第11話 おばちゃんと子供達の巣立ちと夫の転落の始まり


 息子が京都の大学に行ったことで、夫と夫親族の娘への当りが強くなった。


 「私立大に通うなんて一族の恥さらしだ!!」と、訳の分からない事を娘と顔を合わすたびに言う夫と、夫親族。

 意味が分からない。

 あなた達に娘は迷惑をかけてもいないのに、何故そんなことを言われなけれなばらないのか?

 

 だが娘は同じ土俵に立つつもりはない。夫、親族から散々なじられながらも、娘は予測範疇と無視して通学し大学生活を謳歌した。

 学費以外の支払いに関しては、バイトを掛け持ちし捻出してくれたので本当に助かった。サークルにも参加して、学友も作り4年間の大学生活を謳歌した。 


 無我夢中のあっと言う間の4年間だった。

 

 卒業旅行で海外の有名企業に勤務し働いている私の高校時代の友人の所に1週間程stayし、色々学んできたらしい。とても楽しかったを目をキラキラさせていた。


 桜吹雪が舞う武道館での卒業式に、私の成人の振袖とレンタルした袴を着て誇らしそうに笑ってる娘の姿が涙でかすんで・・・京都から初めて帰郷した息子に、背中を何度も何度も撫でらた。

 桜の前で卒業証書を手にした娘を真ん中に、親子3人で撮った写真は今でも私の宝物の一つだ。


 そして娘は希望の会社に就職。ギリギリ通勤距離が遠距離になる為、本社近くのマンションを借り上げで住むことができるので、家を出た。

 まるで二度と戻る気はないと言うように、息子と同じく不要な物は全て捨て、リサイクルに出し、部屋を空っぽにして出て行った。

 夫は引っ越しの日を継げていたにも関わらず、T大サークルの懇親ゴルフ会に早朝から出かけ、何の言葉一つも掛けず最後まで無視を貫いた。


 娘は時々私をその一人暮らしの1LDKの部屋に呼んでは、色々楽しくはなしてくれる。海外出張が多い会社だが、それが楽しいと家では見た事もないリラックした笑顔で幸せそうに笑っていた。

 

 結婚は多分しないと断言している。

 結婚した相手がお父さんみたいだったら怖いから嫌だからと。


 そんな人ばかりじゃないよ?と、言うけど、娘は頑なに首を横に振る。


 夫の弊害が娘の人生観まで狂わせたことが腹立たしい。親として明るい希望のある未来を指し示すことができなかった夫に。


 でも…いつか娘にも夫と真逆の人が現れるといいなと心から願った。


 息子は大学から院に進んだ。

 学費は就職予定先の会社が支払う契約になっているそうで、私は拍子抜けをしてしまった。そういう就職先を探して、就職内定をもらったんだそうだ。

 確かに息子は4年間の学費だけでいいとは言っていたけど、院で学びたいことがある事は知っていたので、当然出す気でいたのに。

 息子の心使いにじんわりと来た。


 そして息子は院で学位を取り、その後そのまま関西圏の研究系の会社に就職した。

 卒業式には娘と共に駆け付けた。勿論夫にも声を掛けたが、最後で無視を通した。何故にそこまで頑ななのか…理解ができなかった。


 大学の門の前で息子を真ん中に卒業証書を手にして笑う私達親子と、息子の婚約者の女性の4人の写真をスマホの待ち受けにする。とても幸せだ。こんな幸せと穏やかな時間が来るとは思いもしなかった。

 もう直ぐ4人家族になるんだなと、息子がバイトしていた料亭で卒業と就職祝いの懐石を囲みながら、私は子育てが終わった事を悟った。


 結婚以来、とても幸せな春だった。


 その年の冬に息子は結婚した。


 建前的に夫も参列したが、始終不機嫌そうな顔をして不愉快を隠そうともしないので、本当に先方のご家族に申し訳ない気持ちで情けなくなった。

 夫が不機嫌なのは、結婚式場が大阪で息子達主導で決められた事。お相手のお父様のご職業が自分と釣り合わないという事だったらしい。


 下らない。

 つり合う釣り合わない仕事とはなんなのだろうか。

 息子の人生の門出をただ純粋にどうして祝えないのだろうか…。


 幸いなことに、息子が先方のご家族の皆様に、事前に夫の人となりや今までの経緯を説明していたそうで、かえって夫を宥める私の方が心配され気遣いを受けてしまった。


 息子は結婚式の最後のクライマックス的な両親への花束贈呈後の挨拶で、そんな夫に対して夫爆弾発言をした。


 お嫁さんの実家のある奈良にマンションをローンで買い、東京の家には戻らないと断言した。

 事前にその話は聞いていたし、夫にも説明はしていたがあの夫が私の話をまともに聞いていない事は分かり切っていたことの上の、夫に対して爆弾発言だった。

 夫は激怒し、あろうことか花束贈呈途中で退場してしまった。私達は夫を追わなかった。追おうとした私の手を、息子夫婦が頑なに拒んだからだった。

 それが息子達の今までの夫から受けた事への意趣返しと、決別だったのだろう。


 実際、息子夫婦は夫と夫親族との交流を拒絶した。


 その夫親族達は息子の結婚祝いなど同然出さなかった。

 彼等は散々娘の「私大」を卑下してきたのに、義弟達の子供達は、全員その「私大」よりもランク下の「私立大学進学」だったことは、底意地が悪いと言われようが子供達と共に失笑してしまった。

