嫌われ者で自己中の転校生

ラムネ

嫌われ者で自己中の転校生1

 春に着ていたブレザーを再び着るくらい寒くなってきた頃,俺の高校に転校生がやってくる.高身長の長髪の女子.彼女は黒板に「吉本曜子よしもとようこ」とキレイな字で書く.

 彼女は一言と,

「よろしく」

 ギリギリ聞こえるレベルで挨拶する.正直,ちょっと不愛想ぶあいそうな人だと思った.俺の隣の席が空いていることから察してはいたが,彼女は俺の隣の席に座る運びとなる.基本的に無表情の転校生.誰かが軽く挨拶しても,彼女はお辞儀じぎだけして着席する.

 担任から「彼女が学校に慣れるまでは色々教えてやってくれ」と吉本の世話係を頼まれた.俺は全然やぶさかでなく,意気揚々と彼女に挨拶をする.

 しかし,彼女はチラっとこっちを見た後,視線を前に戻した.

 この日,唯一会話が成立したのは,俺に教室の場所を聞く時くらいである.

 せっかく,同じ高校に転校してきたんだ,仲良くしたい.

 だから,無視されても彼女と話せる時は出来るだけ話をした.


 吉本よしもとが転校してきて1週間.彼女は,クラスメート(俺を含めて)とほぼ会話しない.本当に必要最低限のことは口にしない.そんな態度だから,またたに「変な女が転校してきた」という印象が校内を伝播でんぱしていった.そのせいで,彼女はすぐに触れてはいけない人という扱いになる.転校生ってみんなから,興味津々にアレコレと聞かれるのが“普通”だと思っていたが,彼女はその“普通”のグループに属していないらしい.

 吉本の電波エピソードとして次の3つが有名だ.

 1つ目,授業中に全くノートを取らずに,謎の本を読んでいる.

 2つ目,一緒に弁当を食べようと誘われても,「人が多いのは嫌」と拒否.

 3つ目,話しかけてくれたクラスメートに「好きな芸能人とかいる?」と聞かれたら「全員嫌い」と答える.


 俺はと言うと,そんな彼女のことが嫌いでは無かった.正直,こんなに堂々としていれば逆に清々しい.もっとも,周りを意味も無く拒絶するのを良いとは思わない.そして,欲を言えば,俺とも会話してほしい.彼女はまだ,転校してきたばかりで心細いだけなのだろう.俺も昔,転校生だったから分かる.クラスに馴染むまでは,彼女と仲良くしたほうがいい.


 そんなある日,吉本と俺は放課後に公園でばったり会う.

 放課後に,最近プチブームである茶碗蒸しの材料をスーパーに買いに行き,帰りの道のことである.行きつけのスーパーと俺の家の間には「第三公園」がある.吉本はその公園のブランコを漕いでいた.それも,ブランコの振幅が着実に大きくなるように,大げさに足を伸ばしたり折り曲げたりしている.そんなブランコに対する姿勢や彼女の身長が高いせいか,ブランコと吉本は不釣り合いで少し可笑しい.無視されるとは思っていたが,声を掛けてみた.

「ブランコ好きなのか,楽しい?」

 吉本は視線だけ俺の方に向けて,無言のままブランコを漕ぎ続けた.

「っていうか俺のこと分かる?」

 返事されることを全く期待していなかったが,吉本は視線だけを俺の方に向けて,

賢一けんいち

 と呟いてくれた.

 今,ファーストネームで呼ばれた?

「君もブランコで遊んだりするんだな」

 これには返事されたかった.見れば分かるだろってことなのか.これ以上,彼女の邪魔をするのは止めておこう.

「今から,俺さ,茶碗蒸し作るんだよ.じゃあな」

 吉本は“茶碗蒸し”という単語を聞いた瞬間,俺の方を向いた.俺は材料が入ったビニール袋を彼女に見せた.興味を持ってくれたのが妙に嬉しくて

「いつも妹の分まで余分に作るから,食べちゃう?」

 とふざけてみた.

 すると,吉本はかなりのスピードで動くブランコから飛び降り,ブランコを囲む柵を超えて,見事な着地を見せた.すっと立ち上がり,はっきりと一言.

「頂くわ」


 自分でも今の状況を理解できていないが,転校生に茶碗蒸しを振舞うことになった.公園から俺の家まで,吉岡と2人で歩いてきたが,俺はテキトーに雑談(独り言)をした.どうせ,何を話しても無視されるのだ.好きなゲームについて語りに語った.

 マンションのオートロックを超えて,家に着く,吉本を居間に座らせて,俺は台所へ.

