第9話 政治屋

 今より十日前、白歴736年 秋の月16日。


 白都ルテルの中央本部において、東支部からの要望により、西支部による東支部への追加資金拠出に関しての臨時会合が持たれた。


 本部の会議室の一つに、両支部の代表者が集まる。


 東支部からの代表者は三名。ウォルダ副支部長、フィレネ副支部長、軍師ショーン。


 西支部からの代表者は二名。ネリドル副支部長、ルベール参事官。


 そして、両支部の仲介役としてこの会議を取りまとめるのが中央のパソコ上級司令官、スマーフォン中級司令官だ。




「ここは四の五の言わず、出して頂きたいものだな」


 スマーフォンから見て右の列に座るウォルダが、対面に座している西の二人を見据えて言う。ウォルダが発言するだけで、西のネリドルとルベールは気圧されたように目線をそらした。


 ウォルダ副長は年齢が四十代前半で、戦士として年齢的にピークを過ぎているにも関わらず、未だ筋骨隆々の強靭な肉体は健在であり、個人の戦闘能力としては各支部の副長の中では最強と言われている男だ。イメージ通りの厳つい顔つきには、頬に過去の戦で付いた傷跡を残す。


 東支部の兵は転属が激しく、一季ごとに派遣部隊、警護部隊、実戦部隊をぐるぐると巡っていくのが通例(※1)であり、一人一人の兵が幅広く豊富な経験とスキルを有するようになるゼネラリスト志向だ。極力一つの部署に人材を留め置き、その分野を極めさせようとするスペシャリスト志向の北支部とは対照的な人事ドクトリンを有している。


 そんな東支部の中でもこのウォルダは、過去東支部で実戦部隊隊長、激戦区総指揮官をも歴任しているという筋金入りだ。


 白軍の兵達の間では『西のサード、東のウォルダ』などと並び称される存在で、激戦区での鬼神の如き戦いぶりはスマーフォンの耳にも入ってくる。西のサードが統率に優れる『名将』ならば、東のウォルダは敵陣に切り込んで後に続く兵達を鼓舞する『猛将』と呼ぶに相応しい。四年前までは激戦区総指揮官の座にあったが、副支部長に任命されレベリアに呼び戻された。彼自身はこの人事にかなり不満だったらしい。


 なぜオルジェ支部長がウォルダをレベリアに呼び戻したか、中央はその理由を分析したが、複数の理由が考えられた。


 一つは、激戦区総指揮官の立場にあるにも関わらず、聖戦では後方にどっしりと構えることを良しとせず、最前線に飛び込んで一兵士に戻ってしまうことを懸念されたという説だ。苦境に陥っている戦線にウォルダが顔を出し、一言労いの言葉をかけるだけで兵達は勇気付けられ、士気が大いに回復すると聞く。ということは、仮に戦場で流れ矢の一本でも偶然ウォルダに刺さり、彼が戦死しようものなら兵の士気が崩壊するのは目に見えている。ウォルダは後方でじっとしていることができない。戦士としての性を捨てられず指揮官に徹することができないことに対する懸念、というわけだ。


 二つは、彼のあまりに性急な進軍が、決まった場所と時間で行われている聖戦の不文律を破り、東大陸の領土に深く切り込みそうになったことが、リエタ聖者に懸念された、という説だ。暗黙の了解によって成立している限定戦争が、お互い振り上げた拳を下ろせなくなる全面戦争に発展しかねない。これに関しては、この前の総会でスマーフォンがウォルダを見かけた際、直接話しかけて訪ねてみた。聖戦の丘を突破して更に軍を進めようとしたのは本当かと。そうしたら彼は「そうでもしなければ戦争は終わらないでしょう」と当然のように言った。やはり聖戦の秩序を破ろうとしたという噂は本当だったらしい。リエタ聖者のみならず、オルジェが懸念するのもうなずける。


 三つは、中央の兵に対する洗礼が活発化した時期より、中央と東支部の対立が鮮明になったことで、中央に対抗するためにウォルダをレベリアに戻したという説。これが丁度四年前の時期と重なる。実のところ、これが一番の理由ではないかとスマーフォンは思っている。今回も、東の求めに応じる形でこの追加資金計上の臨時会合を設けたが、この中央本部の中で平然と中央を批判するウォルダの怖いもの知らずさは、見ているこちらがヒヤヒヤする。


