本編 下編

 王宮内も不穏な雰囲気に包まれつつあった。

 クロエの発言以降、貴族たちがクロエへ向ける視線は厳しくなっていた。


 クロエは王国のために発した言葉ではあったが、それが彼らには気に入らなかったのだ。


 不穏な気配がする中で、クロエは強引に政策を推し進めていた。


「クロエ様が稀代の悪女として、噂が流れております」


 メイドの発言に対して、クロエは何も答えなかった。

 誰かが悪者にならなければ、王国は良くならない。


 だけど、どこまでも貴族たちがまたクロエの足を引っ張り続けた。

 政策に反発するように平民に対して、賃金を出し渋るようになり、平民たちの間で不満が膨れ上がり始めた。


 クロエ一人では、止められない人の心が溢れ出しているのだ。

 クロエには彼らの気持ちがわからない。

 もしも気持ちがわかっていたなら、こんなことにはならなかったのだろうか? クロエが思考を巡らせるが答えは出ない。

 

 ♢


 誰も王宮でクロエに話しかける者はいなくなっていた。

 政策はある程度完成して、もうクロエの手から離れた。

 あとは、国として若き王と貴族たちが進めていく段階だ。


 王国の向かっていた時と同じくクロエは一人になった。


 そんなクロエの元へ久しぶりに護衛がやってきた。


「あなたは解雇したはずですよ。勝手に入ってこないでください」


 自分が強がりを言っているのがわかる。

 数年ぶりに顔を見た護衛は、精悍な顔をする男性になっていた。

 顔には傷ができて、これまで多くの苦難を乗り越えてきたのがわかる。


 クロエは思うどうしてだろうか? 彼を見ただけで涙が溢れそうになる。

 こんな気持ちは知らない

 彼が去って、王子がいなくなって、貴族たちから敵対しされた。


 誰もクロエを見てくれない。

 誰もクロエに意見しない。

 誰もクロエの側にはいてくれない。


「クロエ! お前の政策には心がない」


 会えて嬉しいと思っていた護衛に、否定をされたクロエは、自分が間違っていたんだと胸が締め付けられるような思いがした。

 クロエが愕然としていると、護衛がクロエを抱きしめた。

 

「なっ! 何をするのですか?」

「間違っていても、お前は自分が正しいと思う道を進んだんだろう? なら、俺は最後までお前の側で一緒に立ってやる。そのために戻ってきたんだ」


 クロエの心に葛藤が生まれていた。

 自分の側にいれば護衛も……。


 ただ、護衛に抱きしめられることで胸が熱くなる。

 自然に流れ出した涙を止めることができない。

 クロエは始めて知る心に戸惑いながらも、護衛から心を学んだ。


 護衛が隣にいてくれることをクロエは嬉しいと感じてしまう……。



 ♢


 反乱が起きた。


 平民たちが起こしたことになっているが、それを煽動したのは貴族だ。

 メイドが慌てた様子で、王とクロエに殺すんだと平民たちの声を聞いてきた。


「そうですか」


 クロエにできることは一つだけだった。

 最後までこの国と共に……。


 そんなクロエの想いとは裏腹に、護衛は真っ黒な鎧を身に包んで現れた。


「くくく、どうだ? 悪者って感じがするだろ?」

「ふふ」

「あなたは何をしているのですか!」


 護衛の行動にクロエは笑い。

 メイドは怒っていたが、その顔には笑みが浮かんでいた。


 護衛がいるだけで和やかな雰囲気が流れる。


 だが、そのいっときの穏やかな時間は終わりを迎える。


 戦闘が始まった。

 王国兵が若き王を守るために戦うがやる気なく崩れていく。

 若き王を守れるのはクロエだけになっていた。


 クロエは近づかれないように、魔法を使って牽制をしたがダメだった。

 ますます彼らの戦う気力を高めてしまって、もう後戻りはできない。


「魔王クロエ! 勇者として貴様を断罪する!」


 第七王子と同じ血筋を引く王家の人間が勇者となって、クロエを倒すためにやってきた。


 若き王よりも聡明で、第七王子よりも健康そうな顔をした少年だった。


 クロエは彼になら殺されてもいいかもしれないと思った。

 だが護衛がクロエと勇者の間に割り込んで、戦闘を始めてしまう。


 二人の戦いにクロエは胸が締め付けられる想いがした。 

 あの子に似た少年と、私を大切にしてくれる護衛の戦い。


 見たくない。

 

 だけど……、目が離せない。


 クロエは二人の戦いに心奪われていた。

 そんなクロエの油断を見逃さない者がいた。

 聖騎士団長がクロエを襲ったのだ。


 クロエはそれに気づくことができなかった。


「クロエ様!」


 メイドがクロエを庇って斬られる。

 致命傷と言えるほどの深い傷、もうメイドは助からない。


「アイリーン」

「ふふ、私はただのメイドです。クロエ様に名前を呼ばれるような人物ではありません。ですが、クロエ様に人生を捧げ、クロエ様のために死ねること心から幸福です」


 血塗られた手でメイドがクロエの頬を撫でた。

 賢者が死ぬ前にも、クロエは頭を撫でてもらっていた。

 メイドも死ぬ間際にクロエを思って頬を撫でた。

 

 クロエは思ってしまう。

 彼女を奴隷から解放しなければ自分を守って死ぬことはなかっただろうか? だけど、彼女は幸福だと言って死んだ。


 クロエは魔法で聖騎士団長を葬り、もうどうでもいいと思ってしまった。


「魔王クロエ!!!」


 クロエは殺されたかったのかも知れない。


 勇者の叫びに、魔法を発動することなくその身を捧げた。

 その後ろにいる若き王を守るように……。


 誰かを守るために死ぬ。

 彼女もそうしたかったのかもしれない。


「魔王を討ったぞ!!!」


 倒れるクロエを護衛が抱き上げた。

 息絶える瞬間、クロエは大好きな胸の中にいた。


「私のために戻らなくてよかったのに、あなたには生きていて欲しかった。愛しています」


 ずっと名前をつけられなかったドキドキする気持ちに名前をつけることができた。クロエは人を愛する心を手に入れていた。


「俺もお前を愛していたよ。出会った時からお前に心を奪われていた」

「私はあなたの心をもらえて幸せでした。あとはあなたの好きに生きてください。私の力をあなたに……」


 護衛が自分を愛してくれていたことにクロエは最後の魔法を二つ唱える。

 一つは、自らの力を護衛に継承するための魔法。


 もう一つは……。



 ♢


 冷たい風が頬を刺す。


 かつて王国と呼ばれた国は滅んで魔王城クロエと呼ばれる城が立っていた。


 魔族や為らず者。力を求める者たちが集まってきて、護衛は一国の王に登りつめていた。


「魔王クロノ様、配下が全て揃いました」


 クロエの瞳に映るのは歳を重ねて誰よりもかっこよくなった魔王様。


 護衛をしていた彼はクロエが死んだことで魔王になった。

 勇者を殺し、王国を滅ぼし、蔑まれる獣人や、他の者たちを救った。


 ただ、彼の瞳には深い悲しみがあり、それでもボロボロになった黒髪黒目の獣人を助けてくれる優しさを持った魔王様。


「ああ、世界を、傲慢な人間を滅ぼしにいくぞ」


 いつまでもあなたの隣であなたを支えます。


 私の愛した魔王様。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


《世界を変える運命の恋》用の作品完結です。


 読んでいただき本当にありがとうございます。

 もしも、いいな!と思っていただければ、レビューといいねをどうぞよろしくお願いいたします。


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