 茶碗蒸しの作り方はそんなに複雑じゃない.だしの量を間違えない限り,とんでもなくマズイことにはならない.でも,まだ電子レンジでどの程度加熱するかの研究が進んでいないから,“す”という茶碗蒸しにボコボコとした穴が出てきてしまう.母さんは電子レンジでいいって教えてくれたけど,フライパンとかで蒸すべきなのかな.

 とにもかくにも,今回は電子レンジを使って茶碗蒸しを作った.いつも,自分と母さんと妹の分である3つ作っている.妹は“もう飽きた”とかブー垂れていたし,吉本にあげても文句言われないだろう.

 茶碗蒸しのフタであるアルミホイルを外して,スプーンと共に吉本に差し出す.彼女は手を合わせて,時計の秒針が進む音と同じくらい声量で,“いただきます”.茶碗蒸しを頬張った.小さいスプーンを渡してしまったせいか,彼女は3,4回スプーンで料理を口に運んでから,モグモグと味わい,飲み込むというルーチンを繰り返す.

「どう? いける?」

 彼女は,一連のルーチンをやめない.

「そんなに腹が減ってたの?」

 彼女は,一連のルーチンをやめない.

「もしかして,人間嫌い?」

 彼女は,一連のルーチンをやめない.

「吉本って,俺のこと,嫌い?」

「賢一」

「え? 嫌いなの?」

「おかわりがほしい」

「おお! 食え食え!」

 自分の分を彼女に手渡した.彼女は再び,同じルーチンを繰り返し始めた.

 何か違うけど,食べてくれるならいいか.

 吉本は俺の分だけでなく,俺の母さんの分まで食べ尽くした.食べ終わった容器には,残りカスは無く,綺麗に食べられていた.

 作った料理をたくさん食べてくれるのは嬉しいことだ.


 台所で洗い物をしていたら,吉本は皿を拭く係に志願しがんしてきて,そのまま採用した.彼女はスプーンの水分をタオルで取りながら,

「今日話したことを次の日に絶対に忘れてしまうとしたら,話す意味ってあると思う?」

 と急に聞いてきた.吉本が20文字以上の会話をしたのが初めてだったから,少し驚いてしまった.

「あると思うよ.話している瞬間は,楽しいっしょ.」

「そう…….私は,意味が無いと思う」

 彼女は綺麗に拭いたステンレスのスプーンを凝視していた.

 質問の心が読めないが,どうせ会話したことを忘れるのなら,会話に意味が無いと俺は思えない.会話自体に意味が無くとも,会話したその時に楽しければそれでいいじゃないか.一挙手一投足の全てに意味を求めて,意味がなければしないっていうのは…….

「寂しい人の考え方」

 と俺は本音がポロっと出てしまった.

 すると,彼女はピクっと反応したのちに,

「好きでこの考え方になったわけじゃないわ!」

 今までに無い声量を出した.声量は決して大きくは無い.しかし,ここまではっきり聞こえる彼女の声を初めて耳にしたから,少し戸惑ってしまった.彼女はハッとして,

「変な質問して,急に怒ってごめんなさい.どうかしていたわ」

 その後,気まずい沈黙の中,2人で洗い物を終えた.


 吉本は,玄関でローファーのつま先を地面にトントンと当てながら整えていた.

「俺,送った方がいいか?」

「いらない.私の家,ここからかなり近いわ」

 いつも通りの冷たい口調だが,さっきの一件のせいでより,一段とひんやりする口調だ.

 彼女は,ドアを開けて,こちらを見ずに,

「茶碗蒸し,おいしかった.人が作った料理を食べるの久しぶりだった.それじゃ」

 この言葉から,彼女の生活について色々と嫌な妄想してしまった.何も考えたくないから,何でもいいから口に出す.

「お礼何かいいよ.茶碗蒸しだけじゃなくて,俺が作れるもんなら“いつでも”食わせてやるよ!」

 ちなみに,俺はそんなに料理が得意ではない.たまに今回の茶碗蒸しのように熱が入って練習する時はあるが,常に料理している訳ではない.ちょっぴり,見栄みえを張った.

「……ほんと? いつでもいいの?」

 彼女はこちらを振り返り,そう呟いた.

「いつでも,夜中でもいいよ」

 若干重い雰囲気を払拭したくて,俺はジェスチャーまで付けた.

「ありがと.またね,賢一」

 彼女は何かを思い出したようで,カバンから財布出した.

「これ食費.ただ飯は嫌だから」

 と1000円札を手渡して来た.俺は何度も拒否したのだが,最終的には俺の胸ポケットに野口1000円を入れられてしまった.