 ともあれ、そんなウォルダが押しの強い口調で発言するだけで、西のネリドルやルベールにはかなりの圧力となるようだった。


「西の豊富な財力をもってすれば、訳なかろう?」


 スマーフォンの隣に座るパソコ上級司令官も、にこにこ笑いながらウォルダの発言を援護した。


 それを受けてネリドルとルベールはお互い顔を見合わせて口ごもりつつ、助けを求めるようにスマーフォンに視線を送る。


「聖戦における西の貢献を主張するいい機会だと思いますが」


 スマーフォンはアイコンタクトで助け舟を求める西の二人を突き放した。この会合の目標は西に金貨二万枚(※2)を拠出させることだ。西の反論を聞く余地など最初からないし、西に断れる道理はないことも承知している。


「しかし、我々は従来の分担金に加え、総会でも東へ金貨五万枚(※3)の拠出を約束しています。あれから大して時間も経っていないのに、追加で二万枚とはどういう理由なのでしょうか?」


 ネリドルが東の面々に問う。


「戦況の急激な悪化に伴い、急遽戦力の増強と、武具を揃える必要が出た、ということではいけなくて?」


 東のフィレネ副長が言う。


 艶のある亜麻色の巻き毛が特徴的な女性の指揮官だ。年齢は二十一と聞く。北の副長ほどではないが、異様な若さで副支部長の座に就いている。


「戦況の悪化とは、具体的にどういう?」


 ネリドルが再び問う。


「負けたんだよ。派手に。我々の担当区域でな。またケルムの墓が増えるぞ。新たに傭兵を雇う金や、戦没者への遺族年金も払う必要もある。そのための金だ」


 ウォルダが厳つい顔つきを更に険しくし、ネリドルに言う。


「それはこの前の五万でやりくりできませんか? それに、東の敗戦が原因であれば、まず東の中で解決することを模索して頂きたいのですが」


 ネリドルが言うと、ウォルダが目を鋭くする。


「今回の件は俺達だけの責任じゃない。どっかの誰かさんが東支部を殊更に酷使するのと、どっかの誰かさんがしっかり牽制の役目を果たさんから、その分の敵がこっちになだれ込んできたことに原因がある」


 ウォルダの言う、東を酷使する誰かさんとはリエタ聖者のことで、敵の牽制をこなせなかったのは西支部のことだ。西のことはどうでもいいが、中央本部の会議室でこうも露骨にリエタの批判をするとは。スマーフォンは忌々しい思いでウォルダを見る。厄介な男だ。


「ウォルダ副長! リエタ様に対して無礼な!」


 パソコが声を荒げてウォルダを制止するが、ウォルダは「俺はどっかの誰かさんとしか言ってねえんだが」と素知らぬ顔だ。パソコは歯嚙みすることしかできない。こうなることが分かりきっているから、スマーフォンはあえて何も言わなかったのだ。


「その、バルセン平野の件は、誠に申し訳ありませんでした」


 ネリドルが東の面々に対して謝罪する。西の落ち度を認めた格好だ。西が担当区域であるバルセン平野での牽制任務を放棄して撤退したのだから、西としては何も言い訳のしようがない。大人しく謝罪する以外にないだろう。であれば、このように水を向けられてから謝罪するのではなく、西の方から先に話を切り出して謝罪した方がまだましだった。どうせ素直に謝るのなら。このネリドルという男、中央で軍財官をやっていた頃から『保身の天才』などと言われていたが、その実、要領がいいのか悪いのか今一つ分からない。


「おう、よく分かってんじゃねえか。じゃあ、金貨二万、早いとこ頼むぜ。それでバルセン平野の件はチャラにしてやるよ」


「お待ち下さい。ウォルダ副長」


 ウォルダが言うと、その隣に座るフィレネが不満げな顔をウォルダに向ける。柔らかな亜麻色の巻き毛が揺れた。


「ん?」


「今回の戦費二万追加の件と、バルセン平野の件は別ですわ。牽制の任務を放棄して逃げ去った指揮官、話によるとただスフィリーナに配属替えしただけとか。東でそんなことをしでかしたら、基本処刑です。しっかりと軍法会議で処罰するところをわたくし達に見せて頂かないと、兵達に示しがつきません。なぜ東で許されない所業を、西ではこうも甘い処分で許されるの? どうお思いかしら?」


