3.

 基地内は大わらわだった。総員が戦闘に備えて動いている。火星最強のシミュラクラムの一機が来るとなれば皆危機感を抱くのは当然である。

 既にエル・ディアブロは迎撃に出た無人戦闘機部隊を秒殺すると、同じく迎撃に出た海洋戦艦の尽くを壊滅させていた。損害は計り知れない。至れり尽くせりだ。

 ぼくらはシミュラクラムの舵手キベルネテス専用通路のガラス越しに忙しく動く彼らを眺めていた。通路は自動で動くので歩く必要もなく、少し暇のあるぼくらは先に残してきた料理の支払いは誰が済ませるのかということを論じ合っていた。

 さっき励起した体内の医療分子ナノマシンがアルコールを分解しやがったせいで頭はすっきりしていた。

「連合軍が出してくれるんじゃないの?」

「経費で落ちるってことかね」

「それか出撃手当てで支払えとか?」

「ええー、自分で招集かけといてそれはないんじゃないすか」

「しょうがないじゃん。マーシャンはこっちの都合なんか考えてくれないんだから」

 通路の向こうで腕組んで仁王立ちする人影があった。

「進藤だ」

「殺せ」

 山田が物騒なことを言う。

「遅いぞ」

 進藤がぼくらを睨みつけた。

 ぼくらの通う学校の教師兼マネージャーの彼女はこうしてやる気のない二人に喝を入れるのが日課だった。かわいそうに。

「いや運転手のルート選択が下手過ぎてですね……」

 ぼくのクソみたいな言い訳を無視して彼女は、

「さっさと着替えろクソども」

 と言って背を向けた。

 カツカツ鳴るヒールが実にうるさい。

 山田は中指を立てた。

「行き遅れめ」

 ひどいことを言うものだ。

 ぼくらは更衣室に入った。


 ◯


 かくして自前のシミュラクラム〈風籟ふうらい〉のコクピットに収まったぼくらは、それでもぺちゃくちゃ喋っていた。

 もはやルーティンとなった機体の動作確認を終え、山田がニューロリンクの接続感度とトレース機能の調整を行っている間にぼくは武器の選定に移っていた。

「あれに単発武器が当たるかね?」

 山田が、網膜に投影された非質量世界上の操作端子を弄りながら聞く。全部神経電流軸を採用しているのでいちいちボタンを押したりとまどろっこしいことをしなくても済むが、これを操れるようになるにはかなりの訓練が必要だ。もっとも山田は一週間で体得したが。ぼくだってそうだ。

「あいつ早そうだし狙っても当たらないから散弾と連射を持ってくよ。接近して殺しちゃえ」

「それがいい。わたしはめんどくさいの嫌いだから」

 シミュラクラムというのは基本的に単身で操作できるものではない。機体操作と戦闘を同時にこなすのは至難の業で、これをこなせる奴はおそらく地球にはいない。火星や暗黒宙域の超テクノロジー持ちならともかく、操作する人間の負担を考えると到底採用する気にはなれないというものだ。

 本来ならこういうのは細かい制御をAIに丸投げして肝心なところを遠隔で複数人のオペレーターが操作するべきなのだ。しかし戦闘において遠隔操作による遅延はバカにならない。特に強靭なマーシャン連中に対しては致命的だ。かと言って何人ものオペレーターをぞろぞろ動く棺桶に乗せようにも旧時代のロケット並みの軽量化が求められるシミュラクラムではスペースがあまりにもなさすぎる。二人というのは最大限妥協した数なのだ。

 ぼくが作戦や姿勢制御や移動等々を担当し、山田が敵を片付けることに注力するというわけ。

「ザップガンと……パン屑でいい?」

「好きにしていいよ。合わせてやるから」

 やや悩んだ末、ぼくはアサルトタイプの「ザップガン」と散弾銃の「パン屑」をチョイスした。どっちも並みの敵なら粉砕できる。ついでにラストデビルの使用を申請してみたけどあえなく却下された。

『お前らは地上を汚染したいのか?』

 進藤が横槍を入れてくる。まったくうるさい奴だ。

「いやでも倒せそうにないですし、ぼくら多分死にますよ。それよりもさっさと地上を汚染した方がマーシャンどももこの星に愛想を尽かしていなくなるかと思って」

『許可できるかバカ者』

「そうは言ってもあれ使わないと死にますよ。ぼくら複製限界が来てるんで次に復活しようにも寿命がだいぶ縮んじゃうんじゃないかなあ、と。だって集まらないんでしょ?補欠」

 その言葉に進藤は痛いところを突かれたといった感じで黙った。

 ぼくだってバカじゃない。複製限界に到達した場合、対応できる予備の人員がいないので東アジアはマーシャンに占領されてしまう。だいたい少ない人数で地球全域をカバーしようなんて発想が間違っているのだ。

 しかしそれも仕方のないことだった。第一シミュラクラムを操作できる人間はそうざらにいるわけでもなく、育成も大変だ。ぼくらは過去に例を見ないほど優秀な舵手だっただけで、一般的には最低でも一年は要する。そしてその間にマーシャンが待ってくれるなどという保証はどこにもないのだ。

 ぼくらは過去十年戦って来て百回くらい死んでは複製を繰り返しまくった結果遺伝子の劣化は著しい。寿命は結構縮んだ。

『……許可は下りない』

 進藤は言った。

 殺すぞ、と言いたかったがやめておいた。

「そうですか」

 それだけ言ってぼくはさっさと通信を切った。

 発射口に移動を開始する。

 山田がこちらを見る。

「使えないんだ?」

 ラストデビルのことか、はたまたアホの進藤のことかはわからなかった。

「どっちにしろ使えないよ」

 ぼくはそう返す。

 進藤なんて死ねばいいと思った。

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