第2話

「いや、なにもわからな——」


「だとしても! いえ、だとするならば、黙ってそれを守り通せばいいのです。私は一つ予言をします。今後、恐ろしい内容がこの“エデン”で起こることを。それでは、私はこれで——」


ちょっと待て、と。


そう、結縁が再度問い詰めようとしたその時だった。男は尻ポケットのあたりから何かを取り出す。拳銃だった。サイレンサーつき——だがそれを向けた先は結縁ではなかった。


その矛先は、彼自身。こめかみに銃口を押し当て、一つ、引き金を引いた。スローモーションのように、横っ面を殴られたように男の頭が、体が床に倒れ込む。結縁は何も握らされていない方の左手を伸ばしたが、けして間に合うことはなかった。ごん、という、男の頭が床に跳ねた鈍い音がする。駆け寄って脈を取ろうとして、結縁はその手を引っ込めた。まず、間違いなく助からないだろう。それよりもこの状態をどうにか始末しなければ。夜が明ける前に。


……握り込まれた、右手がふと結縁の落とした視界に入る。中のものは、はじめは確かに冷たかったのが、結縁の体温を吸ってぬるくなっていた。


「……なにこれ」


拳から流れ出たチェーンを引っ張って、人差し指と親指でつまみ上げるようにしてそれを室内灯にかざす。ドッグタグのようだった。随分とアンティークな品物を持ってこられたものだ、と思いつつ、そのドッグタグはどこか妙だった。通常のそれよりもいくらか分厚い。ぱっと見でわかるというほどではないが、明らかに厚みがあるのが触ってみるとわかる。


「変なの託されたな……」


この段階で、結縁が感じたのはそれくらいだった。というのも結縁自身、ドッグタグを気にしているつもりでその実ずっと視線は死体の方にあったわけで。まあこればかりは気にするなと言う方が無理があった。仲間にはそのまま言えば信じてくれるだろうが、どっちみち朝まで死体と過ごす趣味はない。血糊ともだ。


「しかたない、掃除するか……」


結縁は預かったドッグタグを尻ポケットに入れて、そのまま死体を片付けに向かった。


そうして時間が四時間ほど過ぎた。なんとか死体を近所の焼却炉にぶちこんで燃やし、骨を適当に埋めて戻ってきたところで。


「お、ユウ」


「げっ」


ちょうどその仲間のうちの一人——チャールズが出勤してきていた。しまった、いつもこの時間帯にはすでに出てきていることぐらいいつものことじゃないか。徹夜で頭が回っていないのか。結縁はそう自分に毒づくと、げってなんだよ、と言いたげな表情でじろりとこちらを睨むチャールズの視線から逃れるようにくるりと後ろを向いた。


「おい! 」


「あー、わかってる。先に謝っとく。でも俺がやったんじゃない。これだけは言っとく」


「いや急に謝られても……俺、中の様子知らねえんだけど。どんなことになって……」


なって、のところでチャールズは言葉を切り、そっと玄関扉を開ける。そのまま二、三歩なかに踏み込んで、なるほど、と唸った。


「銃だな。ユウ、何があった? 」


「殺してねえよ。俺じゃない。やっこさん自分で自分のドタマぶち抜いたんだ」


「……ふうん」


チャールズはまだなにか探っている様子だったが、結縁に妙なところは見当たらない。ドッグタグの件に関してはこの時結縁自身の頭からすっぽり抜け落ちていたところがあるかもしれない。


「……ま、とりあえず、ウィルが起きてこっちに来る前にどうにかしようぜ、これ」


血溜まりを指して、チャールズはジャケットを近くの机に放る。


「わかってる」


結縁も長い黒髪を一つに束ねて、タンクトップ姿のまま作業を続けた。

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EDEN @steind4419

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