「なあ,連絡先くらい交換しとこうよ」

 このまま彼女を帰すのを躊躇ちゅうちょして,数分でもここに留まらせる口実作ろうした.

 しかし,彼女はドアから吹き込む風の音よりも小さい声で,

「いらない.消す時に苦しいから」

 と呪いの言葉を俺に塗りたくって,ドアを閉める.

 ドアの閉まる音が頭の中でリフレインして,数秒の間,呆然とドアを眺めていた.


 次の日.俺は彼女へのお供え物を作るために,少し早起き.母さんにベーコン巻きアスパラガスの作り方を教えてもらいながら作った.

 学校に着くと,彼女は登校していない.もしかして欠席するんじゃないかと,何故か俺はドキドキしていた.でも,彼女はチャイムと共にクラスに入る.

 俺は昨日のことを考えて,ドギマギしていたのだが,彼女は当たり前のように挨拶してきた.重く考えすぎていたか?


 昼休みになった.

「このアスパラ,今日の朝作ったんだ.一緒に食べない?」

 元々彼女に全部あげるつもりだったのに,俺の口が勝手に予定変更した.彼女はこくりと頷いた.アスパラの入った容器を彼女の席に置いた.俺はまた別に弁当を持っているから,それを食べる.

「私,箸無いの」

 これは想定外.

 俺が箸を忘れた時は,売店のおばちゃんにお願いをして割り箸を貰う.今回もその方法で割り箸を貰ってきて彼女に渡した.

「パン派だったのか.気が利かなくてすまん」

 割り箸を受け取りながら,“は?”という顔を傾ける吉本.

「昼飯,パンなんだろ?」

「違うわ.私,お昼に何も持ってこないから」

 彼女はいつも昼休みにカバン持って教室を出てくから,どっかで弁当を食べているって思っていた.うちの学校には食堂が無いけど,売店はあることを彼女に伝えると,

「意図的に食べてないだけだから,気にしないで」

 ダイエット? ということは俺のアスパラも食べたくないのか? 彼女は俺の顔から,俺の思っていることを察したようで,

「でも,このアスパラはありがたく頂くわ」

 パキっと割り箸を割って,パクパクと食べ始めた.この調子だと,俺の分のアスパラは残らない.

 吉本が昼飯を食べない理由を考えていたら,吉本はどうやら察したらしい.

「飽きちゃったから」

 似たセリフを妹からも聞いた.

「私,転勤族で,コンビニとか売店の弁当は食べ尽くしちゃったの」

「じゃあ,近くのスーパーのお惣菜そうざい食べればいいじゃん」

「似たようなものよ」

 昨日,俺の茶碗蒸しを食べてくれた理由がぼんやりと分かった.

 これ以上,彼女の食事事情を突くと変な地雷じらいに触れてしまいそうだ.


 放課後になると,吉本は短距離走の日本代表選手の如く,ロケットスタートダッシュを決めて教室を出ていった.今まで大して注目していなかったが,恐らく毎日,最速で下校しているのだろう.俺がモタモタ帰り支度をしていると,クラスメートの男子が

「お前,吉岡と仲いいのか?」

 と聞かれた.本当は仲がいいと公言できる関係になりたかった.特別に仲良くはないと伝えたのだが,

「あんな奴と絡んでると,お前まで変な噂たつぞ.やめとけ」

 と忠告を受けてしまった.笑って誤魔化したが,吉岡が想像以上に嫌われている事実に,何故かショック.


 歩いて20分くらいにある高校で,下校が楽である.昨日の買い物でかなり買い込んだから,しばらく茶碗蒸しの材料を買わずに済む.家に着くと,玄関で妹の靴が乱雑に置かれていた.今日は妹が帰ってきているらしい.

 台所に行くと,日課になりつつある茶碗蒸し作りを始めた.俺の経験上,こういうブームは1ヶ月くらいで去っていくから,この茶碗蒸しもそろそろやらなくなるだろうな.

 もう逐一レシピを見ないで茶碗蒸しを仕上げ,電子レンジに入れた.最初の頃は,泡を立てない様に卵をかき混ぜるのも結構苦労した.

 その時,チャイムが鳴った.

 インターホン口に通じる受話器を取る.カメラを見るとそこにいたのは宅配の人じゃなくて,白いワンピースの女だった.顔を下に向けていて,前髪しか見えなくて,顔を見えない.

「これ,返し忘れていたわ」

 既に洗い終わったアスパラの入った容器を,見せてきた.これで吉本であることが確定した.

「それと,今日も食べに来たの」

 吉本は顔をあげて,こっちを見てきた.

