六番目の男
蜂谷
六番目の男
シックスマン。
バスケットボールの試合で使われる用語だ。バスケットボールは五人で試合を行うが、交代要員としてベンチに何人もの選手が揃っている。その中で一番重要な、試合の流れを変えたり、勝敗を左右する選手。五人の先発選手に次ぐ六番目の選手。
それがシックスマンだ。
僕の身長は168㎝、小学生6年生にしては大きめなほうだ。運動神経は普通、球技は基本的に苦手だった。
そんな僕が今、ミニバスケットボールの全国大会出場を決める県大会の準決勝のコートに立っている。
それが第4クォーターだと言われてピンと来る人は経験者だけだろう。
ミニバスケットボールにはなるべく多くの子供が参加できるようにルールが決まっている。
基本的には10人以上の選手登録が必要で尚且つ試合には最低10人は参加しなければならない。
試合は第1から第4クォーターに区切られている。
第3クォーターまでに10人以上のプレーヤーが少なくとも1クォーター以上、2クォーターをこえない時間だけはゲームに出場していなければならないと決まっている。
要は5人だけ強い子供を揃えて強いチームを作って勝利至上主義にするより、多くの子供に参加権を与えることでスポーツとしての楽しみを覚えてもらおうという素晴らしいルールだ。
でもスポーツである以上勝敗は決まるし負けるより勝ったほうが楽しいのは言うまでもない。
なのでうちのチームでは第1クォーターに強い5人を出して、第2クォーターに残りの5人を出して後は強い5人を出して試合を勝ち進んできた。
当然僕が出るのは第2クォーターだけで後は応援に回っていた。
気楽なものだった。
でも突然のアクシデントというのはあるもので、試合中主力の選手が足を挫いてしまい一旦試合から出なくてはならなくなった。
そこで僕に出番が回ってきたというわけだ。
「田辺、いけるな?」
監督からの問いかけに行けませんなどど言えるわけもなく、はいと返事をしてコートへと向かった。
今までも点差が開けば第2クォーター以外でも出ることはあった。
身長だけなら残りのメンバーの中で一番高い、バスケットボールとは身長が正義のスポーツだ。
ボールが手に届かなければそれだけで有利なのだ。
「いつも通りでいい、オフェンスはポストに入って行けるなら行く。ディフェンスはしっかり腕を上げてシュートコースを塞いでいけ」
というかそれ以上のことは僕にはできない。
技術というものは昨日の今日で急にうまくなることはないのだ。
自分の技術の拙さを恨みながら一つ息を吐いて冷静になろうとした。
そもそも僕はバスケットボールは好きですかと言われれば実はそうでもないと答えるだろう。
始めた動機は友達がミニバスケットボールのクラブに入って遊べなくなったからだったし。
*
転機は4年生の頃
それまで運動らしいことと言えばスイミングスクールに週2日通っていたくらいで、持久走がちょっと得意なくらいだった。
体育の授業の成績は平凡だったしサッカーなどの球技ではいつもボールに触らないようにしていた。
自分でも理解していたくらい手足を使ったボールの扱いが苦手だったからだ。
そんな中、4年生になって出来た友達のA君がいた。
そのころの僕の家にはゲームボーイしかなく、ニンテンドー64やプレイステーションは買ってもらえなかった。
そんな自分の家にはないゲームを持っている彼の家に、入り浸るようになるのにそう時間はかからなかった。。
僕は毎日でも通いたかったけど彼の予定がそれを邪魔してきた。
そうミニバスケットボールである。
確かにゲームが目的だったけど、別にゲームと友達になったわけでは無いので当然のように彼の後を追いミニバスクラブへと入って行った。
ルールも一切知らなかったし親に無理を言って入れてもらったし、当時はとにかく必死だったように思う。
今思えばA君にとっては鬱陶しい存在だったのではなかったかもしれない。
実際彼は4年の途中には体の不調ということでクラブをやめている。
ここで一緒に辞めてしまえばよかったのに親に無理を言った手前辞めるのも気が引けたし、なにより面白いと思う自分がいるのも否定出来なかった。
それからは週3で学校が終わっては練習して遅くなると親が車で迎えに来た。学校から自宅までは徒歩で3分程だったが、遅い時間に子供1人歩かせるのは危険だからだ。
土日は練習試合で遠くまで遠征することもあった。ほとんどは母の運転する車か貸し切りのバスだった。。今思えばそういう大変さを一切口にしなかった母親には感謝したい。
