第10話 おばちゃんと息子の大学進学騒動


 夫も義父もT大出身なので、その息子も当然T大と決めつけていた夫は、息子がK大に行くと言い出して愕然とし烈火の如く怒り出した。

 お決まりのありがたい上から目線の忠告と言う名のの、徹底した人格否定の誹謗中傷。息子の意見などは聞く耳がない。降り注ぐ罵詈雑言の中でも息子は真っすぐに夫を見つめたじろかない。


 たじろいたのは夫だった。

 すかさず息子は淡々とT大に行かない理由を説明しだした。


 お父さんとおじいさんが自慢するT大には行きたくはない。

 理由はただ一つ。お父さん達と群れる他の学友やお父さんやお爺さんのような、T大以外の人間を卑しめ貶めるような人間になりたくないからだ。

 だがここにいれば、お父さんは自分一人で稼いでいる事を理由に、自分の付属物として虐げ進路を強要する事をやめないだろう。

 あなたの言う通りには生きたくない。

 お母さんを、家族を虐げて楽しむような人間にはなりたくない!


 進学校である高校の先輩達、先生達からアドバイスを受けた。

 今まで貯めていた貯金、お母さんの実家のおじいちゃんおばあちゃんには自分の気持ちを話し、出世払い?で返す算段で融資もしてもらう予定も取り付けた。おじいちゃんおばあちゃんは、何も言わず利息無し返済期限なしで融資してくれると言ってくれた。

 バイトもすればなんとかなる。

 

 ただ…またお母さんに色々と頼るけど…いいかな?


 と、懇願する目を向ける。


 確かに最近はよくK大の話をして、向こうで一人暮らしできるかどうか相談を受けてはいた。

 夫が出していた大学進学条件はT大かそれに準ずる国立大学なので、もちろんK大であってもいいはずだ。


 ただ、生活費とかアパート代とか余分にかかるのが痛いのは事実。

 でもそういうご家庭は沢山あるのだし、息子が頑張りたいというのなら、応援できる力があるのなら応援したい。


 それが親だろう。

 だから反対はしなかった。


 私は何時の間に逞しく成長した息子を熱い目で見つめて目頭を拭いて強く頷いた。それに息子も嬉しそうに笑うと力強く頷いた。


 既に息子の意志は固かった。

 

 突然、夫が息子を殴り倒し、「これは立派な家庭内暴力だ!」と息子が激高し、私と娘で悲鳴を上げて夫を停めに入り…。


 「受験代は払わない!学費も払わない」と叫ぶ夫に、「お父さんはそればっかりだよな!」と息子が叫ぶ。

 修羅場だった。


 結論として、息子はK大を受けることになった。


 夫は全て無視の為、私が息子と一緒に京都に行き説明会に参加し、不動産屋と合格した時の為のアパート確保で下見に回る。


 学生が住める場所は金額を厭わなければ幾らでもあるけど、ある程度の範囲になると争奪戦になるので、こういうのは合格してから動いては遅いので今のうち押さえておくものなんだそうだ。


 もちろん、不合格の場合は不要になるし、部屋押費的な前金が必要になり出費はかさむけどね。


 成程。確かにT大に通えば、自宅から楽に通えるのでこういう出費はいらない。

 息子も生活費等を賄うバイトをしなくて済むし、そのバイト代で好きな事ができるはずだが…。


 それを差し引いても夫達と同じ大学に行きたくないというのは…夫の交友関係も見て判断したのだと息子は哲学の道沿いのカフェにで、さらさら流れる川を見ながら淡々と言う。


 お父さんの周りはおんなじ考えの人間ばかりで反吐が出ると。


 もちろん、遠縁の同じT大を出たおじさんは違うし、あのおじさんは尊敬できるけど‥。でもお父さんの周りはお父さんみたいなのばかりで…同じ血が流れる自分もいつかはああなってしまうのがとても怖いと息子は言う。


 働くのに必死で、そういう悩みまで気づかなかった自分を反省した。後悔した。


 でも息子は晴れ晴れとした顔をしていた。あの家で確かに嫌な事は沢山あったけど、それで気づく事が出来た事も多い。何より、ただ黙ってお父さんのサンドバックになっていたお母さんが…お姉ちゃんの受験でお父さんに真向に歯向かった姿を見た時、動いて、泣き言も言わずにただ有言実行した背中を見ていて、自分もああならないといけないと気づいたんだ。

 だから、不安は沢山あるけど、こうして先に進ませてくれたお母さんには感謝しているんだ、と、気恥ずかしそうに笑う。

 尤もまずは合格が先だけどねと、受験の不安も多々あるのだろうに…晴れ晴れとした顔をしていた。



 息子は滑り止めで受けた娘の通う私立大学で、返済義務のない支給型奨学金付きで合格した。


 塾の先生の話では、それはかなり凄い事で、かなりの好成績だったのだろうと興奮していた。


 国立大ではないが、夫の呪縛からも逃れらるし、娘の通う大学は私立大でもトップクラスなのだから、そこでいいんじゃないと言った。

 が、息子は首を振る。


 そこに通えばここに住むことになる。国立大(T大)以外は大学と認めないお父さんは、絶対執拗に毎日私立大等と罵倒してくる。自分の事もお母さんの事も。

 それは絶対耐えられない。

 とにかく東京を、父親のそばを離れたいと、頑なにK大を受けると言った。


 こういう頑ななところは夫に似てるな、と、私は苦笑したが了承した。


 だが、前期は落ちた。


 夫は嘲り散々なじる。

 息子のメンタルなど考えもしないのだ。

 なんて人だ。


 高校の卒業式の時でも息子の大学は決まっていなかった。


 その頃には息子はげっそり痩せ、ごめんなさいと頭を下げて、一浪したい、お母さん願いしますと土下座した。


 胸がつまった。


 心配するな、予備校代は出すからと背中を叩く。


 ただ、夫のいう事を聞かずに落ちた息子を、夫はあの支店長のように執拗になじり続けるだろう。

 息子のメンタルは持たないかもしれない。


 実実家と話し合い、遠いが実家で両親と住んでそこから通わせるのがいいだろうと言う話になった。


 3月末に、息子の合格がギリギリ決まった。


 私達親子3人は抱き合い号泣したが、泣いている暇はなかった。


 慌ただしく息子の旅立ちの準備をし、桜が舞い散る頃に京都に向かった。

 夫は最初から最後まで無視を貫いた。


 

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