契約者 ー Ⅱ


「向こう側?」


「そーそー。こいつから聞いてない? 扉の向こうから来た存在について」


「あ……たしか、不老不死の神様だって」


 私の言葉を聞いて、ギルはにかっと笑みを浮かべている。


「こっちでは神様ってほど万能でもねぇけどな。ま、近いっちゃ近いのかも」


「なんかすごそう」


 思わず感嘆して呟くと、ギルはきょとりと目を丸くさせた。


「お嬢ちゃんもだろ?」


 意味が分からず、言葉に詰まってしまう。

 お嬢ちゃんと呼ばれたことで、自分がまだ名乗っていなかった事に気がついた。


「私、永遠っていいます」


 慌てて伝えると、ギルは「良い名前だな」と褒めてくれる。


「えっと……それで、私が同じっていうのは──」


「そろそろ行こう永遠。その話はまた後でしてあげる」


 シンから声をかけられ、素直に頷く。

 にやにやと笑うギルに手を振りかえし、私はシンと共に奥へと進んでいった。




 ★ ★ ☆ ☆




 海の底にこんな場所があったなんて驚きだ。


 空気は満ちているけれど、地上で吸っていたものとは異なっている。

 どう違うかと聞かれても、上手く言葉にできないのだが……。


「多分……成分的な……?」


「どうしたの永遠?」


 考え込む私に、シンが声をかけてくる。


「あ、ううん。不思議な場所だなと思って」


「地上だと機関の目がわずらわしいからね。その点、海底ここなら見つかる心配もない。にとっては最適な場所だよ」


 シンの言う通り、息をしなくても生きていける存在には、これ以上なく便利な場所だろう。

 おまけに、深海に巨大な施設まで作れてしまうときた。


 広い通路を歩きながら、辺りをきょろきょろと見回す。

 幼い頃、母に連れられて通っていた研究施設。

 そこの雰囲気と、少しだけ似ているような気がした。


 飛行機が墜落してから、既に一夜明けている。

 母の中では、私はもう死んだものとして扱われているのかもしれない。


「あらあら、随分と可愛いらしい子ですこと」


 前方から聞こえてきた声に視線を上げる。

 ウェーブを打った髪と、優しげに垂れた目。

 穏やかに微笑む女性は、私やシンよりも少し年上に見えた。


「シンの適合者をこの目で見られる日がくるなんて……。長生きしてみるものねぇ」


「よく言うよ。僕たちに寿命なんて概念はないのにさ」


 背後で呆れたようにため息をつく少年は、見た目だけなら一番幼いように見える。


「全員揃ったのか?」


「いいえ、ギルがまだ来てないわ」


「またあいつか……。シンがここに来た時点で、集まる事は分かっていたはずだろう」


「契約者の調子が良くないのよ。少し様子を見にいくって言ってたわ」


「……そうか」


 垂れ目の女性の言葉に、厳格そうな男性が口をつぐむ。

 一番奥に座っていた少女がこちらを向いた事で、ばっちりと視線が合った。


 吊り目で気の強そうな見た目をしているが、少女は視線が合うなりにこりと微笑んでくる。

 この中では一番友好的に感じる態度だ。


「悪りぃ、遅れた」


「あ、ギルさん」


「よぉ永遠! さっきぶりだな」


 口調は荒いが、優しい声をしている。

 歯を見せて笑うギルは、「俺のことも呼び捨てでいいぜー」と言いながら、頭をくしゃっと撫でてきた。


「ギル」


 ゾワリとした空気に、一瞬で場が静まり返った。


 たった一言で空気を凍らせたシンは、ギルに向かって仄暗い視線を向けている。

 ギル以外の人たちが、警戒したように距離を取っていくのが見えた。


「シン?」


 どうして怒っているのか分からず、そでを摘んで何度か引いてみる。

 周囲の圧が一気に緩んだことで、ギルも肩の力を抜いたのが分かった。


「悪かったよシン。ここまでとは思ってなかったんだ」


 シンに謝罪したギルは、「とりあえず中、入ろうぜ」と言いながら先に進んでいく。


「どうやら彼女、相当適合率が高いようね」


「適合者が見つかったというだけでも、充分驚くべきことだったが……」


 垂れ目の女性がこちらを向くと、「永遠ちゃんたちもいらっしゃい」と笑いかけてくる。

 ちらりとシンに視線を送ると、さっきまでとは真逆の表情で私を見たシンが、「行こうか」と手を引いてくれた。


「どうぞ座って。まずは自己紹介からしましょうか」


 垂れ目の女性は、全員が席についたのを確認すると、各々に視線を流しながら口を開いた。


「まずは私からね。セイよ。ここの取りまとめ役を担ってるわ」


「僕はフェル。ここの管理を行ってる」


 垂れ目の女性はセイと言うらしい。

 円卓を囲うようにして座る中、セイの自己紹介が終わったことで、左隣の少年が手を挙げた。


 一番幼く見える少年だが、話す言葉や雰囲気には貫禄かんろくが感じられる。


「俺のことはもう知ってると思うが、ギルだ。よろしくな」


 フェルの左隣。

 私の右隣に座るギルが、ひらりと手を振って挨拶してくれる。


「えっと、永遠です。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると、他のメンバーもそれぞれ反応を示してくれた。

 思っていたより、気さくな人たちのようだ。


「あー、そんじゃシンは飛ばして……」


「次はあたしね」


 シンに挨拶は不要だと考えたらしい。

 ギルの言葉に、シンの左隣に座る吊り目の少女が声を上げた。


「あたしはティラ。この中だと一番歳下に当たるのよ。仲良くしてくれたら嬉しいわ」


「歳下っつってもなぁ……」


「黙れギル。余計なことは言わないでよね」


 ギルを睨みつけたティラは、私の方を見るなりにこりと微笑んでくる。


「……こほん。私の名前はビルだ。君を新たな一員として歓迎しよう」


 厳格そうだが、綺麗な顔をした男性だ。

 セイが大学生くらいだとすると、ビルは社会人。

 この中では一番歳上に見える。


「私たちの契約者には、後で合わせるわね。二人ももう、契約は結んでいるのでしょう?」


「はい」


 セイの問いかけに頷くと、周囲からまじまじと視線が突き刺さってくる。


「いや、改めて言葉にされると……何というか、な」


「それに関しては同意する」


 何とも言えない表情で呟いたギルに、ビルが同調するのが聞こえた。

 年齢も性格もさまざまな人たちだが、唯一の共通点を挙げるとするなら、全員顔が整っているという事だろうか。


 シンは私が興味津々で眺めているのを、静かに見守ってくれている。


「そろそろ、話の本題に移りましょうか」


 セイの言葉に、ギルたちが姿勢を正していく。


「永遠ちゃんが来てくれたことで、現時点、全員に契約者が存在することになったわ」


「……では、ついに始めるのか」


「ええ。分をわきまえず、永遠人とわびとを己の私欲のために利用した人間どもを──滅ぼす時がきたのよ」


 

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