契約者 ー Ⅲ


 人間を滅ぼす。

 たしかに今、そう聞こえた。


「それで……どうする?」


「どうするもこうするも、戦争だよ。永遠人とわびとの身体を砕いたんだ。ただで済ますわけにはいかない」


 ビルの問いかけに、フェルが淡々と答えている。


「まずは施設を潰すところからね」


「外堀から埋めてく方が、効率も良さそうだしな」


 ティラの言葉に頷いていたギルは、そのまま視線をビルの方へと投げかけた。


「頭部は機関が所有しているが、身体はそれぞれの施設にあるはずだ。回収後は、いったんここで保管するのが良いだろう」


「身体というか、もはや肉片の域かもよ」


「ちょっとフェル! 物騒なこと言わないでよね。永遠がびっくりしちゃうじゃない」


 チラリとこちらを見たティラは、私のことを気遣ってくれているようだ。


 気にかけてもらえるのは嬉しいのだが、私はそこまで繊細でもない。

 母の手伝いで、よく鶏肉の下処理だってしていた。


 何の肉であろうと、肉は肉。

 肉片くらいなんのそのである。

 ……たぶん。


「ふっ」


「あ! シン、今笑ったでしょ。ほんとに心の中は読めてないんだよね?」


 怪訝けげんな面持ちで詰め寄る私に、シンは「本当だよ」と微笑みながら否定してくる。


「ほとんど顔に出てたからね」


「え」


 慌てて顔に触れる私を見て、シンは楽しそうに笑みを深めている。


 突然、近くでバシンと響く音がした。


「めちゃくちゃいてぇ……」


 頬に手を当てたギルが、隣で呆然と呟いている。


「だ、大丈夫ですか?」

 

 聞こえた音からして、相当強く叩いたらしい。

 心配になって声をかけると、ギルははっとした様子で手を振った。


「悪りぃ悪りぃ。あまりにショッキングな光景だったもんで、思わず、な……」


「それに関しても同意する」


 ビルが同調するのを横目で見ながら、セイがやれやれと言わんばかりにため息をついた。


「ひとまず、最初の目標は第三施設ということで構わないかしら?」


「あたしは賛成よ。ここから一番近いし、落とすのが楽そうだもの」


「僕も賛成」


「俺も良いぜ」


「私も同意しよう」


 他のメンバーの承諾が得られたことで、セイの視線がシンの方を向く。


「どうかしら、シン」


「それで構わない」


 シンの言葉に、セイがほっとした様子で手を合わせる。


「それじゃあ、今回はこれで解散にしましょう」


 その言葉を皮切りに、メンバーが次々と席から立ち上がった。


 早々に部屋から出ようとするギルを、セイが呼び止めている。

 時折、「体調は」とか「どのくらい持つのか」などと話す言葉が聞こえてきたが、どういう意味かはさっぱり分からなかった。


「ねえ」


 声をかけられ振り向くと、近くにティラが立っていた。

 

「あたしが施設を案内してあげる」


「え? でも……」


 何も言わないシンに答えを迷っていたが、こちらに駆けてきたセイに「シンを少し借りてもいいかしら?」と聞かれた。


「すぐに戻るから、行っておいで」


「分かった」


 シンから後押しを得たことで、こくりと頷く。


 ドアの前で私を待つティラに手招きされ、私はその後ろをついて行った。




 ★ ★ ☆ ☆




「すまないな、シン。契約者がいると、話し難い事もあるだろうと思ってな……」


「率直に聞くわ。永遠との適合率はどのくらいなのかしら?」


 部屋に残っていたビルとセイ、そしてフェルの視線を受けながら、シンは何の感情も読み取れない表情で口を開いた。


「少なくとも、君たちよりは上だよ。答えはそれで充分でしょ?」


「……にわかには信じがたいな」


「でも、シンは嘘を言ってない」


「そうね。かなり驚いたけど、今の話が本当なら、私たちには良い誤算でしかないわ」


 フェルやセイの言葉に、ビルもそれ以上は何も言わなかった。

 静寂が周囲を満たしていく。


「ギルの契約者、そろそろ危ないみたいだよ。計画を実行するなら急いだ方がいい」


「そうね。全員の契約者が揃う機会なんて、いつ来るか分からないもの。これを逃すわけにはいかないわ」


 強い意志の込もった目でシンの方を見ると、セイははっきりとした口調でシンに話しかけた。


「契約したばかりの永遠ちゃんには申し訳ないけど、少しでも長く持つよう、私たちも協力は惜しまないつもりよ」


「何より、相手がシンだからね。これで能力を乱用すれば、本来の寿命より短くなる可能性も否めない」


「私だって、出来ることなら長生きさせてあげたいと思ってるわ。でも、もし適合者が見つからなければ、私たちは徐々に衰弱していくしかない」


「むしろ、僕たちレベルじゃないと、とっくに弱って捕獲されてたかもね」


 項垂うなだれるセイの肩を、ビルが軽く叩いた。

 淡々と話すフェルとは違い、セイには少なからず罪悪感が見え隠れしている。


「ほとんどの能力は共有できても、完全な不死だけは与える事が出来ない。この戦いが終わろうと、に行けるのは僕たちだけだ」


「だからこそ、一刻も早くこの戦いを終結させなくてはならない。私たちが向こうに戻る際には、この契約も自動的に破棄されるのだから」


 ビルの言葉にため息を漏らしたフェルは、何やら複雑そうな顔をしている。

 小学生ほどの見た目に反して、随分と大人じみた表情だ。


「こっちの世界に伴侶を作ることで、どちらの世界にも介入できる力を手に入れられる。本当に……よく出来た仕組みだよ」


「契約者には申し訳なく思ってる。それでも、傍にいる限り、誰よりも大切にすると誓ったわ。期間があるとは言え、大切なパートナーには違いないもの」


 たとえ人間を嫌悪し、滅ぼそうとも、契約者を思う気持ちは本物だ。

 セイの言葉からは、そんな気持ちが溢れ出ていた。


「一つ言っておく」


 シンが口を開いたことで、セイたちの会話がピタリと止む。


「僕は永遠を手放すつもりなんてないよ」


「シン……あなたまさか……」


 じわじわと増していく圧により、セイの眉間にはしわが寄っている。


「どちらの世界だろうと、僕が選ぶのは永遠だけだ。もし永遠に何かあれば──滅ぶのは人間だけじゃない」


 静まり返った部屋の中、シンはセイたちを一瞥いちべつすると、そのまま部屋から去って行った。


 シンが居なくなった事で、フェルは止めていた息を一気に吐き出していく。

 胸に詰まった圧を取り除くかのように出し切ったフェルは、驚きの混じった声で呟いた。


「相変わらず凄いね、僕らのキングは」


 全くだと言わんばかりに目を閉じたビルが、何かを思い出した様子でフェルたちの方を見る。


「機関の人間は私たちをネームドなどと呼び、二つ名を付けているらしいが……。意外と、的を射ているのかもしれないな」


「ふふ、確かにぴったりだわ。だって、──シンに付けられた二つ名ネームは、『終焉の神』ですもの」


 

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