一章 行商の魔女 出立


村長と話した翌日。

朝起きると、アイゼンは井戸に水を汲みにいく。

既に村人達は起きている時間で、井戸には数人の村人が居た。

アイゼンが挨拶をすると、それぞれがアイゼンを励ます言葉をかけてくれていた。

それに答えながら水を汲むと、アイゼンは家に戻る。

村長に貰った硬いパンを少しばかりちぎると、水につけながら口にする。


朝食を済ませると、アイゼンは家の中を回りながら道具を集めていた。

数枚の着替えや家に残されていた貨幣。父親が持っていたローブは裾や袖が長かった為少しばかり切った。

アイゼンの家は父が木こり、母が森の木のみ拾いをしていた。

家にはちょっとした道具があり、旅で使えなくはない。


アイゼンは村を出ていこうと決めていた。

昨日、村長や村人たちはアイゼンの為に貧しいながらも援助を申し出てくれた。

それをアイゼンは、自分がいるから村の人たちが困ってしまう。と捉えてしまった。

そして村から出てどうするか、アイゼンは考えるまでもない。


両親は町に品物を運んでいた途中に、何者かに殺されたのだという。

父も母も無残な姿になっておりその場で土に埋められたのだが、

傷付き具合からして獣や魔物ではなく人為的な要因で傷つけられたようだったらしい。

辺りに木材が散らばっていたので、この村の木こりではないかと連絡がきたのだ。

村から町までは幾つかの森を抜けて1週間程の道程だ。

町から出て3日目辺りの位置、森の入り口付近で倒れていたのを町の冒険者が発見した。


まだ、両親に手をかけた者は捕まっていない。

ならば出来るなら自分が。そうでなくても同じような事が起こるとしたらそれを防げたら。

アイゼンはそのために町に向かい、冒険者になろうと決めた。

小さい時に父と冒険者の真似事をして遊んだ。

そんな思い出が余計に彼の中に歪な火を灯す。


ある程度必要だと思う荷物は背嚢に詰めた。

横には数日分の食料と水袋。

腰には父の仕事道具であった長鉈を鞘ごと腰のベルトに差した。

武器なんて立派なものは村人の家にあるわけもなく、一番剣っぽいものを選んだ。

それに、仕事をたまに手伝っていたおかげか、鉈の扱い方もある程度は知っている。


窓の外を見ると、もうすぐ日が落ちる頃合。

ここの村人たちは日の出とともに起きて日の入りと共に寝る生活をしている。

なので、朝早く出立しても誰かしらに見つかってしまうと思い、出立は夜闇に紛れていく。

荷物を背負うとずしりと重い。

これが今の自分の重さだと思うと、逆に少しだけ笑えた。

幼い自分でも背負えてしまえる程度の重さなら、これから上手くやっていけるかもしれない。


家の入口近くにある机に、去年ようやく覚えた文字を直接書く。


「村長さん、皆さん。お世話になりました。 行ってきます」


記した言葉を読み上げるように口にする。

家の外を伺うと既に誰もおらず、見える範囲の家も明かりはついていない。

扉を音が出ないようにしめるとそのまま裏手に回り、村から離れるように歩くとそのまま森に入る。

町には何度か両親に付いていった事がある。

大体の方角は分かるので、そちらに向かって歩いていけばたどり着くだろう。


森に入ると、空気が少しばかり冷たく感じた。

この辺りはまだ自分が遊び歩いたこともある。そしてこの冷たさは岩や足元。木の付け根にある苔のせいだと父に教わっていた。

もうしばらく歩けば一旦森の切れ目に出る。

そこなら拓けているので何が近づいてきてもすぐ分かる。

まずはそこを目指して歩いていく。


知っている場所とはいえ初めて入る夜の森は、いつもの遊び場とは違うどこか不気味さを孕んだ別の場所に思えた。

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