忘れ去られし勇者の日常

中村優作

数百年後の未来

昔々、世界を恐怖に陥れる魔王がいた。


しかし魔王は勇者によって討伐され、世界に平和が訪れた。


それから約、数百年後。


カランカランカラン


活気に溢れるギルドにて、一人の青年が入って来た。


青年の名はアラン。


この街唯一のS級冒険者だ。


S級冒険者は、才能あるものでもなれるかれないかと呼ばれる狭き門。


当然他の冒険者はアランを見たとたん静かになる。


アランはそれを気にする様子もなく受付場所に向かった。


「やあやあアランさん。今日も討伐依頼を探しに来たんですか?」


受付嬢はアランに臆することなくにこやかに話しかける。


「ああ」


対してアランは無愛想に答える。


しかし受付嬢は気にすることなく話を続けた。


「ならいいのがありますよ。ドラゴン、サーペント、キメラ、ユニコーン。どれも手強いですが、その分報酬もたんまりですよ」


ばさあ、とテーブルに置かれる依頼の束。


その中からアランは一つの依頼を選び、受付嬢に見せた。


「これを頼む」


受付嬢は依頼の内容に目を通した。


黒狼ブラックハウンドの討伐依頼ですか……。

確かに上級冒険者でも苦戦する魔物ですが、いいんですか?あなたの実力があれば、もっと強い魔物も狩れるというのに」


「いや、これでいい」


「……そうですか、分かりました。それでは、行ってらっしゃいませ」


「ああ」


アランはまたも無愛想に返し、ギルドを出た。


▲▽▲


「グルルルル……」


アランに対峙する黒狼ブラックハウンド


黒狼ブラックハウンドは影を使った瞬間移動、鋼鉄をも砕く鋭い牙を持つ危険な魔物だ。


そんな魔物を相手に、アランは臆することはなかった。


それどころか逆に、黒狼ブラックハウンドの方が怯えていた。


「怯えているな、かわいそうに。だが、こっちも生活がかかっているんだ」


アランは鞘に納めていた剣を抜く。


「悪いが、俺のために死んでくれ」


数分後……。


血だらけになった血黒狼ブラックハウンドが地面に崩れ落ちた。


「やはり手ごたえはなかったな」


アランは剣を収めた。


これで依頼は達成。あとは帰って討伐の報告をするのみだ。


しかしその時、近くで凄まじい音が鳴り響いた。


「なんだ?」


アランは爆発した方向を見る。


なにかは分からないが、近くであることは確かだ。


「言ってみるか」


アランはグッ、と軽く走る姿勢を取る。


次の瞬間、アランは地面を蹴り飛ばし、凄まじいスピードで爆発地点まで突っ走った。


▲▽▲


流星のごときスピードで走るアラン。


少しして、爆発音の発生源へたどり着いた。


そこには、一匹の魔物と、それと戦う女冒険者が見えた。


女冒険者は金髪碧眼の少女。


身につけた鎧と剣から、少なくともA級以上の冒険者であることが分かる。


それでも、女冒険者は魔物に防戦一方だった。


ついには女冒険者を殺すべく、魔物はその口から炎を放とうとする。


「させるか」


アランは魔物の横っ面を殴り、攻撃を停止させた。


「ガァッ!?」


魔物は地面に倒れ込んだ。


「……え?」


突然の乱入者に、女冒険者はキョトンとした。


「無事か?」


アランは女冒険者を見る。


「あ…ああ…。助かった。貴殿は確か、アラン殿だったな」


「俺を知っているのか?」


女冒険者はああと頷く。


「それはもちろん。冒険者にとってS級冒険者は憧れの的だからな」


「そうか……」


その時だった。


「ギャオオオッッッ!!!」


倒れていた魔物の目がカッと見開き、起き上がった。


「まだ生きていたか」


アランは魔物をジッと見た。


その魔物は全身を深紅の鱗で覆われ、巨大な翼と尾を持ち、鋭く生えた牙があった。


その魔物の名は、レッドドラゴン。


何国もの国を滅ぼした、強力な魔物だ。


「逃げろアラン殿!たとえS級冒険者のあなたでも、奴に勝つことは不可能だ!」


「大丈夫だ、問題ない」


「なにを言って……」


女冒険者の言葉は、アランの抜いた剣を見た瞬間途切れた。


光に照らされ、輝く刃。


宝石のごとく輝くそれは、一目で人類が鍛え上げたものではない業物であるとこが分かった。


アランは剣を天高く持ち上げる。


すると、剣はより一層光り輝いた。


「オーバーロード!」


次の瞬間、眩い光とともに振り落とされた一閃は、その先にいたレッドドラゴンの体を真っ二つに切り裂いた。


それどころか、レッドドラゴンは光に飲み込まれ、跡形くもなく消え失せる。


「い…一撃で……」


信じられなかった。


自分では全く刃の通らなかった鱗をああも簡単に斬れるとは。


「立てるか?」


アランは女冒険者に手を差し伸べる。


「あ、ああ」


生返事で返しながら彼の手を握り、女冒険者は立ち上がった。


しかし、女冒険者はアランの持つ剣を見離すことができなかった。


「どうかしたのか?」


「あ!いや、その剣が気になってな」


「これか」


アランは手に持っていた剣を見る。


「相当な業物だな。名をなんというのだ?」


「カリバーンだ」


「カリ、バーン…。聞いたことがないな…」


「……そうか」


アランの声は、どことなく悲しげに聞こえた。


「?」


そんな彼に女冒険者は疑問を覚えたが、結局口にだすことはしなかった。


▲▽▲


「ふう……」


女冒険者と別れた後、宿へ帰った俺は、ベッドの上に寝転がった。


「聞いたことがない、か……」


女冒険者の言った言葉を呟きながら、俺は昔の記憶を思い起こした。


……あれはそう、数100年も前のこと。


俺は聖剣カリバーンを引き抜いた勇者として

魔王を倒すべく旅をした。


様々な困難があった。何度も死にかけた。


それでも俺は、死闘の末魔王を討ち倒すことに成功した。


だが、魔王は最後の力を振り絞り、ある魔法を発動した。


それは、時間跳躍魔法。


それを避けることができなかった俺は、数100年先の未来に飛ばされたのだ。


当然、元の時代に帰るための方法を探した。


しかし、見つけることは未だ叶わず、今は冒険者として日銭を稼いで過ごしている。


幸い勇者であった俺は強かったため、冒険者稼業は苦ではなかった。


それでも、勇者として慕われていたあの日々が忘れられない。


「遙か未来の先、孤独を永劫味わうがいい」 


今際の際に吐いた魔王の呪詛を、未来に飛ばされる瞬間は分からなかったが、今では分かる。


この時代では俺の名も、魔王を討ち取ったこの剣の名も忘れ去られてしまっている。


この時代で俺は死人も同然、俺の居場所は、どこにもないのだ。


そう思い知らされる度、帰りたいという願いはどんどんは、呪いのように強くなっていく。


「いつか、帰れるといいな」


そう願い、俺は眠りについた。


どうかこの願いが叶いますように……


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忘れ去られし勇者の日常 中村優作 @otqsk

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