 言い終わり、最後にフィレネはネリドルとルベールをきつい目線で睨みつけた。


「まあフィレネ副長、そこまで問題にすると話がゴタゴタし過ぎる。今は早急に、西に気持ちよく金を払ってもらうことが先決だ。今日の会議はとりあえずそこだけまとめりゃあ上出来だ。そんな、任された戦場をほっぽり出して逃げるような奴なんざどうでもいい」


 ウォルダがフィレネに言うと、彼女は少々不満げな様子だったが、それ以上は言わなかった。


「承知しました。金貨二万、お出しするのはやぶさかではありません。ですが、どうでしょう。拠出ではなく、貸し出しというわけにはいきませんか?」


 ネリドルが、搾り出すように言った。


 西に配慮するようなそぶりを見せていたウォルダの面持ちがまた固くなる。


「何だ。俺達に西から借金しろってか?」


「は、はい」


 既にネリドルからは自身の発言を後悔する様子が見て取れた。大方、支部長のゴダから「せめてただ払うだけじゃなく貸付という形にしてこい」などと言われてきているのだろう。


「貴殿らも、この戦争の当事者であることを忘れてはいまいか? 何だ貸し出しって。まるで他人事みてえな言い草じゃねえか」


 ウォルダが凄む。


「いや、その」


 その後の反論が思い浮かばぬようで、しどろもどろになるネリドル。


「西は利子をもらって東から利益を得ようと? この状況で?」


 スマーフォンが詰めると、更にネリドルは言葉に窮した。どうせ西は金を払わざるを得ないのだから、無意味に抵抗されても時間の無駄というものだ。西が東に対して何かカードを切れるならいいが、何ら材料がないならさっさと認めてくれないと時間の無駄だ。どうせ結果は同じなのだから。


「ところで」


 東の軍師・ショーンが口を開いたことで話の流れが仕切り直される。


「今回の二万を西が追加で出すとなると、西では領民の税金を上げるか、貴族の既得権益を削がねばならぬようですが、どちらにするおつもりか?」


 東の頭脳であるショーンがネリドルに言う。


 彼はウォルダより若干歳を重ねているベテラン軍師で、ウォルダやフィレネと同じく、オルジェの懐刀というべき存在だった。よりによって東のこの三人に対して、西のネリドルとルベールではまともに太刀打ちできないだろう。人物のとしての格が違い過ぎる。


「ショーン殿、どうしてご存知なのですか?」


 ネリドルが上目遣いでショーンに問う。


「いやあ、噂で耳にしたもので」


 ショーンが笑みを作って言う。


「どこの噂ですか? 是非知りたい」


 前のめりになるネリドル。


「さあ? で、どちらにするおつもりか。税を上げる? それとも七諸侯の権益を削ぐ?」


 ショーンはネリドルの問いをあっさりと流し、自分の問いをぶつける。


「そんなのは根も葉もない噂です。どちらもあり得ません! 我々は現状で二万を拠出する剰余はあります!」


 ネリドルはやや興奮気味に、西支部の財力を誇示するかのようにショーンの話を躍起になって否定する。


 この一言をネリドルに言わせることが、この会合の一つの目的でもあった。まんまとショーンの罠にかかったネリドルを見て、パソコはほくそ笑んでいた。スマーフォンも面白いように筋書き通りに動いてくれるネリドルの道化ぶりに対し、笑いを堪えるのに必死だった。


 というのも、パソコとスマーフォンに対し、事前にショーンから内々の打診があったのだ。 


 西支部の裏会計。俗に言う【ゴダ資金】の存在。今回の二万枚は、それを引き出すための布石でもある。


 東支部は西支部に諜報員を潜らせており、公的な資料に現れてこない、西支部の高官でもごく一部しか知らない実際の決算状況を把握している。今回、金貨二万枚の拠出となれば、西は増税に踏み切るか、聖域とされている七諸侯の莫大な既得権益を削るしかなくなる。そして、そのどちらも行わないとするなら、西はゴダ資金に手を付ける可能性が極めて高い。