「……入れてくれるかしら?」

“いつでも来い”と言ったのは俺.心のどこかで,本当に来るとは思わなかった.

 画面越しから,やや心配そうな顔での懇願に俺は応じて,オートロックを開けた.


 今回で2回目の吉本の訪問.渡した容器を返してもらい,前回と同じように居間に座ってもらっている.もう既に茶碗蒸しは完成している.彼女の前に2つの茶碗蒸しと大きめのスプーンを机に置いてから,俺も座った.

「妹さんの分までいいの?」

 俺は首を縦に振る.


 俺の同意どういを確認すると,食事前の挨拶あいさつを済ませて,食べ始めた.昨日のことがあるから,出来るだけ地雷じらいを見極めて会話をせねばならない.

「昨日は,急に怒って悪かったわ」

 相手から地雷を掘り起こして来た.

「自分でも,これじゃあダメだって分かっているのよ」

 これっていうのは,“周りと会話しない”ってことか.

「私はね,今回で8回目の転校なの」

 度重なる転校によって,せっかく出来た人間関係を作っては壊すというループに嫌気がさしたと彼女は言う.

「だからね,2年前くらいから学校の人間と会話を辞めてみたの.逐一ちくいち傷つかない様に“省エネモード”に切り替えたの」

 ため息をつく.

「その時の“省エネモード”は本当に楽で,気持ちが軽くなったわ」

 1杯目の茶碗蒸しを彼女は食べ終えて,2杯目に突入した.

「靴を泥だけにされたこともあったけどね」


「でもね,今はこれじゃあダメだって思っている.暑くて熱中症ねっちゅうしょうになっているのに,エアコンを“省エネモード”にするのってやっぱりおかしいでしょ?」

 それはいい心がけだ.節電節電とかいって,熱中症で倒れたら目も当てられない.

 俺は吉本が終えた1杯目の容器を洗いに,台所に持って行く.

「それで,どうやって皆と友達になれるか,教えて,賢一」

 意味が分からなくて,容器を持ったまま吉本の方を振り返った.

「なんだかんだで,2年くらい同級生と会話していないから忘れたわ」

 2年間もだんまり決めこんでいたのか.

「あなたみたいに,無視されても会話を続けるマゾ以外とは会話出来なくなっちゃった」


 若干イラっとしたが,彼女の前向きな姿勢を壊すわけには行かない.人の力になれるのであれば,なりたい.

「じゃあ,とりあえず,流行りのドラマでも見ればいいんじゃねーか?」

「流行りのドラマって何よ」

 だから,何で俺が女子学生の間で流行っているドラマを知っていると思ったのだ.

「“知らねーよ”って顔に書いてあるわね」

 人の顔から心を読みとるのをやめろ.

「“心を読むな”って顔に書いてあるわ」

 彼女は不敵ふてきな笑みを見せた.コイツ,中々いい性格している.

 ここで,彼女は茶碗蒸しの2杯目を完食した.

「ごちそうさま.あなたの茶碗蒸し,とても美味しかったわ」

 あら,そう? 急になんだ.そう褒められると満更でもないけどな~.

「ほら,分かりやすい顔してる」


 どうしても流行りのドラマが分からないから,苦肉くにくの策で俺達は妹に聞くことにした.妹は当然の如く,吉本のことを知らないから根掘り葉掘り聞いてくる.ここで,吉本の端的たんてきに必要最低限のことを伝える能力が発揮.ものの1分程度で,俺と吉本の関係性を語弊ごへい無く妹に伝えた.素直に,この能力は凄い.

「流行りものよりも,全員が一度は見たことのある作品の方が,話が盛り上がりやすいよ」

 という助言を妹から受けた.中々良いアドバイスである.流石は我が妹.

 妹は,名作と評価されているドラマを録画したCDを吉本に貸した.わざわざ,名作ドラマをコレクションしていたギーグな妹に,俺は感動した.

 吉本は,CDを受け取ると,『すぐに全部見るわ』と立ち上がった.

 吉本は『皿洗いがあーだこーだ』って何かごちゃごちゃ言っている.俺はいいからサッサと帰れと合図をした.彼女は素直に指示に従って帰る.


 次の日.吉本はまた遅刻ギリギリで登校してきた.いつも音を立てずに椅子を引いてゆっくり座るの,今日はギーっと音を立てながら椅子を引きドタっと座った.そして,机に突っ伏していた.挙動から明らかに体調が悪そうだ.

「“恋する同級生”ってドラマ,11話を全部見たわ」

 そりゃご苦労.わざわざ1日で走り終えなくても良かっただろうに.

