本編 中編
謁見の間にたどり着いたクロエたちを待っていたのは、頭を抱える王の姿であった。
「賢者クロエ。ここに」
「よくぞ来てくれたクロエよ。どうか我を助けてはくれぬか?」
「助けるとはどう言うことでしょうか?」
王の隣に立っていた宰相が前に出る。
「この度、流行病が大流行しておりまして、王国全土で道の病に苦しめられております。それに伴い農地から取れる収穫が激減しているだけでなく、冒険者たちも活動ができないために魔物が溢れ。王国全体に飢饉が訪れております」
宰相の報告に王は頭を抱えて、クロエを見た。
「貴殿の知恵でどうにか打開策を考えてはもらえないだろうか?」
「貴族方々はどうされたのですか? 普段から飢餓が起きた際に蓄えられておられるのではないですか?」
クロエの質問に、王と宰相は顔を見合わせて渋い顔をする。
「貴族たちはそのほとんどが、自治領へ戻って自分の領の民を救うために奔走しておる。彼らから食料を奪えば彼ら自身の領地に住まう者たちを殺すことになるだろう」
王の説明を聞いて、クロエはしばし考える素振りを見せた。
「それでは他国から食料を買う他に手立てはないでしょう」
「他国も流行病や飢餓があるのではないか?」
「どうして、流行病が起きたのかわかりません。その原因を突き止める必要があると思われます。ですが、王国で流行った病が、他の国で流行っているのかは現在不明です。できることはなさる方が良いのではないでしょうか?」
「……それも難しいのです。賢者よ」
クロエの案を否定したのは、宰相だった。
「難しい?」
「はい。領地を持つ貴族は領地に戻れば良いが、領地を持たない貴族たちには給金を支払って凌いでもらう必要があるのです。それを支払ってしまえば、食料を他国から買い揃えるだけの資金が集まりません」
「……ならば、領地を持たない貴族を解雇してはいかがですか? 私を含めて研究者たちも仕事の手を止めさせて、今だけは貯蓄で耐えてもらうしかないのでは?」
クロエの発言に王と宰相は渋い顔を見せる。
二人を見守っていた文官や騎士たちが、進言を口にする。
「賢者殿、あなたが言われていることは理想だ。我々はこれまで王国に勤めてきて、確かに危機に対して王国が困っていることはわかる。だからと言って、解雇を言い渡されれば、いつ仕事に戻れるのかわからぬ不安になる。何より、貴族とは名誉だ。それを解雇はできぬ!」
これは一人の声ではなく大勢の領地を持たない貴族たちの声であった。
王や宰相はそれがわかっているから、何も言えないでいた。
クロエは彼らの名誉という感情がわからない。
そんなものが何になるのだと思ってしまうほどに。
だが、ここでそれを論じても話は先に進まない。
そこでクロエは三つ目の案を提案する。
「外国から食料を買うためのお金はない。領地を持たない貴族たちをクビにして資金を集めることもできないですか……。ならば、今年の税金を前借りするしかありませんね」
「前借り?」
「はい。領地持ちの貴族様方に、食糧は出さなくてもいい代わりに税を納める比率を下げます」
「下げたところで、食糧はないぞ」
「わかっています。そこで食料ではなく金貨を提出させるのです。本来税金として納める金貨と食料を、納めてくれた貴族には来年度の減税として集めます」
三つ目の案を聞いた王は、宰相と話す時間が欲しいと言ってクロエの提案を思考する時間をとった。
王は三日ほど考えた末に、クロエの進言を聞き入れた。
「我は飢饉を起こしてしまった。この政策を最後に王を退任する」
「……そうですか。それでは王にもう一つ進言したい政策があります」
「うむ。退任する王だ。なんでも言うがいい」
王は愚王と呼ばれることになるだろう。
それでも民を思って動いたことに変わりはない。
クロエは、解雇を嫌った領地を持たない貴族たちに税金を集める仕事をさせた。それは解雇されることと天秤にかけられて、彼らの尻を叩く行為だった。
自分の首が掛かった仕事となれば、領地を持たない貴族たちは死ぬ気で取り組むしかなかった。
愚王と呼ばれた王は、貴族たちからの忠誠心を失った。
愚王は、若き王に位を譲って退任していった。
♢
クロエの政策が成功したことで、飢餓を乗り越えた王国は次第に流行り病も修つつあった。それに一役かったのもクロエだった。
