第4話 そんな勘違いなくない?!
「実は、本物の催眠アプリを手に入れたんだ。首を垂れろ、太郎」
「いや、垂れないから」
朝から何やってるの、本当に。
学校に登校すると、私の席の近くで啓介くんが友達の太郎君にスマホの画面を見せつけていた。
もしかしなくても、催眠アプリを起動させているんだろう。
ぱっと見た感じ女の子にしか見えない太郎くん。そんな子に催眠アプリを見せつけるという構図は結構アウトな気がするのだけれど。
ほら、太郎くんも呆れた顔してるし。いや、憐れんでる?
「えっ、な、なんで?」
「なんでってねぇ……啓介、あんまりくだらないアプリはインストールしない方がいいよ?」
「く、くだらない?」
なんで驚いた顔してんのかな、啓介くん?
啓介くんは何が起きているのか分からないような表情で、スマホを見つめたり、またその画面を太郎君に見せつけたり試行錯誤しているようだった。
当然、催眠の効果なんてあるはずがないので、いくらやっても何も変わっていなかったけど。
まぁ、さすがにこれで催眠アプリが偽物だってことに気づいたかな?
気づいたなら、私に朝したことも嘘だということがバレるだろう。
まぁ、そしたら、『私のパンツに興味ないとか言っておいて、変なアプリ使って無理やり見せようとするほどパンツ見たかったんだぁ』って言ってからかってあげよっと。
そんなことを考えていたのだけれど、啓介くんは諦めたような顔を全くしていなかった。
そして、次の休み時間。自分の席の近くを通ったクラス委員長にまでそのアプリを使おうとしていた。
「委員長! これを見てくれ! さぁ、手始めに何をしてもらおうか」
「なにこれ? 催眠って……啓介くん、暇なら教材運ぶの手伝ってもらえます?」
「え、いや、こっちのお願いを聞いてもらおうと思ってたんだけど」
「お願い? なんですか?」
「いや、そんな正面から言えって言われると、そのっ、」
おい、啓介くん。一体何を命令しようとしてたの。
あんなに私のパンツに夢中になっていたくせに、私だけじゃ満足いかないって言うのだろうか?
い、いや、別に私ので満足しなさいって意味ではないけどさ。
私はなんだか恥ずかしくなって、啓介くんから視線を逸らしてしまった。
もう終わったかなと思って、少し経ってから啓介くんのほうにまた視線を向けると、啓介くんは委員長に連れられて教室を出ていってしまった。
多分、ただ手伝いだけさせられるのだろうなぁ。
そして、次の休み時間。
「先生! これを見てください! それでは、大人の体験談を話してもらっていいですか?」
「なんだこれ、催眠……はぁ。ちょうどいい、お前には『ネットが与える子供への影響』についてレポートをまとめてきてくれ。あと……大人がみんな体験談を持ってると思うなよ」
啓介くん、まだやってる。それに、なんか今の啓介くんにぴったりの課題までもらってるし。
それでも、啓介くんはそのアプリが偽物だということに気づいていないのか、本気で悩むような顔をしていた。
……やっぱり、私の幼馴染は私が思っている上におバカなのかもしれない。
質問の仕方を色々変えながらなんとか聞き出そうとしている啓介くんを見て、私は大きなため息を吐いたのだった。
若い女性の先生に、その質問はダメだよ色々と。
そんなことを考えながら。
家に帰って荷物だけ置くと、私はいつものように啓介くんの家に上がって夕食を作っていた。
互いの家庭環境から、一緒に食事をした方が金銭的にも手間的にもいいだろうということになって、私はこうして啓介くんの家の台所によく立っている。
私が料理をしないと啓介くんはずっと市販のお弁当ばかり食べるだろうし、幼馴染として健康面が心配になってしまうし。
啓介くんはというと、リビングで今日先生に言われたレポートに取り掛かっていた。
先生に催眠をかけようとした結果だろうぁ。
ていうか、体験談を聞くってそれ聞いてどうするつもりだったのだろうか。色々と気になる所ではある。
「恵理、ちょっといいか?」
「んー、なに?」
そんなことを考えていると、リビングから啓介くんに呼ばれた。
私は夕飯の支度を程々にして、エプロンを外してリビングに向かうと、啓介くんがすくりと立ち上がった。
そして、その手にはスマホがあって例の催眠アプリを開いていた。
ま、またやる気なんだ。
今日あれだけ催眠がかからなかったはずなのに、まだそれを本物の催眠アプリだと思っているのだろうか?
私がそんな諦めの悪さに少し驚いていると、啓介くんは私をじっと見つめていた。
「スカートをたくし上げてみてくれ」
……またパンツ見ようとする。
そんなに何度も見たがるくせに、なんで私のパンツを見ても何も思わないなんて言ってきたのかな、ほんと。
私はどこか期待していそうな啓介くんの視線に負ける形で、スカートを少しだけたくし上げてあげてあげることにした。
まぁ、もうこれで終わりだし、最後くらいはね。
私は朝と同じようにスカートを指の先で摘まんで、パンツを見せない程度にスカートの裾をたくし上げた。
また私のパンツを見ようとして熱い視線を向けてきてるけど、今回はここまで。あんまり安易にパンツを見せちゃうと、この後ネタ晴らしをした時に私の方も恥ずかしくなりそうだし。
だから、ただ太ももを見せてるだけ。
それなのに、ただの太ももにそんな熱視線向けなくてもいいんじゃないの?
……ショートパンツとか履いたときに、見たことあるんじゃないの?
そんなことを考えて気を紛らわしても、見るだけで分かるくらい興奮している視線を向けられ続けると、恥ずかしさが増していってしまう。
これ以上は私の羞恥心の方がもたなそうだったので、啓介くんをからかうのもここまで。
じゃあ、そろそろネタ晴らしをしますか。
「やはりか……」
私が口を開こうとしたタイミングで、啓介くんは何か確信を持ったように大きく頷いた。
え、今やっぱりって言った? もしかして、本当は催眠アプリに掛かっていないのにバレちゃった?
私は生唾を呑み込んで固まっていると、啓介はそのまま言葉を続けた。
「このアプリ、恵理にだけ効くんだ。もしかしたら、恵理がからかっているだけかと思ったが、からかうためだけに二回もスカートをたくし上げたりはしないよな。そんなことしてたら、ただの変態だもんな」
ん? あ、あれ? 変態? わ、私が?
「さすがに、幼馴染と言っても、変態だと思うのは失礼だよな。焦ったぜ、操られでもしてないのに、パンツを自分から見せたりしないよ。もし違ったら、度し難い変態ってことになるもんな」
え、うそ、まってまって、この流れマズくない?!
私が実は操られてないってバレたら、私が変態ってことになるの?
確かに、やり過ぎちゃったのは認めるけど、このままじゃ私は本当に啓介くんの言いなりになっちゃうってこと?!
ただ幼馴染をからかおうと思っただけ、そんな悪ノリは少しずつ私達の関係を変えていこうとしているようだった。
私が変態だと思われないためには、催眠にかかったフリをし続けなければならない。
ただの幼馴染だった私達の関係は、そんな少しだけえっちな関係に変わっていくことになるのだった。
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