 後はパソコとスマーフォンでその隠し資金が動く現場を押さえれば、その存在を公にして表の決算に盛り込ませることにより、西の聖戦負担金を釣り上げ、裏会計のペナルティで資金の追徴も可能となり、パソコとスマーフォンの手柄にもなる。東と中央の利害は一致していた。


「なるほど。それは頼もしい。実は少々心配だったのですよ」


 ショーンが言うと、ネリドルは怪訝な顔を見せる。やはりそこはお坊ちゃまのボンボンというか、ポーカーフェイスは苦手なようだ。


「し、心配?」


「いやあ、急遽の金貨二万枚拠出、どうもスフィリーナの市民の間でも、西支部がどう乗り切るか、その噂で持ち切りのようでしてなあ」


「えっ? あっ、も、もしかして、あの地下新聞、あなた方が書かせたのですか?」


 ネリドルが言う。徹頭徹尾、鷹揚なスタイルを崩さないショーンと比べ、ネリドルは見るからに必死で余裕がない。


「さあ、何のことですかな? 気になるようでしたら、ご自分で捜査したらよろしいのでは? 根も葉もないデマを取り締まるのもあなたの大事なお仕事でしょう」


 ショーンが笑みを堅持して言う。


「そ、捜査ってあなた……。いいんですか? だって、おたくらがリークして書かせた記事が原因で、記者が逮捕されることになるんですよ?」


 ネリドルが渋い顔つきでショーンに言う。


「お好きにどうぞ。どうせ罰せられるのはスフィリーナの民なので。我々は関係ありません。仮にその記事を書いた者が拷問を受け、東から得た情報だと言ったとしても、それは苦し紛れの出まかせ。我々がリークした証拠など何もない。それでよければ、どうぞご勝手に」


 冷酷なトカゲの尻尾切り。ショーンが机に両肘をついて、顔の前で手を組み、ニコニコと笑う。だが、その瞳は光のない漆黒で全く笑っていない。


 ネリドルは舌打ちし、大きく溜息した。


「あ~あ、ひっでえなアンタ。噂通りの無慈悲さだね」


 ネリドルが開き直り、ぶっきらぼうに吐き捨てた。


「お褒めの言葉と受け取っておきます」


「俺もこいつのこういうこと、昔から好きではないがな。だから俺は今回も言ったんだよ。こんな小細工せずとも、西は気持ちよく払ってくれるってな」


 ウォルダはショーンに親指を向けつつ、ネリドルに言葉を継ぐ。


「なあネリドル副長、分かるだろ? 遺族年金なんて支払いが遅れた日にゃあ生きてる兵の士気がガタ落ちする。仮に自分が死んだとしても、それによって家族の暮らしを楽にさせてやることができる。年金というのは兵にとっての希望でもある」


「ウォルダ副長の言う通りだ。これ以上の議論は無意味と思うが、ネリドル副長、いかがか?」


 パソコがネリドルに目を向けて言う。


 二万の拠出と、その奥にあるもう一つの目的も達成された。ネリドルがスフィリーナの『噂話』を否定し、この場でああ言って見せた以上、西はゴダ資金に手を出すだろう。スマーフォンは確かな手ごたえを感じていた。ゴタゴタ文句言わずに、西は大人しく金だけ出していればいいのだ。弱いのだから。


「承知しました。金貨二万、出させて頂きます」


 やや不満の色を顔に残し、ネリドルが応じた。


 その後の、金貨二万枚を送り届ける時期や方法に関して、ネリドルとルベールは諦めたかのように、ただただ中央や東の提案を素直に受け容れるだけであった。







 会合は終わった。


 パソコ上級司令官とスマーフォン中級司令官は、早々に会議室を後にする。


「今日はサード副長と時勢について語らうことができると楽しみにしていましたのに。ハズレの副長さんでがっかりですわね」


 ぼやくフィレネを無視し、ネリドルは東支部の面々に挨拶もせず、すぐに席を立ちパソコとスマーフォンの後を追う。ルベール参事官も慌てて席を立ち、東の面々に申し訳程度の一礼をし、ネリドルの後を追った。