 感想を聞いてみた所,次のように述べた,

「全然面白く無かったわ.私,昔から恋愛物って全然好きじゃない」

 その感想の時点で,女子高生に人気のドラマを共通の話題にして話すのが難しそう.妹が集めているドラマ何てザ・恋愛ドラマみたいなのしかないと思うぞ.

 結局,今日の午前の吉本はずっと寝ていた.

 午後になって,吉本はようやく体が動き始めた.

 今回の作品はあまりにもつまらなかったから,また別の作品を見るらしい.

「もう,一気見するのはやめるわ」

 じっくり味わった方がドラマ制作陣も嬉しいって思うよ.


 次の日.吉本は別の作品を半分見たらしい.そして,その作品のつまらなさを論理的に説明してくれている.ちなみに,俺は吉本が見た作品を見ていないから内容を知らない.

「アイツら!好きなら好きって言えばいいじゃない」

 人に好意を伝えるのはそんなに簡単なことじゃないだろ.

「挙句の果てに,別に言い寄ってきた女にホイホイ付いて行っちゃうし」

 恋愛系作品あるあるだな.

 吉本は腕を組み,人差し指を何度も自分の二の腕に当てている.

「私,全く主人公の気持ちが分からないわ」

「とにかくさ,最後まで見てみなよ.もしかしたら,面白いかもよ」

 俺がそう助言しても,ブツブツと文句を言う吉本.そこまで,感情が動いているのであれば,もうその作品を好きなんじゃないのか?


 来たる,次の日.吉本は全て見終えたらしい.そして,激怒していた.

「本当にムカつくわ.あの“バカラブ”とかいうドラマのおかげで,私ね,はっきりしない人が嫌いだって自覚できたわ.」

 手をブンブン振り回しながら,俺にいかにその作品が駄作であるのかを力説してきた.何度も言うが,俺はその作品を見たことが無い.

 あまりにも酷評こくひょうするから,俺は見たことも無い作品を擁護ようごして,その作品の良いところを推理すいりする.しかし,吉本がその推理を完膚かんぷなきまでに否定する.俺は困って,狸寝入りでも決めようか机に突っ伏している時に,

「吉本さん.“バカラブ”,見たんだ!」

 吉本が作品名を連呼していたせいか,クラスメートの女子ら(名前を知らないから,話しかけてきた人物をAとしよう)が吉本に声を掛けてきた.だが,声色からAはその作品が好きっぽい.これはマズイのでは?

「吉本さん,どのシーンが好きだった?」

 Aは吉本に近づいて行く.ああ,そんなに嬉しそうに聞くなよ.吉本は体をAのほうに向いてから,

「全てのシーンが退屈で意味不明だったわ」

 と鋭いスマッシュを決めてしまった.Aが吉本の返答にうろたえた所で,吉本は畳みかけてように,作品に対する罵詈雑言ばりぞうごんのラッシュ.Aの周りにいる女子たちは,明らかに嫌悪感けんおかんのある目を吉本に向けていた.聞くに堪えなく俺は,テキトーな理由をつけて,吉本の肩を掴み教室から連れ出し,会話を中断させた.しばらく歩いて,教室から離れた所で,

「この作戦,一旦辞めよう」

 と彼女に告げた.

 この後,教室に2人で戻った時はクラスメートに白い目でジロジロ見られた.それでも,吉本はまったく気にしていないようだったし,俺もそれにならおう.


 この日の放課後に,彼女はまた俺の家にやってきた.

 俺の変な提案のせいで,吉本の評判を落としてしまった.もう,変なことは辞めるべきかもしれない.そう彼女も思っているかもしれない.今日の俺は,いつもなら電子レンジで茶碗蒸しを固めるところ,フライパンを使って蒸した.やってみるとそんなに難しくなった.

 そしてさらに今日,俺はチャーハンまで作った.作り方は,白飯と具を炒めて,チャーハンの元を振りかけて,さらに炒めるだけ.

 この茶碗蒸しとチャーハンが俺の吉本に対する,謝罪の気持ちだ.傷心しょうしん中の彼女の前に茶碗蒸しとチャーパンを差し出したところ,彼女はパクパク食べながら次の言葉を発した.

「それで,他に何か作戦は考えているの?」



 脳のパンクを落ち着かせて,彼女に質問をする.

「今日,ちょっと揉めそうになったことは理解しているか?」

 彼女は,スプーンを動かす手を止めて,

「きっと私のことを心底嫌いになった人が出たと思うわ」

 続けて,こう説いた.

