契約者 ー Ⅰ
「つまり、適合率が高いと出来ることが増えて、力も強くなるってこと?」
「だね。加えて老化も止まるし、身体が損傷した際の治癒速度も上がるよ」
「なるほど……」
話を整理していた永遠は、シンの言葉に神妙な顔で頷いている。
「心臓を貰ったのは、あの状況で最も手早く融合する方法だったから。血液は心臓から押し出され、身体中を循環してまた心臓に戻ってくる。隅々まで行き渡れば、融合率も一気に上げられる算段だったんだ」
「へー。シンって、頭いいんだね」
感嘆した様子の永遠に、シンは思わず笑みをこぼした。
なぜ笑われたのか分からず、永遠はきょとんとした表情を浮かべている。
「ほんと永遠って……ふっ」
「え、なになに!? 私なんか変な事でも言った?」
「違うよ。永遠のそういうとこ、好きだなって思って」
「す……っ!?」
ポップコーンが弾けるように、永遠の顔が一瞬で赤みを増す。
真っ赤になって固まる永遠を見て、シンは愛おしげに目を細めていた。
★ ☆ ☆ ☆
「そう言えば、私たちどこかに向かってたんだよね?」
森の中を歩きながら、ふと湧いてきた疑問を口にする。
シンはこちらを見て「もう着くよ」と微笑むと、森の先の方を指差した。
ここよりも明るい光だ。
駆け足で森を抜けると、目の前には海が広がっていた。
水面がキラキラと輝き、眩い光を反射している。
「わあ……!」
荒廃した場所でも、海は透き通るように綺麗だった。
しかし、逆を言えば、ここにあるのは海だけということにもなる。
「ここが目的地?」
「正確にはその入り口、かな」
入口と言われても、見渡す限り海しか見えない。
どこにそんな場所があるのだろうか。
「それにしても、一日でだいぶ馴染んだね」
「分かるの?」
「そりゃあね。融合直後は少し不安定さもあったけど、今はそれも無くなってる」
自分の手を見下ろし、何度か握ってみる。
いつもと変わりのない身体だが、シンには違いが分かるらしい。
ただ、これだけ移動していても、疲れは全く蓄積していなかった。
「そろそろ行こうか。ここにいて、また追っ手を出されても面倒だしね」
「うん」
差し出された手を取る。
まるで、空いていた隙間が満たされていくような感覚。
シンと触れ合う度、凹凸にも似た何かが噛み合っていくような。
そんな感覚が湧いてくる。
「それでどこに──」
入り口が?
そう続くはずだった言葉は、突如口を覆った水によって塞がれた。
衝撃に驚いた魚が、辺りに散っていくのが見える。
海の中は別世界で、豊かな生に溢れていた。
さっきまで地上で見てきたものとは真逆の光景だ。
どの生物も自由で、伸びやかに暮らしている。
いきなり飛び込んだ海は、思っていたよりもずっと素敵な場所だった。
しばらく海の中を眺めていたが、不意に自分が息を吸っていなかったことに気がついた。
「……っ!」
「落ち着いて永遠。大丈夫だから」
シンの声は地上で聞く時と変わらず、はっきりと耳に届いてくる。
たとえ水中であっても、それこそ……体内であっても。
いつだって鮮明に、シンの声だけは聞こえるのだ。
「息をしなくても平気なはずだよ。伝えたいことがあれば、こうして話しかけてくれればいい」
「……シンって、心を読めるの?」
「ふっ。心配しなくても、永遠が伝えたいと思ったことしか分からないよ」
ぱちりと目を瞬いたシンは、一転、おかしそうに笑みを浮かべている。
「例えるなら、永遠と僕の間には独自の通路が存在していて、その通路に感情を流すことで意思疎通が図れている。って言えば
「なんとなく」
つまり、専用の電話線が繋がっている……という事で大体合っているだろう。
シンは何故か余計に笑みを深めていたが、握っていた手を引くと、海の底に向かって沈み出した。
深さが増すにつれて、辺りが薄暗くなってくる。
光も届かない場所は真っ暗で、けれど私の目には泳ぐ魚の背びれまでくっきりと映っていた。
足が海底に付くと同時に、周囲を見渡してみる。
ほとんど何もない場所だ。
そんな事を考えていると、突然海底が大きく揺れた。
盛り上がった砂で視界が塞がれる。
揺れが収まり、海が元の状態を取り戻した時、目の前には黒い扉が存在していた。
シンは私の手を持ち上げると、扉に手のひらを触れさせてくる。
まるで血液が流れるように、表面を赤い紋様が走っていく。
それは、私の身体に浮かぶあの紋様とよく似た形をしていた。
不意に触れていた手が謎の力に引かれ、そのまま扉の向こうへと引き摺り込まれていく。
扉を開くというより、ゲートのように通過してきた感覚だ。
気づくと、濡れていた身体に水は付いておらず、空間の中にも水はないようだった。
「おお! 誰が来たかと思ったら、久しぶりじゃねえか!」
通路の端から顔を覗かせた男が、親しげな様子でシンに話しかけている。
ヒラヒラと手を振りながら近寄ってきた男は、私を見るなり目を見開いた。
「マジかよ……! まさかお前に適合者が見つかるなんてな」
「分かってるなら離れてくれる?」
ずいっと身体を乗り出してきた男に驚き、思わずシンの後ろに隠れてしまった。
シンはそんな私を安心させるように微笑むと、男に向かって感情の乗らない声で応えている。
「へーへー、分かりましたよっと。淡白だと思ってたが、意外と嫉妬深いんだなお前」
にやにやと口元を歪める男を冷めた目で見ると、シンは「行こうか」と話しながら私の手を引いてきた。
「ちょいちょい! せめて挨拶くらいはさせてくれよ! 俺はギル。そいつと同じ、
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