「パソコ上級司令官殿!」


 廊下を歩くパソコとスマーフォンにネリドルがずかずかと歩み寄る。


「んん? まだ何かあるのかね?」


 パソコが露骨に面倒臭そうな様子で振り向いた。


「パソコ殿、我々は、洗礼も受け容れ、どの支部よりも忠誠を誓っている自負があります」


「ふむ、誉れある洗礼がまるで罰か何かであるような口ぶりだな」


 パソコの表情からは不快感が見て取れる。構わずネリドルは続ける。


「いえ、東、北、南は『中央の支部』としてスタートラインにすら立っていないと申し上げているのです」


「ふむ、確かに」


「ならば、他の支部の態度に課題アリということで中央と西の認識は一致しています」


「しかしな、ネリドル副長、東の聖戦への貢献は、西の比ではない。貴殿らはもう少し組織を精強にすることが、東と対等に論を交わせる近道だと思うが、どうか?」


 パソコが唇を綻ばせながら、ネリドルとルベール、それぞれに目を遣る。


「無論であります。今、我が支部でも内部の改革を進めているところで」


「ああ。サード副長が、な。貴殿らは改革『される』側だろう。それをさも自分達が改革を行っているように言うのは欺瞞であるな」


 パソコが薄ら笑いを浮かべ、ネリドルを見下す。パソコの脇でスマーフォンも、こちらを馬鹿にしたような冷笑を浮かべている。


「私も、サード副長も、西支部の副長であることに変わりありません。そして、サード副長に改革を任せているのはゴダ支部長に他ありません」


 ネリドルが反論する。語調も僅かだが、強くなりつつある。


 パソコは、声を上げて笑った。しかし、その目は笑っていない。


「ネリドル副長、そんな言い分が中央我らに通じるとでも? 貴殿らとサード副長は明確に派閥が違う。一枚岩になっておらぬ。そして、実態は全てサード副長が取り仕切っていることも承知している。我らは、ゴダ支部長がサード副長の手綱を握れているとは思っておらぬ」


 黙り込むネリドル。脇に立つルベールも、渋い顔つきで沈黙したままだ。


「西にはもっとしっかりしてもらわねば困る。内部の不穏分子など取り除き、貴殿ら中央に忠誠を誓う者の手で改革とやらを担いたまえ」


「お言葉ですが、誰がやろうと、改革は改革。誰がやったかということより、組織が改善されたという結果を評価して頂きたい」


 ルベールが言う。


「ルベール参事官。貴殿も分かっていないな。我らが重要視しているのは、何を成したかではなく、誰が成したか、だ」


「な、何と……」


 パソコの言い草に愕然とするルベール。


「そのようなことだから、あなたは中央から弾き出されるのです。ルベール殿、貴殿らはこの聖戦に一体何を貢献したと言うのですか? 東や北に勝る戦果がありますか?」


 スマーフォンも言う。言葉を失うルベール。


「兵站、軍資金、我々がこれまで、一体どれだけ出してきたか。この上今回の東支部の要求は……」


「金だけ出していても感謝はされんよ、ネリドル副長。貴殿の先ほどの言葉を借りると、スタートラインにも立っていないのだ。西支部は。まずはサード副長を除き、西支部を一丸にまとめること。将兵の練度をせめて南支部のレベルまで高めること、まずはそこからだ。貴殿らは、最低限にも立てていない事実を、金を払っていることでギリギリ許されているだけに過ぎんのだ」


 ネリドルの反論を上からねじ伏せるパソコ。


「……我々にサード副長を除くように要求するのなら、中央も、東と北に洗礼を受け容れるよう、もっと強く働きかけて頂きたい」


 ネリドルが言う。言葉には、若干の気後れと躊躇が乗る。


「何だと?」


 パソコのにやけ面が不意に消え、眉間にしわが寄る。


「今のままでは、命令通り兵の洗礼を受け入れた西だけが……」


「西だけが、何かね? よくよく、言葉に気を付けて発言したまえ、そこから先は」


 パソコが言葉を遮り凄む。


「我々に、中央の威光を見せて頂きたいのです」


「中央の威光?」


「中央あっての白軍である、ということを、他の支部に見せつけて頂きたい」


「中央あっての白軍? 具体的に言いたまえ」


「有り体に申し上げれば、東と北ぐらい、中央の偉大なる力をもって言うことを聞かせ、白軍を一枚岩にして頂きたい。洗礼の話が出てくる前のように」


「一枚岩? 言っている意味がよく分からんな」


「よく分からない?」


「ああ、貴殿が何を言っているのか全く理解できぬ」


 パソコが真顔で言い捨てる。唖然とするネリドルとルベール。


「なら、もっともっと、有り体に申し上げます。会議では、もう少し我々に味方して頂けないでしょうか? 東などに気を遣わずに。何卒、最も従順な西を擁護してほしいのです」