「でもね,本音で話さないで,嘘ついて仲良くなっても意味無いでしょ? 性格の悪さを取り繕っても,どうせどこかのタイミングで嫌われるわ」

 中々否定しづらい.俺が何も言い返せなくてしばらく呻いていると,彼女は再びスプーンを動かし始めた.彼女の主張は何も間違っていない.むしろ,俺も人間との付き合いは常に正直でありたいと思う.でも,社会は本音と建前を使い分けることで,ずっと生きやすくなるんだ.こんなことを彼女に言っても,分かってもらえないだろうから,別の論法で攻めるしかない.

「君の主張は誠に正しい.でもな,だからと言って,相手を傷つけていい事にはならないだろ」

 すると,彼女は少しムスっとした顔でこっちを見てきた.

「仮に,俺がいつも君の読んでいる本を,頭ごなしに否定してきたら,ムカつくだろ」

 彼女はムス顔のまま,視線を茶碗蒸しの容器に向けた.

「要するに,言い方に気を付けた方がいいってことさ.イエスマンになれってわけじゃない」

「……そうね.分かったわ.謙虚けんきょに,思いやりを持ってよね」

 俺は大げさに大きく首を縦に振った.

「謙虚に,慈悲じひをもって,配慮をもって,温かい気持ちで,利己的りこてきに,共感を持って,人と接していくわ」

 うんうん.……ってあれ?


 この後は,彼女なりに上手く立ち回っていた.

「1人で見ていても,全然ドラマの面白さが分からないわ」

 そう言って,放課後は俺の料理を食べるのに加えて,俺とドラマ鑑賞会する通例となった.もっとも,俺も恋愛ドラマの面白さについては理解できない.

「そんなに,高そうなレストランでご飯食べるのが良いのかしら?」

「気分だけ高級レストラン味わっている?」

 俺は(母親がダイエットで飲む)炭酸水を(母親が酒飲むのに使う)ワイングラスに入れて彼女の前に出した.彼女は一口飲んだのちに,目を数秒間閉じたままの状態で,

「……結構」

 この一言が妙にツボの入ってしまって,2人してゲラゲラ笑いあった.

 こんな感じですぐにドラマの内容を茶化してしまう.これはこれで楽しいが,ドラマの面白さを人と話すという目標が達成されない.

 そこで,またしても妹に懇願して,解説を貰いながら見た.吉本は解説を聞くよりも,自分とは違う考え方である恋愛脳の妹の思考を分析することに夢中になっていたように見えたが,気のせいだろうか.

 そんなことを1週間も続けていたある日.俺が学校に登校すると,Aと吉本が仲良さそうに話していた.盗み聞きする限り,険悪な雰囲気は微塵も感じない楽し気な会話であった.驚くことに,Aが吉本のことを“曜子ようこちゃん”っと名前呼びしている.この事実に,吉本よしもとの努力を感じざるを得なかった.


 天気は曇り.最近は,晴れてばっかりだったから,少し気分が落ち込んでしまう.陽が隠れて,秋の寒さの本領を味わっている.肌寒い中で俺は何とかに登校に成功した.自分の教室にいよいよ着きそうなときに,

「お前なんかに,馬鹿にされる筋合いは無いわ!!」

 吉本よしもとの声だった.

 いつの日かに,吉本が出した大きな声の何倍もの大きさが廊下に響き渡った.

 急いで,教室の後ろのドアから教室内の様子を確認すると,吉本がクラスメートの男子をビンタしたのを見た.その瞬間,教室は凍り付いたかのように静まり返る.

 吉本は殴った男子から視線を逸らして,次は俺と目が合った.吉本は,一瞬ハッとしたが,自分の机に速足で移動して,自分のバックを掴む.そして,俺から逃げるようにして,教室から出ていった.

 すぐに彼女の後を追って,教室に戻るように促した.しかし,無視される.

「おい,返事しろ!」

 彼女は,俺の前をほぼ走るようにして歩いているから表情が見えない.

「何を言われたのか知らないけどさ.いいのか? 絶対謝ったほうがいいよ!」

 次の瞬間,彼女は早歩きをやめ,全速力で走って俺から逃げた.

俺はこの時,彼女を追いかけられなかった.


 教室に戻り,ビンタされた男に何を言ったのか聞いたが,にごされて全然分からない.

 放課後になった.彼女は学校に戻ってくることは,いよいよ無かった.


 帰り支度をまたゆっくりやっていたら,Aに“鈴木君,鈴木君”と声をかけられた.

