西側にある街だから、知ってるわよね。この山では神隠しがって話」

「ええ。みんな、遅かれ早かれちゃんと戻って来るそうだけど」

 どう見ても、テーズはリーベルより大人だ。リーベルの母より少し下くらいか。その辺りの噂や知識は、彼女の方が詳しいだろう。

「それって、竜の結界が原因だったそうなの。本当なら人間はその結界を迂回うかいするようになってるんだけど、たまにそのまま中へ入っちゃうことがあるらしくって。それが今のあなたとあたし、かな」

「それじゃ、さっき言ってた結界って、竜の結界の中なのっ?」

 テーズは、周囲を慌ただしく見回す。普通に歩いていたつもりが「竜の結界に入ってます」と言われれば、驚きもするだろう。

 リーベルの場合、結界の中にいたことより、こんな所でリスタルドと会ったことの方に驚いてしまったが。

 とにかく、この様子だと予想通り、テーズは自分の意志でここへ入ったのではないようだ。

「さっきリスタルドが言った迷子って言うのは、結界に紛れ込んだからなの。入るのは知らないうちだけど、出るのってちょっと大変らしいわ。どこからが結界の内だか外だかわかんないもんねぇ」

 リーベルの口調があまり大変そうではないのは、竜であるリスタルドがそばにいるからだ。

 彼と一緒なら、絶対にすぐ結界の外へ出られる。だから、完全に安心しきっていた。

「リーベル、やっぱり一度外へ出よう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る