「我らに泣きつくのか? 自分らがみっともないとは思わんのかね?」


「何卒、みっともなき我ら弱輩に、偉大なる中央の慈悲を頂戴したく。正直、この前の金貨五万枚の矢先にまた二万枚というのは。何卒ご再考願います!」


 何のためらいもなく廊下に膝を突き、絨毯の上に額を押し付け土下座するネリドル。即刻ルベールも同じように額を床に押し付け土下座する。


「馬鹿か貴様ら! さっき決まったばかりのことを今から覆せるわけなかろう! 価値のない頭を下げられても、事態は何も変わらん。こんなことで我らを動かせると思っているなら、自惚れ極まりない」


 パソコは冷たい口調で言い放ち、ネリドルの頭を踏みつけた。


「お願いします。中央がその気になれば、東と北ぐらい、簡単に統制できるというところを、我々にお見せ下さい! なぜああまで露骨に反発する東を放っておかれるのですか!」


 頭を踏まれたまま懇願するネリドル。


「黙れ! 私に指図するか! 私は上級司令官だぞ!」


 パソコは一段と強くネリドルの頭を踏みつける。


「それが無理であれば、せめて会議では我々の側に立って頂きたい! あれでは我らは梯子を外されたも同然!」


「黙れと言った! 下手に東に機嫌を損ねられては困るのだ! 聖戦の均衡が崩れかねん!」


 パソコが顔を真っ赤にしてネリドルを蹴りつける。


「ネリドル副長!」


 ルベールが顔を上げてネリドルを見るが、ネリドルは土下座の姿勢を微動だに崩さなかった。







「ウワーッハッハッハ! 西地方でも最上位の貴族のボンボンを足蹴にするのは気分いいのう! どんなに蔑ろにしても逆らわんから楽しいわい! 東や北は怒ると怖いからのう! どんなに舐めても反撃してこない西はストレス解消に丁度いいわい! ウワーッハッハッハ! 東のウォルダ副長やフィレネ副長、北のセト副長は怒ると怖いからのう! このパソコ上級司令官様にかかれば、金貨二万枚だか五万枚だかのはした金は右から左のチョチョイのチョイよ! ウワーッハッハッハッハ!」


 土下座するネリドルとルベールを捨ておきその場を去ったパソコとスマーフォン。


 パソコは上機嫌で西支部の二人を嘲笑っていた。


「しかし、パソコ殿。あまりあの連中を虐げ過ぎるのもどうかと……(こ、こいつ……! 事もあろうに金貨五万枚を『はした金』って言いやがった……! 頭おかしいんじゃねえのか)」


 スマーフォンが切り出した。


「んん~?」


「あ奴らも腹の内は面従腹背です」


「分かっておる。だから気に食わぬ」


「なので、ひとまずは利を与えて留め置く必要があります」


「必要ない! 西の連中は罰せぬことが褒美だと思え!」


 パソコが言い捨てる。


「しかし、東と北は既に反乱分子とも言える状態。南は中立なれど、洗礼も受け容れず、中央の支部である立場を忘れたかの如き振る舞い。西もサードという獅子身中の虫を抱えている。現状、コインが表なのは西の新中央派のみ。奴らが裏切れば、我らは四面楚歌に」


「ハハハハハ! 案ずるなスマーフォン。仮にそうなったとしても、中央は揺るがぬ! では、これでな。貴様も役目、大儀であった」


 笑い飛ばしながら、自分の執務室へ戻っていくパソコ。


「いつご自分が西へ飛ばされるとも知れないのですよ……」


 スマーフォンが、明日は我が身と思いつつ、小声でそう言った。


(※1)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921844582/episodes/16817330661721396953


(※2)

日本円にしておよそ3億円。


(※3)

日本円にしておよそ7億5000万円。

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