曜子ようこちゃん,帰って来なかったね」

「俺さ,アイツのことを少しは理解しているつもりだった.でも,やっぱり全然分からないや.また吉本よしもと電波エピソードに新作が出来ちまったな」

 と苦笑したが,Aは首を大きく横に振った.

「誤解してるよ.曜子ちゃんね,って悪口言われたの」

 そうだったのか.前にも,俺が“寂しい奴”とか彼女に言って,怒らせたな.

「でもね,それに怒って,叩いた訳じゃないの.」

「え,じゃあ,なんで?」

「あなたの悪口に耐えられなかったからよ」

 Aは続けてこう告げた.

「“電波女でんぱおんなといちゃついてる,はもっと電波だ”って言われて怒ったの」


 ほんと,なんにも,わかってなかった.


「悪いんだけどさ,担任には,鈴木が全身から蕁麻疹が出て不整脈が発症して死にかけているから帰ったって伝えてくれ!」

 Aが承諾してくれるのを確認するよりも先に,下駄箱に向かった.靴を履き替えて,外に出ると雨がちょうど降りだした.下駄箱の横にある傘置き場に刺さっている,ホコリまみれのビニール傘を拝借して,俺は走り出した.

 彼女の家の場所を知らない.でも,ある予感がしていた.吉本は,第三公園にいる.

 かなり本気で走っているためか,傘を差している意味が無いくらいに濡れてしまった.急いで教室を出たから,バックもブレザーも置きっぱなしにしたが,かえって良かった.呼吸が激しく乱れて,もう歩こうかと諦めかけた時に着いた.

 第三公園では,雨の音とブランコの金具の音が鳴り響いていた.

 この大雨の中,背の高いは美しいフォームでブランコを漕いでいた.前に見た光景よりも,さらに異様な光景.まるで世界そのものが彼女に気づいていないようだった.

 俺が彼女に近づいた.同時に彼女も俺の存在に気づき,ブランコを漕ぐのを止め,ビショビショのカバンを持ち,彼女も俺の方に近づいて来た.

 俺は傘を彼女の方に傾ける.

「傘無くて困ってたから助かったわ」

 彼女は通常とは違う,明るい口調くちょうで話し始めた.

「なんで,すぐに帰らなかった?」

「そういう気分じゃなかったのよね」

 吉本は前髪まえがみの水を絞り出しながら答えた.

「わたし,普段あまり声を張らないで話すじゃない? だから知らなかったけど,全力で大声を出すのって意外とスッキリするのね.勉強になったわ」

 いつになく饒舌な彼女を見ていられない.

「そのままじゃ,風邪ひく.俺ん家に来い.」

「何? わたしを連れ込んでイチャつくつもりなの?嫌じゃないの?」

 声色こわいろから,彼女の弱弱よわよわしい部分を初めて感じる.吉本は濡れて,透けた自分の制服を見せてきた.気丈に振舞おうとして,空回りしている.

「真剣に言っているんだ」

「ふざけてないわ.ねえ,答えて.私と一緒に居て,嫌じゃないの?」

 彼女に向けた傘を持っている俺の手に,温かい雨が2,3粒おちていた.

「嫌なわけ無いだろ」

 俺は彼女の手を握って引っ張りながら,自分の家まで歩いた.


 俺と吉本が家に着いた時刻は5時前だった.学校の朝礼が9時に始まる.彼女が何時間,あの公園に1人でいたのか,考えたくない.

 家に着いてからは,すぐに彼女と一緒に彼女の所持品しょじひんをテーブルの上に並べて,エアコンの風で乾かした.その後は,じゃんけんの結果,吉本が先に風呂に入ることになった.

 俺は着替えた後に,また茶碗蒸しを作っていた.後は蒸すだけでいい所まで作った.フライパンに水を入れて沸騰させようとしたとき,ドライヤーの音が聞こえた.どうやら,先に風呂に入れた彼女はもうあがったようだ.

 妹の部屋の布団を引っ張り出しソファーに投げ,電子レンジでココアを温めた.

 彼女は居間に顔を出した.いつもは髪を全部おろしているが,今は縛ってまとめている.服は妹のモノだとサイズが合わなかったから,俺の服をテキトーに貸す.流石に下着を貸すことは出来なかったから,下着には妹の体操着を来てもらうことになった.すまんな,勝手に使わせてもらうぞ.

 電子レンジからココアを出してテーブルに置き,

「じゃあ,次は俺が入るから.もし寒かったら,その布団にくるまっといてくれ.後,これも飲んでいいからな」

 そして,一呼吸してから

「俺のために,ありがとう」

 と彼女にお礼を言った.

「私が文句言いたかったから,そうしただけよ」

 彼女は布団にくるまる.口調くちょうは,いつも通りに戻っていた.

