令嬢は自分の身も危険なのに、公爵の恋を応援したくなりました。

一話完結 罪を憎むのも、聖女の仕事です

「公爵様、クソ王子の処刑は、まだなのですか？」

　ここは、公爵の執務室です。私は、クソ王子の暴力で亡くなった国王陛下の次男である公爵に、文句を言いに来ました。

　頭の後ろで一つに結んだ銀髪が、大きく揺れます。私は、女侯爵ギンチヨです。

「第一王子の処刑は、すぐには行われない。現在は、病気療養中としている」

　応接セットで向き合った公爵は、少し申し訳なさそうに説明してきました。

「納得いきません」

　浮気や暴力を繰り返す、あんなクソ王子、生かしておく価値はありません。

「父の喪が明けたら、第一王子を廃嫡とする」

「そして、新しい国王陛下が、処刑を命じる予定だ」

　どうも、何かを隠している気がします。

　公爵は、私を手玉に取るつもりのようです。

「その間に、逃げたらどうすんですか」

「第一王子には何も知らせていない。聖女が、そんな怖い目をするな」

　私の怒りに、少し腰が引けたようです。

「罪を憎むのも、聖女の仕事です」

「まさか、罪人に痛みを与える魔法を使えるのか？」

　公爵は、ドキッとしています。

「これから覚えます」

　世の中、そんなに都合よく進みません。

「すでに弔問外交が始まっているのは、知っているな」

　公爵が、ため息交じりに、話題を変えました。

「主要なお客様には、第一王子の仕出かした事件を説明する。処刑は、根回しが終わってからだ」

　この話は、これで終わりだと、言ってきました。

「その挨拶で、ギンチヨと話をしたいと、ある人から要望があった。これから少し、付き合ってくれ」

　話の主導権が、彼に移りました。

「公爵様、首にオレンジ色のルージュが付いていますよ」

　オレンジ色の小さな点が見えます。

　私のルージュは、紅色です。

　公爵が、慌てて拭き取りました。

　私を手玉に取る公爵に、一矢報いました。

　執務室を出るため、公爵と私が近づいた時です。

「そういえば、クロガネとは会えているか？」

「いえ、第二王子様はご挨拶するお客様が多くて……」

「クロガネが国王になるための、大事な時期だ。勘弁してくれ」

「はい、承知しております」

「忙しい時期は、もうすぐ一段落する」

　ワザとらしく、私の肩をたたき、元気づけてくれました。

「その時が一番危険だ」

　公爵が、そっと伝えてきました。

「まさか……」

　暗殺！

「お心遣い、ありがとうございます」

　私は、護衛兵などに分からないよう、遠回りさせて、返答しました。

　第二王子と私に、暗殺の可能性があることが、公爵が私に伝えたかったことでした。

　　　　◇

　貴賓室の扉が開くと、中に、金髪の美しいご夫人がいました。横に、隣国の金髪王女も座っています。

「お母さま、彼女がギンチヨ嬢でゴザイマス」

　耳打ちしているのが聞こえました。

「隣国の女王陛下だ」

　公爵が、小声で教えてくれました。

「女侯爵のギンチヨです」

　王族にカーテシーをとります。

「楽にして下さい。娘がいつもご迷惑をかけて、申し訳ありません」

　これは、女王陛下としての挨拶ではありません。母親としての挨拶なので、驚きました。

　女王陛下が、人払いをしました。

　応接セットのイスが四つ、円形に配置されており、座って話をします。これは、上下関係を排除し、対等に話し合うという、円卓会議です。

「私たちは、姉の最後に、疑問を持っています」

　女王陛下が切り出しました。

「姉？」

　私は、隣国の女王陛下の姉を知りません。

「女王陛下は、王太子の二番目の妃様の妹だ。つまりクロガネの伯母である」

　公爵が説明してくれました。

「姉は、この公爵様の婚約者になるはずでした」

　女王陛下が残念そうに言いました。

「それは、言うな」

　公爵が視線を落とします。

　あれ？　一瞬、公爵が王女の方を気にしました。

「王太子の二番目の妃様は、クロガネを産んで、しばらくして、突然お亡くなりになった」

「原因を徹底的に調べたが、形跡が消されていて、不明に終わった」

　公爵が、気を取り直して、補足しました。

「この子の体重が異常に重いのは、姉の重い思いが原因かも」

　重い思い…ここは、笑う所なの？

「王女は、測りきれないほどの魔力を体に秘めており、それが、体重となっていると考えている」

　公爵から補足がありました。

　けど、重さがないはずの魔力で、彼女の体重が常人の5倍になるって、どんだけですか。

「ギンチヨ嬢、貴女に会えて良かった。貴女には何かしら力を感じます。どうか、娘をよろしくお願いします」

　女王陛下、私によろしくと言われても困ります。

「困ったでゴザイマス」

　王女も困っているようです。

「王女様、オレンジ色のリップが乱れているようですが」

「え？　先ほど、直したはずでゴザイマス」

　やはりです。

「女王陛下、お願いする相手を間違えています。娘さんのことは、こちらの公爵様に、おっしゃって下さい」

「そうなの？　公爵様、娘をよろしくお願いしますね」

「ぎ、ギンチヨ」

　公爵と王女の顔が、真っ赤です。

　女王陛下は、微笑んでいます。

「では、ギンチヨ嬢には、甥のクロガネを、よろしくお願いします」

　今度は、私の顔が熱いです。きっと、真っ赤です。

　この女王陛下は、全てを分かっていて、ワザと天然のように振舞っているようです。

　━━　ＦＩＮ　━━

【後書き】

お読みいただきありがとうございました。