いじめ
さかもと
いじめ
定時で看護師の仕事を終えた私は、帰宅途中のバスの中にいた。横に向かい合って並んだ後部座席の片方に一人で腰掛けて、向かい側を流れる窓の外の景色を、ただぼんやりと眺めていた。
すると、とある停留所から、中学生とおぼしき男子生徒が4人で連れだって乗車してきた。彼らは、私の向かい側の座席に4人で並んで座ると、ぺちゃくちゃと騒がしくお喋りを始めた。
この世代の男の子って、こんな感じなんだよなと思いながら、私は彼らの様子を見るともなしに視界の中に入れていた。
しばらくそのままバスに揺られていると、彼らの様子が少しおかしいということに、私は気づき始めた。グループの中で一番体格の大きな子が、一番小柄な子の頭を小突いたり、はたいたりしているのが目につくようになってきたのだ。
このグループの中で、最もリーダー格の子が、最も貧弱な子をいじめている。傍らからは、そういう構図に見えた。
どんな小規模な集団であっても、こういうことはよく起こるのだろう。それに、男の子は女の子と違って、暴力でストレートに表現するからわかりやすい。そんなことが頭に浮かんできたが、私は対岸の火事だと思って、できるだけ気にしないようにしていた。しかし、彼らの様子がどんどんエスカレートしていくことに、やがて私は気づくことになる。
リーダー格の子が立ち上がって、貧弱な子の首をぎゅっと絞め始めたのだ。残りの二人は、その様子をニヤニヤと笑いながら眺めている。首を絞められている方の子は、顔を真っ赤にして息苦しそうに悶え苦しんでいるように見えた。
「おいおい、君たち!」
どうしようかとしばらく迷った末に、思い切って私は、向かい側の座席の彼らに向かって声をかけた。
すると、他人から声をかけられるとは思っていなかったのか、リーダー格の子が一瞬きょとんとした表情になって、私の顔を見つめてきた。他の二人の表情もニヤニヤ顔から真顔に変化していた。
「とりあえず、その手を離してあげなよ」
私は座席から立ち上がって、リーダー格の子の前に立った。中学生とはいえ、私と同じくらいの背丈の子で、万が一こんな子の暴力が自分に向けられたら、一瞬でやられてしまうかもしれないと思った。
それでも私は、ひるむことなくその子の目を睨み付けながら言い放った。
「それは、人としてやっていいことなの?」
その言葉を耳にしたリーダー格の子は、慌てた様子で貧弱な子の首から両手を離した。そして、「いや、その……」とぶつぶつ言いながら、そのまま座席に座ってうつむいている。
私はそのリーダー格の子に、所属している学校と学年、それに氏名を尋ねた。すると彼は、あっけなく素直に私にそれらの情報を伝えてくれた。
「今日、このバスの中で私が見たことは、後でありのままの事実を学校に報告するからね。君たちのやってることは、絶対によくないことだから」
私は、それだけを彼らに伝えると、自分の座席に戻って腰掛けた。その後もしばらく彼らの様子を伺っていたが、4人ともうなだれてじっとしている様子だった。
やがてバスが停留所に止まり、いじめられていた子を除く、他の3人の子たちが、うつむきながらそそくさとバスを降りていった。
バスが再び走り出し、いじめられていた子と私が二人だけで向かい合うような形になった。
心配だった私は、思わず彼に向かって声をかけた。
「君、大丈夫?」
すると、その子は、かっと目を見開いてこう言った。
「もう少しでイキそうだったのに……邪魔するんじゃねぇよ、ババァ!」
いじめ さかもと @sakamoto_777
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