 ようやく彼女がクラスに溶け込めそうな兆しが見えたのに,振り出しに戻ってしまったことに変わりはない.だって,悪口を言われた事実よりも,人を殴ったって情報の方が出回りやすいのは自明だから.

「でも,これじゃあ,みんなと仲良くするって話が……」

「別にこれでいいの」

 吉本は一口ココアを飲む.そのあと,俺の家の時計を見ながら,

「学校には,“私”か“私以外”の人間しかいなかった.でもね,今日,自分以外の人間が侮辱されたのに怒れたの.久しぶりに“私と私の友達”か“それ以外”になったの.それが嬉しくてたまらないわ.だから,いいのよ,賢一けんいち

 彼女は肩をすくめつつも.俺に微笑みかけてくれた.吉本は自分の胸の内を赤裸々と語ってくれている.そして,俺のことを友達だと言ってくれているんだ.ここで,Aが吉本のことを名前で呼んでいたことを思い出した.

「えっと,その……よう…………」

 人のことをファーストネームで呼ぶのは得意じゃない.

「何?」

 曜子は口角をあげて,ニヤリと俺を見る.

「正直,こういう時にどんな言葉を君にかけていいのか分からない」

 素直に思っていることを告げた.

「じゃあさ,私を抱いて温めてよ」

「は!?」

 曜子はにぎっていたマグカップをテーブルに置き,布団にくるまった状態で俺の方に歩いて来た.

 そして……,両手を広げてハグを促してきた.

「何してるの? 早く,寒いんだから」

 ああ,そういうことね.

「やっぱり,あなたは顔見れば何考えているのか分かるからいいわ」

 ちょっとムカついたから,やや強めにハグしてやった.俺と曜子はほぼ同じ身長だからか,顔を横にズラさないと顔同士がぶつかってしまう.彼女の髪からは俺の家のシャンプーの匂いがして,曜子の服からも俺の家の柔軟剤の匂いがする.

 勢いでハグしたが,だんだん冷静になっていくにつれて,恥ずかしくなってきた.

「もういいだろ,俺シャワー浴びてないし,離れてくれ」

 引き離そうと彼女の肩を押すが,彼女が俺を引き寄せる力の方が強い.

「もうちょっとだけ.こうやってハグしてるの,小さい頃にママにされた以来のことだから,いいでしょ?」

 そんなことを言うのは,反則だろ.

 しばらくすると,曜子の方から離れた.彼女はソファーに戻っていく途中で,テーブルの上に置いてある自分の携帯電話に気づく.

 この日,彼女の携帯電話には,数年ぶりに新しい連絡先が追加された.



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あとがき

 自己顕示欲じこけんじよくに苦しめられることに未だに慣れないものです.小説投稿に限らずイラストとかでも,最初は作品を投稿する時にタグを付けるのに躊躇ちゅうちょしてしまいます.『こんなにタグを付けたら皆に見てほしい感が満載にならないかな』とか悩み,『別に誰かに見せるつもりで作ってねーし』って結論付けるくせに,結局タグを複数個付けてしまうものです(でも,超無難ちょうぶなんなタグ).そして,『閲覧数とか気にしねーし』とか思ってるのに,1日おきにPV数を確認しちゃって,いつまでも0という数字から動かないことに苦しんでしまう.私の初めての創作活動であるイラスト投稿を初めてした時は,こんな感じでした.数ある趣味の中でも,創作活動は辛い時間が長いと思えて仕方ありません.

 別ベクトルの苦しみですが,このカクヨムで自分で紹介文を付けるのは結構苦しいです.自分で書きたくないから誰かに書かせる別の方法はないかと模索した所,お金を払って依頼するか,生成AIちゃんに書いてもらうの二択でした.お金払いたくないから生成AIちゃんに丸投げしようと決断.それでも,1万文字以上の文章を要約して紹介文にするのはまだ難しかったようで,トンチンカンな紹介文を出力し続ける生成AIちゃん.それで,結果的に,自分で書きました.

 さて最後にはなりますが,この作品を飛ばし飛ばし見た人も,じっくり読んだ人も,はたまたこのあとがきだけ見た人もありがとうございます.コメントをちょこっと残してくれたり,何かしらリアクションしてくれたら,私は天に昇ってしまいます.クライマックスで戦いが起きたり,タイムリープするような派手さが無いですが,日常感を楽しんで頂けたならこれ以上に幸せなことは無いです.もっとも,誰も見ていなかったら悲しいですけどね.

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嫌われ者で自己中の転校生 ラムネ @otamesi4869

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