練習自体はきつかったと言えばきつかった。
でも理不尽な暴力やしごきなんかはなかったし、概ね普通のクラブ活動だったように思う。
特別上手な5人がいて強かっただけで僕が貰っていたのはそのおこぼれだった。
手を抜いてたわけじゃなかったけど結局のところ僕の技術がこの2年間で飛躍的に上昇することはなかった。
そりゃ初心者で下を向いてドリブルをしていたり、パスもまともに取れなかった頃に比べれば上達はしただろう。
でもあくまで初心者が中級者にレベルアップした程度だったし自主練をしたわけでも意識して練習することはなかった。
ただ一生懸命練習することと、意識を持って取り組むことがイコールではないと知ったのはずっと後のことで、当時は楽しく一生懸命にやってこれが限界なんだななんて思っていた。
うまいやつは才能があって同じ練習をしてもうまくなるんだと本気で思っていた。
井戸の中の蛙大海を知らずなんてことわざよりももっと小さな世界で生きていればそう考えるのも不思議でもない。
子供が感じる世界なんてほんの小さな小さなものなのだ。
そんな生活はあっという間に過ぎていき小学校最後の大会が始まった。
*
ピーッっと笛がなりタイムがかかる。
足を挫いた直後にボールが外に出てゲームが止まったからだ。
「5番と9番を交代で」
監督が審判に告げる。
準備をしていた僕はすでに待機スペースで待っている。足を捻った子と交代でコートに入る。
緊張はしていなかった。
それが未だに現実を受け止められていないものからくるというのは後々分かったことだ。
「池田のテーピングが終わるまで、もしくはそのまま出れなさそうならこのままでいくって」
監督から言われたことをそのまま伝える。
4人に動揺はない。
「センターが抜けるのはきついなぁ」
「まぁまだ点差あるし大丈夫っしょ」
実際今10点差をつけて勝っており残り時間からも逃げ切れると思うには十分少なかった。
「よしあと2試合で全国だ。頑張ろう」
キャプテンが声を出し、おしっと気合を皆でいれる。
なんだなんか大丈夫そうだなって思ってしまった。
いやいやセンターが抜けて代わりが僕って結構やばいんだけどって今なら思う。
けど誰もそんなことは口に出さなかった。
そのあとのことはあまり覚えていない。
結果として試合は負けた。
誰も僕のせいだとは言わなかった。
けど明らかに僕のせいだった。
パスミス、パスをキャッチできない、簡単にシュートを打たれる。
問題点を挙げればキリがないほどボロボロだった。
ずっと緊張はしていなかった。
ただ現実感がなかっただけなのだ。
僕はあくまでオマケで入った補充要員。
その認識のまま試合に臨めば当然の結果である。
途中で池田が戻ってきて交代をしたけど、万全ではない僕たちは勢いに乗った相手チームに呑まれていった。
そのまま大会が終わって母親の車に乗って帰った。
「頑張ったね」
母親の言葉に胸が苦しくなった。
頑張った? 僕が? 一体何を頑張ったというのだろうか。
頑張ったのは他のメンバーであって僕は……
ああそうか。
僕は頑張ってはいなかったんだな。
ただやっていた。
友達がやっていたから。
親に無理をいったから。
背が高かったから。
いろんな理由をつけてはただやっていた。
漫然と目の前のことをこなしていただけ。
練習もそういわれたからやっていた。
本気で取り組むってことはそうじゃないんだ。
もう終わってしまったことを戻すことはできない。
この事実は変わらない、けど無駄にしてはいけないと思った。
続けよう、ここで終わってしまっては何の意味もない。
中学校からはミニが消えてバスケットボールになる。
そもそも部活なのでクラブとは趣が違う。
試合は5人いれば成立する。
もちろん控え選手がいたほうが体力的にも戦術的にも有利だ。
その中で僕はまた9番をつけている。
6番目の選手、シックスマンだ。
試合の中盤、疲れの見える選手との交代に備える。
監督から声がかかった。
「よし、田辺。いって来い」
「はい」
今でもバスケットボールは好きではない。
でももう後悔だけはしたくなかった。
今度は緊張している。
大丈夫、これは正しい。
今までのことを思い出し僕は全国中学校大会のコートへと足を踏み入れた。
六番目の男 蜂谷 @derutas
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