おふくろの味

古野ジョン

おふくろの味

 職場からの帰り道に、昔ながらの惣菜店がある。晩飯を作るのが面倒になったとき、おかずを買うのによく利用している。味はなかなかのもので、値段も安いから重宝している。


 最近、新しくバイトの子が入ったようだ。若い女の子で、元気よく働いている。俺が行くときには大体店に立っていて、話す機会も多い。


 そんなある日、店に行くと例の女の子が対応してくれた。惣菜を買ったあとに雑談していると、こんなことを言われた。

「最近、私もお惣菜を作るようになったんですよ~!」

「へえ、そうなんだ」

「ですです~!コロッケときんぴらがおススメなので、今度いらしたら買ってくださいね!」

「分かった、覚えとくよ」

へえ、レジ打ちだけじゃなくて厨房に入るようになったのか。今度来たら買ってみるか。


 別の日、俺は会社の帰りに店に寄った。例の子は厨房に入っているようだ。レジのおっちゃんにコロッケときんぴらを頼み、会計をした。帰ろうとすると、厨房から「買ってくれたんですね~!」との声が聞こえた。


 俺は家に帰り、晩飯の支度をする。パックのご飯とインスタント味噌汁を用意し、惣菜店のレジ袋からコロッケときんぴらを取り出す。どれどれ、どんなもんかな。いただきまーす。


 ん……?なんだか懐かしい味だ。遠い昔に食べたことがあるような気がする。そうだ、おふくろの味だ。小さい頃、こんな感じのコロッケときんぴらを食べた気がする。最近は実家に帰ることも減ったし、すっかり忘れていた味だ。まさか出来合いの総菜で母親を思い出す日がくるとは。懐かしいやら悲しいやら。でも、近所の惣菜店でこれが食えるのは嬉しいなあ。


 そんなことを思っていた矢先、長期の出張が入った。そのため、しばらくその店に通うことは無かった。数か月後に出張を終えて自宅に帰ると、すっかり夜になっていた。


 あーあ、やっと帰れた。でも、晩飯どうしようかな。作る気力もないし、どこかに食べに行くかね。そう思った俺は、外出の準備を始めた。どれ、ラーメンでも食うか。などと思って家を出たのだが、直後に後ろから「あのー!」と声を掛けられた。


 声の主は、惣菜店の女の子だった。

「お久しぶりですね!私、バイトが終わって帰るとこなんです!」

「ああ、君か。いやね、晩飯を食いに行くところなんだ」

「そうなんですか?」

「ラーメンでも食いに行こうかなって」

「それなら、私の家で食べていきませんか?」

「え?」

「私、腕によりをかけて作りますから!」

「いやいや、それは流石に」

「大丈夫ですよ、ぜひぜひ!!」

と勢いそのままに、女の子の家に招待されてしまった。


 家の中に入り、ちゃぶ台の前に座って料理が出来るのを待つ。まあ、たまにはこういうのもいいか。人の手料理なんて久しぶりだし。そんなことを考えながら待っていると、間もなく料理が出来上がった。


 出てきたのは、肉じゃがだった。ごはんと味噌汁におひたしも添えてある。流石、惣菜店でバイトしているだけはあるなあ。

「どうぞどうぞ、召し上がってくださーい!」

と促されたので、肉じゃがを口に運んだ。

「うん、おいしいよ」

「良かった~」

美味しいというか、これもおふくろの味だ。コロッケときんぴらのときもそうだったが、この子が作るとおふくろの味になるのか。不思議なこともあるもんだなあ。


 食べ終わったあと、女の子といろいろ会話をした。一通り話し終わったあと、気になっていたことを聞いた。

「君が作った料理、なんだかおふくろの味に似てるんだよ。偶然かな?」

それを聞いた女の子はきょとんとして、「あはは!当然ですよ~!」と返してきた。


 ん?「当然」とは何だろう?うちの母親、俺の知らないところで料理系ユーチューバーにでもなっているんだろうか。そんなわけないしな。気になったので「当然」の意味を聞こうとしたが、その前に別の話題に移ってしまった。


 結局そのことについては聞けないまま、すっかり遅くなってしまった。「もっとゆっくりされてもいいのに~」と女の子に引き止められたが、俺は家に帰った。


 翌日、俺は会社に出勤した。出張明けだったので、報告や挨拶をしているうちに午前が終わってしまった。さあ昼休みだ――という頃、受付から「お客様がいらしてます」との内線を受けた。


 誰だろう?とりあえず受付に下りてみると、そこにいたのは例の彼女だった。

「あの、昨日はありがとうございました!」

「こちらこそ、ご馳走になってしまって悪かったね」

「いえ、楽しかったです!!それで、これ……」

そう言うと、彼女は弁当箱を差し出してきた。

「あの、昨日の余りを詰めただけなんですけど良かったらお昼ご飯に!!」

「え?あ、ありがとう。そのためだけに来たの?」

「はい!!お弁当も作ってあげた方が、かなと!!」

「そ、そうなんだ。じゃ、俺戻るから」

そう言って弁当箱を受け取り、俺はオフィスに戻った。


 戻りながら、あることに気づいた。俺、あの子に職場がどこか教えたことあったかなあ?あの店の近くってことで、何となくどこの会社か分かったってことかな。


 オフィスに戻ると、今の子は彼女か妻かと同僚からの質問攻めにあった。俺はそれを捌きながら、心の中では彼女の行動に違和感を覚えていた。何だか、気になる。昨日はご馳走になってしまったけど、ただの客を家に招いて飯を食わせるなんてことあるかなあ。


 弁当を食べてみると、やっぱりおふくろの味がする。ここまで一緒だと、何だか気味が悪くなってくるなあ。俺は半分も手をつけないまま、蓋を閉じた。


 その日の夜。用があったので久しぶりに実家に電話した。用が済んで電話を切ろうとしたが、母親が呼び止めてきた。何だろう。

「あの子、いい子ねえ」

「何の話?」

「今どき、お料理教わりに来るなんて滅多にないわよ。あんたもやるわね」

「だから母さん、何の話?」

「え?あの子のことよ」

「どの子?」

「どの子ってあんた、結婚するんでしょ?」

「え?」

「ずっと前にあいさつに来たのよ。お嫁に来ますって」

「だから、誰が?」

「誰がって……ほら」


「惣菜屋でバイトしてるっていう、あんたの彼女よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おふくろの味 古野ジョン @johnfuruno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