病というものは、不衛生な環境と不規則な生活によって体力が低下することで起きるものであると断言したクロエは、衛生管理を徹底させることで病の進行を止めていった。
飢餓と流行病。
二つの大問題をクロエは見事に解決してみせた。
しかし、それは貴族たちからの不満を集め、愚王という人の社会に負の感情を呼びことに繋がってします。
そして、もう一つ。
今回の一件で食料を大量に王国へ販売した国があった。
隣国である。隣国では流行病はなく、豊作な年であったため、食料が売れたことはむしろ喜ばしいことであり、それも高値で売りつけることができたので、余裕ができた。
しかも、王国が疲弊して弱っている。
隣国の王は、全てを察知して王国へ兵を差し向けた。
弱りきった王国は、若き王へ決断を迫った。
しかし、若き王は経験もなく、戦争など知らぬ歳。
どうしていいのかわからないままクロエに助けを求めた。
「飢餓を耐える方法を考えつき、流行病に対処したクロエならば、此度の戦争も止められよう? どうか王国を救ってくれ!」
若き王には宰相がおらず、クロエを宰相として取り立てた。
宰相となったクロエは王国の現状を知ることになり、眉を顰めることになる。
王国の杜撰な管理、貴族たちの悪癖。
この国はすでに沼にどっぷりと浸かる泥舟だったのだ。
貴族たちは私腹を肥やしていることだろう。
そこからむしりとって、兵をかき集めることはできるが、若き王に愚王と同じ退任を早めさせるだけだ。
それに、貴族たちはすでに減税して、金貨を王国へ差し出している。
そこからさらに絞り取ろうと思えば、反発が大きくなるだろう。
クロエは自らが、戦場に出ることで貴族たちに示すことにした。
各地の領地の支援は願い、王直属の聖騎士団を派遣する。
クロエが向かった戦場は酷い有様だった。
「クロエ様、大丈夫か?」
護衛が心配そうに問いかけてくる。
人の死が怖いや気持ち悪いとは思えない。
ただ、心を持つと言われる人が、心を持たない魔物のように侵略が行われて、領地が荒らされていた。
子供も、老人も、女性も、男性も、関係なく殺されている光景は見ていたくない光景だった。
「これが人? これが心ある者のすることですか?」
メイドに第七王子を託して護衛と共に訪れた戦場は地獄だった。
嘆きや苦しみ、人が人を虐げる光景。
略奪や強奪は当たり前。
戦争という人災を目にして、クロエは心が冷たくなっていくのを感じた。
クロエはそれでも魔法で敵を倒して、王国に侵略してきたものたちを排除していった。
魔法が廃れつつある国々では、クロエの魔法に対抗できる手段を持つ者はいなかった。
クロエと共に出陣した。聖騎士団も活躍を見せた。
その中でも見目麗しく、気高く強い。《聖騎士団総隊長》は弱冠二十歳にして、平民から聖騎士団のトップまで上り詰めた女性だった。
彼女は騎士になって貴族にはなったが、剣と生まれながらに授かっていた魔法を駆使して団長にまで上りつめた。
「賢者クロエ、あなたがきてくれたことを心からお喜び申し上げる」
「喜ばれることなどありはしません。このような場所……」
クロエの心には人を知り、心を知ることに疑問が芽生え始めていた。
護衛やメイド、第七王子を接する時間はあれほどまでに楽しかったのに、今となっては夢物語のようだと。
「どうか、私とともに王国を侵略する野蛮なる者を排除してほしい」
「ええ、聖騎士団長。あなたに協力します」
クロエは彼女と協力することが、この戦場を速やかに終わらせる最適解だと認識した。怪我と治療を続けることで彼らは勝ち続けた。
戦争が始まって三年で終結を迎えた。
王国は勝利したが、虚しさだけがクロエの中に生まれた感情だ。
王国に来て五年が経とうとしていた。
クロエの名声は止まることを知らず、宰相としての地位まで上り詰めたクロエは虚無を感じる日々だった。
♢
クロエは賢者の老人を思い出していた。
彼に向けられたのは確かな優しさだった。
そんな彼が一生をかけて心を知るために王国へ向かわせた。
その彼のために王国を守ろうとした。
だが、自分は王国に来て何をしただろうか? 発言をするたびに貴族に嫌われ、敵国に嫌われ、そして人を殺した。
これが本当に心を知るということだろうか?