 あれだけ散々自分達の方が子供達より優秀だと威圧していたと言うのに。


 もちろん、受験を突破し合格入学できたのは、それはそれで立派な事なのだから、その事実は称賛に値はする。

 が…問題は彼等の言動だ。

 その祝いの席を盛大に都心の高級ホテルのレストランで執り行い、そして私達母子は呼ばないと言うところが何というか…。

 私達家族を呼ばない祝いの席のに夫は堂々と参加をして、それを尊大に自慢して話すと言うのが何というか…。


 バカバカしい。ただただ乾いた失笑しか浮かばない。

 心の全く通わない夫婦二人の家は、とても冷たい牢獄の様で心が冷え冷えとしていくばかりだった。


 そう言えば、娘と息子の大学祝いも成人祝いも、夫サイドは何もしてくれなかった。

 私の実家と私主催でした祝いの席も出席しないかった。実の子供なのに。実の孫なのに。

 合格時、成人式、卒業時と写真も送ったが、夫の実家で1度も飾られることもなく見た事はない。どう対処されたかは想像もしたくもない。


 考えたら自分達の結婚祝いも1度もしたことがない。必要ないと夫が言い切ったからだ。

 友人達がスイートテンや退職記念で、銀座の有名店で夫婦で選んだという、腕時計にダイヤのリングを見せてくれる事が多くなった時に、そういう風習もあるんだと、他人事のように聞いていた。

 夫に話しても「さもしい!たかる気か!」と、烈火のごとく怒るだけだから話はしない。

 自分以外の事に自分で働いたお金を使うのが本当に嫌いな人だから。


 そんな夫は、T大卒のゆくゆくは大手支店の支店長を確約されていた人生から、大きく裏切られることになった。


 リーマンショックからの金融界の大激変。

 銀行同士の合併、吸収、合併の嵐に巻き込まれ、夫の勤務先の銀行は跡形もなく無くなった。当然、夫の入社時に確約されていた「王道支店長あがりコース」は消滅した。


 それでも、曲りなりにも天下のT大出身である事は、あっさりと地方や零細企業への片道切符の出向と言う名の放逐された他の大学出身の支店長候補達と同じにはならなかった。能力とは関係なく。


 T大卒元支店長候補達は、店舗の無いキャッシュコーナーの支店扱いの所の支店長という、とりあえず支店長勤務という体裁を整え、数年ですぐに関係企業へ片道切符での出向を命ぜられた。


 息子と同じ年齢の上司にから、その年代の上司のいる会社へと。


 夫にも義両親にしても予測だにしなかった結果であり、屈辱この上ない事態であったのだろう。私達への当りも理不尽も極まった時期。そう、それは丁度、子供達の大学進学時のあの騒動と重なったのも、


 偶然ではないような気がする。

 私達家族全員が、あの時、岐路に立っていたのだと今ではわかる。

 

 私と子供達は夫の手から少しずつ離れ歩き出し、夫は過去に固執し立ち止まり続けた。

 その結果、子供達は全員傍を離れ、唯一無二の居所であった職場を追い出され、散々恫喝まがいのパワハラ、モラハラをしてきた夫が、そうしてきた部下達、時には息子と同じ世代から叱責を受ける立場となった。


 T大卒を誇示し、面倒くさい事、時代と共に必須スキルとなってきた英語にパソコン関連を頑なまでに拒否し、時代の進化と共に努力する私達を散々嘲った夫が


 つけを払う時が来た。

 

 新しい職場で、自分をあっさりと捨てた過去の会社の威光を何時までも振りかざす夫は…社内でも浮いた存在になるのには時間がかからなかった。

 だが夫は頑なに過去の栄光の友人知人とつるみ、過去の栄光だけを見つめ続け語り続け、その時の苦労話を関係ない周囲に押し付け称賛を求め…人が離れ出し、気づいたときには微妙な空気の中に孤立していたらしい。


 夫は次第に朝起きれなくなった。

 それでも朝起きる、偉そうに世話を焼かれながら完璧な朝食をとり、偉そうに家を出る、そして仕事をして帰宅するがルーティンになっている夫は、そのループを壊すことを恐れ、重い脚どりで出社する。


「体調が悪いなら無理しなくお休みなされば?」

 そんんあ当たり前の気遣いの言葉ですら、バカにしているのか!と言う罵倒の言葉の嵐になる。そうなると、もう誰も気遣いはしなくなる。


 夫は自分で自分を追い詰めていった。


 ある日、駅員から

「ホームに旦那さんが立ち尽くして動けなくなっているから迎えに来てほしい」

 と、連絡がきて仰天した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おばちゃん社会復帰話し 高台苺苺 @kakyoukeika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