これが本当に王国を守るということだろうか?
クロエは考えに考え抜いて、自らが宰相となって国を建てなす必要があると判断した。若き王は、クロエの話を聞いてくれる。第七王子もクロエが言えば動いてくれる。
今なら戦争を止めた英雄、宰相クロエとして民もいうことを聞いてくれる。
だから、これからの未来のために私は王国を作り直そう。
戦争を起こさないために民を育て、教育して、国全体を強くする。
貴族たちにもルールを設けて悪さができないようにしよう。
クロエは王国の新たな法律をいくつも作り出した。
作り出した法律は、厳しくはあったが、貴族や民を導くためには必要なことだ。
だけど法律を作る仕事ばかりしていると護衛が、クロエに意見を述べた。
「最近のお前はどうしちまったんだ? こんなことを続けていれば、人の心なんてわからないぞ! むしろ、他の人たちに嫌われて心がますます遠のいていくぞ」
護衛は優しい人だ。
どうしても護衛といると心が鈍ってしまう。
護衛だけは最初からクロエに対して態度を変えなかった。
それがクロエにとってはよりどころであり、唯一の支えにもなりつつあった。
しかし、今自分がしていることは護衛の思いを裏切る行為ばかりだ。
こんな自分と一緒にいるのは、護衛のためにならない。
クロエが護衛に解雇を言い渡した。
解雇を告げた際の護衛の顔を忘れることはできない。
彼は、悲しそうで悔しそうな顔をしていた。
「どうしてあなたが! クロエ様のことを一番にわかってあげないのですか? あなたがいるからクロエ様は賢者ではなく対等な関係を気づけていたのに」
メイドの声が聞こえていた。
「野蛮なだけでなく、鈍感なんですね」
護衛が出ていった。
いや、もう彼は護衛ではない。
護衛が出て行ってすぐに第七王子の体調が急変した。
最近は、王子の回復をさせる研究をしていなかったから、体調の変化に気づくことができなかった。
すぐに回復魔法をかけたが、彼には効果がなかった。
「申し訳ありません。賢者クロエ。もう少し生きて、あなたを支えたかったのに、このようなことになってしまって」
もうすぐで成人を迎えられる歳になる前に、王子は死んだ。
生まれながらにいつ死んでもおかしくない状態ではあった。
クロエの下へ来たことで寿命を伸ばしていたが、クロエが手を離したことで死んでしまった。
クロエにとって王国に来てから大切に思うようになった者たちが次々と離れていく。
もう私にあるのは王国を変えることだけだ。
「クロエ様、少し休まれてはいかがですか?」
メイドはいつも私を気にかけてくれるが、私は法律の改善を急いだ。
だが、反発は大きくなるばかりで貴族たちが、邪魔ばかりしてくるようになった。
我慢の限界が来て、私は貴族たちが集まる会議の場で怒りをぶつけてしまう。
「貴様たちのような無能がいるから戦争など起きるのだ! 飢餓を止めるために自分の領地に病人を入れない? それで放置された人によってどれだけの人が死んだと思っている! 無能とつるむのは疲れる」
それまで私に対して好意的か、中立の立場をとっていた貴族たちからも、私は冷たい眼差しを向けられることになった。
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